#04 夜這い【後編】
約2700文字(約6分)
常夜灯のように優しく部屋を照らすランプ。ベッドの上に座るリクオ。そしてその延長線上に椅子が一つ。
黒装束の男は、拡大されたリクオの影の中に座っている。
黙っている彼を見つめていると、まるで男が影と同化していくような錯覚を覚える。
だが、間もなく男は口を開いた。『この世界』に対する、彼なりの認識について。
「まずこの世界は、俺らの『地球世界』より圧倒的に異能力者が多いな。異能の周知レベルも高い。魔法も当たり前の常識として認知されてるしな」
「なるほど」
リクオはうんうんと頷きながら、二つのことを学んでいた。この世界についてと、自分のいた世界について。
「それから、RPGに出てくるような魔物とか、悪魔って存在もいる」
「RPG! じゃあ、魔王とかも……?」
RPGは知っていた。白い部屋に用意されていたものだ。
「魔王もいたらしいで」
「おお!」
「そもそもこの世界は20年くらい前まで、魔王が治めてたらしい。それを人間側が一丸となって討伐したんやけど、しょーもないのが、今では国と国、人と人との争いの時代になってるみたいやな」
「RPGの、続きの世界……!」
「ああ、まあそうやな」と男が笑う。
気分が乗ったのか、彼は少し身を乗り出して指を一本立てる。
「それで、ひとつ忠告がある」
「忠告……?」
「魔王軍の強さってのは、魔王自体の強さが大きかったらしい。更に言うと、魔王と、その副官によるコンビ戦術がかなり強力で、いざ戦闘になると人間側には打つ手がなかったほどらしいわ。で、その副官ってのが――」
男は指を立てたまま、なぜか静止した。
唐突に彼の生気が消え、まるで気づかぬ内に人形にすげ替えられてしまったかのような印象をリクオは覚えた。
「あらぁ、いけませんよ?」
いつの間にか、ドアの手前にオリエが立っていた。
「よく知らない方に夜這いをかけるなんて、はしたないですよ~」
口元はいつものように微笑を湛えている。だが目つきは鋭く黒仮面の男を捉えており、たちまち剣呑な空気が部屋を満たしていく。
彼女の髪型も前回とは違った。今は長い髪を左胸の前に流しており、色っぽい首筋に、右耳の揺れるピアスがキラリと映える。
(赤い、宝石……!)
ピアスは銀色の金具に赤い石が嵌まったものだった。
「ナー」
「ナー、じゃありませんよ、リック。あなたにも言っているのです」
オリエは猫に優しい視線を向けて窘める。
(聞かれた……! 今オリエさんが話してる言葉も、日本語ということか……)
「コクリンさん? 交渉はこちらでする約束でしょう?」彼女が小首を傾げると、そのピアスがゆらゆらと揺れる。
「ああ、これは失礼。ちょっと長話、しすぎたかなぁ」
コクリンと呼ばれた男が、静かに立ち上がる。
「しかし、わたくしがここまで接近しないと気づかないなんて、心配です……」
芝居がかった仕草で、いかにも悩ましげに頬を触り、かぶりを振るオリエ。
「大丈夫ですか? リクオさんはともかく、コクリンさんは、……ああ!」なにかを思いついたと両手を合わせ、
「――もしかして分身体ですか?」
コクリンは無言のまま動かない。
オリエが一歩踏み出す――
「おっとバレたか! じゃあ失礼っ」と、瞬く間にその場から姿を消失させた。
オリエの接近に気が付かなったことから分身だと推測されたコクリン。そして忽然と消えたのは、まさにその証明なのだろう。
しかし、その推測を成り立たせる構成要素は、リクオにとって都合の悪い事実を内包している。
つまり分身体だと気配察知が難しく、本体であれば気づいて当然ということ。そしてもちろん、リクオは分身体ではない。
(リクオさんはともかく、って……)
その言葉が意味するところに、リクオの頭の中で警鐘が鳴り始める。
「二人っきりですね」とオリエ。
「ナー」
猫のリックが抗議をする。
そう言えば、『リクオ』が良い名だと言っていたのはオリエだったか、とリクオは、現実から目を逸らそうとする。
オリエはリックの主張に取り合わず、リクオの目の前に歩み寄る。
そのまま流れるような動作で彼を押し倒し、ベッド上で馬乗りになる。
リクオは何の抵抗もしなかった。正確には、できなかった。
そしてそれは、恐らくオリエにバレているのだ。
警鐘は、命の危機を知らせるものに変わっていた。
「あら――」オリエが透明ななにかを手にする。
尿瓶だった。
「わたくしの力を利用すれば、眠っているリクオさんにも使えてとっても便利でした」と、にっこり無情にリクオを見下ろす。
穴があったら入りたい。とリクオは恥じ入ったが、弱みを見せじと無表情を貫いた。
だがこの状況はもう、手遅れかもしれない。
「しかし、召喚術に介入していたなんて……、許せませんねぇ」
オリエから微笑みが消えていた。初めて見る表情に、リクオは息を詰まらせる。
「残念ですが、さよならです」
オリエが右手を振りかぶる。どこから取り出したのか、手には包丁が握られていた。
リクオが弁明する間もなく、右手は振り下ろされた。
もう取り繕う意味もない。リクオは両手で顔を守り、恐怖のままに瞳をきつく閉じた。
だが、痛みはやってこなかった。
代わりに「ふふっ」と上機嫌な笑い声が降ってきた。
「ここまで一度も、抵抗しませんでしたねぇ?」
リクオは答えられない。
「魔力はかなり回復しているはずですが、リクオさん……? あなた、戦闘能力は全くありませんね?」
恐らくオリエは、とっくに見抜いていたのだろう。
そしてこれは、互いの理解を共有させるための確認作業。
力なく両手を下ろし、目を開く。
オリエの手に包丁はなく、彼女は見慣れた笑顔を浮かべていた。
包丁は幻術のようなものか、とも思ったが、もうそれは大したことではない。
「夜が明ければ、リクオさんが条件に合致するかのテストをします。テストを拒否してはいけません――」
先ほどコクリンがそうしたように、彼女は指を一本、二本、と立てる。
「――あなたは合格するでしょう。ですがその後、無条件で、わたくし達に協力するという選択をしなさい?」
無条件という言葉を強調しつつ、オリエははっきりと脅迫する。
「わかりましたね?」
「はい」もうリクオに選択の余地はない。
「さあリック、行きますよ」
ベッドから降り、ドアの手前まで歩くと、そのまま煙のようにオリエは消えた。
リックはオリエの後を歩き、姿はそのままに、ドアをすり抜け出ていった。
二人と一匹の来客。誰も使わなかったドアを見つめ、猫も魔法を使うのだろうか、などとリクオは考える。
やがて、奴隷同然に扱われるのでは、という思考に脳内が支配され、リクオは眠れぬまま、運命の朝を迎えることになった。
【あとがき】
次話も来週金曜の投稿を目指します!(未定)
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