少年の行く末に
俺は今日、たった一人の最愛の家族を失った。
母を知らず育った俺は、男手一つで高校生まで成長した。母は僕が幼い頃に亡くなったらしいが記憶にはない。
父は我が子のため、懸命に働き、経済的にも精神的にも不自由のない生活を送らせた。そんな父を、俺は尊敬をしつつ、いつか絶対に恩返しをしたい。そう思うようになっていた。
しかし、父が今日、亡くなった。死因は交通事故で、相手方の居眠り運転によるものだった。遺体は激しく損傷している。即死だったらしい。
父方の祖父母はとうに他界しており、母方の親戚は、存在するのかしないのか、出会ったことすらない。
唯一の家族だった父を亡くした俺はひどく疎外感に苛まれる。
父の形見のペンダントを首に握りしめながら遺体を目の当たりにしていると、いても立ったもいられずに、病院を飛び出し、留めてあったバイクを走らせた。後ろから病院のスタッフの声が耳に入るが、頭には入らない。
深夜、車一つ通らない道路、メーターは既に150kmを振り切っている。
亡くなった父の分まで生きなければならない。理屈ではわかっていた。だとしても、この理不尽に対するやり場のない怒りと絶望に正気を失っていた俺は、ガードレールへと激突する。
まるで、重力が無くなったかのように身を投げ出された俺は、暖かいもの霧のような何かに包まれながら意識を失った。
「――うぶか?おい兄ちゃん、大丈夫か?」
心配そうな声色の男の声が聞こえると同時に着々と意識を取り戻していく。鼻に入る空気はまるで絵画で描かれる草原のように澄んでいる。
そして、目を開くと、思った通りの中年男性の顔に焦点は合い、感じた通りの草原が背景に広がっていく。
「お、意識はあるみたいだな、喋れるか?名前は?」
男の手を借りながら立ち上がり質問に答える。
「…ヒョウジです、ありがとうございます、それよりここは…?」
「ここか?そうだな、位置的にはダンデルの街から東に少し進んだところだが」
ダンデル?聞きなじみの無い地形に耳を疑った。ここは外国なのだろうか?男の後ろにある馬車の存在などから様々な疑問を覚える。
「なんだか様子が変だな、兄ちゃん。とりあえず、乗れ、それから話を聞こう」
男の指示に従って馬車に乗る。そして自分の置かれている状況を理解するために、情報交換を行った。
この男は商人で名前はダッカ、サンライト王国の中部に位置するミッシスと呼ばれる街から、ダンデルへと馬車を使って積荷を運んでいる最中だった。
ダンデルは隣国、ムンデス帝国との国境付近に位置する街らしい。
もしかしたら、俺は過去のどこか知らない外国に位置する場所に飛ばされたのかもしれない。周りの光景や、商人によってもたらされた情報が、そんな夢物語のような推測を受け入れさせた。
―――
しばらくして、少し前に入った小さい森を抜けると、ダッカさんは口を開く。
「兄ちゃんは頭を強く打っちまったのかもな、それで自分のことをうまく思い出せないのかもしれん。ここから一番近いダンデルの街へだって一日はかかる距離だってのに、手荷物一つ持ってやしない。大方、野盗に襲われたんだろう」
ダッカさんには心苦しいが、自分は記憶喪失であると嘘をついた。この商人に見捨てられれば野垂れ死ぬことは目に見えていたからだ。
「あいにく、居心地の良い乗り物とは言えねえが、ゆっくり頭の中を整理するといいさ、そのうち思い出す」
「本当にありがとうございます、ダッカさんが居なければどうなっていた事かと思うと…」
「なあに、気にすんなよ、ここ最近じゃ野盗に襲われるなんて珍しいことじゃねえんだ、それに――兄ちゃん、まずいことになった」
ダッカはそういうと手綱を操り馬車を走らせて来た道を戻り始める。
「どうかしたんですか?」
「ラージドールだ!国のエンブレムのついた盾をもっていないってことはおそらく野盗だろう、くそ!」
後ろを振り返ると、全高は10メートル程だろうか、それほどの大きな人の影が二つ迫ってきていることが確認できる。
あれが野盗…人間なのだろうか?
「あれはなんです!?人なんですか!?」
「人!?乗ってるのは人だろう!」
つまりはあの巨人を人が操っているのだろうか
馬は鳴き声を上げながら走る。ダッカは続けてこう言った。
「やつらの狙いは積荷だ!兄ちゃんは馬車から降りて逃げろ!食料は持って行ってもいい!」
「ダッカさんはどうするんです!?」
「気にするな!なんとかする!逃げ――」
ダッカさんの献身の提案もむなしく、後方から、赤く光る玉が馬車の上を通り過ぎ、前方に着弾する。そして馬車は横転し、俺とダッカさんも馬車から投げ出された。
視界が反転し、一瞬意識を失いかけたが、迫ってくる足音がそれを許さない。
「くっ…ダッカさん!」
ダッカさんに目をやると、足をひどく痛めている様子がわかる。
「くっ…どうやらもうダメみたいだな…すまねえ」
一人で逃げることはできる、この目の前の商人を見捨てることなどできない。
「この馬車で奴らが一番欲しいものはなんですか!?」
「い、いきなり何言って…」
「はやく!!」
「そりゃあ、金貨だろうが…何しようってんだ!?」
俺は答えず積荷から金貨を袋につめて、ラージドールを引き付けるように走り出す。
「(これで奴らは俺を追ってくるはずだ。きっと僕は追い付かれて殺される。けれどダッカさんが隠れる時間は稼げる)」
しかしその思惑は外れ、ラージドールの一体が僕のほうに、そしてもう一体は馬車の方へと近づいていく。
このままだと二人とも死ぬ、僕はいいがダッカさんは助けなければ。
この時に気づく、僕は無意識に死んだ父とあの商人を重ねていたことを。
すると、目の前に高さ3メートル程の穴が開いた洞窟のようなものが見えた、ここならば…
――――――――
ラージドール乗りの野盗は金貨の袋を抱えながら逃げる男を追いながらぼやく
「まだこいつを発掘してから日が浅いってのに、なんで俺に追わせるかねえ…まあ慣らし運転にはちょうどいいのかもしんねえけどよお」
獲物が洞窟の中に入っていくのが見えると野盗はますます不機嫌になる。
「かーっ!めんどくせえ、あんなちっこい穴じゃあ、こいつが入れねえじゃねえか!」
剣を片手にラージドールから降りると、その暗がりへ進んでていくが、ギリギリ光の届く場所で足を止めて声を張る
「今出てくるんなら命だけは助けてやる、だからその袋をよこせえ!」
洞窟内で反響する勧告に返答はなかった
「はー、かったりいなあ!もういい!首洗って待ってろ!」
野盗は声を荒げ、洞窟内に怒号を響かせながら進もうとした。
左後方に気配を感じた瞬間、頭に激痛が走る。地面に自分の血が滴る様子が目に入り、状況を理解した時にはその身は地面に伏し、意識を失った。
――――――――
「はあっ…はあっ…」
僕は返り血のついた拳より一回り大きい石を片手に息を荒げる。
目の前の男は生きているのだろうか、それとも…
「よし…ダッカさんを助けに行こう」
そうして踵を返そうとするとラージドールと目が合う。間近で見るとその様子がはっきりとわかる。
大きさは約10m程、人の形を成していて、間接以外は青色の外骨格のようなものに包まれている。ロボットのような機械的なものには見えないが、かといって生物でもない。
しかし、その目からは何か意思のようなものが感じられた。
人間でいうと胃のあたりになるのだろうか、その穴からは人の座ることのできる椅子が見える。
「ダッカさんを助けるには…」
立膝のついてるラージドールの中に乗り込むと、先ほど感じた意思のようなものがよりクリアに感じられた。言語等そういったものを媒介しないで、頭に直接伝わってくる意思のようななにかが。
こいつには意思がある、そうわかるとこちらから呼びかけてみた。
「お前は動くのか?もし動いてくれるなら、力を貸してくれ。助けたい人がいるんだ」
先ほどまで野盗に操られていたこいつが意思を持つのだとしたら、動いてくれるはずはない。
しかし、このラージドールから感じられる暖かく懐かしい感覚は嘘ではないと信じたかった。
そして、この呼びかけからすぐに、肯定の意思が感じられる。
「なら、お前はどうやって動くんだ?俺が動かすのか?…繋がる?意識?わかった、やってみる」
ラージドールへ感覚を集中させて、立つことを念じる。すると少しの遅延もなく、まるで自分の体を動かしているかのような感覚と同時にラージドールは立ち上がった。
これならいける、そう確信してダッカさんのもとへとこいつを走らせた。
―――
「なあ、教えてくれよ。あんたはこの積荷を誰の依頼でどこに運ぼうとしたんだ?」
「さあわからん、さっき頭を強く打っちまって忘れたよ」
「もし答えてくれるんなら命は助けてやるって言ってんだぞ?こいつに足でペッチャンコにはなりたくないだろ?」
野盗はラージドールで商人を脅す。
「この積荷…ほとんどが対ラージドール用のバリスタ弾じゃねえか?まるで戦争でも始めるみてえにごそっとあらあ」
「なぜおまえらがそんなことを気にするんだ?」
「はーっ、こっちが質問してんだぞ?煩わしいんだよ、いいから答えろって、護衛もつけずこそこそと運んでるのがきなくせえ」
「俺はただの商人だ、それは商品以外の何物でもないよ」
「冷静になれって?こんなところで死に――ん?」
少し離れたところから大きな足音が耳に入ると、野盗は商人に最終通告を出す。
「ほら、あんたの知り合いも死んじまったみたいだぞ、あいつが帰ってくる前に言わないと問答無用で潰すからな」
「…」
「そうかい」
それでも口を紡ぐ商人に、野党は痺れを切らし、ラージドールの足を上げようとした。
――――――
野盗から乗っ取った青色のラージドールをダッカさんのもとへ走らせていると、野盗の片割れが乗っている灰色のラージドールが目に入る。
灰色のラージドールは足をあげ、ダッカさんを潰そうとしていた。
「やめろぉぉぉぉ!!」
俺の意思に呼応するかのように青色のラージドールは野盗のラージドールへ迫り、左手を手刀の形に構えた。
すると、その手刀を覆うように麒麟色のオーラのようなものが刃を形成する。
「おいおいこれはどういうことだあ!!気でも狂ったのかあ!?」
野盗は、迫ってくるラージドールが仲間のものであるはずなのに、攻撃の姿勢をとっていることに驚嘆した。
そして野盗のラージドールは左の手のひらを前方に広げ、エネルギー弾を発射し、防戦を行う。
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
俺は迫ってくる赤色の弾を、無意識の内にラージドール前方に展開したバリアで防ぎながら、野盗のラージドールへ距離を詰める。
「なんだと!?――なめんじゃねえぞぉぉぉ!!!!」
野盗のラージドールはエネルギー弾を放っていた左手を手刀の形にすると、赤色のオーラの刃が展開する。
刃をこちらに向かって水平に薙いだが、青色のラージドールは右足を前に踏み出し姿勢を屈め、空を切らせたと同時に麒麟色のエネルギーセイバーで相手の首を突いた。
「はぁっ…はぁっ…やったのか?」
野盗のラージドールは首を突かれ、しばらくすると吊るされた人形の様に力を無くし項垂れた。