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サキュバス×タンクの最強戦術  作者: たけちの
10/15

#10 剣と魔装

約4200文字(約8分)

 満腹になった腹をさすりながら、リクオは忍び足で階段を下りる。


 オリエとリックのみならず、屋敷自体に人の気配は一切なかった。


 食卓を囲んだ四人と一匹、屋敷にいるのはあれがすべてだったのだろうか、などと考えながら、リクオは一階に到着する。


 正面玄関に向かわず、階段の裏手に回ると、リクオの予想通り屋敷の裏へと出る扉があった。

 扉に近づくほど、いよいよ金属音が近くなる。


 リクオはドアノブに手をかけ、扉を開ける。




 屋敷の裏は石畳になっており、ルヒメナとバロアが、剣で斬り合っていた。


 その光景にリクオは息をのみ、ドアに手をかけた状態で動きを止めてしまう。


(これが……稽古……?)


 ルヒメナは確かにそう言っていたが、明らかに本物の剣を用いたそれは、稽古とは思えないほどの迫力があった。


 だが同時に、剣を用いた二人のやり取りはどこか美しく、リクオは次第に目を奪われていく。

 声をかけることはおろか、身じろぎ一つでも水を差してしまうように感じられ、リクオは我知らず、呼吸すらも忍ばせていた。



 二人の姿は対照的だった。


 息を乱したルヒメナと、口を閉じ、肩も揺らさない自然体なバロア。


 ルヒメナは汗だくで、濡れた髪が頬や首筋に張りつき、シャツの背中も大きな染みになっている。

 対してバロアは、ジャケットにマントを羽織ったままで、汗の一雫(ひとしずく)も見当たらない。


 二人は動きも対照的だった。


 ルヒメナは一本の剣で攻め、バロアは二本の剣で受ける。


 ルヒメナが素早く大胆に斬りかかると、バロアはゆるりと後退し、その勢いを受け流す。


 ルヒメナの剣は見るからに高級で、バロアの二本の剣はどちらも簡単な作りのものだった。


 ヒュッ、と風を切る音が鳴る。


 踏み込みと同時に、ルヒメナが頭上に構えた剣を振り下ろした。

 狙うはバロアの肩口。


 バロアはそれを両手の剣で受けると、左手だけを外側へ流し、そのエネルギーを下方へと導く。

 同時に右の剣は、ルヒメナの首筋へと向かっている。


 ルヒメナは(つか)から左手だけを離し、体をのけぞらせた。

 バロアの剣はわずかに届かず空を切る。


 バランスを崩したまま、ルヒメナは地面を蹴って後方へとステップする。

 しかし距離は開かず、仕切り直しは許されない。


 バロアもその動きに合わせ、踏み込んでいたのだ。

 一連の動きは、まるで息の合ったダンスのようだった。


 だがルヒメナの表情には焦燥の色が浮かび、それが一方的なものだとわかる。一方的に合わせられている。あるいは、踊らされている、と。


 腰辺りの高さから、バロアが左の剣を突き出す。最短距離を走る切っ先に対し、ルヒメナが引き寄せた剣の根元(ねもと)がギリギリ間に合い、バロアの突きは彼女の左頬をかすめた。


 バロアの右腕が始動している。

 ルヒメナの崩れた体勢、崩された構えからは、もう防ぐことはできない。


 真一文字、しかしコンパクトなスイングは、ルヒメナの胴を完全に捉えた。


 ジャッ、という音と共にバロアが剣を振り抜き、ルヒメナの体が、くの字に折れる。


「えっ」


 二人の華麗な動きに見蕩れ、どこか現実感なく眺めていたリクオだったが、その瞬間、現実に引き戻され、顔から血の気が引いた。


「いってて……、やられちゃったかー」

「速力があっても、直線的な大振りでは読まれてしまいます。まずはフェイントを見せるなどして、惑わすべきです」


 リクオの心配をよそに、二人は反省会を始めている。

 しかもルヒメナは、斬られたはずの腹を、事も無げにさすりながら。


「あれを読めるのはバロアだからでしょ? バロア以外なら真っ二つだって」


「あ、あの……! 大丈夫なんですか……?」

「ああ、リクオ! 来たんだね! お腹は大丈夫?」


 ルヒメナが振り向き、笑顔でリクオの腹具合を気にかける。


「僕は大丈夫ですが、ヒメは……」


 と、視線を落とすと、ルヒメナのシャツが全く切れていないことに気づく。


「ああ、大丈夫だよー」と、彼女はぴらり、と自身のシャツを捲り、白い肌を露わにする。


 思わずリクオは顔を近づけてしまう。

 斬られたはずの部分には、肌に細く赤い筋が一本入っているだけで、出血は一切していなかった。


「ちょっと痛いけどね」


 シャツを戻し、照れ笑いするルヒメナを見て、バロアが呆れたように溜め息をつく。


「ヒメ様、年頃の女性が、そういったことをするものではありません」

「いいでしょ別に。私はサキュバスなんだし」

「サキュバスにしては照れているように見えましたが」

「いいの! 見習いサキュバスなんだから!」


 強がるように言い返すルヒメナと、優しくたしなめ、からかうバロア。

 こちらも息の合ったやり取りだった。


 親子ではない。そして『ヒメ様』といった呼び方から、お姫様とその従者、あるいは姫を守る騎士のような関係をリクオは連想した。


「しかし問題はリクオ殿ですな」

「リクオが?」

「はい。リクオ殿、“魔装(まそう)”はご存じですか?」

「“まそう”? いえ、わからないです」

「え!?知らないの!? 使えないとかじゃなく?」

「なるほど……。剣の稽古の前に、まずはそこからですな」


   ◇◇◇


 バロアとリクオは向かい合い、地面にあぐらをかいている。


「ではヒメ様。剣に魔力を込めずに振り下ろしてください」


 バロアが左腕の袖をまくり、水平に伸ばす。


「はーい。いっくよー」


 と、隣で素振りをしていたルヒメナが、なんの躊躇もなくその剣をバロアの左腕に振り下ろす。


「え、ちょっ……」


 リクオは、つい、目をぎゅっと閉じてしまう。風を切る音は聞こえたが、腕が切り落とされる音はやってこなかった。


「ご覧ください。腕に込めた魔力の方が格段に大きければ、剣を用いても斬ることはできません」


 目を開けると、刃がバロアの腕の上で止まっている。

 刀身は浅く肌に食い込んでいるが、肌を裂くには至っていなかった。


「このように、肌は柔らかいままですが、強度を上げることができます」


 魔力による“強化”は、リクオも理屈では分かっていたが、これほど強烈に示されたのは初めてだった。


「へぇー、斬れないもんなんだねー」


 ルヒメナがおもしろがって、ノコギリのように刃を前後させている。


「とは言え、同じくらいの魔力を込めた剣なら、簡単に腕は斬り落とされるでしょう。なぜだかわかりますか?」

「えーっと、剣の、斬る力が強化されるから、ですか?」


「それは、……半分正解、ですな」

「えっ?違うの?」


 バロアの腕に剣の切っ先を垂直に当て、火をおこすようにグリグリ回していたルヒメナが手を止める。


「……ヒメ様もここへお座りください」


「はぁ~い」とルヒメナは気の抜けた返事をしつつ、リクオの隣に座り、生徒は二人になった。


「魔力を込めれば剣も“強化”され、頑丈になります。刀身は折れにくくなり、刃こぼれもしづらくなります。

 そして、対魔性能が上がることにより、結果的に“切れ味“も上がります」

「たいませいのう?」


 リクオが首を傾げる。


「はい。魔力に対する効力、とでもいいましょうか……。剣と腕で例えると、腕に込められた魔力を相殺し、剣が持つ本来の“切れ味”を生身の腕に届かせる、といったものです」


「はぁ~」ルヒメナとリクオの声が重なる。


 バロアが眉根を寄せてルヒメナを見やる。


 察するに、ルヒメナには既に教えた事柄なのだろうか。

 リクオは、ちらりと彼女の表情を窺うが、ルヒメナは初めて聞いた風に感心している。


「『半分正解』というのは、『斬る力を強化する』という魔術が存在するからです。

 魔力を込めるだけでも実質的に斬る力は強化されますが、より正答に近いのは『対魔性能が上がるから』や、『魔力を相殺できるから』といった答えでしょうな」


「ああ~、なるほどね~」

「ヒメ様には何度も説明しているはずですが?」


 クスッと、ついリクオは笑ってしまう。


「別にいいじゃない。結局、重要なのは魔装の方でしょ?」

「確かにその通りですが、適切な魔力行使は正確な認識から導かれます。魔力を吸収できるからといって大雑把な――」


「はいはい! わかりましたわかりました! わかりましたよ~!」


 バロアの説教を雑に区切り、ルヒメナは立ち上がる。


 きっとこの受け答えも、幾度も繰り返したものなのだろう。そう簡単に予想がつき、リクオは二人の関係を羨ましく思った。


「では魔装の話に参りましょう。魔装とは、薄い結界を全身に纏う、護身の魔術です」

「結界……!」

「はい。分類すれば基礎的な結界魔術になるでしょう。ですが、難しく捉えることはありません。

 魔力で膜を形成し、それを全身に纏うことができれば、もう魔装の完成です」

「はぁ……」


 余りにも簡単な説明に、リクオは拍子抜けしてしまう。


「これを修得すれば、喉も守れますよ?」ハッハッハ、とバロアが笑う。


「喉? なんの話?」

「な、なんでもないです!」


 少し離れて素振(すぶ)りをしていたルヒメナだったが、こちらの話も聞いていたらしい。

 リクオは慌てて両手を振り、バロアに向き直った。


「あとはその膜に魔力を込めて頑丈にしたり、硬く変質させたりして身を守る助けにします」


 一方、バロアは平然と話を進める。

 そして、先ほどと同じように左腕を水平に伸ばす。


「ヒメ様、今度は魔力を込めて振るってください。いつもの、稽古のときと同じくらいで結構です」

「わかったー。いっくよー」


 ガキン、と、まるで鉄塊にハンマーを叩き付けたような予想外の轟音が響き、リクオの体もビクッと震える。

 振り下ろされたルヒメナの剣は、バロアの皮膚上で静止していた。


「硬度を上げ、魔力を込めれば鎧にも劣りません。これが“魔装”です」


 リクオは「はい」と頷いた。

 わかりやすい説明に、インパクトのある実演。

 魔装というものと、その重要性を、リクオははっきりと認識することができた。


 そして、バロアの教授方法に感謝した。

 必須級の防御術を、最短で修得できるように工夫してくれたのだろう。


 バロアの気持ちに応えたいという思いが、リクオのやる気に火をつけた。


「では、魔装の実践に入りましょう」

「はい!」


 リクオは元気良く返事をする。


 なぜかもう一人の生徒も返事をした。


「はーい。じゃあ、いっくよー」


 ルヒメナが剣を振りかぶっている。

 リクオに向かって。


「ヒメ様?」

「ちょっ……!」


 バロアはルヒメナを見上げ、呆然としたまま動かない。

 リクオは地面に尻をつけたまま、後ずさる。


 ルヒメナは踏み込んで距離を詰めると、その剣をリクオへと、振り下ろした。





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