少女は夜会に毒を盛る-2
パーティーが行われる数日前に時は遡る。
その日、私は学園の図書室に足を運んでいた。
私はこう見えて新進気鋭のデザイナー。
ティピカ・アンセルと言えばこの国の若年層で知らない子は居ないと言っても良いくらいの勢いがある。
個展を開いたり、アクセサリーのデザインをしたりするのが仕事。
まだ学園に通うような歳であるという事も一つの武器としている。
最年少天才美少女デザイナーだ。
歳が近いという事もあってか私は若い層に人気がそれなりにある。
特にここ最近は上り調子で嬉しい限り。
そんな天才と言われる私だが何も全てを自分の頭の中から捻り出しているわけではない。
アイディアが天から降りてくる事が無いとは言わないがそれだけではやっていけない。
古今東西の色々な物を参考にして自分の中で練り上げ、作品を作り上げるのだ。
他国の民族衣装、風習、神話のモチーフ、流行のスタイル。
直接的に模倣をするのではなく、それらを元に自分なりに昇華させてデザインする。
その知識を増やすためには勉強が必要だ。
そのために私は図書室に向かう。
「こんにちはー!リフィル先輩!今日も失礼しまっす!」
周囲を見渡し、いつもの面々しか居ない事を確認してから元気よく挨拶をして図書室に入る。
そこには窓際の席で静かに読書をする女性が居た。
濡羽のように美しい黒く長い髪、物静かな佇まい、気怠そうにしている手元にはいつも難しそうな本。
背が低く幼児体型なため年齢よりも幼く見られる私としては羨ましい限りな大人の雰囲気がする落ち着いた女性。
この図書室の主……ではないはずだけど主のように扱われている尊敬する先輩だ。
「こんにちはティピカさん。今日も資料の閲覧ですか?最近は毎日で熱心ですね」
リフィル先輩は栞を本に挟んで閉じる。
あの栞は私が憧れる巨匠がデザインした一点物だ。
他人は気づかないかもしれないが私にはわかる。
主張せず、しかし洗練されている意匠。
私が知る限りでは栞をデザインしたなんて話は聞いた事はないがそれでも間違いが無い。
どこで手に入れたかわからないが先輩には私の想像ができない伝手があるのだろう。
「いやぁ次の個展まであと数点作らないといけないんですよぉ~楽しいから良いんですけどぉ。この資料ってどこにあるか教えてもらっても良いですかぁ?」
「ちょっと待っていてくださいね」
目当ての資料の所在を尋ねると先輩が奥の書棚の方へと取りに行ってくれる。
先輩は司書というわけでは無いはずなのだがほとんどの本を把握している。
自分で膨大な蔵書を探すような事をするよりも素直に聞いたほうが話が早いのだ。
「この国の神話、民話の資料ですか。次の作品はこういう系統にするのですか?」
「まだ決まってはいないんですけどぉ~今回使わなくてもこういうのって後からでも使えるしぃ~ん~でもどうしようかなぁ今回はそっちの方向のでやろうかなぁ~迷っちゃうなぁ~」
「確かにそれらのモチーフは色々な場合に使えますから無駄にはならないでしょうね」
この学園に入学し、図書室で色々な資料を見るようになってからリフィル先輩とは懇意にさせてもらっていた。
先輩はあまり自分の服装、服飾に関しては興味は無いが芸術に疎いというわけではない。
制作に行き詰った時には何度も相談させてもらってるし、仕事以外の事でも色々とお世話になっている。
「実はぁ~さっきも言ったんですけど次の個展の作品制作のための資料を読み込みたいんですけどぉ学園の図書室って持ち出し禁止じゃないですかぁ、でもでも私は少し遅い時間まで読みたいっていうかぁ~時間が足りてないなぁっていうか~」
「ふぅ……何かお願いごとですか?」
「先輩お願い!先輩の家の蔵書を見せて欲しいんですぅ!お家に押し掛けるのはご迷惑かもしれないんですけどお願いしたいんですぅ!できれば泊まり込みで!」
私が言いあぐねている様子を見て取って先輩が促してくれる。
先輩はいつも溜息を付きながらも私のお願いを聞いてくれるので甘えてしまう。
私は今回も聞いてくれると思いつつ先輩の手を握ってお願いするのだ。
「私の家のですか。確かに学園の図書室には無いような物もありますがそこまで多くはないですよ?」
「そんな事ないですぅ!一度拝見させてもらいましたけど凄かったですぅ!」
リフィル先輩はこの国屈指の大商会の娘だ。
ちなみに私の実家も一応は商いを生業にしているがはっきり言って規模が違う。
娘のためにと買い揃えられた書物が先輩の家には揃えられている。
乱読派だという先輩へと両親があらゆるジャンルの本を買ってくれているというそれらは口が裂けても少ないとは言えない。
大体、国の施設である学園の図書室と個人の家の蔵書量が比較される時点でおかしいのだ。
私の言葉に謙遜をするリフィル先輩。
先輩は高飛車になってもいいような生まれだというのに常に柔らかい物腰だ。
そんなところも尊敬してしまう。
「それにぃ~先輩の家なら誰にも見られないじゃないですかぁ~」
「あぁ、なるべく勉強している姿を見せないようにしているんでしたね。ここに来るのもお忍びなんですか?」
弱々しく微笑みながら私は頷く。
私は自身を天才デザイナーとして売出し、ある程度の成功を収めていた。
才覚だけでやっていけるほど甘い世界ではないからこそ、圧倒的な才覚のみで出てきたのであればそれは売りになる。
それがまだ年若い少女だとなればひとしおだ。
勉強をしていないとは言っていないが、その姿を見せないようにして意図的に“天才”というイメージを作り出した。
勿論、本当は陰で努力をしているし悩んでいる。
制作に難航する事なんて日常茶飯事だ。
だが、私はそれらを外には見せないように気をつけていた。
セルフプロデュースという奴だ。
図書室で資料漁りをして頭から湯気を出しながらデザイン案を練っている事を知っているのも先輩と信頼ができる他数人くらいだ。
「私は問題は無いですよ。今日から家に来ますか?」
「ありがとうございますぅ!お礼にと言ってはあれですけどぉ~一緒にパーティーに行きましょう!今度、私の婚約者が主催するパーティーがあるんですぅ!先輩とぉ~もうひとりくらいならねじ込めますからぁ~男の人を誘って参加してくださぁい!」
先輩はあまり綺羅びやかな場は好んでいないのは知っている。
だが、このパーティーには必ず参加をしてもらわなければいけない。
そのための方便も用意している。
「男の方を?う~ん……それは少し困ってしまいます。あまり男性の知り合いは居ないものですから」
「またまた~最近仲の良い人が居るって聞いてますよぉ~、ほら誘っちゃいましょうよぉ~可愛い後輩に無理を言われたからって言い訳して良いですからぁ~。お願いしますぅ!」
私の言葉に先輩は心当たりがあるのか何とも言えない表情をしている。
それは照れている訳でもなく、困惑しているという訳でもない顔。
本当に何と言ったら良いかわからないが頭に浮かんでしまった人が居たというところだろうか。
この先輩は可愛らしい所はあまり見せないのだから勿体ない。
色々な面で頼りになるという所だけが注目されて妙な渾名を付けられたりもしているのもそのせいだ。
「まぁパーティーの相手は追々考えるとしましょう」
最近、先輩と仲が良いと言われている男性は由緒正しき大貴族の跡取り息子。
この学園一の貴公子とも言われる人だ。
王家にも繋がる高貴な血統でありながら偉ぶる事もなく正義感が強い。
そして貴族に相応しい人の上に立つ貫禄を持つ。
女生徒達から圧倒的な支持を集めるそんな彼とこの先輩は何やら色々とあったらしいが最近は仲が良い。
「ぜぇったい誘ってくださいね。私だってぇ~挨拶したいんですからぁ~」
紆余曲折があったとしても良好な関係を結ぶ事ができている先輩が少しだけ羨ましい。
私はそういう相手を作る事ができないからだ。
私には婚約者が居る。
だけど私と婚約者はあまり良い関係ではない。
私が頭角を現わす前に結ばれた婚約。
実家の事業の為に仕方なく結ばされた物。
相手とは年齢もそれなりに離れており価値観も何もかもが合わない。
今となっては私の足枷にしかならない不本意な契約。
だが、それでも何の理由も無しに反故にする事はできない。
契約違反をした時の賠償もあるし、何よりも一方的に婚約を破棄などすれば作り上げたクリエイターとしてのイメージに傷が付く。
私のファンはポップで可愛い私を支持してくれているのだからドロドロの内ゲバ模様は見せる事はできない。
本当は先輩をパーティーに呼ぶのはお礼なんかじゃない。
噂の男性を誘って欲しいのも先輩のためじゃない。
全部、自分のため。
罪悪感はあるけれど、そうしなければいけない理由があった。
何故ならば……