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サキュバス×タンクの最強戦術  作者: たけちの
11/15

#11 吸精と快楽

約4000文字(約8分)

 ガキン、と耳元で硬質な音が弾けた。

 肩への衝撃に、リクオは「ぐっ」と息を漏らす。


「びっくりした?」


 瞳を開けると、してやったりという顔でルヒメナが笑んでいた。

 隣にはバロアが片膝を付き、リクオの左腕を掴んでいる。


「え?あれ?」


 リクオは斬られたはずの左肩に触れるが、服すら斬れておらず、出血もなかった。

 ただ少し、ヒリヒリとした痛みが残っているだけだった。


「リクオ、気づいてない?」

「リクオ殿、もう一度、注意深く触れてみてください」


 言われた通り肩に触れると、確かに違和感があった。

 服は布の感触をしておらず、肌を触っても、肌ではない感触になっている。


「これ……、魔装、ですか?」

「はい。私の魔装でリクオ殿を覆いました」


 バロアがリクオの腕から手を放す。

 魔装は彼が手を放した後も継続しているようで、リクオは自身の肩や腕、顔をぺたぺたと触った。

 硬さがあるのに柔軟に曲がるそれは、現実との物質とは一線を画した異質さを持っていた。


「しかしヒメ様、私が間に合わなかったらどうするつもりだったのですか?」

「ふふーん。私も剣に魔装を施してたから、どうせ斬れないはずだったよー!」


 とルヒメナが腰に手を当て、得意気に胸を反らせる。


(“はず”って……!)と、リクオは一人静かに寒気を覚える。


「なるほど、やりますなぁ!」


 バロアとルヒメナは、そんなリクオの胸中を知ってか知らずか、二人して「ハハハ」、と暢気(のんき)に笑っている。


「リクオ殿、では魔装を解きます」

「はい」


 リクオは右手で左手を触る。確かな肌の感触はリクオに安心感をもたらしたが、同時に現状の無防備さも理解できた。

 今、先程のように剣を振り下ろされれば確実に斬られるのだろうと。


「まずは膜を作ります。魔装の感覚、感触を思い出しながら、再現を試みてください」

「……はい」


「魔力を込めての強度の上昇や、魔装の硬さや柔軟さといったものは後でどうとでもなります。膜の形成が第一です。膜を作ることができれば、手の平、次に腕、といった具合に、膜で覆える部分を大きくしていくことを目指しましょう」

「わかりました!」


 術の構成力には自信がある。

 リクオは早速、左の手の平を見つめ、膜のイメージを始めた。


「私たちはどうするの?」

「吸精からの稽古をしましょう」


(吸精からの稽古……?)


 思わず興味を引かれ、視線を上げてしまうが、リクオは首を振り、自身のすべきことに集中する。


 膜の感覚を思い出しつつ、左の手の平を指先でトントンと何度も押す。




 ルヒメナとバロアが全く音を立てなくなったのが逆に気になるが、リクオは徐々にコツを掴み始める。

 始めは一本だった指を、二本、三本と順に増やしていき、膜の感覚を広げていく。

 ――と、


「あら――」


 という声にリクオの動きが止まり、集中は切れ、鳥肌が立ち、背筋が凍る。


「ここでしたか、リクオさん」

「……オリエさん」


 リクオの隣に、オリエが立っていた。


 オリエは手になにも持っていなかった。リックは逃げ切ったか、食べきったのだろうか。

 怒られるかと思ったリクオだったが、彼女がリクオを見下ろす表情は、優しげに見える。

 だからと言って、彼女は優しいとは限らないので、安心はできるはずもなかった。


「どうぞ続けてください? 魔装の練習でしょう?」

「はい」


 リクオは手元に視線を戻すが、どうにも集中できない。


「魔装ができないと、簡単に握りつぶされてしまいますからねぇ」

「……はい」


 オリエの言葉に、リクオはビクリと肩を震わしてしまう。


「あちらの二人は吸精ですか」


 顔を上げると、ルヒメナとバロアが向き合い、両手を取り合っていた。

 二人は目を閉じており、まるで、なにかの儀式に臨んでいるかのようだった。


「どうせ吸うなら、リクオさんから吸えばいいのに」


 ちょうどルヒメナに届くほどの声量で、オリエは小言を呟く。

 ビクリ、と今度はルヒメナが肩を揺らした。


「サキュバスなのに照れているなんてことは、まさか無いと思うのですが……」


 ルヒメナの目の下がピクピク痙攣する。

 少し前まで安らかな表情をしていた彼女だが、今では眉間に皺を寄せている。


「……あれも吸精なんですか?」


 リクオは話を変えようと、頭に浮かんだ疑問を口にした。

 実際、それは純粋な疑問だった。二人の姿は、リクオがこれまでに経験したものとは明らかに違っていたからだ。


「はい。あれは快楽を付与(ふよ)していない吸精ですね」

「快楽?」

「まず吸精とは、魔力を吸う術のことです。そして、相手がどれほど心を開いているかで、吸収する強さが変わります。

 快楽付与は吸精に付随(ふずい)した術のことで、心を強制的に開かせる助けになります。

 つまり快楽付与を使うのは、心を開かせ、多量に吸いたいときや、単純に気持ちよくなりたいとき、気持ちよくさせたいとき、などですね」


 リクオは二人に目を戻す。


「二人の場合は、バロアさんが心を開いているから必要ない、ということですか?」

「いえ、正確にはバロアを殺してしまわないように、というものです」

「えっ……?」

「快楽はサキュバスの心も乱します。だから慎重な吸精には向きません。バロアのような人間に対しては、命取りになるかもしれません」

(バロアさんのような……?)


 バロアにもなにか特別な事情、体質があるのだろうか。命に関わるほどの重大なものが。


 それ以上、リクオは質問を重ねることができなかった。


 二人は依然として吸精を続けており、その場は静寂に包まれた。



「では、わたくしは食事の準備に参ります」

「えっ、もうですか!?」


 静寂を破ったまさかのセリフに、リクオは大声で反応してしまう。


「はい。今日はあと二回、食事の時間をとる予定です」

「……無理です」

「無理じゃありません」


 リクオの弱音は断定によって撥ね返され、そのままオリエは屋敷の壁へと姿を消した。


「あ、そうそう、リクオさん――」


 突如、背後に戻ったオリエに、リクオは「ひっ」と声を上げる。

 彼女はリクオの両肩に腕を置き、背中に密着して囁きかけた。


「三回目の食事、夕食までに魔装を修得できたら、免除してあげてもいいですよ?」


 今度こそオリエの気配が消え、リクオは覚悟を決めた。


   ◇◇◇


「よし、これくらいかな?」


 ルヒメナがバロアの手を放し、後方へ軽やかにステップ。腰に佩いた剣を抜き、楽しげに口角を上げている。


「いくよー?」

「はい。いつでも」


 ルヒメナの気楽な声音に対し、バロアは声も所作も真摯さを保ったまま、二本の剣を抜く。


 つい二人を見てしまったリクオだったが、次の瞬間、リクオの視界からルヒメナが消えた。


(あれ?)と思うと同時に金属音が響く。


 彼女は一瞬でバロアの背後に回って剣を振り下ろしたようだが、バロアもそれを防いだらしい。


 だが、その速く強い一撃にバロアは体ごと後方へ押され、両足を滑らせる。

 斬撃を受けたのであろう両の剣も、下方へと大きく流されている。


 明らかに、先程までの稽古とは様相が違う。

 これが、バロアの言っていた『吸精からの稽古』。魔力に差をつけた状態での稽古、ということなのだろう。


 ルヒメナの速力と膂力(りょりょく)は明らかに数段、上がっていた。

 バロアの剣捌きと体捌きも、速く大胆なものに変わった印象があるが、吸精の性質から考えれば弱化(じゃっか)することはあっても強化は考えられない。

 つまり、元々、彼はこれだけの動きができたのだろう。

 リクオはバロアの剣術に舌を巻いた。


 しかしルヒメナが狙いを切り替えたのか、形勢が変わり出した。

 彼女はバロアの真正面から、シンプルな攻撃を繰り返し始めたのだ。


 コンパクトな速い突き、単純な横薙ぎで力押し。


 やがてバロアの動きが追いつかなくなり、ルヒメナの剣が彼の首筋に迫る。


 バロアは右手の剣でそれを受けようとするが、片手ではとても受けきれないだろう、左の剣は下から斬撃を弾こうと向かっているが、追いつけるとは思えない。


 剣戟(けんげき)に集中したリクオの目に、その場面はスローモーションに映った。


 ルヒメナが振るう剣が、バロアの剣に食い込む。

 まるで鉄の剣と木の剣のようだった。


 これで決着、と、そうリクオは悟った。

 だが、ルヒメナの剣の軌道がそこで、ぐにゃりと、やや上方へ曲がる。


(いや、曲げたんだ……!)リクオは身を乗り出す。


 間もなく剣が剣を食い破る。

 だが、軌道の変化により最短最速でなくなったそれに、バロアの左手が追いついた。

 バロアの剣がルヒメナの剣をかち上げると同時、彼の右手の剣は完全に切断される。


 そして隙が生まれたルヒメナに対し、バロアが右手で握る、(いびつ)な短剣が最短距離を走る。


「あっ」


 気の抜けたようなルヒメナの声。

 彼女の視線は、どうやら折れた刀身を追っているようだ。


 リクオの目は、まだスローモーションで世界を捉えていた。


 それはゆっくりと、回転しながら向かってくる。このままだと、ちょうど眉間あたりに突き刺さりそうだった。


(これはもう、間に合いそうもないなぁ……)


 リクオはぼんやりとそんなことを考えながら、恐怖にぎゅうう、と瞳を閉じる。


「リクオ!」とルヒメナの声が聞こえたとき、額が衝撃に打たれ、リクオは仰向けに倒れた。


   ◇◇◇


「生きてますな」


 バロアの声だった。


「え?これ、魔装? バロアのじゃないよね?」

「はい。私はなにもしておりません」


 ルヒメナの声と、つんつんと頬を突かれる感触。


(……あれ?)


 リクオは目を開けた。


「あのー、僕、生きてます?」

「リクオ! すごいすごい! もう魔装できたんだね!」


 傍らに座ったルヒメナがはしゃいでいる。


「剣にあまり魔力を込めていなかったのが良かったんでしょうな!」


 ハハハとバロアが笑っている。


(いや、なーんも良くありませんが?)


 リクオは胸中だけでツッコミを入れる。


 良かった良かった、と笑う二人の声を遠くに感じながら、リクオは壁に突き刺さった刀身を見つめる。


(でも、ご飯の免除権だけは良かったかも……)





 弱化って、「じゃっか」って読むんですね。「じゃくか」やと思ってましたー!


【お知らせ】

 投稿のお知らせはツイッターで。

 執筆や投稿に関するアレコレはブログで記事にします。

 どちらも活動報告からどうぞ!


 感想やアドバイス、是非くださーい!

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