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ピアスホール  作者: 水帆
1/1

駅前のコンビニ

都合のいい女になんかなりたくなかった。

ましてや奥さんのいる人と関係を持つなんて。

---------奥さんのいる人を、好きになるなんて。




それなり混み合う終電の窓に映る疲れ切った私の顔。

ホテルを出る時に鏡を見たときにはすでに目尻のアイライナーが滲んでいたし、リップもすっかり落ちていたけど、家に帰るだけだしわざわざ化粧直しはしなかった。



今日は金曜日。

駅前のコンビニでお酒でも買って帰ろう。

溜まった録画を消費して何も考えずに寝てしまおう。

あの人のことを考えても自分を責めるだけだから。

自宅の最寄駅に着くと足早にコンビニへと向かった。

大きい缶のビールを2本と小さい缶のレモンサワーを3本カゴの中に放り込んだときだった。



「おねーさん、それひとりで飲むの?」

やけに整った顔の男が話しかけてきた。

歳は私と変わらないくらいで、金髪ストレートに真っ黒いシャツとパンツ、両耳には小さなピアスが光っている。

「え?」

「あ、ごめん、結構な量だから思わず声かけちゃった。お酒強いの?」

厳つそうな見た目とは違い、目尻にシワができる柔らかい笑顔で私に話しかける。ナンパだろうか?

「‥ひとりです。強‥くはないです。多分人並み。」

初対面なのに、ナンパかもしれないのに、普通に答えてしまう私も馬鹿だと思うけど、この人があまりに綺麗な顔をしているせいだ。

「ひとりでその量飲むなら強いって!まじか、かっこいいねお姉さん!」

そう言うと私の手からカゴをひったくり、レジへと歩いて行ってしまった。

「えっ、あの?」

「お姉さんのかっこよさに惚れました!奢らせて。あ、56番ひとつ。」

「いや、そんなわけには」

「いーのいーの。」

「あの、困ります。」

急いでバッグからお財布を取り出そうとしたけど、こんなときに限って何かに引っかかってすぐに出てきてくれない。

「その代わり、俺の頼み聞いてくれない?」

ピピッと電子マネーの音が鳴る。

お会計は数秒で終わってしまった。

頼みって何?やっぱり怪しい人だったんだ。

お酒数本で私は一体どんな怪しい頼まれごとをされるのだろう。

綺麗だと思っていた顔が、急に怖くなって見られなくなった。

手にじんわりと汗が浮かんでくるのがわかる。

「何やってるの?行こ。」

レジ袋とさっき買った煙草を手に、不思議そうに私のことを見ている。

「あの、お金、やっぱり払っていただくわけには行きません」

コンビニの自動ドアをくぐりながら話しかけると

「あそこ、俺働いてるとこ」

彼が指を差したのは駅前のロータリーの前にあるビルだった。

ビルには焼き鳥屋さんやイタリアンバルが入っていて、私も何度か友達と利用したことがある。

「5階にバーがあるの知ってる?そこで働いてんの俺。

今からちょっと遊びに来てよ。」

「え、今からですか?」

「今から!今日金曜なのにあんまり客来なくてさ。先週隣のビルにお洒落なバーが入っちゃってそっちに流れたみたいで。困ってるんだよ〜。だからお願い!絶対後悔させないから!」

整った顔が困っている。

こんな容姿端麗な男の人と話すことなんて人生でそうないだろう。

明日は土曜だし、もともと飲む予定だったし。

「分かりました。じゃあ1杯だけ。」

「ほんと?やったー、ありがとう!」

私は生まれて初めてバーに行くことになった。


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