伝わらない
「ちょっと前にさ、俺はアメのことが好きだって話したじゃん?」
「うん……それがどうかしたの」
「その、つまり、さ。ええと」
どんどん顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。そんな俺の様子に反して、彼女はにこにこしながら俺の言葉を待っている。
「あれって……アメのこと、女の子として好きってことなんだ。言ってる意味、分かる?」
「女の子として……? それは……ごめん。よくわかんないや。考えたこともなかった」
「…………やっぱりそうだよね。ごめん、変なこと聞いて」
「? うん」
やっぱり俺の気持ちは伝わっていなかったらしい。どうしたらいいんだろう。どうしたらわかってくれるのだろうか。
いや、最初から無理だったのかもしれない。人間ともののけの類の恋愛が成立する道理なんてなかったのかも。
「…………ごめん。用事思い出したから帰るね」
「えっ、もう行っちゃうの?」
「ごめん、また今度」
「あっ、潤…………」
後ろ向きな考えが一度浮かんでくると、もう止められなかった。後ろを振り返らずに石段を駆け降り、自転車に乗った。
「おかえり……ってどうした、潤? 何があったんだ?」
父は俺の顔を見るなり心配そうな声を上げた。自分で思うよりもひどい顔をしているのかもしれない。
「な、なんでもないよ」
「ずいぶん長い間出ていたけど、大丈夫? 熱中症とか……」
「ごめん、今日はもう寝る」
「夕飯は? 具合悪いなら言ってね?」
「今日はいい。大丈夫、気にしないで」
情けない。失恋がこんなに心にくるものだとは思わなかった。
部屋に入ってそのままベッドに飛び込もうとしたが、この部屋にはなかったことに気付き、受験のときに使っていた机に突っ伏した。
「どうすればいいんだよ……」
思えば、俺の生活はいつも彼女が中心だった。
雪が積もる冬以外は毎日アメのところに通っていた。そうやって、その日学校であったことなどを話して聞かせた。彼女はあまりあの森から動くことはできないらしく、いつも楽しそうに俺の話を聞いてくれた。
餡の入った和菓子が好きな彼女のために、遠くの店まで買いに行ったこともあった。
もっと彼女のことを知りたいと思い、大学では文学部に入って民俗学や歴史学を勉強することにした。
間違いなく、俺は彼女のことが好きなんだ。
一人の女の子として。
だから、そもそも彼女にそういった感情がないのだと思うと、目の前が真っ暗になった気がした。
その日は、気付いたときにはもう机の前で眠ってしまっていた。
「…………潤、潤。朝だよ、起きなさい」
「…………ん」
父が起こしに来てくれたようだ。
顔を上げると、ひどく首が痛んだ。寝違えてしまったようだ。
「ごはんできてるよ」
「……すぐ行くよ」
失恋しても腹は減るものだ。昨日の夜食べなかったこともあり、朝食はたくさん食べた。
俺はこんなに苦しいのに、彼女は何も思わないのだろうと思うと、なんだか虚しくなってきてしまった。
「潤、何かあったら言ってね?」
「そうだぞ、大学生になっても、独り立ちしても、お前は父さんと母さんの息子なんだからな。困ったときは頼って欲しい」
両親はかなり心配しているようで、俺にそんな言葉をかけてくれる。
「ありがとう。でも、大丈夫だから」
本当にいい両親だと思う。家族の暖かさを感じて、少し心が楽になった気がした。
とはいえ、失恋の傷はそう簡単に癒えるものではない。
とても今彼女に会いに行く気にはなれなかったし、できることなら少し距離を置きたかった。
「あ、あのさ。ちょっと大学の方で予定できちゃったから、明日には出るわ」
すると、二人は悲しそうな顔になってしまった。
「…………そう。寂しいけど、それなら仕方ないわね。がんばってね」
「また、いつでも戻ってこいよ」
次の日、俺は早々に家を出て、一本目の電車で大学に戻った。
これでよかったんだ。いつまでもぐずぐずと引きずっているわけにはいかない。前を向こうと思った。きっと、都会の喧騒に揉まれていれば、忙しさで悲しみなんてすぐに忘れてしまうことだろう。
お読みくださりありがとうございます。