駅前のコンビニ
都合のいい女になんかなりたくなかった。
ましてや奥さんのいる人と関係を持つなんて。
---------奥さんのいる人を、好きになるなんて。
それなり混み合う終電の窓に映る疲れ切った私の顔。
ホテルを出る時に鏡を見たときにはすでに目尻のアイライナーが滲んでいたし、リップもすっかり落ちていたけど、家に帰るだけだしわざわざ化粧直しはしなかった。
今日は金曜日。
駅前のコンビニでお酒でも買って帰ろう。
溜まった録画を消費して何も考えずに寝てしまおう。
あの人のことを考えても自分を責めるだけだから。
自宅の最寄駅に着くと足早にコンビニへと向かった。
大きい缶のビールを2本と小さい缶のレモンサワーを3本カゴの中に放り込んだときだった。
「おねーさん、それひとりで飲むの?」
やけに整った顔の男が話しかけてきた。
歳は私と変わらないくらいで、金髪ストレートに真っ黒いシャツとパンツ、両耳には小さなピアスが光っている。
「え?」
「あ、ごめん、結構な量だから思わず声かけちゃった。お酒強いの?」
厳つそうな見た目とは違い、目尻にシワができる柔らかい笑顔で私に話しかける。ナンパだろうか?
「‥ひとりです。強‥くはないです。多分人並み。」
初対面なのに、ナンパかもしれないのに、普通に答えてしまう私も馬鹿だと思うけど、この人があまりに綺麗な顔をしているせいだ。
「ひとりでその量飲むなら強いって!まじか、かっこいいねお姉さん!」
そう言うと私の手からカゴをひったくり、レジへと歩いて行ってしまった。
「えっ、あの?」
「お姉さんのかっこよさに惚れました!奢らせて。あ、56番ひとつ。」
「いや、そんなわけには」
「いーのいーの。」
「あの、困ります。」
急いでバッグからお財布を取り出そうとしたけど、こんなときに限って何かに引っかかってすぐに出てきてくれない。
「その代わり、俺の頼み聞いてくれない?」
ピピッと電子マネーの音が鳴る。
お会計は数秒で終わってしまった。
頼みって何?やっぱり怪しい人だったんだ。
お酒数本で私は一体どんな怪しい頼まれごとをされるのだろう。
綺麗だと思っていた顔が、急に怖くなって見られなくなった。
手にじんわりと汗が浮かんでくるのがわかる。
「何やってるの?行こ。」
レジ袋とさっき買った煙草を手に、不思議そうに私のことを見ている。
「あの、お金、やっぱり払っていただくわけには行きません」
コンビニの自動ドアをくぐりながら話しかけると
「あそこ、俺働いてるとこ」
彼が指を差したのは駅前のロータリーの前にあるビルだった。
ビルには焼き鳥屋さんやイタリアンバルが入っていて、私も何度か友達と利用したことがある。
「5階にバーがあるの知ってる?そこで働いてんの俺。
今からちょっと遊びに来てよ。」
「え、今からですか?」
「今から!今日金曜なのにあんまり客来なくてさ。先週隣のビルにお洒落なバーが入っちゃってそっちに流れたみたいで。困ってるんだよ〜。だからお願い!絶対後悔させないから!」
整った顔が困っている。
こんな容姿端麗な男の人と話すことなんて人生でそうないだろう。
明日は土曜だし、もともと飲む予定だったし。
「分かりました。じゃあ1杯だけ。」
「ほんと?やったー、ありがとう!」
私は生まれて初めてバーに行くことになった。