表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サキュバス×タンクの最強戦術  作者: たけちの
8/15

#08 ヒメ

約3300文字(約7分)

 黒装束の二人が去り、強大な魔力の存在感も消えた今、辺りは異様に静かに感じられた。


「ルヒメナさん、介入のこと、黙っていてすみません」


 リクオが深々と頭を下げる。


「いいよ謝らなくて。それに、ちょっと安心したし」

「安心?」

「異世界の人を強引に呼び出しちゃったと思って、罪悪感あったんだよね」


 リクオが右手を持ち上げた。手にはまだ誓約書が握られており――


「いい! 大丈夫!」


 ルヒメナが先手を取ってリクオを制する。


「それは持っててよ」

「ですが……」

「確かに罪悪感もあったけどさ、持ってた方がいいよ。身を守るためにもなるし」

「身を守る?」

「……オリエは危険なやつだからね」


 ルヒメナは眉尻を下げて苦笑いする。


「オリエさんが、僕を脅したりするかも、ってことですか?」


 今度はリクオが先手を取り、とぼける。


 実際に自分の身を守ることを考えるなら、既に脅されたことがある、と打ち明けた方が効果的かもしれない。


 しかし今のリクオは、とにかくルヒメナにこれ以上心配をかけたくなかったし、心配をかけてはいけない気がした。


 そんな心情から生まれた、咄嗟の嘘だった。


「まあ、オリエならやりかねないね」

「……そうですか」とリクオも苦笑する。


「それに、そんなにリスクが高い誓約じゃないよ? 期限とか決めてないし、私自身が納得できるだけの恩返し、ってくらいの緩い条件だし。

 リクオが生きてさえいれば、いつでも、いくらでも、恩は返せるからね」


 ルヒメナがやっと、彼女らしい笑みを見せた。


「呼び出しといてリクオを守れなかったら、それこそ右腕だけじゃ償えないし。

 でも安心して? リクオが協力してくれれば、私たちはきっと、誰にも負けないから!」


 両手をグッと握りしめ、彼女は自信たっぷりに語る。


「はい!」


 リクオも自然と笑顔になれた。

 この世界のことはまだまだわからないが、なぜかルヒメナの言葉はすんなりと信用できた。


 彼女がそう信じるのなら、きっとそうに違いない、と。



「じゃあリクオの部屋に案内するよ! 昨日、リクオ用に作ったんだ」


 そう言うとルヒメナは、意気揚々と屋敷の方へ歩き始めた。




 外から見た屋敷は二階建てになっており、横に長く、部屋数はかなりあるようだった。


 屋敷はよく手入れされているのか、クリーム色の壁には汚れが一切なく、自然に囲まれているにも関わらず、その周囲には雑草ひとつ生えていなかった。


 建物の真ん中あたりに、玄関として観音開きのドアが設置されていて、中に入ると正面に階段が見える。


 玄関から右の廊下に入ると、その突き当たりに地下へ繋がる階段があり、正面の階段を上がると、先ほどの大広間がある二階へと行ける。


 リクオの部屋として案内されたのは、二階の一室だった。


「ここだよー」とルヒメナが扉を開け、リクオを招き入れる。


 部屋には、窓が二つにベッドが一つ。机と椅子のセットに、背の低い簡単なタンスがあった。

 タンスの上には何枚かの衣服が積まれているようだった。


 カーテンは両方とも開かれており、朝の光で室内は明るくなっていた。


「いい感じでしょ?」


 ルヒメナが部屋に入り、二つの窓を開けると、外の涼やかな空気が流れ込んでくる。

 鳥の楽しげな鳴き声と、屋敷を囲む木々の、ざあざあと葉を鳴らす音が心地よく耳に入った。


「ドアと廊下の窓を開けておけば、風が通って気持ちいいんだ~」と彼女は窓の外を眺めながら語る。


 ベッドは壁際にありながら、近くの窓から陽光に照らされていて、朝日と共に目覚められそうな配置になっていた。


 リクオがベッドに目をやっていると、唐突にルヒメナがベッドに寝転がる。


「私の部屋は隣になってるから――」と壁をさすり、


「ピンチのときは壁をこう、ドン、と叩いてね?」


 笑顔で助言をくれたようだが、リクオは首を傾げてしまう。


「ピンチ?(……盗賊団のことかな?)」

「オリエに襲われたりとかね」

「おそわれ!?」

「ハハハ、まあそこまでするかは分からないけど」


 彼女はベッドから降りると、軽やかな足取りでタンスの方へ向かう。


「服はいくつか用意したから、好きなの選んでね。ベルトに付けられるポーチもいくつか置いとくから、好きに使ってね」

「はい。ありがとうございます」



「でもまあ、ここにも長くはいられないと思うけど……」


 ルヒメナは俯いて呟く。

 途端に部屋まで暗くなったような気がした。


 だがルヒメナの横顔を確かめると、その顔つきは悲哀に沈んだものではなく、覚悟を伴ったものだった。


「ルヒメナさん……」


 今度こそ盗賊団のことだろう、リクオには、かける言葉が見つからなかった。


 悪人に追われ、助けを求め、反撃することを決めたルヒメナ。

 自身に危険が迫っているにも関わらず、異世界からの介入者にも対等であろうとする誠実な少女。


 その瞳に宿る決意に、リクオも胸を熱くする。


「ルヒメナさん……!」

「リクオ」


 顔を上げ、ルヒメナは真っ直ぐにリクオを見る。


「私のこと、ヒメって呼んでよ」


 予想外の、真っ直ぐなリクエストだった。


「へ?」


 思わず、気の抜けた声が出てしまう。


「ヒメって、呼んで欲しい……」


 ルヒメナは、不安そうに目を泳がせていた。


 一瞬前の、決意に満ちた表情はどこへ行ったのか。あるいは、この要求のための決意だったのかと、リクオは混乱する。


「は、はい。わかりました。……ヒメ」


「へへっ」と途端にルヒメナは相好を崩し、照れた様子を見せた。


「こういう風に、呼ばれたかったんだよね」


 リクオもなぜか顔が熱くなり、窓の外へと目を向けてしまう。


 その時ちょうど、二羽の白い鳥が、窓枠の四角に切り取られた青空を横切っていくところだった。


(あれ……?)とリクオは、不意に自分の過去を振り返る。


 人のことを愛称で呼ぶのは、初めてではないだろうか。


 もしかして、初めての友達ができたのかもしれない。


 ルヒメナに視線を戻すと、彼女もこちらを見つめていた。


 彼女は肩をビクリと震わせ、


「じゃ、じゃあ私は行くよ。リクオはゆっくりしてて。今たぶん、オリエがご飯作ってくれてると思うから」


 と、慌てた様子で口早に述べ、そのまま部屋を後にしようとする。


 彼女がドアを開けると、ふわりとカーテンが揺れた。


 朝の清涼な空気が窓から入り、瑞々しい草木の香りがリクオを撫でて通り抜ける。


 ルヒメナの桃色の髪が風に舞い、振り返った彼女は目を細めた。


「妹さん、見つかるといいね」


 希望に満ちた彼女の笑みに、リクオの胸がきゅっと締め付けられる。


「はい」



 ぱたん、とドアが閉められ、風が止まる。




 なぜか舞い上がったリクオの心も落ち着きを取り戻すと、それに従い、足下に視線が落ちてしまう。


 うなだれたまま、耳に残ったルヒメナの言葉を思い返す。


 ――『妹さん、見つかるといいね』



 果たして本当に、そうなのだろうか?




 ――『お兄ちゃん』


 妹の声が聞こえた気がした。


 顔を上げると、あの日の妹の姿がそこにあった。

 後ろで束ねた黒髪に、自分とお揃いの白の上下。


 ただその時だけは、妹の服は赤黒く汚れていた。


「なんで、こんな……」


 自分の声も、どこか遠くから聞こえてくる。


「だって、ずっと呼んでるんだもん」


「誰が……」


「ねぇ、一緒に行こう?」


 妹が真っ赤な手の平を差し出す。


 彼女の手や顎からは、とめどなく血が滴っている。


 恐らく彼女のものではないだろう。

 この状態の妹を傷つけられる者など、リクオには思いつかない。


「もう我慢しなくていいんだよ、お兄ちゃん」


「だって、もうここには、誰もいないんだから――」


 嬉しそうに、得意気に妹は話す。


 まるで褒めて欲しそうな笑顔に、その純粋さに、リクオは体の芯から震え上がった。



 次の瞬間、妹は姿を消した。



 妹がいなくなったことで、彼女が歩んできた廊下のありさまが目に入る。


 その白い通路には、赤い染みがたくさんできていた。


 白い靴と赤い靴。白衣と腕のセットや、赤にまみれた頭部。


 かつて人間だったものがここにありますよ、とそれぞれに赤色の目印が付いているようだった。


 リクオはうめき声を漏らしながら、妹のいた場所に手を伸ばす。


 そこには、別の空間をリクオに感じさせた。



 即断だった。


 リクオは、すぐさま新たな能力の構築に入った。


 これまで妹を縛っていた能力は失ってしまうだろうが、今はなにより妹を追うべきだ。




 それはリクオがこの世界に来る前の、決して忘れ得ぬ、最も鮮やかな記憶だった。





【お知らせ】

 投稿のお知らせはツイッターで。

 執筆や投稿に関するアレコレはブログで記事にします。

 どちらも活動報告からどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ