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Raccoon はじまりは乙女ゲームで  作者: 加藤爽子
二章 マリー、入学試験に挑む
11/25

はじめまして

2025.05.17 文言修正

2025.05.23 文言修正

2025.0524 誤字修正

「こちらはルートヴィヒ・サーリスト殿下です」


 森の探索の為、装飾が抑えられたシンプルな動きやすい服装のカロリーナ様が同行者として連れてきたのは、ここサーリスト王国の第三王子だった。

 カロリーナ様も学園から紹介してもらったくらいなのだから、当然わたしには貴族の知り合いが居るはずもなく、同行者の候補として名前を挙げて頂いても誰か一人を選ぶなんて出来なかった。

 ご予定の合う方でおまかせしたところ当日になって紹介されたのがまさかのルートヴィヒ殿下だったのだ。

 確かに先日彼女が挙げた同行者の候補には二人の王子の名はあった。

 だからといって本当に同行者になるなんて思いもしていなかった。


「マリー・セルベルです」


 声は少し裏返ってしまったかもしれない。カロリーナ様と同じくシンプルで動きやすい服装なのでスカートで隠せない分、少々不格好かもしれないけどここ数年でみっちりと教え込まれたカーテシーをする。満点ではなくともせめて及第点はあって欲しい。

 膝を折りながらもわたしは別の意味でもドキドキしていた。

 目の前で優しく微笑んでいるルートヴィヒ殿下の金髪金眼を目にした時から、幼き日の大切な思い出が鮮明に蘇っていた。


 それはわたしがまだ平民だった時の話だ。

 街外れの小さな教会で母のお葬式をしたあの日、まだ六歳と幼かったわたしは唯一の家族を失ってしまった。

 父はどこの誰とも分からない旅の吟遊詩人で、貴族の娘だった母は歌う父の姿に惚れて駆け落ちしたそうだ。

 しかし、根っからの旅人だった父が一緒に暮らしていたのは三年程で、ある日母子を置いてフラリと旅立ってしまった。

 それからしばらく経った頃、刺繍で生計を立てていた母が体を壊してしまい次第に働くのが難しくなっていった。わたしも花売りの仕事を見付けたけど気休めにしかならなかった。

 病状は悪化する一方で歩くのも一苦労になった母に手を引かれて一度だけ貴族街にあるセルベル邸(母の実家)に連れて行かれたが、いくらかのお金を渡されただけで中には入れて貰えないまま追い払われた。

 質素な貧民生活をしていればそれなりの金額はあったけど、救護院から人を呼んで母を診てもらったらあっという間に無くなってしまった。


 母のお葬式は母の知り合いやご近所さん達が取り仕切ってくれたが、残されたわたしを見る目は哀れむばかりで、これからどうしたらいいのかを教えてくれる人は居なかった。

 みんな自分達の生活を守るだけで精一杯で他人の子までみる余裕なんて無い。

 それ以上誰からも手を差し伸べて貰えず、自分を一緒に連れて行ってくれなかった母の後を追いかけたくて…………怖くてどうしようもなかった。

 そんな自分をどこかに隠してしまいたいと思ったわたしは教会の裏手の墓地の更に奥にあった森に入り込んだのだ。

 教会の墓地と森の間には大人の背丈程の垣根があったけど、まだ幼い六歳のわたしが(くぐ)れるくらいの小さな隙間があったので何の障害にもならなかった。

 大人達からは森には入ってはいけないと言われていたけど、あの時のわたしはそんな注意など頭からスッポリと抜け落ちてしまっていた。

 隠れることが目的だったクセに、あっという間に訪れた孤独に震えた時にはすでに帰り道が分からなくなっていた。

 そんな時に差し伸べられた手にわたしはどれだけ救われたことか――――――。


 あれから七年と四ヶ月が過ぎた今、貴族でもこの森に入るには許可が必要だと知って、当時は本当に危ない事をしたのだと実感した。

 とはいえ、あの行動があったからこそ、イヴィとラヴィに出会えて一人にならずに済んだのだから、もう一度同じ時に戻ったとしてもわたしは迷わず森に入り込んでしまうだろう。


()()()()()()。セルベル嬢」


 そして今、目の前でわたしに綺麗な笑顔を浮かべて挨拶を返してくれている金髪金眼の少年には、あの時手を差し伸べてくれた彼の面影があった。


(まさか、王族だったなんて……)


 幼い兄弟の身なりや物腰から貴族の子供であることは分かっていた。もう一度会えたらちゃんとお礼を伝えたいとずっと思っていたのだ。

 彼と出会わなければ妖精樹へ辿り着くことは無く、イヴィとラヴィに出会うことも無かっただろう。

 花の妖精であるラヴィの魔法のおかげでわたしの売る花は綺麗で長持ちすると評判になり、花屋で住み込みさせてもらえるようになった。

 わたしが妖精と契約したという噂が広まると、母が病気になった時にはお金を握らせ追い返したセルベル男爵家が、手のひら返しで養女として迎えに来たのだ。

 同じ貴族になったから金眼の兄弟と友達になれるかもしれないなんて下心があったことは否定出来ない。

 でも、目の前の現実にあさはかな子供の妄想だったと打ちのめされた。

 しっかりと『はじめまして』と釘まで刺されてしまったのだから初対面を通さなければならない。

 薄汚れた下町の子供とわたしが結びつかないにしても、イヴィとラヴィは分からない筈が無い。

 通常光の玉のような妖精が多い中、会話出来る人型の妖精が二人もいるのだ。

 サーリスト王国内で人型の妖精はそれなりに目撃されているけど、人間と契約した事例は近年では非常に稀なのだ。

 小さいとはいえ二人の人型の妖精とわたしが契約したのをルートヴィヒ殿下は目の前で見ていた。

 だからこれは『忘れろ』というメッセージなのだろう。

 頭ではわたしもその方がいいと思ってはいるけど、それがとても寂しくて辛い。


(…………マリーもわたしと同じで両親がいないんだね)


 突如胸にじわりと拡がった哀しみの感情にわたしは混乱した。

 七年以上も前の話なのだ。親が亡くなった事で今更こんなに哀しくなるなんて思わなかった。


(貴方は……?)


 明らかに自分とは異なる思考の正体を問いただそうとした途端、自分のものではない記憶が蘇ってくる。

 迎えに来た親戚に事故で両親が亡くなったと聞かされた記憶。

 わたしの中に異なる二つの記憶が渦巻いていた。


(わたしは……春日茉莉衣(かすがまりい)?)


 その名前を()()()()()瞬間、思わず両手を見てしまう。もしかしたら、オレンジ色の光に包まれているのでは無いかと思ったけれど、そんなことは無かった。


「おい、スミレ色!何ぼーっとしてるんだ」

「マリーちん、大丈夫?」


 幼き日に妖精樹の前で初めて出会った時のように、上を向けた手のひらを見つめるわたしの視界にイヴィとラヴィが飛び込んで来た。


(違う。わたしは、マリー・セルベルだ)


 わたしの名前はマリー。サーリスト王国の王都リンナの貴族街にあるセルベル男爵の養女だ。

 これからハルティア学園に入学する為に、妖精樹の葉を譲り受けに行く。

 ゆっくりと噛み締めるように自分の記憶を確認する。


「契約妖精が二匹もいるなんて驚きますよね」

「恐れ入ります」


 わたしがじっとイヴィとラヴィを見つめていると、カロリーナ様が眉間のシワを深くしてそういった。

 あまり抑揚が感じられない話し方なので、本当に驚いているかは分からないけれど、わたしは大丈夫だという意味を込めて小さく頷いた。


「マリー、もう一人紹介します。ラベリ男爵のご令息のアルトゥールです」


 彼がそこに居るのは気付いていた。ただ幼き日の思い出と更には急に蘇った茉莉衣の記憶に動揺して気が回らなかったのだ。

 彼はアイスブルーの長い髪をポニーテールにしていて、一重まぶたの切れ長の目でこちらを見ている。

 わたしは彼にもカーテシーをした。

 セルベル家に引き取られてからカーテシーと同様に貴族の系譜も叩き込まれた。

 そこに絵姿があるのは偉業を成し遂げた人物のみで当代の人達はまだ描かれていなかったにも関わらず、わたしはカロリーナ様に紹介される前に彼が誰なのか知っていた。

 頭の中にあるのはもう少しだけ成長した姿……学園を卒業する頃の絵姿(スチル)だ。

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