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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
二章 マリー、入学試験に挑む
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ギリギリの入学資格

 茉莉衣(まりい)の記憶に関しては本当に気になるけれど、今は妖精樹を探す事に集中するべきだろう。

 わたしはもう十四歳になっている。基本五教科の合格を三年連続で取らなければいけない以上、もう後は無い。本年度の入学が貴族になれる最後のチャンスなのだ。


(もっと早く入学すれば良かったのに……)


 茉莉衣は簡単にそう言うけど、そうしたくても出来なかったのだ。

 八歳でセルベル家に引き取られた時、初歩的な読み書き計算やマナーはお母さんからそれとなく教えてもらってなんとなく知っていた。

 しかし貴族に必要な知識としてはまったく足りていない。

 ほとんどの貴族は、サーリスト王国史、マナー、ダンス、妖精学、神学の基本の五教科は入学までにある程度学ばせているという。

 この中では母の気まぐれでマナーをかじった程度のわたしでは到底十歳の入学に間に合うなんて無理だった。

 そして、遅れて入学するのであれば、それだけ周りの注目度が上がってしまうので益々生半可な知識のままだと許されなかった。


 更に問題だったのは、ハルティア学園の入学試験を受けるためには、二名の貴族の推薦人が必要だということだ。

 サーリスト王国では刻紋の儀式を受けた者……すなわちハルティア学園の卒業生しか貴族になれない。

 しかし、刻紋の儀式を受けても実はまだ本当の貴族とは呼べず、せいぜい準貴族と呼ぶのが妥当だろう。

 本当の貴族は爵位を持っている者の事を言う。

 ハルティア学園の推薦人というのはただ推薦するだけとは違う。

 その生徒が学園生活に必要な物を買い揃えたり、学園で問題を起こした際の責任や、王都での生活を担わなければならない。

 要は保護者や後見人の意味合いが非常に強いのだ。


(寮は無いの?)

(りょう?)

(ええと、寄宿舎は分かる?)


 学生達が共同生活を送る施設という概念が茉莉衣から伝わって理解した。

 わたしの知る限りハルティア学園には寄宿舎は無かった。

 そもそも普段は地方に住む貴族でも王都にタウンハウスを持っているのが普通なので必要性が感じられない。

 ちなみにセルベル家は領地を持たない貴族なので元々王都にしか家が無い。

 王都リンナの北東の海に面した高台にある聖堂。ピュハマー家が管理している貴族街の住民の為の教会だ。

 そこから少し西に下った北に位置する場所に王城があり、そこから南西に下るとハルティア学園、妖精樹の森となる。

 王城と学園の周りは貴族街になっていて平民街との間には川があり大きな橋と門で繋がっている。

 セルベル家はこの平民街との境界になっている川に近い場所にある。

 あとは妖精樹の森を抜けても貴族街と平民街は繋がっているけれど、妖精樹の森に入るには許可が必要で平民街の住人にはまず認可されることが無い。

 

 話がそれた。わたしの学習進度よりも大変だったのは推薦人の方だ。

 わたしの一人目の推薦人はもちろんセルベル男爵だ。しかし、二人目の推薦人がなかなか決まらなかった。

 普通なら親族の誰かがなる場合が多いけど、わたしの場合は、下町育ちの上に母が貴族の義務を投げ出して駆け落ちしてしまったので信用が無かった。

 親族でさえ信用されないで断られたのだから、セルベル男爵と親交のある貴族に頼んでもやはりのらりくらりと躱されて引き受けてくれる貴族が見つからなかった。

 もしも、わたしが学園で問題を起こしたら、推薦人の貴族紋が剥奪される可能性もある。

 そんな危険を犯してまで、わたしに学費や生活費を投資する価値があるのかと問われれば、信じて下さいとしか言いようが無い。

 ハルティア学園は理論上、平民の子でも入学出来るけど、この推薦人の制度があるから実質貴族の子しかいない学校になっていた。

 妖精を二人も連れているのに推薦人を敬遠されるなんてセルベル男爵も誤算だっただろう。

 昨年、ようやくセルベル男爵の息子が宮廷貴族として功績を残し男爵の地位を賜って、準貴族から貴族に仲間入りしたことで推薦人になれた。

 わたしの年齢的にこれ以上入学を遅らせれば、成人までに卒業出来ない。本当にギリギリの入学資格だったのだ。


(うへぇ……)


 茉莉衣が貴族令嬢なら絶対出してはいけない呻き声を上げた。

 もし、家庭教師が耳にすれば、定規でふくらはぎを叩かれてミミズ腫れを作ることになっていただろう。


(ゲームじゃそんな裏事情わかんないよ)


 裏も表もない純然たる事実だ。茉莉衣はゲームの中はもっとキラキラしている世界だったとぼやいている。

 確かに茉莉衣は、身分に対する意識も薄くどこか現状を楽しんでいるように思える。今、人生の岐路に立っているわたしからすれば彼女こそがキラキラして見えた。


 そんな脳内会話をしながらも、カロリーナに合わせて歩いていたけれど、すでに森の中を随分と進んでいる。

 わたしが昔迷い込んだのは平民街側からだったため知らない場所の筈だけど、植生は変わらないのでなんだかとても懐かしい気がした。

 道は二人並んで歩けるくらいの幅があった。

 わたしの試験だからわたしが進み方を決めなければならないけれど、今は一本道な事もあり先頭はルートヴィヒとアルトゥールの二人でその後ろからカロリーナとわたしが歩いている。

 しばらくすると、その道は緩やかに右の方へと曲がっていた。一本道なので道に沿って緩やかに曲がろうとしたところで、イヴィが引き留めた。


「妖精樹の気配はこっちからするぜ」


 イヴィが指し示した方角はどちらかというと左寄りのまっすぐな道だ。

 少し草が生い茂っているが、通れないこともない。


「わたくしは右から行くのをお勧めします」

「まっすぐ行くと川に出るんだ。右に進むと橋がある」


 カロリーナを補足するようにルートヴィヒが理由を教えてくれた。

 そう説明されると確かに右に進んだ方がいいらしい。

 わたしが右へ行くことを決めると、お前らが飛べないから遠回りをしなくちゃいけないんだ、と膨れっ面になったイヴィの態度に気を悪くする様子もなくルートヴィヒが話し掛けた。


「でも、妖精樹の気配が分かるなんて凄いな」

「妖精ならみんな分かるだろ」

「うん。そうじゃないかとは思っていたんだけど、初めて言葉で伝えてもらったから」


 妖精と言葉を交わしたのも初めてだと手放しに褒めるルートヴィヒにイヴィも満更ではないようで器用に飛びながら得意気に踏ん反り返っている。


「それにずっと人界(じんかい)に呼び出したままに出来るセルベル嬢の魔力量も凄い」

「魔力量、ですか?」

「ああ、そうか。貴女はまだ入学前だから授業を受けていなかったな」


 先程とは反対に、ルートヴィヒの言葉に今度はカロリーナが授業の内容を説明してくれた。

 この王国で使われている魔法は神聖魔法と妖精魔法の二種類だ。

 万物はみな魔力を持っているけど、そのままでは魔法は使えない。

 神聖魔法は、信仰心と魔力が合わさって神力となり、その神力を神に捧げて奇跡の力を乞う。信仰する神によって異なるが共通して治療・回復・強化などの御力が与えられる。

 そして妖精魔法は、普段は精界(せいかい)にいるけれど、何らかの理由で人界(じんかい)に来ている妖精へ魔力を譲渡して、その妖精の属性の力……火や水などの力を使ってもらうものだ。

 人界において魔力が命そのものの妖精や精霊は、尽きる前に精界へ帰る。最悪の場合は魔力を使い果たしてそのまま消えてしまったりもするそうだ。

 妖精や精霊は、人界にいるだけで魔力を消費してしまうので、中には人間から魔力を貰うだけ貰って魔法を使ってくれない事例もあるそうだ。

 だけど大抵の妖精は魔力を受け取ったなら何らかの魔法を使ってくれる。それが希望した通りの効果をもたらすかは、また別の問題だったりするが……。


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