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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
三章 カロリーナ、祈りを捧げる
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どちら様でしょう

「それではカロリーナ様、新節式が終わる頃にお迎えに参ります」

「遅めでお願いしますわ」


 御者に声を掛けられて反射的に返答していた。

 支度をしている時に、マリーと話したいと思っていたので、それが頭の片隅に残っていたのだろう。咄嗟の返事だった割にはしっかり“遅め”と注文をつけていてわたくしにしては上出来だ。

 了承した御者はお辞儀をすると、巧みに手綱を操作して馬車は去っていった。


「新節式が終わったらマリーと話せるかしら」


 迎えは遅めにしてもらえたけれど、マリーとは約束しているわけでは無いので、式が始まる前に一声掛けておきたい。

 わたくしは随分と馴染みになった学舎を改めてじっくりと眺めた。

 石造りの建物はまるで王城のように大きい。

 式は学園の大ホールで行われるが、マリーはもう来ているだろうか。


『この校舎って…………ツイアイよね?じゃあここはツイアイの中?!って、カロリーナって案内役だったよね?え?あたし、カロリーナなの?もしかしてこれって異世界転生ってやつじゃない?まさか悪役令嬢でざまぁされるとか……あっでもカロリーナはルートヴィヒ攻略時でも悪役ではなく精々ライバル令嬢だったはず。いや、でもゲームじゃなくて誰かの二次創作の中って可能性もあるのかしら?それだと悪役令嬢の可能性もあるかもしれない。なんかそんなウェブ小説読んだことあるし……』


 脳に響く怒涛のような聞き慣れない言葉の羅列に頭がクラクラする。

 理解出来た言葉はせいぜいわたくしとルートヴィヒの名前くらいで後は聴こえていても意味はほとんど理解出来なかった。


(どちら様でしょう?)


 周りを見渡してもわたくしに話しかけている人はいない。


『ちょっとキョロキョロしないで!ねー、あの校舎の中へ行ってみてよ。これって聖地巡礼よねっ!』


 再び聴こえた声は、耳に響くというよりもやはり脳に響いている。

 その声は甲高い女性の声で非常に興奮しているようだ。

 声の主を探して視線を巡らせてみるけれどやはりそれらしい人はいない。

 それどころか、こんなにかしましく話しているのに、周りの人は誰も聴こえていないみたいで他に誰も気にしている様子はない。


 うるりと目頭が熱くなってきた。

 わたくしは不測の事態に泣きそうになるのを堪えて、慌てて学舎を背にして足早に歩き始める。


『えっ!?ちょっと反対だってば!校舎に行きたいんだけど!』


 苦情の声は大きくなるが、わたくしはそれどころではなかった。

 早く誰もいないところへ行かなければ涙が溢れてしまう。

 公爵令嬢として、誰かに涙を見られるわけにはいかなかった。


 馬車の乗降場をぐるりと学舎と反対方向に回り込むと馬屋に出る。

 人によってはいつ帰るかわからない為、御者や馬車馬がここで待機していたりもするが、中には乗馬で登校してきて授業が終わるまで馬を預けている生徒もいるし、馬達の世話係として馬丁が数名控えていたりもする。

 馬屋の隣は馬車置き場や各家の御者や使用人の為の待機場所もある。

 更に奥へ行けば、授業で使う馬を飼育するための厩舎があり、丈夫な柵に囲まれた馬場もある。

 馬屋を抜けて厩舎まで来るといつもなら幾人かの利用者がいるが、今日は新節式ということで流石に人の姿は無かった。


「どちら様でしょう?」


 それでもまだ涙を流すわけにはいかず、溢れてしまわないようにギュッと眉根に力を入れて、厩舎の陰に潜んで先程胸の中で呟いた問いを声に出す。


『えっ?あたしの声聴こえてたの?ずっとスルーされるから聴こえてないんだと思ってた。あたしは華凛梛(かりな)よ』


 辺りには人の気配など無いのに、ただ声だけが聴こえてくる。

 もしかしたら妖精のいたずらかもとも思ったけれど、その可能性はすぐに自ら否定する。

 妖精はよっぽど人間に興味を持っていなければ言葉を覚えないからだ。

 わたくしの経験では、人語を話す妖精と直接会話したのは先日マリーが連れていたあの二匹だけだった。

 それにどこか異国の響きを持つ名前を名乗ったのも妖精らしく思えなかった。


「わたくしはカロリーナ・ピュハマーと申します」

『知っているわ。ピュハマー公爵家の令嬢でルートヴィヒ第三王子の婚約者でしょ?』

「まだ、婚約者というわけでは……」

『実質そうでしょ。恙無(つつがな)くハルティアを卒業したら王太子妃になるんだから』


 あまりにキッパリと言い切られてわたくしは言葉の代わりにずっと抑えていた涙をポロポロと溢してしまった。

 決してルートヴィヒの事が嫌いな訳では無い。いわゆる幼馴染みというもので、三人の王子達はみんな兄のような存在だった。

 ルートヴィヒは一番歳が近くて気安い仲でもある。彼自身が人当たりの良い性格でもあるから、きっと悪い関係にはならない。

 それでもわたくしはただ王太子妃、更には王妃になる運命から逃れたいのだ。

 淑女のお手本であれと言われ続けてそれなりに取り繕っているけれど、いつまで経っても一番大切な笑顔が保てない未熟者のわたくしには過度の期待だった。

 一層のこと王家に見限られてしまえば楽になれるのに、と思うけれど国王陛下はピュハマーに寛容だ。

 ピュハマーの名に泥を塗るくらいの奇行に走れば流石の陛下も見限ってくれると思うが、そんな事をすればわたくし個人の問題ではなくなってしまう。

 家門に迷惑をかけたいとは思っていないし、なによりあの礼拝堂へ入る資格がなくなってしまう事にわたくしは耐えられない。

 この縁談は建国当初から持ち上がっていたが、ピュハマー家もサーリスト王家もこれまで男児しか産まれなかった為に、ずっと保留にされていたのだ。月日を重ねた分、熱い想いが積もりに積もり続け王家の悲願となっていた。

 男に産まれていれば……なんて想像は虚しいだけ。


「王太子妃じゃなければ気が楽になるのですけれど……」

『ミカルでも王太子妃になる事に変わりないわね。カロリーナが選んだ方が国王になるんだから』

「…………」


 まるで未来を見てきたように自信有り気に断言されてしまって、わたくしは完全に言葉を失った。

 と同時に、何故か早朝の礼拝堂で微笑まれた女神レウナの石像が鮮明に思い出された。


「……御使(みつか)い様」

『は?』

「未来を知る貴方様はきっと女神レウナの御使い様に違いありません」

『違うわ。さっき言ったじゃない、あたしは華凛梛。治宮(はるみや)華凛梛よ』

「では華凛梛様とお呼びしても?」

『まぁ、いいわ。その代わりとっとと泣き止みなさい』


 指摘されたものの既に涙は止まっていた。目尻にハンカチをあててまだ残っていた湿り気を拭う。

 何故か御使い様は否定されているけれど、わたくしには女神レウナに遣わされたのだと信じられた。


「……わたくしに国母は荷が重いのです」


 心が求めるままに今まで口にする事さえ出来なかった泣き言を言葉にした。


『んー……。一つだけ、王太子妃にならない方法が無くもないわ』


 何を馬鹿なことを、と叱られる覚悟だった。これまで言葉を濁してお母様に伝えたこともあったけれど、思うだけでも不敬だと諭された。

 しかし、御使い様……華凛梛様は叱らなかった。


『でも結構な難易度よ。ルートヴィヒがマリーに惚れた上でマリーが首席で学園を卒業しなくちゃならないわ。首席にならなかったらルートヴィヒは継承権を辞退してマリーと結ばれるのよ。そうなるとミカルとカロリーナが時期国王夫妻になるわね』

「…………マリー……男爵令嬢ですか?」

『ええ。そのマリーよ』


 マリー・セルベル男爵令嬢は平民育ちのにわか貴族候補だ。首席で卒業するには、マナーも知識も国への貢献も全然足りない。

 しかし、華凛梛様のお話だと可能性はあるようだ。


 ルートヴィヒとマリーを恋仲にするのは、画策してどうにかなるものでもない。

 だけど、マリーに妃教育で習ったことを教えられるのは現状ではわたくししかいないだろう。

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