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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
二章 マリー、入学試験に挑む
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カロリーナの笑顔

 イヴィとラヴィのように人と契約する妖精は、人界に存在する為の魔力を契約者から補ってもらう代わりに可能な限り契約者の要請に応えてくれる。

 魔法を使う為には人界での顕現とは別に魔力を融通する必要があるけど、なるべくこちらの希望に応えてくれる保証があるのは心強い。

 妖精が上級だとその分、顕現させるのにかかる魔力も多くなってしまうと思われがちだけど、魔力は万物に含まれているので、効率は悪いけれど食事による魔力摂取も出来ない事もない。

 そのため上級妖精だからといって譲渡する魔力が下級と比べて桁違いに多いのかというと、一概には言えないようだ。

 中でもミルクは魔力量が豊富のようで、平民達の間では妖精に何かしてもらったらミルクを器に入れて置いておき御礼とするのは常識だった。

 ラヴィもイヴィもミルクは好きだが、それ以上に食べることが大好きで、ただの食いしん坊だと思っていたけど、もしかしたら、人界に長く居られるように魔力を補っているのかもしれない。


「へー。アチシ達マリーちんの魔力で一緒にいるんだ」


 ……やっぱり深い意味は無くてただの食いしん坊かな。ラヴィはまったく知らなかったとばかりに目を丸めている。

 イヴィは目が合うとニヤニヤと笑った。この反応は本当に知っていたのか、それとも知ったかぶりをしたのかよく分からない。でも、聞いても絶対に答えてくれない、そんな笑いだった。

 とはいえ、自覚が無かったのはわたしも同じで、そんなに魔力が消費されているような感覚は無い。

 魔力が枯渇すると妖精のように消滅してしまう事は無くても、体温が低下して飢餓状態になり吐き気と頭痛で意識が朦朧としてしまうので大変なのだ。

 妖精は精界と人界を行ったり来たりするのが普通だと聞いて驚いた。

 ひとりぼっちは嫌だと願ったあの日からイヴィとラヴィはずっと側に居てくれているのだから――――。


 ざっくりと神聖魔法と妖精魔法があるというのは知っていたけれど、魔力の遣り取りなどは分かっていなかったのでとても為になった。

 わたしには、セルベル家に引き取られてから家庭教師が付けられたが、社交に必要なマナーや貴族知識、ダンスレッスンがほとんどだったので、妖精や魔法に関しての知識は習っていなかった。


「精界に帰る時は一声掛けてね」

「邪魔くせぇ」

「アチシはずっとマリーちんといる〜」


 消えちゃうのは嫌だから、辛かったら我慢して欲しくないけれど、捻くれたイヴィの返事とは違ってラヴィはとても可愛い事を言ってくれる。


「仲いいわね」


 ずっと難しい顔をしていたカロリーナの顔が緩んでいた。カロリーナの少し細められた瑠璃色の瞳は慈しみに溢れている。


「わぁ。カロリーナ様の笑顔とっても素敵です!」


 初めて会った時からずっと眉間にシワを寄せていたカロリーナの柔らかい笑顔に、わたしは思わず声を上げていた。

 その声に驚いたのかすぐにカロリーナの表情が元に戻ってしまう。


(失敗した)


 あんな風に指摘してしまったら、カロリーナも気不味いだろう。

 それに、令嬢として大きな声ではしゃぐなんてよくなかった。


「失礼しました」

「…………凄いな、セルベル嬢は」


 慌てて非礼をお詫びしてカロリーナに頭を下げたわたしに、前を歩くルートヴィヒがポツリとそう零した。

 何の話か分からないわたしは、ただルートヴィヒを見返すことしか出来なかった。

 ルートヴィヒはそんなわたしの視線には気付かなかったようで既にカロリーナを見ている。


「リーナが笑えなくなったわけでは無くて少し安心したよ」


 その言葉に嘘が無いことを示すかのように、ルートヴィヒは優しくカロリーナに微笑みかけた。


「殿下……ご心配をおかけして申し訳ありません」


 カロリーナの眉間にはすでにシワが戻ってきてしまったが、声は幾分か柔らかくなっている気がした。


「当然心配はするさ。私達は家族みたいなものだろう?」

「家族…………恐れ多い事です」

「水臭いな。一緒にミカル兄上の後を追っていた仲じゃないか」


 ルートヴィヒにしては珍しく拗ねたような物言いに、カロリーナは困惑の表情を浮かべていた。

 わたしは突然出て来たミカルの名前に幼い頃に出会った藍髮の少年を思い出していた。

 確かに後を追っていたという本人の言の通り、この妖精の森で出会ったルートヴィヒ少年はミカル少年を慕っている様子だった。

 だからこそ家庭教師から聞いた、第二子で側室の子であるミカルと第三子で正室の子であるルートヴィヒは次期国王の座を争っており不仲だという話に違和感を持っていた。

 今ルートヴィヒが口にしたミカルの名に負の感情は無かったように思う。

 六歳の時に数刻一緒に居ただけなのに、現在(ゲーム)の姿絵が脳裏に浮かんで、不思議な気分になる。

 頭の中のミカルは前髪を後ろに流していて、挑発的な金色の瞳がまるで野生の狼のようだ。

 ルートヴィヒの金色の瞳はトロリと甘い蜂蜜を彷彿させるような色合いなのに、同じ金色でも随分と違うものだ。

 昔ミカルに会った時も最初は警戒心剥き出しだったけど、ルートヴィヒに似た金色だと思った事を覚えている。

 記憶が美化されている可能性はあるけれど、こんな攻撃的な金色では無かった筈で、あれから何があったのだろうと心配になってしまう。


「ミカル殿下は……どんな方なのですか?」


 危うく『お元気ですか?』と聞いてしまうところだった。

 ルートヴィヒと『はじめまして』だったのだから、当然ミカルと会った事も秘密にするべきだ。

 わたしが思わず口にした質問に、カロリーナはキュッと口元を結びまるでこちらを睨んでいるかのような険しい顔になった。

 堪らずわたしの肩がビクンと跳ね上がってしまう。


「…………難しいわ」


 カロリーナはふいっと顔を背けると、絞り出すようにそう告げた。


「兄上は、強い人、だよ」


 ルートヴィヒの口も重たい。

 ゲームでも二人は王太子の座を争っているという華凛梛(かりな)に言わせればベタな設定があった。

 結局、息子を王にしたいという正妃の意志を拒絶出来ないルートヴィヒと側妃の生家であるベンディクス侯爵家が後ろ盾になっているミカルが対立していただけで、当の本人達は仲良くしたかったようだ。


(えっ?!)


 当然のように(あふ)れたゲームの話にわたしは言葉が詰まった。

 これを先に知っていれば、迂闊にもミカルについて質問することは無かっただろう。

 ルートヴィヒかミカルのルートを進んで両方の親密度がそれなりに高まれば、少しずつ(わだかま)りが(ほぐ)れていき仲直りするイベントもあった、とわたしを慰めるように追加の知識が茉莉衣(まりい)の記憶から送られてくる。

 第一王子は事故で亡くなっていて、正妃はその事故をミカルの策略だと思い込んでいるらしい。

 ただこれはあくまでも茉莉衣が知るゲームのシナリオだ。本当のところははっきりとは分からない。

 第一王子が落馬で亡くなった時は、平民街もその話題で持ちきりになった筈だが、丁度わたしの母が亡くなって花売りをしていた時期と重なっており、正直な話、自分のことで精一杯過ぎてあの頃の記憶は曖昧だ。

 それでも落馬が原因だったという記憶は残っているのだから、国中が大騒ぎしていたに違いない。


「それにしても静かですわね」


 気不味い空気を払拭するようにカロリーナが話題を変えた。

 いつもであれば、とっくにイタズラ妖精達が何か仕掛けてくるのに今日は不思議と大人しいらしくカロリーナが訝しげにしている。


「セルベル嬢のイヴィとラビィに加えて、私とアルにも契約妖精が居るから、在野の妖精がイタズラは仕掛けにくいのかもしれないね」


 ルートヴィヒの言う通り、自由を好む妖精なのに人間と契約した稀な妖精達がここには随分と揃っていた。


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