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サキュバス×タンクの最強戦術  作者: たけちの
9/15

#09 食卓と猫

約3700文字(約7分)

「リクオさん、お食事の用意ができましたよ」


 ドアをノックする音に続き、オリエの声が耳に届く。


「はい」とリクオは答えながら、ベルトに付けたポーチの調整を終わらせる。


 ドアを開けると、そこにはオリエと、もう一人、長身の男性が立っていた。

 短く切り揃えられた白髪(はくはつ)に、丁寧に整えられた白い髭。


 老人と言っても間違いのない年齢だろうが、その立派な体格と背筋の伸びた立ち姿からは、微塵も衰えを感じさせない精悍さがあった。


 彼は、肩から膝下までに至るフード付きの黒いマントを羽織っており、その下には濃紺のジャケットに濃紺のパンツ、足には黒のブーツを履いていた。


 軍人が雨の中、あるいは夜に紛れて執行に向かうような装いに見えるが、今は快晴の昼前である。

 黒いマントがもたらす、そのアンバランスさは、社会規範から逸脱した部分をも覆い隠しているようで、男が危うい一面も併せ持っているかのように思わせた。


「はじめまして、リクオ殿。私はバロアと申します。リクオ殿の護衛役となります。よろしくお願いします」


 低く優しい、少しかすれた声だった。表情もにっこりと柔らかく、温かみのある人柄が伝わってくる。


「はい! よろしくお願いします! ……護衛役?」


 リクオがオリエに問うと、


「我々としてはリクオさんを狙われるのが一番怖いですから、護衛をつけることにしました。それと、ある程度は自分の身を自分で守れるように、剣術や魔術も彼に教わってください」


 護衛のみならず護身術の指南まで、と感謝し、また頭を下げるリクオだったが、心に不安がよぎる。


(そうか。狙われることも、あるのか……)


 敵がいるなら、当然のことではある。だが目まぐるしく変わる状況の中で、そこまで考えは及んでいなかった。


「リクオさん、ご安心ください。バロアは剣の達人でルヒメナの先生でもありますし――」


 ヒメも剣術を学んでいるのか、と感心したリクオに、


「わたくしを殺した人間でもあります」


 いつもの微笑で、彼女は語った。


 リクオの息が詰まる。なんと返せばいいのか、全く思いつかない。

 バロアの顔色を窺うが、彼も同様に笑みを浮かべていた。


「そういうことも、ありましたなぁ」バロアは過去を懐かしむが如く、髭を撫でている。


「す、すごいデスネ」


 困ったあげく、リクオはぎこちない感想を述べるだけになってしまう。


「まあ、わたくしはその時、全力ではありませんでしたから。人間としてはまあ、まあまあ、ってところですかね」


 負けず嫌いなのか、オリエは真の序列を主張するが、リクオは「はぁ……」と、バロアは「ハハハ」と返すのみだった。


 そこでリクオは(――あれ?)と、既視感を覚える。バロアの笑い方がまるで、ルヒメナと同じように聞こえたのだ。


「あ、もしかして、二人がルヒメナさんの両親なんですか?」



 完全に失言だった。



「ぐっ」とリクオの喉から音が漏れる。


 苦しさに気づいたときには、オリエの左手がリクオの喉元をガッシリと掴んでいた。

 握力は、息が絶える一歩手前に抑えられているようだが、リクオとしては生きた心地がしない。


 護衛役とはなんだったのか、バロアは、困ったなぁ、といった様子でこめかみをポリポリと掻いている。


 オリエはグイッとリクオを引き寄せ、顔をリクオの鼻先まで近づけて警告する。


「リクオさん? 今度つまらない冗談を言ったら、この喉を握りつぶして、中身を全部引っ張り出しますからね?」


 優しい口調の、残虐な脅しだった。

 声が出せないリクオは、わずかに顎を上下させて服従の意志を表す。


「わかっていただけて、なによりです。ではお食事に参りましょう」


   ◇◇◇


 食卓は料理で埋め尽くされていた。


 四角い大きなテーブルに椅子が四つ用意され、そのひとつにルヒメナが座っている。

 彼女は既に食事を始めていたようで、頬を膨らませてモグモグ咀嚼をしていた。


 ルヒメナはリクオたちの姿を認めると、挨拶なのか「んー!」と声を発しつつ、片手を挙げた。


「ルヒメナ……、待てなかったんですか?」


 オリエの問いにゴクンと喉を鳴らし、「だって、遅いんだもん。ねー、リック」とテーブルの下を覗き込む。


 テーブルの下には、一枚の大皿に料理が盛られており、リックが肉料理にかぶり付いていた。


 リックは獣らしい形相で牙を剥き、肉の塊に夢中になっているようだった。



「リクオさん、どうぞ?」


 ルヒメナの隣の椅子をオリエが引き、「ありがとうございます」とリクオが席に着く。


 その隣にバロアが座り、オリエは回り込んでリクオの対面の席に着いた。


「しかし、すごい量ですな」


 バロアが感想を口にする。

 料理の多さに驚いたのはリクオだけではなかったらしく、それにルヒメナも同意を示した。


「すごいよねー。リクオってそんなに食べるの?」

「え?」


 リクオはフォークを持った状態で固まる。


「はい」とリクオに代わって答えたのは、やはりオリエだった。彼女は食事に手を付ける様子もなく、真っ直ぐにリクオを見つめている。


「…………え?」



 かくして、リクオの戦いが始まった。


   ◇◇◇


 食卓にはリクオとオリエ、そして皿が片付けられたいくらかのスペースに、リックがだらしなく寝転がっていた。


 ルヒメナとバロアは食後の稽古に行くと言い、既に部屋を後にしている。


 リクオも満腹感を覚えて久しいが、未だ食事を終えられずにいた。


「リクオさん? 手が止まっていますよ?」

「……はい」


 そう言うオリエは、一切料理を口にしていない。

 訊くと、どうやら英霊という存在には食事は必要ないらしかった。


 つまり、リクオが食事をとっている間中ずっと、彼女はリクオを、ただただ見つめ続けていた、ということになる。


 どうやら彼女はリクオの口元に視線を固定しているようで、リクオがスープを飲んで息をつけば、同じようにゴクリと喉を鳴らして熱い息を吐いたり、肉料理のソースで口元を汚した際には舌なめずりをしたりと、食欲のようなものを表出させていた。


 リクオの食事風景を眺めるのがよっぽど楽しいのか、たまに「ふふっ」と上機嫌な声を漏らしたりもしていた。


(た、食べにくすぎる……)


 とリクオが皿の料理をスプーンでかき集めていると、その動きにリックが興味を持ったようで、すくっと立ち上がると、リクオの右手に前足をかけた。


「リック? ダメですよ? リクオさんは今、仕事中なんですから……」

「仕事中?」

「はい。よく食べて、よく寝るのが仕事です」


 断定だった。


「……そう、ですね」


 それはタンクテストの際にルヒメナが言っていた言葉だが、さすがにこれ以上は、とリクオは話題の転換を図る。


「リックは、人間と同じ料理を食べて大丈夫なんですか?」


 人間と動物では毒になるものが違う。共通した食べ物や栄養素でも、適切な摂取量はそれぞれなので、食べるものは区別しないといけないはずだと、リクオは知っていた。


 しかし、どうもリックは自分たちと同じ料理を食べているようだった。


「大丈夫なようですねぇ。そもそも止めようとしても、すり抜けて勝手に食べてしまうのですが、なにを食べてもピンピンしてますからねぇ」


 リクオが右手を動かすと、リックは両前足でしがみつき、右手を止めると頭や首筋をこすりつけ、高い声で「ナァ~」と鳴いた。

 その愛らしさにリクオはつい、目を細める。


「元々は普通の猫だったはずなんですが、わたくしが死んだ後に、魔物へと変質し始めたようなんです」

「魔物に?」

「はい。“すり抜け”の能力や、猫にしては長寿なところを考えると、もう魔物と言ってもいいと思います。今もまだ変質中かもしれませんが……」


「魔物なんですか。リックは」


 リクオはリックに話しかけるが、相変わらずリックはリクオの右手に絡みついていた。


 リクオが指をちょこちょこ動かすと、リックは寝転がりながら指を甘噛みしてくる。ついリクオも夢中になり、リックの相手をしていると、


「はい! そこまでです!」


 背後に忍び寄っていたオリエがリックを両手で抱え上げた。


「リックは魔力を込めた手で抱えると、“すり抜け”状態を封じて触れることができるんです」


 オリエは頭上までリックを掲げ、勝ち誇る。

 だが次の瞬間、リックはオリエの魔手(ましゅ)を“すり抜け”て、テーブル上に着地した。


「あら?」と気の抜けた声を出すオリエに、リックは「ナー!」と(とき)の声を上げる。


「また腕を上げましたね?リック」


 オリエが感嘆している隙に、リックはテーブル上で一番大きな肉の塊をガブリとくわえ、走り出した。


「リック! それはリクオさんのお肉です!」


 オリエが注意したときにはもう、リックはテーブルから飛び降り、肉ごと壁をすり抜けていた。


「リクオさん! わたくしはお肉を取り戻してきます! ちゃんと全部、食べてくださいね!?」


 オリエが身を翻すと、煙が空気中に溶けて消えるように、彼女の全身がぶわりと消えた。


 リクオはテーブルに視線を戻す。


(全部って……)


 まだ、テーブルの半分ほどが料理で埋まっている。



 そのとき窓の外から、金属と金属がぶつかり合うような、高い音が聞こえてきた。


(ヒメが言ってた稽古かな……?)


 と、リクオは、おもむろに両手を合わせる。


「ごちそうさまでした」



 そしてリクオは足音を潜め、こっそりと部屋を抜け出した。





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