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サキュバス×タンクの最強戦術  作者: たけちの
3/15

#03 夜這い【前編】

約2700文字(約6分)

 ペロペロと、赤く小さな舌が動く。


 無遠慮に頬を撫でる、ざらざらぬるい感触にリクオは目を覚ました。


 ぼやける視界に、二つの瞳。毛で覆われたなにか。


 リクオは言葉にならない声を上げ、跳ねるように体を起こす。


 枕元にちょこんと丸まったそれは、猫だった。


「猫……!」


 驚き警戒するリクオに対して、猫は落ち着いた様子で彼の顔を見上げている。


「猫。初めて見た……」


 猫の体毛は艶のあるグレーに見える。ふわふわと見るからに柔らかそうで、体型自体も丸みがある。瞳は青系で、明るい場所なら美しく輝きそうだ。


 リクオがまじまじと猫を見つめていると、猫はのっそりと立ち上がった。とてとて歩いてリクオに近づき、彼の腰辺りに頭突きをした。

 そのままグリグリ頭をこすりつける。


 ここで飼われている猫だろうか、黒い革製の首輪をつけている。


「わあ……、猫かー」リクオは手を伸ばし、猫の背中に優しく触れる。


「あったかい」


「ナー」猫が間の抜けたような声で鳴く。


「ニャーじゃないのか、本物は」


 猫はごろんと横になると、上目遣いにリクオを見上げる。あまりの人懐っこさにリクオの警戒心も消え失せ、猫が求めるままに体を撫でる。


 リクオは落ち着きを取り戻すと、自分が着替えていることに気づく。


(あれ?自分のじゃないシャツだ……。確か服を汚して、……って、ズボンも変わってる。パンツ穿いてない!)


 自分で着替えたのを覚えてないのかあるいは……、と考えていると、次は部屋の壁掛けランプに目がとまる。


(眠る前はもっと明るかったような……)


 部屋を仄かに照らす光源に目をこらすと、それが火ではないことがわかる。


(電球? いや、なんか角張ってる?)


 猫を撫で続けている左手に視線を落とす。中指に嵌めたリングの、赤い宝石。これと同じようなものだろうか。

 この世界では、魔力によって奇跡を起こすものが一般的に使われているのかもしれない。

 リクオがもっと近くで見てみようか、とベッドから足を下ろすと、足になにか冷たいものが触れた。


(なんだ!?)と足を持ち上げ、猫の横に丸まってベッド下を覗く。


(これは……)手を伸ばして持ち上げると、それは間違いなく、尿瓶だった。


(尿瓶だ……。絶対に……。この世界でも絶対……)


 そして残念なことに、現在のリクオに尿意はなかった。全く。


(まさか、夢で……? 眠らせたままの夢操作で……?)


 いや、たまたまかもしれないとリクオは首を振る。たまたま尿意がないだけかもしれないし、未使用かもしれない。

 記憶がないだけの可能性だって、いや、そういえば着替えているのも、とリクオが考えを巡らせていると――


「よう」と後ろから声がかかった。


 ビクッ、と体を震わせて振り向き、同時になぜか、尿瓶を掛け布団に隠してしまう。


 壁際の椅子に、黒仮面の男が座っていた。


(いつから!?)リクオはベッド上であからさまに狼狽える。


「驚かせて悪いな」と軽く謝ると、男は自身の左中指を右手で指差す。


 リクオが自分の指輪を触ると、男はコクリと頷いた。

 指輪を外せということか、と察し、素直に従う。

 枕の上にそれを置くと、男はまた話し始めた。


「まだこっちの言葉はあんまりやろし、日本語の方が安全やからな」


(え?関西弁? 安全?)


 リクオの戸惑いを見て取ったのか、男は続ける。


「こっちの言葉でも関西弁的な言い回しはできるけど、常にそれやるんは変に目立つからなぁ」と語るが、彼自身の格好が黒仮面に黒装束なのはシュールに思えた。


「はあ……」


 リクオが返答に窮すると、男は「まあそれは置いといて、本題に入るわ」と切り替える。


「召喚の手違いが起こったことについて、その責任の所在を明確にしに来たんや」

「ああ、はい……!」


 隠すつもりはなかったし、隠せるとも思っていなかった。しかしやはり緊張する。自分が故意に引き起こしたそれは、彼らにとって妨害行為に違いないからだ。


「まずはこっちの立場を簡単に説明しとくわ」

「はい」

「最初はあの子、ルヒメナが人材を探してて、そこに俺が声をかけた。

 ちょっと難しい条件やったけど、うちの相方なら探せる。って提案したら、『条件に合う人間の紹介で報酬。その後、交渉が成立すれば更に報酬』って具合の契約になった」


 男は指を一本、二本と立てて説明する。


「はい」

「要は、リクオが条件に合わないと困るわけやな。報酬がゼロになるし」

「はい……」リクオは申し訳なさそうに返す。

「ただ、うちの相方的には条件をクリアしてると確信してるみたいで、訊きたいのは、その後のことなんやけど……」

「はい」


「そろそろ回復して来てると思うから、条件のテストがあるはず。受かれば協力を要請されるし、テストを断ったりテストに落ちればこの話は終わり。

 とは言え、リクオの場合は異世界召喚やから、さらっと家に帰れるとはならんけどな。

 目的があってここに来たんやろ? テストはどうするつもりなん?」


(異世界召喚……! やっぱり……)


 この世界はどこか遠くの別世界だろうと認識していたリクオだったが、同郷の者による『異世界』という言葉を受けることで、距離を超越した場所であるとの確信を、やっと得ることができた。


 心の中の漠然とした不安が縁取られ、輪郭が見えたような気がして、リクオは帯を締め直すように覚悟を新たにした。


「僕も、この世界での協力者が欲しいです。召喚術に介入をして迷惑をかけた償いもしたいですし。だから、テストがあるなら合格して、自分にできることなら協力もするつもりです」


「わかった。助かるわ。でも向こうが異世界召喚を理由にそれを拒否した場合は、介入したっていう自白をして貰いたい。そしたらこっちに非が無くなって、またチャレンジできるかもしれんしな」

「はい。……あの、異世界召喚を理由に、というのは?」


「ああ、異世界召喚は禁忌やねん」


 思いもしなかった回答に、リクオは言葉を失う。


 自分の行動で、禁忌を犯させてしまったのか。そんなこと、全く考えていなかった。


「気にしんでいいよ。俺も相方の異世界召喚でこっちに来た訳やし。一回も二回も一緒やからな」

「そう、なんですか」


 彼はこう言ってくれるが、リクオは自分が思っている以上の賭けを行っていたのだと自覚した。

 自分は命懸けのつもりだったが、図らずも、相手の人生までベットしてしまっていたのだ。


「これで俺の用件は完了かな」

「あの!訊きたいことがあります!」


 罪悪感に苛まれている場合ではない。自分はまだ、この世界のことをなんにも知らないのだ。

 リクオは気を取り直し、質問をぶつける。


「この世界は、どういうところなんですか?」

「あー、世界か。……っていうか、向こうからも聞いてないんか」

「はい。ずっとこの部屋でしたし」

「ああ、そうか。そうやなぁ……」



 男は顎に手を当て、少しの沈黙の後、この世界について語り始めた。




【あとがき】

 ちょっと長くなったので分割しました。

 後編も本日中に投稿するつもりです。

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