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サキュバス×タンクの最強戦術  作者: たけちの
5/15

#05 運命の朝

約3600文字(約7分)

 ドアがノックされる。

「はい」


 扉がゆっくりと開かれ、現れたオリエが軽く頭を下げる。


「失礼します。おはようございますリクオさん。よく眠れましたか?」

「……はい」


 本気で訊いているのか、それともからかっているのか判断がつかず、リクオはぎこちなく答える。


「靴を用意しましたので、どうぞお使いください」


 オリエは、ランプと一足の靴をそれぞれ手に持っており、ベッド脇に靴を置いた。

 布と皮を縫製して作られたような靴は、リクオの足にぴったりだった。


「サイズは大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 恐らく眠っている間に測っていたのだろう、と思いながらリクオは感謝を伝える。


「では、参りましょうか」



 部屋の外、暗い通路をオリエに続いて進む。


 光源はオリエの持つランプ以外になく、空気はひんやりとしている。

 左右には扉が等間隔で並んでいるが、どれも現在では使われていないような、廃れた印象があった。


 通路の突き当たりを曲がると階段が現れた。階段の先にあったのは、一つの扉。

 オリエが扉を押し開けると、リクオは眩しさに目を細める。



 扉の先は、大きな屋敷の一部だと直感でわかるくらいの、立派な廊下になっていた。


 右にはドアが並び、左に並んだ窓からは陽光がいっぱいに差し込んでいる。

 窓の外には、木々の緑と快晴の青が見え、世界を超えても変わらぬ自然の姿に、リクオは少し安心感を覚える。


 案内されたのは、二階の部屋だった。

 そこに至るまで、屋敷内にも窓の外にも人の姿は見当たらず、物音ひとつしなかった。


「ここです」


 オリエが扉を開き、リクオを招く。



 中は、来客用の大広間のようになっていた。壁際にソファーが並び、それぞれに簡単な机が添えられているだけで、ダンスパーティーでも開けそうな空間がある。



 その中央に、ルヒメナと黒装束の二人が立っていた。


「おはようリクオ!」


 ルヒメナの鮮やかな声と笑顔が、この快晴の朝と同じく輝いて見えた。


 この時リクオは、少し損をしたような気持ちを覚える。

 もし自分が不安のない未来を持っていたら、きっと心から、この輝く朝と鮮やかな笑顔に感動したことだろう、と。


 黒仮面の男は軽く手を挙げ、女性の方は会釈を見せる。


「おはようございます」三人へ頭を下げ、リクオは覚悟を決める。


(どんな未来であれ、生き残る。きっとここに、この世界に妹はいるんだ)


 ぐっ、と両手を握りしめ、頭を上げる。


 すると、今度はルヒメナが頭を下げていた。


「ごめんなさい!」

「へ?」


 一気にリクオの気が抜けてしまう。


 ルヒメナが顔を上げると、眉尻を下げた、申し訳なさそうな表情になっていた。


「まずは謝らせて? 強引に呼び出して、ごめんなさい」

「いえ!」強引と言うならお互い様だ。


(ルヒメナさんは詳しいことを聞いてないのか?)リクオは内心驚く。


 しかしここで自分の事情を話していいものか、と隣のオリエを横目で見やると、彼女は言葉はなしに、いつもの微笑を返すのみだった。


 リクオはそれを『余計なことは言わなくていい』と読み取り、口をつぐむ。



「ほんとは召喚前に話ができるはずだったんだけど……。手違いがあったみたいで……」


 真摯な謝罪にリクオの胸が痛む。


「気にしないでください。呼び出して貰って、嬉しく思ってますので」

「う、嬉しい!? 嬉しいってどういう……」


 ルヒメナが困惑を見せ、オリエも首をかしげたのが分かる。

 だがリクオはこれでいいのだと信じる。前進するのだ、と。


「まあ、いっか。……うん、よかった!」


 ルヒメナは両手を合わせると、話に区切りを付ける。


「じゃあここからは、私たちの事情を説明するね!」

「はい」

「えっと……、実は私とオリエ、サキュバスなの」

「サキュバス……」


(本で読んだことがある。夢魔とか淫魔とか、そう呼ばれてて……、確か悪魔だったような……)


 そして納得する。オリエの能力は、まさしくサキュバスの力だったのだ。


「最初から話すと、まず私が盗賊に追われて困ってたの。サキュバス狩りをしてる盗賊団で、ピンク髪のサキュバスは価値が高いらしくて」


 ルヒメナは自身の髪を触り、続ける。


「この世界には英霊召喚、っていう魔術があってね? まあ、守護霊みたいな存在を呼び出すことなんだけど……」


(『この世界』ってことは、介入したこと以外は聞いてるのか……?)リクオは注意深くルヒメナの言葉を拾う。


「英霊を呼び出して助けて貰おう、と思ったんだけど、出てきたのが頭ピンクのサキュバスで……」

「ルヒメナ? 頭ピンクっていうのはやめましょうね?」ニコニコとオリエが注意する。


「しかも、私の母親らしくて」

「母親!?」思わずリクオは声を漏らす。


「あら、母親と言っても、わたくしが殺されたのは今のルヒメナより8歳くらい上なだけですから、8歳差であればもう、姉妹のようなものです」


 なにか不満でもあるのか、すらすらとオリエは語る。

『英霊』や『殺された』というワードに疑問を持ちつつも、リクオは先を促すようにルヒメナへと視線を戻す。


「助けを求めてたのに同じピンクのサキュバスが来たんじゃあ、余計に追われるでしょ?」

「なるほど」


「でもそこで考えを変えたの」


 ルヒメナの目つきが鋭くなる。


「もう逃げるのはやめて、自分たちの力で追い払おう、って」

「はい」リクオも話の流れが掴めてきた。


「だからタンク役が必要になったの。私とオリエ、二人ともサキュバスだし、タンク役がいるだけで二人ともパワーアップできるから」


(タンク役で、パワーアップ……?)


 リクオがかつてプレイしていたゲームにも『タンク』という役割があった。

 だがそれは、味方の盾となり壁となる存在のことで、決して“パワーアップ”という言葉とは結びつかない。


 疑問が浮かぶと同時に、頭の別の部分では既に答えが出ていた。

 サキュバス、タンク、パワーアップ。導き出すのに、推理はいらない。


「もしリクオに協力してくれる意思があるなら、これからタンクとしての素質をテストする。

 それに合格すれば、住む場所とか食事もだし、給料も払う。その代わり、私たちに魔力を提供してもらう。

 つまり、よく食べてよく寝るのが仕事!」


 両手を広げ「素敵でしょ?」とアピールするルヒメナ。


 彼女の語る『タンク役』とはつまり、器のこと。サキュバスに魔力を提供するための、魔力容器。


「リクオが断るなら、どこかの街で当分暮らせるお金を払ってもいいし、行くところがないなら、ここで使用人として雇ってもいい。

 でも元の世界に戻すっていうのは、今はできない。転移術っていう、別の魔術が必要になるから……」


 元の世界に戻る気はないが、ここで雇ってもらうのと街に住むというのは、どちらも魅力的に思えた。

 しかしオリエの脅迫により、選ぶ方は元から決まっているのだ。


「協力したいです」

「ありがとうリクオ……」


 お礼を言うと、ルヒメナは少し困ったような、照れたような顔を見せる。


「リクオ、あのね……」

「はい」

「もしリクオが私たちを助けてくれたら、同じくらい、私もリクオを助けるからね」

「……はい」


 リクオには意味が分からなかった。ルヒメナがなにを伝えたいのか。

 同じようにオリエも困惑していた。


「コクリン」ルヒメナが黒装束二人の方を向く。

「はい」


 女性の方が返事をすると、彼女は懐から筒状に丸められた紙を取り出した。


(あれ? コクリンって、二人とも?)リクオの頭に疑問符が浮かぶ。


「ルヒメナ? 契約なら必要ありません。昨日も言いましたが、リクオさんは既に困っている状況なのです。

 助け合うのはもちろんですが、契約を交わすほどでは……」

「違うよオリエ。未来の話だよ」


 きっぱりとした口調で、彼女はオリエの言葉を撥ね退けた。

 次にオリエは、リクオへ語りかける。


「契約書までは必要ないですよねぇ?」

「はい。必要ありません」


『契約書』がどういう意味を持つのか、リクオにはわからなかった。だがそれを知るまでもなく、オリエには逆らえない。


 断りながらリクオの視線は、ルヒメナに釘づけになっていた。彼女の言った『未来』という言葉が、彼女自身と重なる気がしたからだ。

 ルヒメナの笑顔や声の印象、選ぶ言葉と真摯な態度に、『未来』という言葉はとても相応しく、似合っているように思えた。


「そう? う~ん……。まあ、リクオが言うならいいけど……」


 思惑と違ったのか、ルヒメナは腕を組んで口をへの字に曲げている。


「うん!」考えに折り合いがついたのか、キリッとルヒメナは表情を切り替える。


「よし、じゃあタンクテスト、やろう!」


 恐らく合格する、とは言われているが、やはり試されるというのは緊張する。リクオは自分の心拍数が上がるのを感じた。


 オリエがリクオの目の前へと歩み、向かい合う。そして両手を差し出し手のひらを見せ、「手を」と求める。


 リクオが彼女の手に自身の手を重ねると、オリエによって軽く握られる。柔らかく滑らかなオリエの手を、リクオも同じくらいの力で握り返す。


「心の準備はいいですか?」

「……はい!」





【次回予告:#06 タンクテスト】

「今からリクオさんの魔力を吸うことであなたを試しますが――」

 オリエの口角がくいっ、と上がり、悪戯を企むような笑みに変わる。

「――普通に吸うのと気持ちよく吸うの、どちらがいいですか?」


【お知らせ】

 投稿のお知らせはツイッターで、

 執筆や投稿に関するアレコレはブログで記事にします。

 どちらも活動報告からどうぞ。


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