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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
三章 カロリーナ、祈りを捧げる
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青い光の中で

 輝く白い壁と様々な青色のグラスが埋め込まれた大きな柱が並ぶ礼拝堂。

 東側の壁は装飾が施されたアーチ型にくり抜かれて外の景色が一望出来る。

 岬の上に建つその大聖堂から眼下に広がる海には、この神殿の主祭神である大洋神トラバイスタが眠っているという。

 アーチの手前、正面には男神トラバイスタの白い大理石の像があり、向かって左側には一回り小さい女神像があった。

 こちらは大洋神の眷属神で絆の女神レウナの像だと言われている。


 この礼拝堂へ、まだ日が昇りきらないうちから訪れる。

 まだ薄暗い早朝、水平線から見え始めた太陽が、岬の下から真っ直ぐに礼拝堂を照らすのだ。

 そうすると、柱に埋め込まれた色味も大きさも様々な青いグラスが光を反射して礼拝堂の白い壁を青く(まだら)に染める。

 揺らぎのある様々な青の光に満たされた、まるで海の底に来たかのようなこの時間が特に好きだ。

 青の重なりも日によって異なり毎日違う表情を見せている。

 白い大理石の床は冷たく、両膝をつくと容赦無く震えさせてくるが、このピシッと冷えた空気に身も心も引き締まる気がして、そこもまた好きなところの一つだ。

 何よりも他に誰も居らず潮風と波の音、海鳥の鳴き声だけに包まれている静けさが心地良い。

 わたくしは、胸の前で両手を組み合わせ、目を閉じると心の中で祈りを捧げる。


(………………また、やってしまったわ)


 祈りはやがて懺悔に変わってしまう。

 いや、懺悔にも至らない、羞恥だ。

 最近のものから昔のものまで自分の至らない振る舞いを思い出してしまって恥ずかしさで居た堪れなくなってしまうのだ。

 先日、マリーに入学試験の同行者を提案した時も、エリック・モッテンセン男爵が何か話しかけていたのを気付かずに遮ってしまった。

 それで完全に平静を失ってしまったわたくしは、そのまま気が付かなかったかのように振る舞い、自分の話を済ませてしまっていた。

 謝らなければいけない、と焦れば焦るほど涙が零れそうになって、無礼をお詫びすることも出来なかった。

 それに折角信頼して頂いたマリーの案内人も役割を果たす事が出来なかった。

 妖精樹へ至る道なんて実は誰も分からない。妖精樹は必要のない人の前には姿を現さないからだ。

 では、何のための案内人かというと、初めて入る森への不安を和らげる為の付き添いならびに、野生の獣などの妨害に対処する、あるいは、森の外へ連れ出す為だ。

 だけどマリーにはイヴィとラヴィという付き添いがいて、森に対して不安など一切感じていなかった。

 それにイヴィの言葉が本当ならば、妖精王自身がマリーを見守っていたことになる。

 心身共に無事に帰すことが案内人の役割なので一見果たせたようには見えるかもしれない。

 ただそれは結果論だ。あの場でわたくしだけ、契約妖精がいないことが寂しくて泣きそうになったのを誤魔化す為、早足になってしまった。

 マリーより自分を優先してしまったあの瞬間、わたくしは案内人の役割を放棄してしまったのだ。

 その隙にマリーが消えてしまい、モッテンセン卿や学園からの信頼を裏切ってしまったと焦燥した。

 小さい頃から泣き虫だったけれど、近頃涙腺の弱さに拍車がかかっているように思う。

 涙を我慢しようとすると眉間にシワが寄り相手を睨みつけていると誤解されるようになってしまった。

 自分でも人相が悪くなっていることが分かっているけれど、人前で泣く方が恥ずべきことだ。

 今も思い出しているだけで目尻に湿り気を帯びていた。

 ただ、早朝のこの礼拝室では誰の目を気にする必要もなく涙を流すことが出来る。

 まだ結われていない白金の髪がサラリと落ちて濡れた頬に張り付く。

 礼拝堂の外には護衛の騎士達が待っているので、泣いていたのを悟られるわけにはいかない。

 わたくしは涙の跡がなくなるまで、ひたすらに祈り続けた。

 羞恥を懺悔に、懺悔を祈りに昇華させる為に、二柱の石像とその先にある海へただひたすらに(こうべ)を垂れる。

 太陽がすっかり水平線から顔を出し、礼拝室に満たされた青色の光が消えるまで一心に――――新節式のあるその日も日課の礼拝をする。


(わたくしに心の平静を…………)


 どうしてこんなに泣き虫になってしまったのか、振り返るとその理由は明白だ。

 あれは忘れもしない王国歴二一一年十一月の収穫祭でのこと。

 収穫祭で行われる狩猟大会の最中(さなか)、第一王子のスティーグが事故で亡くなってしまった。

 狩猟大会への参加は十歳から認められており、スティーグは当時十一歳になったばかりで初めての参加だった。

 それに特例で当時まだ九歳だったミカルの参加が認められていた。

 ミカルの契約妖精は馬の姿をしているので、契約妖精に乗り狩りは見学するだけという条件付きで厳密には狩りに参加したわけでは無かったが、ミカルはとても嬉しそうだった。

 しかし、その狩猟大会でスティーグは帰らぬ人となってしまったのだ。


 わたくしは、将来王家に嫁ぐ事が決められている。

 サーリスト王国の貴族は、本来葉紋を授かるまで明確な婚約者など作らない。

 葉紋……貴族の証である紋が無ければ出来ない事が多々ある為、配偶者にも葉紋がある事が前提となるからだ。

 葉紋が無ければ、まず爵位は得られないし、四層になっている王城の二層目までしか入れないから王城務めをしても出世を望めないし、地方官吏などでも決定権を持てないし……など、制約が多くて貴族社会では窮屈な思いをする。

 だけど、わたくしが産まれた時、その慣例を打ち破る程熱くサーリスト王家に求められたのだという。

 建国以来ずっと国教を司るピュハマー家と結ばれる事が、王家の悲願だったそうだ。

 しかし、建国以来ずっと両家とも男児しか産まれなくて、今までずっと反故にされてきていた。

 国王は、わたくしが選んだ相手が王太子になるとまで言うほど、ピュハマー家の姫であるわたくしを熱望していた。

 おかげでわたくしは物心が付く前から頻繁に王城へ連れて来られ、スティーグ、ミカル、ルートヴィヒの三人の王子達と過ごす事が多かったのだ。


 その日常が変わってしまったのがあの狩猟大会だったのだ。

 スティーグとルートヴィヒの母親である正妃様は、それまで乳母や家庭教師任せで子供にあまり興味の無い人だった。それでも、偶にお話しした時には優しい印象だった。

 ミカルの母親はベンディクス家の令嬢で、彼女は正妃様の侍女をしていたところ、王のお手付きになってミカルが産まれたそうだ。

 側妃となったミカルの母親は産後の肥立ちが良くなく出産後しばらくして儚くなってしまったそうだが、正妃様はミカルを受け入れ、我が子であるスティーグと同じ様に接した。それはルートヴィヒが産まれても、変わらなかったのだ。

 だけど正妃様は、あの事故の後で人が変わってしまった。

 まるでミカルが見えなくなってしまったかのように、あからさまに無視するようになったのだ。

 姿は見えないけれどミカルの存在は認識しているので、ルートヴィヒにはミカルに劣ることを許さなくなった。

 これまで乳母と家庭教師任せだったのに、ルートヴィヒとわたくしの成績に厳しくなった。

 王家の誰かに嫁ぐはずだったわたくしを完全にルートヴィヒの婚約者として接するようになった。

 関係者はあの日の狩猟大会について箝口令が引かれ真相ははっきりしていないというのに、当のミカルが自分のせいだと言ったから……。

 ミカルは母様と慕っていた相手に敵視され、王城ではなく離宮で暮らすようになった。

 詳細が語られることはないままいつも一緒にいた四人がバラバラになり、わたくしの涙腺は壊れてしまったのだ。


(ルートもミカルも王妃様も、心の安寧を取り戻せますように……)


 わたくしに出来る事はただ祈ることのみ。あの日からこの祈りだけは毎日欠かさず続けている。

 日も完全に昇り青い光が引いた頃、くすりとどこからか笑みが(こぼ)れた気配がした――――。

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