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サキュバス×タンクの最強戦術  作者: たけちの
12/15

#12 お風呂サキュバス!【前編】

約4400文字(約9分)

 地下への階段を男が降りていた。

 明かりは男が持つランタンのみで、ぽつりと弱く周囲を照らしている。

 揺れる光に映される姿は痩身で、貴族然とした格好だった。革靴に暗い色のパンツ、同色の上着に白いシャツ。首にはアスコットタイを締めている。


 雑多に物が置かれた地下室は埃っぽく、ひんやりとした空気が沈殿している。

 その最奥、古びた箪笥(たんす)の上に、男はランタンを置いた。


 男の顔が暗闇に浮かぶ。細い顎に、整えられた口髭(くちひげ)。神経質そうな顔立ちは、緊張の色を示していた。


 彼は最上段の引き出しから小箱を取り出す。

 中に入っていたのはグリーンの宝石が輝くネックレスだった。


 ネックレスを首にかけると、彼は宝石を両手で握る。


『レカードさんですね? 情報ですか?』


 間もなく男の声が聞こえたが、音として耳から入ったものではない。

 戸惑うレカードに、


『ああ、大丈夫ですよ。普通に、口に出して話してください』

「……わ、わかりました」


 他に音のない空間に、レカード一人の声だけが響く。


『それで?』

「ピンク髪のサキュバスの情報が入りました」

『詳しくお願いします』

「はい。情報は老夫婦からの調査依頼によるものです。ベリーダ村近くの山で、山菜採りをしていたら、ピンク髪の、自分はサキュバスだと名乗る女に警告された、と」

『なるほど。“警告”というのは、山に入るなと?』

「はい。どうやら人払いの結界があるのに気づきながら、それを無視して入山していたようで……」

『それはそれは。さぞかしたくさんの山菜が採れたでしょうねぇ』


 機嫌が良いのか、脳内に響く声は楽しげだった。


『レカードさん、情報ありがとうございます。約束通り、報酬をお持ちします』

「はい。ありがとうございます」


 固い表情をしていた彼の口元に、笑みが浮かぶ。


『その魔石はしばらく持ち歩いていてください。急ぎで向かいますので』

「わかりました」

『それと約束通り、他言無用でお願いしますね?』

「はい。もちろんです」


 レカードの笑みが深くなる。


 通話はそこで終了した。

 彼はネックレスを外し、緑の魔石を見つめる。


「俺が漏らそうが漏らすまいが、調査依頼は治安部に入ったもんだからなぁ……」


 レカードはニヤニヤと口元を緩めたまま、それをズボンのポケットに入れ、地下室を後にした。


   ◆◆◆


 屋敷の浴室は大広間同然の広さがあった。

 だが広さよりも、そのデザインにリクオは圧倒された。


 浴室内は壁も床も、天井や、浴槽の内外に至るまで、全てに黒のタイルが敷かれていたのだ。


 屋敷の一階に位置するにもかかわらず、そこには窓一つなかった。

 照明も、壁に等間隔で設置されてはいるものの、光自体が弱く、かろうじて全体が見渡せる程度だった。


「うわー……」


 暗く広い、どこか不気味な空間に、リクオの戸惑いが反響する。



 浴室の両サイドの壁は、その下部が座れるようにせり出しており、左のそれに木製の桶と小椅子が積まれていた。

 奥の一辺は端から端までが浴槽になっている。浴槽からは、絶え間なく穏やかに湯が溢れていて、立ち上る湯気と共に、目に美しいものだった。


 まるで、自然が生みだした奇跡の洞窟か、あるいは、神と、神に仕える者にしか立ち入りを許されない神聖な場所のようだった。


 しばらくその光景に魅入ってしまったリクオだったが、「体を洗わないと……」と我に返り、歩き始める。

 桶と小椅子を手に取ると、リクオは奥の浴槽へと向かった。


   ◇◇◇


「よし!」


 ルヒメナは両拳を握り、気合いを入れる。


「やっぱり、胸はわたくしに似なかったみたいですねぇ」

「うるさい! これからだから!」


 横で首を傾げるオリエを、ルヒメナは顔を赤くして怒鳴りつける。



 浴室の手前にある脱衣所では、バスタオルを体に巻いたルヒメナと、いつもの衣装である白のワンピースドレス姿のオリエがやり合っていた。


「ルヒメナ? やはり心配です。わたくしは姿を消しておきますから――」

「大丈夫だよ! いいから外で待っててよ。なにかあったらすぐ中止したり、オリエを呼んだりするからさ」

「普通のサキュバスなら心配はしないのですが、我々は変異体です。わたくしとルヒメナだって同じとは言えないんですから――」

「“サキュバスなのに”とか言ってたのはオリエでしょ! お風呂に突撃なんてめちゃくちゃサキュバスらしいじゃない! いいからほら、外で待ってて!」


 言いながらルヒメナは、オリエの背中を押して浴室の反対である廊下側の壁へと向かう。


「くれぐれも、我を忘れてはいけませんよ?」


 と最後に忠告するとオリエは、やっと壁へと姿を消した。


「……ふう。よし、行くか」ルヒメナは再び覚悟を決める。



 ルヒメナは扉を開け、浴室へと踏み入れる。

 暖かい空気に、纏わり付く蒸気。石けんの香りと、流れる水音。


 横に長い浴槽の真ん中辺り、その手前にリクオが座り、体を流していた。


「リクオー!」

「……え? ヒメ!?」


 手を振って歩み寄るルヒメナに、リクオは椅子ごと背を向ける。


「あれ? リクオ、石けん使ってないの?」

「セッケン? セッケンってなんですか?」

「え、リクオ、石けん知らないの?」


 ルヒメナは回れ右して、入り口近くでそれを手に取った。


「泡立つやつだよ。石けんは」

「ボディソープですか?」

「なにそれ? 石けんはこれだよ」


 ルヒメナは白く四角いものをリクオに差し出す。

 リクオはそれを手に取ると、不思議そうに眺めている。


「セッケン……」

「石けんを知らないって、どんな世界だったの?」


 リクオは困ったような表情を浮かべ、視線を彷徨わせる。


「すみません。一つの場所に閉じこもってた感じなので、実は、前の世界についても、あまり詳しくないんです」

「リクオって……、奴隷だった、とか?」

「いえ!そんなことは!」


 リクオは手を振って否定する。


「ふーん。まあいいや」


 ルヒメナは自然な動作で、リクオの手から石けんを取り戻す。


「洗ってあげるよ」

「は!? そんな、結構です!」


 思わず、リクオの声が裏返る。


「石けんを使わないと綺麗になりませんぞ?」ルヒメナは厳めしい顔つきでリクオを注意する。


「……バロアさんですか?」

「うん。バロアの言葉。よくわかったね」


 ルヒメナは意図が伝わった嬉しさに、リクオへと笑いかける。

 笑顔のルヒメナと困り顔のリクオ。少しの沈黙の後、折れたのはリクオだった。


「……じゃあ、背中をお願いします」

「はーい。まかせてー」


 背を向けるリクオに、ルヒメナは両手で泡を立てると、手のひらでリクオの背中をこすり始める。


「体の調子はどう?」

「腕がくたくたで手がヒリヒリするのと、お腹が苦しいです……」


 魔装を早々に修得したリクオは、『運動も必要です』というバロアの指示により、魔装を維持したままの剣術稽古へと移った。

 以降はずっと基本的な素振(すぶ)りをし続け、それは夕食時まで繰り返された。


 食事の免除権は二度目の食事に行使したリクオだったが、その分、三度目の食事である夕食時には、とことん詰め込まれているのをルヒメナも見ていた。


「オリエが満足そうにしてたからねー」

「明日が怖いです……」

「リクオが健康的になれば、あの“しつこさ”はなくなると思うよ?」

「今だけ、ということですか?」

「ああ~、まあ、健康的になっても普通の人よりは食べさせようとするだろうけどね」


 ルヒメナは苦笑しながら答える。


「手は大丈夫?」

「こんな感じになりました」


 リクオは肩越しに手のひらを見せる。


「皮、剥けてるじゃない」

「はい……」

「魔装が上手くなって、魔力を手に込めるのも忘れなければ……、ほら――」


 ルヒメナは右手を桶の湯に通して泡を落とすと、リクオの前へと伸ばした。


「つやつや綺麗でしょ?」


 濡れて少し赤くなっている手のひらはつややかで乱れなく、剣を毎日のように振り回していると見抜ける者はいないだろう。


「バロアが教えてくれたんだー。女の子は気をつけた方がいい、ってね。そういうバロアの手はガッシガシなんだけどね」


 また石けんで泡を立てると、ルヒメナは背中洗いを再開する。


「そうだリクオ、魔装やってみてよ」

「魔装ですか? はい……」


 リクオは目を閉じ、集中する。


「すごいねー。ちゃんと魔装だよ。一日でできるなんて」


 ルヒメナはリクオの背中をさすりながら褒める。


「ヒメはどれくらいかかったんですか?」

「私? 私は……、一週間くらいかな……?」

「一週間ですか」

「いや!でも、その時はまだ小さかったし、リクオみたいに切羽詰まってなかったからね! それに、リクオの魔装もまだまだ実用レベルじゃないんだから」


 と、リクオが突然噴き出し、笑い始めた。


「なによリクオ。なんか文句ある?」


 リクオの横顔を覗き込み、凄むルヒメナに、リクオは笑顔のまま返す。


「いえ、少しオリエさんに似ていた気がしたので」

「はぁ~? オリエにぃ~? わたしがぁ~?」


 不機嫌まっしぐらといった様子を、ルヒメナは隠そうともしない。

 そんな彼女に、なぜかリクオは体を固くする。


(まずい。失言だったかも……)と、リクオは口元を手で覆う。今朝も失言で痛い目を見たのを彼は思い出していた。


 笑うことを意識的に止めたようなリクオに、ルヒメナは疑惑の視線を送る。


「なに固くなってんの? 私がオリエみたいにイジワルするとでも……?」

「いえ、そんなことは、全く……」

「ふぅーん……」


 顔をうつむけ、後悔しているようなリクオを見ていると、ルヒメナの胸に不思議な感情がわき上がってきた。


 オリエもこんな気持ちになるのだろうか。

 ルヒメナは、リクオに対して“そそられる”気持ちが強まっていくのを感じていた。


 ルヒメナの体から、石けんとは別の芳香(ほうこう)が広がり始める。


「ねぇ、リクオ。吸精の練習してもいい?」


 知らずに口角が上がっていた。

 ルヒメナは、自身の嗜虐的な欲求を自覚しながらも、それを上手くコントロールできない。


「い、今ですか?」

「うん。ほら、魔装を解いてよ」


 元々、サキュバスらしいデビューを目論み、この場へと赴いたルヒメナだった。

 しかし吸精の切っ掛けは、当初、思い描いていた流れとは変わってしまっていた。

 言葉通り、“練習”をするつもりだったのだ。この場、この時に至るまでは。


 今、オリエに似ていると言われたら、決して否定はできないだろう。



 魔装を解いたリクオの背中は、本来の無防備な感触に戻る。


 ルヒメナはリクオの背中から手を放すと、桶で湯をすくい、リクオの背中と自身の両手から泡を流し尽くした。


「ヒメ……?」


 リクオはルヒメナの意図が分からずに後ろへ視線を送るが、ルヒメナの瞳は、リクオの背中に釘付けになっていた。


 リクオの肌に、両の手のひらをピタリと密着させる。


「ふふっ……」


 思わずルヒメナは声を漏らす。

 思った通りだった。

 思った通り、肌と肌の密着は、ルヒメナへと確かな満足感をもたらした。


「じゃあいくよ?」


 ルヒメナの問いかけは、リクオの返答を待たなかった。


 リクオが体を震わせ、ルヒメナは、経験したことのない快感の奔流に、あっさりと流されてしまった。





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