表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サキュバス×タンクの最強戦術  作者: たけちの
13/15

#13 お風呂サキュバス!【後編】

約4100文字(約8分)

 リクオが脱力し、項垂れたまま動かなくなっていた。

 ルヒメナはそのことに気づいていたが、それでも吸精をやめることはできなかった。


(おいしそう……)


 ルヒメナは口内の唾液を飲み込む。


 欲求はむしろ膨らむばかりだった。


 ルヒメナは両手を、彼の背中から動かした。

 ゆっくりと、脇の下、胸へと両手を回し、いよいよ目の前に背中が迫る。


 口を開けて、舌を出す。

 そして欲望のまま、リクオの肌へと押しつけた。


 上唇がその綺麗な形を崩し、舌の表面もピッタリと密着する。


 (よだれ)が垂れるのも、構いはしなかった。


 吸精の絶対量が更に増え、未体験の快感は毎秒のように更新された。



   ◇◇◇



 日が落ち、照明が落とされた屋敷の廊下は、外よりもむしろ暗くなっていた。

 ただ、窓の近くには夜空の明るさが届いており、目が慣れさえすれば問題なく歩けるほどだった。


 バロアが廊下にしゃがみ込み、リックと戯れていた。


「あらあら、仲良しですねぇ」

「オリエ殿、どうかされましたか?」


 オリエが実体化したまま、一人でうろつくのは珍しい。

 用件がなければ実体化を解き、ルヒメナの傍に控えるのが(つね)だった。


「ルヒメナに追い出されてしまいました……」

「吸精ですか?」

「はい……」


 リックがオリエの足下へと歩み寄り、自身の首元をこすりつける。

 オリエは腰を下ろしてリックへと手を伸ばし、グレーの艶やかな毛並みを優しく撫でた。


「リクオさんはどうですか?」


 視線はリックに据えたまま、彼女はバロアへと問いかけた。


「そうですね……」


 バロアは立ち上がり、顎の髭を触り、しばし黙考する。

 リクオの資質と、オリエの問いの焦点を。


「剣術はまだ、どうなるか見えてきません。ですが体のこなしに問題はありません。魔術の適性は抜群です。彼の魔力量を加味すれば、すぐにでも戦力になり得るでしょう」

「……できれば、互いに依存し合うような関係がいいのですが」


 サキュバスの二人に魔力タンクが必要であることは、将来的にも変わらない。

 しかし、リクオが戦闘向きの能力を修得することになれば、サキュバスを必要としなくなることも考えられる。


「ヒメ様に任せることでしょうな。互いに信頼し、助け合う関係。彼らはとても真っ直ぐです。きっと強い絆で結ばれます」

「……確かに。あなたの言うとおりなのかもしれません」


 会話は途切れ、リックのゴロゴロといった甘え声だけが耳に入る。


「ところでバロア? あなた、目は見えているのですか?」

「……ああ、気づかれましたか。まだ見えてはいるのですが、かなり視力は落ちてしまいました」

「体の方は?」


 オリエがバロアを見上げ、品定めをするように彼の表情を注視する。


「まだまだ死ぬほどではありません。ハッハッハ」と、彼は楽天的に笑う。


「あなた――」


 突然、オリエの魔力が揺らぎ、増大した。

 目には見えない変化だったが、バロアもそれを感知して声をかける。


「侵入者ですか?」

「いえ、結界に異常はありません。ルヒメナからの魔力流入のようです」


 (はな)している間にも魔力は流れ込み、しかもその勢いが加速していることにオリエは気づいた。


「様子を見てきます」


 オリエは姿を消し、浴室へと向かう。



   ◇◇◇



 実体化を解いても瞬間的に他所へと移動できるわけではないが、(あるじ)の下へと直線で向かうことができる。


 どちらも屋敷の内部ということもあり、オリエはすぐに浴室内へ到着した。


「あらあら……」


 むせ返りそうな湯気と香気、統制の取られていない魔力の拡散。

 その中心に、ルヒメナとリクオがいた。


 コツコツと、ヒールを鳴らしてオリエが近づく。


 ルヒメナはタイルの床にペタリと座り、小椅子に座って俯いているリクオの背中、その腰元に体を預けていた。

 体に巻いていたのであろう白いタオルは、彼女の腰回りにずり落ちている。

 ルヒメナは脱力しつつも、リクオの体に両腕を回して、なんとかしがみついているようだった。


 オリエは姿勢を低くし、ルヒメナの顔を覗き込む。


 彼女はリクオの背中に頬を当て、顔をこちらに向けていた。

 瞳は開いているものの焦点が合っておらず、意識があるのかはっきりしない。


「ルヒメナ?」と声をかけながら、オリエは彼女の肩に手をかける。


 力をかけることなくリクオから引き剥がすことができたが、ルヒメナの口元とリクオの背中に、彼女の唾液による橋が架かる。


「あらぁ、はしたないですねぇ……」


 オリエがため息交じりに漏らすと、オリエの腕の中のルヒメナが反応した。


「おりえぇ……? あたし、もうだめだぁ……」

「はい。あなたはダメダメです」


 ルヒメナの体をリクオから完全に離すと、オリエは次に、リクオの背中に触れた。


(心臓は、動いてますね……。さて……)


 微動だにしないリクオの生存を確認し、次いで、ほんの少しだけ吸精する。


(なにか違和感がありますが、それにしても……)


「だめぇ……」


 ルヒメナの呟きに、「ふふっ」とオリエが笑う。


「ダメダメというのは撤回します。ルヒメナ、よく短時間にこれだけ吸いましたね。やはりあなたは、わたくしの娘です」

「うーん……」


 聞いているのかいないのか、熱に浮かされたようなルヒメナに、オリエは顔を近づける。


「でも、起きたら説教ですよ? おやすみなさい、ルヒメナ……」


 ルヒメナの額に自分の額を合わせ、オリエは眠りの術を行使した。



   ◆◆◆



 夕暮れ時。

 街は夕焼けに照らされ、優しい色に包まれている。

 帰路につく職人たちの笑い声や、呼び込みの声、あちこちから漂ってくる夕食の香り。

 オレンジ色に染められた街には今、生気が溢れていた。


 同時に、刻々と影はその濃さを増しつつある。

 まともな人間であれば、影に足を踏み入れようとはしなくなる時間だろう。


 そんな暗く狭い路地裏を、レカードは一人、悠々と歩いていた。


 普段、光の中を歩んでいる者が行くには、心もとない場所の筈である。

 しかし、彼にはわかっていた。危機は自分には降りかからない、と。


 角を曲がると、男が一人、樽を椅子にして座っているのが目に入った。


「よう。グスタ」

「おう」


 短い返事は、しゃがれた声だった。

 グスタと呼ばれた男は、レカードとは対照的な、見るからに柄の悪い男だった。

 安っぽいシャツに、所々(ところどころ)やぶけているズボン。

 頬まで覆う無精髭に、頭髪は脂っぽくて汚らしい。


 レカードは彼の放つ悪臭に足を止め、顔をしかめる。

 二人の間にはまだ距離があったが、レカードはそれ以上近づこうと思えなかった。


 グスタは、そんな彼の態度を気にも留めない。

 彼は片手に持った酒瓶を(あお)ると、ニタリ、と歯を見せる。


「情報か?」

「ああ、ピンク・サキュバスだ」

「待ちわびたぜ」



 レカードは端的に説明した。

 情報源はベリーダ村の老夫婦。山は、その村の西である、と。



「ほらよ」


 グスタは小袋を雑に放り投げた。

 レカードが受け取り、中を覗くと、金貨が二枚入っていた。

 なかなかの報酬に、つい彼は相好を崩してしまう。


 しかもこれは、ただの情報料だ。

 実際に彼らがピンク・サキュバスを捕らえれば、更なる報酬を貰う約束になっている。


「頼むぜ。グスタ」

「おう」


 レカードは踵を返し、路地裏を引き返す。

 角を曲がった所で小袋から金貨を取り出し、その安っぽい袋だけを地面に捨てる。


 ポケットの中で金貨二枚をこすり合わせ、シャリシャリと音を鳴らす。

 歌い出したくなるような気分だった。


 目の前にオレンジ色の通りが目に入る。

 彼が下品な笑みを噛み潰し、上品ないつもの顔で、光の道へと戻ろうとしたときだった。


「レカードさん」


 どこか神経質そうな、聞き覚えのある声。そして、ここにいるはずのない者の声だった。


 レカードは振り向き、大いに動転する。

 そこには、金髪に黒縁メガネの男が立っていた。


 まさしく、地下室で魔石を使い、情報を伝えた相手だった。


「シェスト!? ど、どうして、ここ、ここに……」

(バカな……! シェストは王都にいたはずだ! たった数時間で来れるわけが……)


 シェストは、以前会ったときと全く同じ格好をしていた。

 黒いスーツに黒いシャツ。締めたネクタイまで黒一色の異様な姿。


(聞かれた? 聞かれたのか? グスタとの会話を!)


「……どうしてって、魔石の回収ですよ」


 酷く混乱し、呼吸を荒らげるレカードに対し、シェストは平然と笑顔を浮かべていた。

 正確には、現れた当初から、顔に貼り付けたような笑みを浮かべたままだった。


「ま、魔石……」


 レカードは震える手で魔石のネックレスを取り出し、手中のそれを見つめる。


(魔石を使って、転移したのか……?)


 そこで、レカードの頭に閃きがよぎった。

 彼はチラリと後ろを振り向く。


 少し駆ければ路地を抜けられる。衆目の中へと飛び込めば、シェストも手は出せまい。

 魔石を捨てて姿を隠そう。いや、いっそ魔石を投げつけて――


 と、レカードが企みつつ前方へ視線を戻すと、少女が立っていた。


 シェストの傍ら。彼の腰辺りまでの身長。金髪の三つ編みに黒のフリル・ドレス。

 生気のない表情に、ただ前へと向けられただけのような、無機質な金色の瞳。


「な、なん……!?」


 混乱に思考が空転し、言葉が出てこない。


(もうダメだ! とにかくヤバイ!)


 レカードは恐慌に陥りそうになりながらも、すぐさま先刻の閃きを実行に移した。


 ネックレスが宙を舞う。

 敢えて大きな弧を描くように投げたそれを、シェストの両眼が追いかける。

 その様子を、レカードはしっかりと確認した。


 レカードは、ぐるりと体ごと後ろを向き、駆け出す。



 あと一歩で街の喧騒に飛び込める。もう視界のほとんどはオレンジ色だった。



 だがそこで、レカードの力走は異常な止まり方をした。

 首がガクンと前に倒れ、髪が前方へ振り乱れる。

 両手も体の前に投げ出され、そのまま力なく垂れ下がる。


 シェストと少女から目を離して、一秒にも満たない時間。

 少女はレカードの“前方から”、彼の胸に剣を突き刺していた。


(なんで……)


 もう、なにもかもが分からなかった。


 なぜシェストがここにいるのか。

 どこから少女はやって来たのか。

 なぜ少女が目の前にいるのか。

 どうして自分は前に進めないのか。



(ああ、剣が、胸に刺さっているからか……)


 レカードは最期に一つだけ納得を手に入れると、ゆっくり、瞳を閉じた。





【お知らせ】

 週一投稿を目指します!(目標)


 投稿のお知らせや進捗はツイッターで、

 執筆や投稿に関するアレコレはブログで記事にします。

 どちらも活動報告からどうぞ!


 感想やアドバイス、

 ミス指摘やストレス報告もくださーいな!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ