わからない
一ヶ月開いてしまい、大変申し訳ございません!
次話はそう遠くないうちに公開します。多分。
今回はほのぼの回ですね。
わたしは途方に暮れていた。
潤はわたしによくわからないことを尋ねてきた。
「言ってる意味、わかる?」
正直に答えた。よくわからない、と。
すると彼は、ひどく悲しそうな、絶望したような顔をした。
それから、潤は黙り込んでしまった。
「…………ごめん。用事思い出したから帰るね」
しばらくして、潤は急に帰ると言い出した。
傷つけたかったわけじゃない。
二人の間で隠し事はしないと決めていたから
だから、思ったことを素直に伝えたのだ。
それなのに、彼はどこか途方に暮れてしまったような表情をして黙り込んだあと、すぐに帰ってしまったのだ。
でも、きっと明日また来てくれるだろうと思った。
潤は遠くに住むことになったけど、今はしばらくこの近くにいると言っていた。
だから、次の日まで待つことにした。
けれど、潤はやってこなかった。
一日経っても、二日経っても。
十日経った日の夜、わたしはついに我慢できなくなって、自分から彼を探しに行くことにした。
もしかしたら、あの日のことで嫌われてしまったのかもしれない。そうでなきゃ、潤の身に何か良くないことが起こったのかも。
そう思うと、居ても立っても居られなくなってしまった。
でも、きっとこのままの姿で行ったらまずいよね。
潤も、彼よりもずっと前にここを訪れて、よく野菜やお米なんかを並べて置いていった人たちも、みんな身体がとても小さかった。
だから、わたしもなるべく小さくなろう。
からだの真ん中にちからを集めるようにして、目をぎゅっと瞑って集中する。
お願い、小さくなって!
わたしの願いに応えるようにして、わたしのからだはだんだん小さくなった。気付いた頃には、背の高い草が目の前を覆っていて、何も見えなかった。手を見ると、いつもは霧みたいにぼんやりとしていた輪郭がはっきりと見える。
うーん、ちょっと小さくなりすぎたかもしれない。
けど、まあいいや。さっきよりはずっといい。
きっとこれで大丈夫。潤に会いに行こう。喜んでくれるといいな。もしかしたらびっくりして腰を抜かしてしまうかも。小さくなったところなんて、見せたことなかったからね。
潤が残した気配を追って、草木の間をかき分けていく。
彼がいつも通ってきていた道は、緩やかな下り坂になっていた。
森を抜けると、潤の気配がさっきよりも強く感じられるようになった。でも、少し空気が乾いている気がする。
ちからをぎゅっと抑え込んでいるせいで、少しからだから漏れ出してしまったものは雨になって降り始めた。
雨を浴びるのはなかなか気持ちいいかもしれない。
どうも、森の外は暑い上に乾き過ぎている気がする。
足を水溜りに突っ込んで水をはねさせながら弾むのはなかなか楽しい。くせになってしまいそうだ。
そうこうしているうちに彼の気配……というか、匂いみたいなものが濃い場所に近付いてきた。きっと潤はここにいる。
木が縦に建てられていたり、横に渡されていたり……とにかく、色々組み合わせて作ってある。
きっとこれが家、というものなのだろう。
勝手に入っても大丈夫なのかな……
といっても、入り方がわからないや。
うーん、どうしたものか……
そう思っていると、“家”の一部が開いて、中から人が出てきた。
「ちょっとちょっと! あなた、どうしたの? こんな雨の中素っ裸で突っ立ってたら風邪引いちゃうわよ! とりあえず中に入りなさい!」
残念、潤じゃなかったみたい。そのひとは早口でまくし立てると、わたしの手を引いて家の中に入った。
「さて、まずはその泥んこを落とさないとね。ちょっと待ってて。あ、絶対に動いちゃだめよ」
そう言ってそのひとは奥の方へ走っていったかと思うとすぐに戻ってきた。何やら白くてふわっとしたものを持っている。
「はい、ちょっと足上げてね。そう、いい子いい子」
ずっと喋っていて疲れないんだろうか。わたしはちからを抑えているだけでもけっこう大変なのに。
「はい、足は拭けたからちょっとついてきなさい」
言われるままについていくと、何やら人ひとりがっぽり入るくらいの器がある部屋についた。目新しいものばかりで、少しきょろきょろしてしまった。
そのひとが指で壁を触ると、高い音がしたかと思うと、次の瞬間大きな音が鳴って少しびっくりしてしまった。まるで熊の唸り声みたいだった。
「あらあら、ごめんなさいね。びっくりしちゃった?」
「いえ……」
「じゃ、こっちに来てね」
促されるままにその部屋に入ると、長い首の先から温かい水が出る道具でわたしのからだが洗われた。
「真っ白できれいな髪ねー。このあたりじゃかなり珍しいと思うんだけど、会ったこともないし……この辺の子じゃないわよね……」
何やらぶつぶつ言いながらわたしの髪を撫でるように優しく洗ってくれている。次に、そのひとが手を擦り合わせるといい匂いのする泡が出てきて、それでもってまたわたしのからだを洗った。
「そろそろ沸いたかしら。うん、いい湯加減ね。じゃ、お風呂に入ってね。夏とはいえ、ずっと外にいたからきっと冷えたでしょ」
……気のせいか。今、“沸いた”と言ったような気がしたけど。
以前、潤から聞いたことがある。潤たち“にんげん”はお肉に火を通して食べるらしい。“生”のまま食べると、お腹をこわしてしまうからって。
火を通すのにもやり方があって。その一つが、確か、沸かしたお湯にお肉を入れてじっくりコトコト……
「はわわわわ……じっくりことこと…………!」
「どうしたの? お湯が怖いのかな」
「……わたし、食べられちゃうんですか? もしそうなら、ひと思いに……」
「え?」
「きむちなべ?はちょっと痛そうなので、できれば……その、めんつゆとか、普通の味付けで、お願いします」
すると、そのひとは堪らえきれない、といった様子で吹き出した。
「ぷっ、あははは! 別に取って食ったりなんかしないわよ。とにかく一度入ってみなさい、気持ちいいわよ。……隙ありっ!」
「わわっ」
脇に手を入れられ、むりやりお湯に入れられてしまった。
「あ、あったかい……」
お湯に全身浸かるなんて初めてだったが、存外いい感じかもしれない。
「ふふっ。大丈夫そうね。じゃ、ごゆっくり〜」
そう残して、そのひとはどこかに行ってしまった。
「ふあああ〜……なんだか、きもちいいかも……」
おかしいな、わたしは潤に会いに来たはずなのに。でも、もう少しだけこうしていてもいいかも。
◆
「あらあら、寝ちゃってるわね。お湯を低めに張っておいてよかったわ。おーい、そろそろ起きなさーい」
遠くから何やら優しい声が聞こえる。
「おーい」
「いひゃっ」
頬を、つままれて目が覚めた。いけない、かなり気を抜いてしまっていたようだ。
「ふふっ、ごめんなさいね。ついモミモミしたくなっちゃうほどきれいなほっぺただったから。じゃ、お風呂上がろうねー」
「あっ……」
されるがままにお湯から引き上げられる。もう少しだけ入っていたかったけど、しょうがない。わたしは潤を捜さなければならないのだから。
さっきのと同じような、白いもので全身を優しく拭かれたあと、服を着るように言われた。
「きっと似合うと思うのよねー。前に知り合いの子が置いていって……使わないと思ってたけど、とっておいて良かったわ」
これは知ってる。潤から教えて貰った。先に、“下着”を来て、その上から“シャツ”とか“ズボン”を着るんだって。“下着”はよくわからなかったから見せてって言ったんだけど、絶対にダメだって言われてしまった。
「あれ? ずぼん、がない……?」
「ズボンはないわよ。それは、ワンピースっていうの。かわいいでしょ? 代わりにこっちを穿いてね。女の子はお腹を冷やしちゃだめなのよ。これはよく覚えておきなさい」
かわいい……なるほど、言われて見ればかわいいのかもしれない。かわいい、という響きはぴったりだなと思った。
「きゃーかわいい! 真っ白な髪に、真っ白なワンピースってどうかと思ったけど、純粋無垢な感じがすごくいいわ!」
かわいい、と言われると顔が熱くなって、なんだかとても嬉しくなった。
お読みくださりありがとうございます。
こういうのが得意なのか分かりませんが、気づいたら3000文字を超えていてびっくりしました。