恋歌
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その行進は唐突に終了した。
急に右腕が強く引かれて痛みを感じ、つい歌うのを止めてしまった。
「痛っ!」
わたしが思わず上げた悲鳴に驚いたのか、あっという間に妖精達はどこかへ姿を隠してしまった。
あんなに大きくて目立つオレンジ色のアライグマの姿もいつの間にか見当たらなくなっている。
「すまない」
お詫びが頭上から聞こえて思わず見上げるとアイスブルーの馬の尻尾……じゃなくて髪の毛が見えた。
わたしの腕を引いたのはアルトゥールだったようだ。
そういえば挨拶した時も会釈されただけだったので、声は今初めて聞いた……はずなのだけど、聞き覚えがあった。
茉莉衣の記憶が声優の名前を告げてくるから、ゲームと同じ声をしているのだろう。
すぐに離された腕にはしっかりと掴まれた跡が付いている。咄嗟のことでアルトゥールは力の加減を忘れてしまったらしい。
周りを見渡すとはぐれてしまったみんながいた。
川とアーチ型に組まれた小さな石橋も見える。
「マリーち〜ん!会えてよかったぁ〜」
抱き着いてきたラヴィの小さな桃色の頭を指先で撫でる。
「オツォが橋で待てと報せてきたから待ってたらあんなに妖精をゾロゾロ引き連れて来やがって……」
「オツォ?」
「あ〜〜、人間達が妖精王と呼んでいるヤツだ」
「不敬っ!」
わたしは思わずイヴィの口を塞ごうとしたけれど、イヴィはスッと避けてしまった。
イヴィの言い分では、そもそも妖精には身分制度が無いので、呼び捨てにしても問題無いようだ。
元々妖精に名前という文化も無く、名前があるのは人界で使うからなのだとか。
身分制度は無いと言っても妖精や精霊の格は魔力量で決まるから、一番魔力が多いオツォが実質トップだし、王という肩書きがある方が人間は安心するからオツォが妖精王を名乗っているだけのようだ。
あくまでもイヴィの説明だとそうらしい。ラヴィはニコニコ楽しそうにウンウン頷いているのでよく分かっていないのだろう。
二人はいつも一緒にいるのになんでこんなに知識量が違うのか。
でも、今が楽しければいいという妖精族からすれば、人と妖精の違いに詳しいイヴィは異質でラヴィこそ妖精らしいのかもしれない。
「…………精界に連れて行かれるんじゃないかと焦ったよ」
ルートヴィヒが安堵の声を上げた。
その言葉でわたしはようやくアルトゥールに腕を掴まれたワケを理解した。
アライグマの後を追って歌っていた時にはただただ楽しくて、このままずっとこの時間が続けばいいと思っていけれど、第三者視点の言葉にようやく自分がどんな状況だったかを理解してゾクリと震える。
妖精が気に入った人を精界に連れて行ってしまうという話は聞いたことがあった。
自分が好きなことばかりしていると精界に連れて行かれるよ、と遊んでばかりで家の手伝いをしない子供に親が言う常套句だったりもする。
そして精界に連れて行かれると、もう人界には戻らないか、戻ってきたとしてもまるで別人のように変わってしまうかのどちらかだと脅された。
病気の母を支えるため一生懸命花売りの仕事や家事をしていたわたしは言われた事は無かったけれど、花売りをしていた頃に街で子供達がそういって叱られているのを聞いたことは何度かある。
(ゲームでは、こんな神隠しみたいなこと無かった……)
幼い頃から聞いていたのですぐに納得したわたしと違って茉莉衣はかなりのショックを受けていた。
そんな茉莉衣の感情に引き摺られてガクガクと身体が震え続ける。
「……神に感謝を」
両手の指を胸の前に組み合わせて目を閉じるとわたしは神への祈りを捧げた。
わたしが祈るのは絆の神のレウナだ。
今、人界に引き留めて貰えた縁に心からの感謝と、あと茉莉衣が落ち着きますように願を掛ける。
わたしは神聖魔法を使えないけれど、ご加護があったようで少し気持ちが軽くなったように感じた。
「ルートヴィヒ殿下、カロリーナ様、アルトゥール様、ご心配をお掛けしました。この通り無事妖精樹の葉を頂いて参りました」
身体の震えが収まると心配を掛けた三人にも感謝を伝え、淡い金色の妖精樹の葉を見せながら報告した。
アルトゥールの眉がピクリと動いたのが見えた。
そういえば、彼には名前呼びの許可を貰っていない。ラベリ様と呼ぶべきだったのだ。
怒られるかと思ったけど、特に何も言われなかったのをいい事にわたしはニコニコと愛想笑いをして気付かなかったフリをした。
「さっきのセルベル嬢の歌だけど、サーリスト語じゃ無かったね」
「最北の国の言葉らしいです。旅をしている男の話で、故郷の無い男が旅の終点となる街に出会って終わりになるんです」
「……恋歌なのね」
「カロリーナ様、わたしもそう思います。…………母のお気に入りでした」
曲調は明るく楽しいし、歌詞は色んな街を転々と旅をしていてそれぞれの街を楽しんでいる男の歌。
わたしは最後まで歌えなかったが、旅の終わりの街で男には明るく世界が輝くように感じられる、という内容だ。
大陸の北の地の言語で歌われた歌は、吟遊詩人の父が母に贈った歌だった。
サーリスト王国は大陸の南に位置する島国だから、もっとも遠いところにある国の言葉なのだ。
元々は、自分には故郷が無いけれどどの街にも魅力が在って楽しい、という内容で、それに父が輝く街に出会ってここを故郷と思う、という歌詞を足したと聞いた。
その経緯を知っているわたしは恋歌だと思うけれど、最後まで聞いたわけでも無いのに、わたしの説明したあらすじだけで恋歌と気付いたカロリーナに驚いた。
この歌にはサーリスト王国の言葉に訳した歌詞も一応あるのだけれど、母は原曲を好んでよく口ずさんでいた。
体調が悪くなって声が嗄れた母は自分で歌えなくなると、わたしに歌ってくれとよくせがんでいた。
母に会って旅の終点だと決めた父がなぜ再び旅へ出たのか、わたしはそれが知りたかった。
だからセルベル男爵と取引きしたのだ。
男爵の言う通り政略結婚の駒にでもなんでもなるから、父を探して欲しい、と。
セルベル男爵はわたしが学園を卒業したら教えてくれると約束した。
ただ生死も不明なので必ず見付けるとは約束して貰えず、可能な範囲で探してくれるというだけになってしまったけれど、自力で当てもなく探すよりは可能性があるだろう。
父が恋しい、というのは違う…………と思う。
物心つく頃には既に姿は無く、母からの伝聞でしか知らない父を懐かしむなんてことは出来ない。
かと言って、恨んでいるのかというのも分からない。
なんで出ていったのだと問いただしたい気持ちもあるけれど、既に母は父を赦していたから責める必要もない。
だから、ただ父に一目会うことが目的だ。その時もしかしたら恨み言を言うかもしれないし、喜びを感じるかもしれない。
父に会ったらわたしはどうするのだろう……わたしはただそれが知りたいのかもしれない。
「なんとなく、そんな気がしただけよ」
相変わらず眉間にシワを寄せて難しい顔をしているカロリーナはプイと視線を外した。
もしかしたら、カロリーナには輝いて見える誰かがいるのかもしれない。ただ漠然とそう思った。
わたしの目には金色の髪をした彼の姿が映る。
カロリーナの想い人は、既に国中で婚約者候補とされている彼なのだろうか。
ツキリと感じた胸の痛みに、今更ながらにわたしの初恋だった事に気が付いた。
どうせ政略結婚をする予定なのだから、わたしに恋はいらない。
頭ではそう考えていても、胸の痛みはしばらく続きそうだった。
きっと時間が解決してくれるだろう。
わたしはただ政略結婚の相手として誰かに見初められるように、誰からも好かれるような社交と優秀な成績を納めて卒業することを目指せばいいのだ。
改めて妖精樹に誓うようにその金色の葉をそっと撫でた。
設定やこぼれ話などを偶に活動報告で書いています。
よかったらそちらの方も覗いてみてください。