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僕と心優しき妖達のゆるゆるストーリー

こんにちは、作者のきむんちです。正直、僕は小説と言うものはあまり読んだことが無いのですが、一度好きな物語に出会うと、そのシリーズは勿論の事、その作者様の書かれた作品を貪るように読む。と言う感じの、早い話が狭い小説の世界しか知りません。そんな私が今回初めて小説を書いてみました。飽きずに最後までお付き合い頂けたら幸いです。

<プロローグ>

その日は朝から少し雨が降っていたが、日暮(ひぐ)れ前、道路を行き交う車が、ヘッドライトを点けるか点けないかの微妙(びみょう)な時間帯には、かなり激しい大粒の雨となっていた。

そんな中、歩道と車道の境い目が曖昧(あいまい)な田舎の国道沿(こくどうぞ)いを、傘も刺さずに男子高校生が一人、茫然自失ぼうぜんじしつと歩いている。激しい雨にも関わらず少年が泣いているのは誰の目にも明らかだった。


時は少し遡り(さかのぼ)その日の放課後の学校・・・

幼い頃から家が隣同士(となりどうし)なので、いつも一緒に登下校している拓哉(たくや)夏穂(かほ)は、校門までの桜並木(さくらなみき)の道を2人並んで歩いていた。桜もすっかり散ってしまい、もうすぐ梅雨(つゆ)(むか)えるこの季節らしく少しむし暑い。今にも降りだしそうな雨が心配で、心なしか2人は速足(はやあし)で歩いていたが、もうすぐ校門に差し()かる少し手前で突然、拓哉(たくや)夏穂(かほ)の腕を(つか)んで立ち止まる。

夏穂(かほ)、少し話を聞いてくれないか?大事な話があるんだ」と、切り出してきた。何故か(みょう)に照れくさそうで、頬が少し赤くなっている。無理に笑顔を作ろうとしているのか、顔がこわ張っていて、それでいて目だけが真剣で笑っていない。

「何よあらたまって、拓哉(たくや)らしくないよ・・・」つい先程まで、いつも通り他愛もない話をしていたのに、突然の拓哉(たくや)の変わりように、夏穂(かほ)も少し戸惑(とまど)う。

「うん、どうしても夏穂(かほ)に聞いて欲しい事があるんだ」いつもはどちらかと言えば大人しい拓哉(たくや)が、突然そんな事を言い出したので、幼い頃からずっと一緒にいる夏穂(かほ)には、拓哉(たくや)が何を言い出したいのかピンと来てしまった。間違いなく自分に告白するつもりだ。

本音を言えば(うれ)しいし、夏穂(かほ)拓哉(たくや)が大好きだ。愛していると言っても間違いないと思うし、恋人同士になれば、もっと毎日が楽しくなるとも思う。お互いの両親や学校の友人達に至っては、とっくに二人は彼氏彼女(かれしかのじょ)間柄(あいだがら)だと思い込んでいる程だ。

しかし、夏穂(かほ)はまだ高校1年生であり、幾度かは男子から告白された経験もあるが、まだまだこんなシチュエーションに慣れているとは言い(がた)い。まして相手は大本命の拓哉(たくや)である。夏穂(かほ)が一気に舞い上がってしまったのも無理はない。急激に顔が熱くなり、自分でも(ほほ)が真っ赤になってしまっているのが解る。足もガクガク(ふる)え出し、目の前は真っ白になってしまった。妙に真剣で少し照れくさそうな拓哉(たくや)の顔を見ると、ますます何をどうすれば良いのかわからずに

拓哉(たくや)!むむむ、無理!ごっ、ごめんなさ~い!」

と言うのが精一杯(せいいっぱい)で、思わずその場を走って逃げてしまった・・・・


「何もそこまで(いや)がらなくても・・・・」

拓哉(たくや)には何が何だか解らない。(きら)われていないどころか、かなりのレベルで好かれている自信も有った。自分としては遅すぎる程の、(まん)()しての告白タイミングのつもりであったのに、まさかのこの結果である。

その後は自分でもよく覚えていないが、ふと気付けば土砂降(どしゃぶ)りの雨の国道沿いを、傘も刺さずに泣きながら歩いていたのである。


自分でも情けない姿だと思う。

「誰かに見られたら死んでしまいたくなるだろうなぁ~」

と更に情けなくなるような事を考えながら歩いていた。その時

「キキキキキ~」

後ろから車の急ブレーキをかける音が聞こえた気がした。

「ドン!」

と何かがぶつかる大きな音がして、突然(とつぜん)視界(しかい)がクルクルと回り始める。

「バキッ!」

と変な音が聞こえたのとほぼ同時じタイミングで、体中(からだじゅう)激痛(げきつう)が走った。その時初めて、自分がトラックにはねられたと理解したが、激痛(げきつう)もほんの一瞬(いっしゅん)の事ですぐに痛みは感じ無くなり、視界が急速に暗くなっていった。

「ああ、今日は()んだり()ったり、最悪の1日だったなぁ~」と呑気(のんき)なことを考えていると、夏穂(かほ)との想い出が走馬灯(そうまとう)のようによみがえりだした。

「あぁ、僕は死ぬんだ」と思ったのも一瞬の事であり、深い闇の底に落ちていくのに身をまかせた。


トラックの運転手は愕然(がくぜん)としていた。夕闇迫(ゆうやみせま)る時間帯の激しい雨で視界が良いとは言えない中、ヘッドライトを点けずに走っていた。歩道と車道の境目(さかいめ)曖昧(あいまい)な田舎の国道で、まさか土砂降(どしゃぶ)りの中を傘もささずに歩いている人がいるとは思わなかったので、ブレーキをかけるのが遅くなってしまった。


トラックの運転手は()ねたスピードと被害者の状況から即死だと直感した。途端に恐怖が押し寄せた。ただひたすらに怖かった。半狂乱(はんきょうらん)とも言える状態だったのも無理はない。

幸か不幸かトラックに乗っているのは自分だけで、あたりには誰もいない。車も通っていない

・・・・()がさした・・・・

気が付けばハンドルを切り、アクセルを踏んでその場から逃げ出そうとしていた。その時


トラックの前の地面が光ったかと思うと、一瞬で2メートル程の真っ赤な魔法陣が(えが)かれだし、その中心の地面から、年の頃なら12~13才の日本人形を思わせる少女が現れた。ミニスカート程の(たけ)の着物を(まと)った全身から、ほんのり(あか)耀(かがや)きを放っており、その真っ直ぐな長い黒髪は、土砂降(どしゃぶ)りの雨にも()れる事なく、まるで地面から吹く風になびくように()れている。そして無表情な切れ長の目からは、隠そうとしない怒りの感情が(あふ)れ出ていた。

「キキキキキ~!」

トラックの運転手は咄嗟(とっさ)に急ブレーキを踏んだが間に合わない。

「ひいてしまう」と思った瞬間、少女が「すっ」っと左手を前に突き出し、無造作(むぞうさ)に左横に()ぎ払ったと思いきや、その方向にトラックが大きく()ね飛ばされ、「ドン!」と大きな音と共にガードレールに激突(げきとつ)した。


トラックのフロントガラスが粉々に砕け散り、タイヤはあらぬ方向に向いてしまっている。ラジエターの水が破裂(はれつ)したのかエンジンルームからは水蒸気(すいじょうき)(あふ)れ出ている。(さいわ)いにもトラックの運転手は大きな怪我は無く意識もハッキリしていたので、あまりの事に気が動転(どうてん)しながらもトラックの車外へ逃げ出した。

必死だった。足がもつれて土砂降(どしゃぶ)りの雨の中を何度も転びながら、なんとかトラックから10m程離れた時、自分のすぐ横にミニチュアダックスに似た小さな黒い犬がいる事に気が付いた。が、(ひど)違和感(いわかん)がある。最初は気づかなかったが、近くに民家がある訳でもないのに小型犬がいるのもおかしいし、土砂降(どしゃぶ)りの雨なのに濡れていない。(くら)がりなのに黒い犬がハッキリと見えるのは、実はボンヤリとではあるが(あわ)く光っているからだと気づいた時

「あなたもある意味、被害者(ひがいしゃ)なのにねぇ」と犬が語りかけてきた。

「申し訳ないけど、今見た事は忘れてもらわなくっちゃ困るのよ」

と言うが早いか、犬の目が(あや)しく光り、トラックの運転手は気を失ってしまった。


いつの間にか拓哉(たくや)(そば)に少女がたたずんでいる。かなり(あわ)てた様子(ようす)

拓哉(たくや)の命の火が消えかけてるわ。ここでは治療(ちりょう)なんか出来ないし、一旦(いったん)、里に連れて行くしかないわ」

「う~ん。あまりお(すす)めではないけど、()(はら)は代えられないわね」と小型犬が言うと、見る見るうちに馬程(うまほど)の大きさになり、低くしゃがみ込んだ。少女は軽々と拓哉(たくや)をお姫様だっこし、ふわりとジャンプして横乗りする。大きくなった犬はゆっくりと立ち上がり、2人を乗せて走るように空を()け出すと、一瞬(いっしゅん)のまばゆい光と共に、若干(じゃっかん)の光の粒を残して消えてしまった。


第1章 (とき)狭間(はざま)(さと)


第1節 目覚(めざ)

拓哉(たくや)(あた)り一面真っ白な(きり)の中に(たたず)んでいた。近くには川が流れている気配があり、足元には大きめの砂利(じゃり)や石が転がっている。ここは河原だろうと気付いたが、何故(なぜ)こんな所にいるのかは分からない。確か自分はトラックにはねられて死にそうに、いや、死んでしまったはずなのに・・・・

どこからともなく遠くの方から声が聞こえる。

「一つ()んでは母の為」小さな男の子の声が聞こえる。「コツン」

「二つ()んでは父の為」小さな女の子の声が聞こえる。「コツン」

(さい)河原(かわら)・・・」さすがに(にぶ)拓哉(たくや)も自分の置かれている状況を理解した。逃げ出したい衝動(しょうどう)()られたが、どっちに逃げれば良いか(わか)らない。下手(へた)に動いてうっかり川を渡るような事があれば、今度こそ死んでしまうだろう、と思った時、「ゴゥ!」と言う風の音と共に、体がふわりと浮き上がり、自分のまたの下に(すべ)り込んで来る黒い影を感じた。馬程(うまほど)もある大きな犬であった。

「まったく手が掛かるわねぇ」しゃべった。驚きのあまり拓哉(たくや)は言葉を失った。

「しっかりと(つか)まってるのよ」と言われたので、夢中でしがみ付くと、拓哉(たくや)を乗せて走るように空を()け上がり、一瞬(いっしゅん)のまばゆい光と共に、若干(じゃっかん)の光の粒を残して消えてしまった。


「暖かい・・・・」規則正(きそくただ)しい心臓の音と呼吸するように若干上下(じゃっかんじょうげ)する物の上に、上半身を(ゆだ)ねるような姿勢で目覚めた拓哉(たくや)は、先程の大きな犬が横たわった、お腹の上だとすぐに気付いた。奇妙(きみょう)な暖かさと長い獣毛(じゅうもう)のどこか(なつ)かしい香りのせいか、自分でも不思議な程に(こわ)さは感じないが、この生き物は何なんだ?自分は体中包帯だらけでまるでミイラのようになってしまっているのに、まるで痛みを感じないのはなぜなんだ?確かにトラックにはねられ、瀕死(ひんし)を通り越して死んでいたはずなのになぜ生きてるんだ?そもそもここは病院では無く、古い民家の一室(いっしつ)のように見えるがいったい何処(どこ)なんだ?

半ば寝ぼけていた拓哉(たくや)も、様々(さまざま)な疑問が脳裏(のうり)をよぎると共に、徐々(じょじょ)に目覚めていった。その時、更なる疑問に気が付いた。自分のお腹のあたりをしっかりと抱きしめながら、年の頃なら12~13才程の少女が眠っている。

「かっ、可愛(かわい)い・・・・」

日本人形を思わせる端正(たんせい)な顔立ちと真っ直ぐな長い黒髪は、へたなアイドルよりもずっと可愛(かわい)い。少しぽっちゃりとした体形は年齢に似合わずダイナマイトボディだ。和服を着ているようだが、帯がほどけて前がはだけた状態で、拓哉(たくや)の下半身に密着(みっちゃく)している。少女が下着を着ていないのがハッキリと伝わり、ある意味全裸(ぜんら)より始末が悪い状態だ。

「&%$#!@*&#%$*@#&~~~~~!」

と、訳の分からない言葉を発しながら、飛び起きそうになるが、その時、自分も下着を着けていない事に気付いた。勿論(もちろん)、下半身は健全な16才男子高校生に相応(ふさわ)しい状態にスタンバっている。

「こっ、これは、ひっ、ひっじょ~に!!まっ、まずい」

これは16年間生きてきた中でも、かなりハイレベルでヤバイ状況だと思った。自分もまだまだ子供の部類ではあるが、相手は(さら)に子供。ましてや、言い訳無用の状況である。今、この子が起きて泣かれでもしたら・・・と、想像するだけで目の前が暗くなりそうだ。

「ここは、そろ~っと、この子が寝ている間に抜け出すしかない」と決意を固めて、まさに動き出そうとしたしたその時。

「あら、やっとお目覚めのようね。気分が悪いとか、痛いところはなあい?」と、大きな犬が優しく声を掛けてきた。

内心では「この子が起きちゃうよぉ~、頼むから静かにしてくれ~」と思いつつ

大丈夫(だいじょうぶ)、どこも痛くは無いし、気分が悪い訳でも無いです」と、かなり小さな、()の鳴くような声で返事をした。

「え~っおっかしいわぁ~。そんな小さな声しか出せないはずはないのに・・・・まだどこか悪いのかしら。少し大きな声で(しゃべ)ってみてくれる?」と、予想の(なな)め上を行く無情の要求。内心では

「あっちゃ~!空気読めよなぁ~、そんなこと出来る訳無(わけな)いだろうがぁ~」と思ったが、仕方なく返事をしようとしたその時

「う~ん・・・あっ!拓哉(たくや)!・・・目が覚めたのね!」と少女も目覚めてしまった。よほど(うれ)しかったのか、上半身だけガバッっと起きあがったので、豊かな胸が一瞬(いっしゅん)丸見えになったが、すぐに大粒の涙をボタボタ流しながら、拓哉(たくや)のお腹のあたりに抱きついて

「よかった!よかったよぉ~たっ拓哉(たくや)拓哉(たくや)拓哉(たくや)拓哉(たくや)ぁ~」と(つい)には号泣(ごうきゅう)しだしてしまった。

本人は無自覚(むじかく)だろうとは思うが、ちょうど拓哉(たくや)の大切な所に胸を押し当てる格好で、拓哉(たくや)を左右に()さぶりながら号泣(ごうきゅう)する少女。今までの経験した事の無い気持ち良さに身を(ゆだ)ねつつ、

「とほほ~こんな罰ゲームを受けるような事は何もしていないはずなのに~」と思ったが、少女が純粋(じゅんすい)に自分を心配してくれていたのが痛いほど伝わってきて、(よこしま)な理由で心配している自分が恥ずかしくなった。

「まぁ、意味はちょっと違うけど、泣かれて困ってしまっているのは予想通りって訳かぁ~。聞きたい事は山盛りあるけど、泣きやむまではどうしようもないかぁ・・・」と長い黒髪を幾度(いくど)()でた時、大きな犬の頭が優しく少女に(ほお)ずりし、モフモフの長い尻尾(しっぽ)が少女と拓哉(たくや)の体を暖かく包み込んだ。



第2節 (なぞ)混濁(こんだく)真相(しんそう)

囲炉裏(いろり)の炭がパチンと音をたてて(はじ)け、真っ赤になって(おこ)っているようだ。少し大きめの鍋がその上にかけられて、拓哉(たくや)のために少女が作った、きのこと野菜の雑炊(ぞうすい)がもうすぐ出来上がろうとしている。天井(てんじょう)はかなり高く、囲炉裏(いろり)の炭の(すす)で真っ黒になった、かなり太い(はり)と、わらぶきの屋根が室内から見えるので、合掌造(がっしょうづく)りの家なのかなぁとぼんやりと考えていた。

すっかり健康体になった拓哉(たくや)は、ぐるぐる巻きの包帯をはずして、高校の制服に着替えていた。なぜ、事故で破れ、血まみれになってしまったはずの制服がなんともないのか疑問に思ったが、他に色々と聞きたい事があるので、後回しで考える事にした。

馬くらいの大きな犬だったのに、今はすっかり普通のミニチュアダックス程のサイズになり、拓哉(たくや)(ひざ)の上で丸くなって、気持ち良さそうに目をつぶっている。そんな(さま)を少女は横目で見ながら少し不機嫌(ふきげん)そうだった。

「聞きたい事はいっぱいあるけど、まずは自己紹介から。僕は高村拓哉(たかむらたくや)16才 西高に通う1年生です」

「知ってるわ。拓哉(たくや)の事なら結構知っているつもりよ。夏穂(かほ)ちゃん大~好きなのが気に入らないけど」

正直びっくりした。夏穂(かほ)の事まで知っているとは・・・だれにも相談さえした事も無いのに・・・・

「だってこの子ったら、暇さえあればそこにある「物見(ものみ)水晶球(すいしょうきゅう)」であなたの事ばかり見てるもの。よく()きないもんだと関心するわよホントに」

「ルゥったら、なにいきなり暴露(ばくろ)っちゃってんのよ!!」

「特にあなたの「自家発電(じかはつでん)」の時には、それはそれは超真剣に食い入るように見ちゃってるわよ~」

と、短い右前足をお腹の下で上下に振りながら(うれ)しそうに話している。衝撃(しょうげき)暴露(ばくろ)に少女はうろたえながら、

「&%$#!@*&#%$*@#&~~~~~!ルゥはちょっと(だま)ってて!!」

「はいはい、外野は黙っておきますよ~テヘ!」

穴があったら入りたい、とはまさにこの事である。拓哉(たくや)も少女も真っ赤になりながら、おたがい下を向いたまま、何もしゃべれなくなってしまった。

しばらくして・・・・

「だぁ~っ!まどろっこしい!外野がしゃべらないと話が進まないじゃない」

「なによ!ルゥが悪いんじゃない!いきなり話の腰を折ったのはあなたでしょ!」

「せっかくリラックスして話せるようにしてあげたのに。じゃぁ、とっとと拓哉(たくや)に説明してあげなさいょ!あんなにも拓哉(たくや)と会いたがってたくせに!」

「言われなくても話すわよ!イ~っだ!」

「フン!」「フン!」と、ひとりと一匹の声がハモる。

「ぷっ!」拓哉(たくや)は思わず噴き出してしまった。

「ハハハハハ、まるで仲の良い、何でも言い合える姉妹(しまい)みたいだね。くくっ!僕は一人っ子だから(うらや)ましいよ」

「だれがよ!」「だれがよ!」と、またもひとりと一匹の声がハモる。

「くぅ~っ!クククククク」と、拓哉(たくや)の笑いが止まらなくなってしまった。


「私の名前は妙子(たえこ)。女が少ない子と書いて妙子(たえこ)。「みょうなこ」と書いて妙子(たえこ)大屋敷妙子(おおやしきたえこ)よ」

日本全国の妙子(たえこ)さんごめんなさい。

「お(さっ)しの通り、私は人間では無いの、あなた達人間が言う座敷童(ざしきわらし)(あやかし)と呼ばれるものの(たぐい)・・・って言われてもピンと来ないでしょうけどね・・・」

「そんな事は無いと言えばうそになるけど、(しゃべ)ったり飛んだり、大きさを変えられる犬のおかげで、随分(ずいぶん)()らされたみたいだよ。少々の事では驚かなくなってると思うから、色々と教えてよ」

「多分そうでしょうね。私の名前はルゥ・青竜(せいりゅう)。ルゥで良いわ。さっきから妙子(たえこ)が何度も呼んでるから知ってるわよね」

「私は犬とは違うのは分かっているとは思うけど、人間の概念(がいねん)には無い存在だから説明は難しいわ。あえて言うなら、一番近いのが、あなた達の物語によく出てくるエンシェントドラゴンってとこかしら。まぁ、私の見た目は爬虫類(はちゅうるい)じゃぁ無いけどねぇ。いつも妙子(たえこ)に合わせてるからこのサイズだけど、身長は30メートル程あるし、光闇火水風土(ひかりやみひみずかぜつち)属性(ぞくせい)を超えた魔法が使えるわ。ほとんど死んでしまってるあなたの(たましい)を呼び戻して傷を治したのも、妙子(たえこ)妖術(ようじゅつ)と私の魔法の合わせ技ってところね。まぁ、妙子(たえこ)の方がウェイトは大きかったけどね」


妙子(たえこ)はね、あなたを救うために自分の寿命(じゅみょう)を分け与えたのよ。これは禁断の魔術と言われるものだけど、私なら問題なく使えるわ。でも、私は正直言って反対だった。確かに(あやかし)と呼ばれるものの(たぐい)は、人間とは比べものにならないくらいに寿命(じゅみょう)が長い。でも、今回の件は多少とは言え、妙子(たえこ)の寿命を(むしば)んだはずよ。」

「そうとわかっていながら、いつもは私の言うことをちゃんと聞いてくれる妙子(たえこ)が、今回は強引(ごういん)に押し切ったの。私が反対すると「(いにしえ)の契約」を使ってでもあなたを助ける、とまで言い出すんだから、手がつけられなかったわよ、本当に」

(いにしえ)の契約って?」と拓哉(たくや)が聞いた時に、ついに妙子(たえこ)はブチ切れた。

「さっきからず~ぅっとルゥばっかり拓哉(たくや)とお話ししてズルイ~」と言いながら、ルゥの首根っこをつかんで拓哉(たくや)(ひざ)の上からどかすと、自分が拓哉(たくや)(ひざ)の上に座ってしまった。柔らかな感触が拓哉(たくや)の下半身を直撃する。

平常心(へいじょうしん)平常心(へいじょうしん)・・・」と、こんな事にあまり免疫(めんえき)のない拓哉(たくや)は、下半身の暴走を必死で(おさ)え込むはめになってしまった。

(いにしえ)の契約って言うのはね、正確にはルゥと私のお母さんが(むす)んだ主従契約(しゅじゅうけいやく)の事なんだよ。発動(はつどう)させると絶対にルゥは言う事を聞かなければいけないんだけど、そんなものは無くってもルゥは私に優しいから、いつもお願いは聞いてもらってるんだ。今回もそう。だから一回も使った事は無いんだよ。それと、寿命(じゅみょう)を分け与える・・・って言っても、たとえば100年分どうぞ~って訳には行かないんだ。イメージとしては本来のあなたの寿命(じゅみょう)と私の寿命(じゅみょう)を足して、2人で使って行くってのが近いと思うよ」

「えっ?それって、たしか(あやかし)寿命(じゅみょう)は人間とは比べものにならないくらい長いって言ってたよね」

「そうねぇ~、寿命(じゅみょう)概念(がいねん)がうまく言えないけど、妖力(ようりょく)?生命力(せいめいりょく)?のイメージかなぁ?人間も働きすぎると短命(たんめい)になるし、のんびり生きれば長生き出来るって感じかなぁ・・・・そうねぇ~私の妖力(ようりょく)だと、人間の世界で妖力(ようりょく)をガンガン使いまくったとしても、多分あと5千年程は大丈夫だと思うよ」

「それって、5千年を2人で使って行くって事?2500年?」

「そんな単純な計算って訳じゃないわ。拓哉(たくや)妖力(ようりょく)を使えないからほとんど消費しないでしょうし、5千年が100年前後、減る位だと思うよ。」

「それに、人間がこの里にいる間は時間が流れないし、この里にいれば妖力(ようりょく)や魔力の回復が早いから、寿命が増える事はあっても減る事は無いわ。私達がこの里を拠点(きょてん)とする限り、あなた達の感覚だと無限に近い寿命(じゅみょう)、と思ってくれていいよ」

そこまで話すと妙子は、鍋にかけていたキノコと野菜の雑炊(ぞうすい)がちょうど良い感じで出来上がったので、台所へ食器を取りに立ち上がった。

拓哉(たくや)は正直、もう少々の事では平気・・・とは言え無くても多分大丈夫だろうと思っていた。が、まさか自分の寿命(じゅみょう)がそんな事になっているとは想像もしていなかった。ショックで呆然(ぼうぜん)としていると、またルゥが(ひざ)の上に乗ってきて、顔をこちらに向け、真剣な眼差しで話しかけてくる。

妖力(ようりょく)と魔力でそうなったんだから、寿命(じゅみょう)だけじゃなく、あんたは死なない体、いえ、死ねない体になったと自覚しておきなさい。首を落とそうがミンチになろうが死ねないでしょうねぇ。多分あなたを殺せるのは私か妙子(たえこ)しかいないと思うわ」

妙子(たえこ)はあなたに心配をかけないよう、大丈夫なように言うけど、こんな事をしたのは私達も初めてだから、どんな弊害(へいがい)が出るのか予測出来ないわ。たとえば、妙子(たえこ)に重大な弊害(へいがい)が出て、あなたと妙子(たえこ)のどちらかが死ななくてはならない事があったとしたら、私は躊躇(ちゅうちょ)なくあなたを殺す。たとえ妙子(たえこ)に永遠に恨まれる事になったとしてもね。しっかりと覚えていて頂戴(ちょうだい)」と言った時のルゥは、(いにしえ)のドラゴンに相応(ふさわ)しい威厳(いげん)と風格に満ちていた。

「今の話は絶対に妙子(たえこ)には言わないでよ。あなたにそんな話をしたなんて知れたら、激怒(げきど)するのは目に見えてる。なだめるのが大変なんだから」

そんな話を終えた頃に妙子(たえこ)が帰って来た。部屋に入る前まではご機嫌(きげん)で鼻歌まじりだったのに、ルゥがまた拓哉(たくや)の膝の上に乗っているのを見て、途端に不機嫌(ふきげん)そうになる。さも当たり前のようにルゥの首根っこをつまんでどかすと、また拓哉(たくや)(ひざ)の上に座り、出来上がった雑炊(ぞうすい)を注ぎながら、ぽつりぽつりと(かた)りだした。

座敷童(ざしきわらし)のいる家は(さか)える・・・なんて言われているけど、結果的にそうなっているだけで、神がかり的に幸運だけを呼び寄せている訳ではないの」

「さっきもちらっと話したけれど、この里は「(とき)狭間(はざま)(さと)」と言って、文字通り時間と時間の狭間(はざま)にある里なの。ここは私達が連れてこなければ、決してあなた達人間が来る事の出来ない場所。そしてあなた達が来た時には、あなたたちの世界の時間は流れない。何年何十年この里にいようとも、帰った時には、あなたたちの世界はあなた達がここに来る直前から動き出すのよ」

「つまり、拓哉(たくや)のいた世界は事故の直後で時間が止まったままになっているの。あなたが帰らなければ永遠に止まったままだし、動き出すのは事故の直後からって言う訳よ。なぜって?しらないわょ。私が知りたいぐらいよ」

「過去に何人かこの里の事を秘密にするって条件で、出入りを許してあげた人達がいたんだ。その人達はこの里で疲れや傷を(いや)しては、元の世界に帰る事を繰り返していたの。多分その人達の周りの人には、何日でも24時間働いたり戦ったり出来るスーパーマンに見えたでしょうね。勉強したり物事をじっくりと考える時間も一瞬に見えるし、怒りや悲しみを(いや)すのもそう。見た目よりも遥かに、人の何倍も努力を重ねる事が出来た。だから(とみ)も名声もついてきた・・・・と言うのが「座敷童(ざしきわらし)のいる家は(さか)える」伝説の真相よ」

「念の為にことわっておくけど、寿命(じゅみょう)まで(さず)けたのは拓哉(たくや)だけなんだから。感謝してよね!」と、真っ赤になって照れながらぶっきらぼうに言われて気が付いた。

「そうだね、命の恩人(おんじん)に対して、今までお礼の一つも言ってなかったね。色々有りすぎて気が動転(どうてん)してたなんて、言い訳にもならないよ。本当にごめんなさい。そして助けて頂いてありがとうございます」と言って、礼儀正しく頭を下げた。

妙子(たえこ)は赤い顔を更に真っ赤に染めながら

「べっ、別に拓哉(たくや)にお礼が言って欲しくて、そんな事を言ったんじゃないわよ。言葉のあやよあや!話の流れよ!それくらい気付きなさいよね!」

「まぁまぁ、妙子(たえこ)もやっと会えた拓哉(たくや)を前にして、気が動転(どうてん)するのもわかるけど、もう少し素直になったらどうなの?やってる事と言ってる事がバラバラよ」

ストレートに言われて妙子(たえこ)は更に顔を赤くしながら、何も言わずにすでに満杯になっているお椀になお一層、雑炊(ぞうすい)を注ごうとしている。

拓哉(たくや)拓哉(たくや)よ、今回は別にして基本、(あやかし)は見返り無しでは他人の為に何かをする事は無いと思いなさい。今回の件だと、良くて永遠に奴隷(どれい)かペットにされるか、生きたまま内蔵や脳みそを食われる・・・なんて事になり兼ねないわよ。この里には私たち以外の者も沢山いるけど人間はいない。絶対に関わり合っちゃダメよ。この家から出ちゃダメ。お人良しの拓哉(たくや)なんて(かも)(ねぎ)と鍋と出汁(だし)とガスコンロを背負って、まな板・包丁・お椀に箸まで(くわ)えて、荷物多すぎて動けませ~ん!って、拡声器持って宣伝してるようなもんだからね!」

ひどい言われようだ・・・・と思いながらも、自分の事を本当に心配してくれているのが伝わって来て、素直に(うれ)しさがこみ上げてきた。

「ありがとうございます。ルゥさんのご忠告しっかりと胸にきざみました。気を付けるようにします」と自然とお礼が口からこぼれ出た。

「はぁ~、素直すぎる人間は長生き出来ないわよ」と、ルゥがすっかりあきれ顔になってしまった時、妙子(たえこ)が新しいいたずらを思いついたわんぱく坊主のような、無邪気(むじゃき)()みをうかべて

「そうよ、見返りよ、見返り・・・ムフフフ」

「さぁさぁ出来たよ~、お話しの続きはご飯の後にしましょ。ウフッ!」


第3節 (わな)


色々と有りすぎたのか、ご飯の事などすっかり忘れていた。多分、空腹が通り越していたのだろうと思ったが、念の為に聞いてみた。

「そう言えば、僕は何日くらい寝ていたんだろう?」

「3日程・・・かな?」驚きである。普通、交通事故で死にかけた患者の完治日数とは思えない。どこまで自分の常識が当てはまらない世界なんだろうと思いながら、

「そっ、そうなんだぁ。ハハハハハ」と、また素直すぎると怒られそうな気がしてスルーする事に決めた。

ともあれ、久しぶりの食事のせいなのか、はたまた妙子(たえこ)が料理上手だからなのか、何か異界のスパイスが効いているのか(その全部かもしれないが)今まで食べた料理の中でもトップクラス間違い無しの美味(おい)しさだった。


食事が済むと、ルゥは眠くなって来たのか、囲炉裏(いろり)のそばで丸まってウトウトし始めていた。多分自分の治療の為に魔力を使ってくれたので疲れたんだろう・・・・と、ぼんやりと考えていたら、囲炉裏(いろり)の火で顔も少し火照(ほて)り、お腹もいっぱいなのも手伝って、自分も少し眠たくなってきた。そんな時、妙子(たえこ)

「ねぇ、拓哉(たくや)ぁ~、一杯付き合ってよ。拓哉(たくや)の全快祝いの祝盃(しゅくはい)よ」とお酒の入った徳利(とっくり)(さかずき)、おいしそうに漬かったお漬物を持って来た。

「いやいや、日本の法律ではお酒は二十歳(はたち)を超えてからなんだよ、(たえ)ちゃんもダメなんじゃないかなぁ」

「ちぇっ!お堅いなぁ~祝い事だよぉ。それにこの里には法律も無ければ警察もいないのに・・・」

そりゃあ確かにそうだ、とは言えない。

「そういう問題じゃないよ。ダメなものはダメだよ」

「ちぇ~っ!でもその理屈なら私は対象外だよ。年齢は秘密だけど、少なくとも二十歳(はたち)の50倍以上は生きてるからね」

おいおい、そのルックスでそれは反則じゃねぇ?そもそも座敷童(ざしきわらし)(わらし)って子供の事じゃ無いの?とは思ったが、少女と言えど女性、年齢の話しは恐ろしくて口には出せない。

「まぁ、拓哉(たくや)の性格を考えたら無理強(むりじ)いは可哀想(かわいそう)ね。でも、私は()ませてねぇ」と意外とあっさり引き下がり

「まずは()けつけ三盃(さんばい)ね」と、訳の分からない独り言を呟きながら、ほぼ一気に三盃(さんばい)飲み干した。

途端に頬から首筋まで上気したように、ほんのりと赤くなり、少し目もとろんとしてきた。色っぽいとはこういう事なんだろうなぁ~と、まるで他人事のように漠然(ばくぜん)と考えていると

「ちょっと酔ったかな?少し暑いわぁ~」と言いながら、着物の胸元を少し開けて、谷間をパタパタと扇ぎだす。

これは目のやり場に困る!反則じゃね?と思い目を()らすと

「ねぇ~、拓哉(たくや)ぁ~、」と言いながら、拓哉(たくや)の胸に頬を押し当ててきた。

少女らしいふっくらとした感触と、お酒の蒸し返すような甘い香りが相まって、16才男子高校生の理性は消し飛びそうになるが、

「そっ、そうだ、せっかくなのでこのお漬物を貰おうかな?うんうん、とっても美味(おい)しそうだよね」っと、数少ない理性を総動員して必死でごまかした。この時、妙子(たえこ)の右手が密かにガッツポーズを取っていた事に気付けなかったのが、後々悔やまれる事になるとは知る(よし)もない。

「いけない、うっかりして私の分のお箸しか持ってこなかったわ。私が食べさせて、あ・げ・るぅ。はぃ、あ~ん」と、もはや完全に退路は断たれた。差し出されるがままに頂くしか道はない。

「パクッ!」「うっ、美味(うま)い!」正直、この世のものとは思え無い程、抜群に美味しいお漬物だった。が、口の中一杯に甘い香りが急速に拡がっていくと共に、突然視界がぐにゃりと(ゆが)んだ。爆発的に頬と首筋が上気して行き、体温が見る見る上がって行くのが自分でもわかる。体中の力が急速に抜けていき、どうとでもなれぇ~って気分になってきた。

「いやぁ~ん!妙子(たえこ)うっかりして、時の狭間最強の異界特製酒(いかいとくせいしゅ)に漬け込んだお漬物を、間違えて持って来ちゃったぁ~、妙子(たえこ)のうっかり屋さん。バカバカバカバカぁ~」って自分の頭をポカスカと小突(こづ)きながら言ってるのを、うつろな目で眺めながら

「そう言いながら、目が思いっきり笑ってるよぉ~。それにそんなキャラじゃぁ無かったはずじゃねぇ?」とは、いくら酔っていても口に出す勇気は拓哉(たくや)にはなかった。

拓哉(たくや)ぁ~、無理しなくても良いんだよ」と、言われても拓哉(たくや)にはどうして良いのかわからなかった。視界はくにゃくにゃとタコ踊り状態だし、体に力も入らず、ずっしりと重くてとても動く気にはなれそうもない。

「本当はすっごく眠いんでしょう?隣の部屋にお布団が敷いてあるから連れて行ってあげるよ」と、言うが早いか拓哉(たくや)をひょいっとお姫様だっこで抱きかかえ、隣の部屋に連れていってしまった。夢うつつ、ではあったが、強い力で抱きかかえられる感じでは無く、何か暖かい力で自分がフワフワと浮いているような感じだったので、

「あぁ、きっと妖術(ようじゅつ)で抱きかかえているんだろうなぁ~」と、今はどうでも良いような事をぼんやりと考えていた。


隣の部屋は8畳程の広さで、真新しい(たたみ)の香りが落ち着く和室だったが、旅館のように生活感の無い不自然な感じがする。なぜか2組並んで敷かれた布団と枕が2つ並べて置かれていて、ご丁寧(ていねい)に青い浴衣(ゆかた)と赤い浴衣(ゆかた)が綺麗に折り畳まれて並んでいる。灯りは枕もとの行灯(あんどん)だけが灯り薄暗い。

朦朧(もうろう)とする意識の中で、朴念仁(ぼくねんじん)拓哉(たくや)でもハッキリとわかる危機に、頭の中でけたたましくエマージェンシーコールが鳴り響くが、体はぐったりとして力が入らず動けない。代わりに意識だけが少しづつ()えて来る最悪の事態となった。

妙子(たえこ)はぐったりしている拓哉(たくや)を布団に寝かせ浴衣(ゆかた)に着替えさせると、掛け布団を優しくかけてあげた。

「えっ?僕の考えすぎ?と言うか妄想(もうそう)?」と、安堵(あんど)したのもつかの間、枕元からシュルシュルときぬ()れの音が聞こえて来たかと思いきや、妙子(たえこ)が布団に(すべ)り込んで来て、拓哉(たくや)の後ろから首筋に手を回し抱きついた。腰のあたりから足を前に回して来たので、腰から背中までピッタリと密着し、豊満な胸の感触がダイレクトに伝わる。腰の辺りの肌触りから下も裸である事が安易にわかってしまう。酒の甘い香りと妙子(たえこ)の髪の匂いがからまって、折角(せっかく)、覚めかけた頭がくらくらとしだし、相変わらず体に力が入らないはずなのに、特定の部分のみ力こぶが出来るのではと思うような状態になってしまった。

「ねぇ、拓哉(たくや)ぁ。起きてるんでしょ?」はい、こんなにもギンギンに起きてます、とは言える訳もなく

「うん」の一言が精一杯だ。

(あやかし)は見返り無しでは動かないって話したわよね。私もおもいっきり(あやかし)なんだけどねぇ~」

「わかってるつもりだけど、まさか、僕のはらわたを食べたいとか言わないよね」

「くすっ!私はそんなもの欲しがる低俗(ていぞく)(あやかし)とは違うわよぉ。でも、欲しいものがあるのは正解ね、うふ」

「それはね・・・私が欲しいのはね・・・・拓哉(たくや)と私の赤ちゃん」もう、その一言だけで暴発(ぼうはつ)寸前です。とは言える訳がない。かなり(あせ)ったが

「え~っと、(あやかし)と人間の間に赤ちゃんって出来るの?」と、何とか話題を()らそうとした。

「出来るわょ。だって私が(あやかし)と人間のハーフだもん」地雷を踏んだ。一言で話題()らしは失敗してしまった。

「ねぇ~んだめなの?そ・れ・と・もぉ~?」と、耳元で(ささや)くので吐息がむずがゆい。お願いです。それ以上はもう、暴走モードに入りそうです。

「そっ、そうだ!日本の法律だと、18才まで結婚出来ないんだよ」(むな)しい言い訳にしか聞こえないんだろうなぁ~と思いながら、

「この里は日本じゃないし、法律も無ければ警察もいないわよ」やっぱり~

「心配しなくても、未婚の母で充分よ。私とルゥとで立派に育てるからぁ~」いやいやいや、かなり心配だし、そういう問題じゃ無いでしょ。

「そうそう、座敷童(ざしきわらし)(わらし)って子供の意味だろ?(わらし)とは言えなくなっちゃうよ」みた目は完璧(かんぺき)子供じゃん!とは言えない。

「良いの!拓哉(たくや)が女にしてくれるなら、名前なんてどうでもいい。座敷女(ざしきおんな)でも座敷(ざしき)かあちゃんでも、何と言われても良いの!」完全に退路を断たれた気がしたが、ここで(あきら)めたら大変な事になるのは火を見るよりも明らかだ。

でも、どう言えば良いのか分からずアタフタしていると、

「も~う!拓哉(たくや)ったら、なんだかんだ言って全然相手にしてくれないんだぁ!私のどこがいけないの?拓哉(たくや)の馬鹿!馬鹿!」と、目に大粒の涙を浮かべて今にも泣きそうだ。

「そりゃぁ私は子供みたいよ、夏穂(かほ)ちゃんみたいに大人っぽくなれないわよ!でも、でも、お酒の力を借りてまで、思い切ってここまでしてるのに何で駄目なの?そんなの酷い~!ありえない~え~ん」と、ついには泣き出してしまった。何でここで夏穂(かほ)の名前が出て来るんだ?と思ったけど、ピントボケボケでも好かれたい一心で、かなり背伸びしてたんだと思うと可愛く思えて、思わず泣きじゃくる妙子(たえこ)を優しく抱きしめ、その長い黒髪を撫でていた。

その時、ドタドタと走り来る足音が聞こえ、勢い良く開いた(ふすま)の向こうに、怒りの炎を両眼に宿した、まさしく憤怒(ふんど)の形相のルゥが、すでに魔法を発動しているのか、白い魔法陣を足元に展開しながらこちらを(うな)りながらにらみつけている。地面から風が吹いているかのように毛がなびき、時折りバチバチと小さなスパークが体を包んでいた。

「た~く~やぁ~!あんたがこんな鬼畜(きちく)だったとは予想もしてなかったよ。妙子(たえこ)があんたに思いを寄せているのにつけ込んでこんな事をするなんて、人畜無害(じんちくむがい)そうな見た目にすっかり(だま)された私が馬鹿だった。助けてもらった(おん)(あだ)で返すとはこの事だねぇ」足元の魔法陣が一気に(まぶし)くかがやき、ゆっくりとした回転が高速で回りだす。

「待ってくれルゥ!お前絶対勘違いしているぞ!そりゃぁ、このシチュエーションだとそう見えるとは思うけど、おもいっきり誤解だぁ!僕の話を聞いてくれぇ~」

「この期に及んで命乞いかい。妙子(たえこ)(みさお)代償(だいしょう)を、あんたの安い命で許してやろうってんだよ。感謝しながら今度こそあの世へ行きな!」

「待ってくれ!はっ話を~!」

爆雷招来(ばくらいしょうらい)!」ドーン!ドッカーン!バリバリッ!

激しい稲妻(いなずま)が屋根をぶち破りながら、(いく)つも拓哉(たくや)に直撃する。目の前が真っ白になりながら

「死ねない体って本当だったんだぁ~、痛みも熱さも苦しみも、ものすごっく感じるけど・・・」そんな事を考えながら、拓哉(たくや)の意識は薄れて行き、望まぬ形ではあるが、やっと睡眠をとることが出来た。


第4節 契約

次の日の朝、拓哉(たくや)は昨晩の激しい電撃(でんげき)せっかんの後、気絶してそのまま寝てしまっていたらしい。寝室?らしき部屋で目覚めると、向こうの方から「トントントン」とまな板と包丁の音と、「クツクツ」と何かを煮込む音やお味噌汁の香りが漂ってくる。

昨日の夜、激しい稲妻(いなずま)が屋根をぶち破ったはずなのに、何事も無かったかのように元通りになっていた。すでに予測の範囲内だったので「魔法か妖術(ようじゅつ)かは知らないけど、便利なんだなぁ~」と思っただけで、特に驚きのようなものは感じなかった。自分でも耐性が出来てきているなぁ~と内心苦笑いしながら・・・

妙子(たえこ)から全て聞いたわ。拓哉(たくや)!本当にごめんなさい!」囲炉裏(いろり)のある大部屋へ行くと、ルゥが土下座(どげざ)して謝ってきた。小型犬の土下座(どげざ)を初めて見た。三つ指をついているつもりなのか、小さな前足を少し交差して、その上に頭を乗せて目をぎゅっと閉じている。前足が短すぎるのか、はたまた頭が大きすぎるのか、前足の内側に頭が入らないようだ。少しお尻を突き出した姿勢が可愛すぎて、思わず頭をなでなでしてしまった。

「もう謝らないでよ。あんなにも取り乱すなんて、ルゥが(たえ)ちゃんをどれだけ大切にしているか思い知ったよ」と言いながら、ルゥを優しく抱きかかえた。

「ありがとう、拓哉(たくや)」と、言いながらルゥが拓哉(たくや)の胸に頭を押しあてた時、

「みんな起きて~朝ごはんよ~」と言いながら、お味噌汁の鍋を抱えて、妙子(たえこ)が上機嫌で部屋に入ってきたが、拓哉(たくや)にだっこされたルゥを見た途端、さっきまでの上機嫌は何処へやら、不機嫌のオーラが体中から漏れ出てくる。お味噌汁の鍋を囲炉裏(いろり)の火に掛けると、ルゥの首根っこを(つか)んでどかし、拓哉(たくや)に抱きついて、ルゥと同じように頭を胸に押しあてた。

「昨日はごめんなさい。ルゥにもいっぱい怒られちゃった。私は拓哉(たくや)をずっと見てたから知っているけど、拓哉(たくや)にしてみれば昨日私と初めて会ったんだもんね。いきなりあんなことをして、ふしだらな子と思わないでね」

どう返答すれば良いのかわからず、アタフタしていると

「でも、ルゥばっかり優しくしてもらってズル~い。私にも優しくしてくれなくっちゃいゃだぁ~。」

いやいや、どちらかと言えば君の方が優しくしてる回数多くねぇ?とは言えずに、だまって妙子(たえこ)の頭を撫でてあげた。

「うふふ!」と、こそばゆいのか妙子(たえこ)が嬉しそうにしているところを見ると、納得してくれたのだろうと思いながら・・・・。


「ルゥとも話し合ったんだけど・・・」朝食の後、妙子(たえこ)がそう切り出してきた。

「私達は拓哉(たくや)に見返りを求めるつもりは無いけど、そういう意味ではなく、どうしてもして欲しい事が有るの」

「命の恩人の2人からの頼みなら出来る限りの事はさせてもらう、いや、させてもらいたいと思うけど、赤ちゃんはちょっと・・・」

「もう、その話はしないでよ。意地悪ね」と言って、妙子(たえこ)は顔が真っ赤だ。

「私と主従関係(しゅじゅうかんけい)の契約を結んで欲しいの!」と、又もやの爆弾発言にびっくりした、超が付く程のびっくりだ。予想の(はる)か斜め上のお願いだった。

妙子(たえこ)との主従関係(しゅじゅうかんけい)・・・ほぼ永遠とも言える数千年の時間を、(あやかし)である妙子(たえこ)主従関係(しゅじゅうかんけい)とは、奴隷?良くてペットとして過ごせと言う事か?赤ちゃんもぶっ飛んでいたけど、これもまた驚愕(きょうがく)の難問だ。子作りを命令されたらどうしよう?

「私達の事が嫌いなら無理は言えないとは思うけど、出来れば・・・・私は拓哉(たくや)に・・・」と言って更に顔が赤くなっている。

「私は今でも反対よ。ただでさえ永遠とも言える寿命(じゅみょう)を一人の人間に与えているのよ。この上、妙子(たえこ)(あやかし)の力と、妙子(たえこ)主従関係(しゅじゅうかんけい)にある私の力を(したが)わせると言う事は、拓哉(たくや)は神にも魔王にも成れる存在になってしまう。一個人が持つには強力過ぎる力よ。逆に拓哉(たくや)が可哀想だわ」

「ひどいルゥ、さっきは納得してくれたじゃない。今さらそんな事言うなんて」

「そりゃぁ妙子(たえこ)がどうしてもって言うから・・・・どう言ったって、あなたが納得するとは思えなくって・・・」

「だって!確かに今までも拓哉(たくや)の事をずっと見てきたわ。でも、昨日拓哉(たくや)と会って、今までは憧れだったと気付いたの。でも、今は違う。私本当に拓哉(たくや)の事が大好きになったのっ!」

「えっ?ちょっ、ちょっとまって。(たえ)ちゃんとの主従関係(しゅじゅうかんけい)って、(たえ)ちゃんが(しゅ)で僕が(じゅう)でしょ?僕がペットじゃないの?」

「えっ?」「えっ?」それを聞いて妙子(たえこ)もルゥも目が点になってしまった。結構シリアスな展開になってきたところに水をさされた1人と1匹は

「フフフフフッ」「ハ~ハッハッハッハ~」っと、思わず大笑いしてしまった。おろおろする拓哉(たくや)を残して。


「さっきは確かに言葉足らずだったわ、ごめんなさい。私が拓哉(たくや)を従わせるなんて想像もしてなかったから、話がトンチンカンになってしまったのね。でも、それも有りだったかも?・・・うふっ、嘘よ」

「大好きなあなたを小さな(おん)で縛り付けるなんて事、私には出来ない。それよりも私があなたに命令されたいの。私を従わさせて欲しいの、どんな命令でも・・・」と言って、拓哉(たくや)の首に両手を絡めてきた。(みょう)に上気した感じでほんのり頬を赤くそめながら、(ひとみ)を細めて、今まさに拓哉(たくや)に唇を重ねようとした瞬間、ルゥが拓哉(たくや)の肩に飛び乗り前足で拓哉(たくや)の唇を塞ぐ。

「だから拓哉(たくや)鴨葱(かもねぎ)だって言うのよ。今のキスしてたらあっさり契約成立よ!」ビックリした。術中にはまっていたのだろう。ルゥが機転を利かしてくれなかったら、間違いなくキスしていたところだった。

「ちぇっ!」と、妙子(たえこ)は指を鳴らしながら露骨に悔しがっていた。


妙子(たえこ)、心配しなくても、ちゃんと話せば拓哉(たくや)は契約してくれるわよ。無理強(むりじ)いは良くないわ」

「だってぇ~」おいおい、それって断れないように外堀を埋めにかかってないですか?

「良い?拓哉(たくや)、良く聞いてね。実感は無いでしょうけど、最初に私が言った強大な力は本当よ。あなたがその気になれば、世界を滅ぼす事も充分に可能な力を背負う事になるわ。核兵器の直撃でも私達はヘッチャラよ。私と妙子(たえこ)がいれば何でも出来るって言うのも、今のあなたなら理解出来ると思うわ。それに加えて、時間をも止める事が出来る。正に無敵の力だと思わない?ましてやあなたは不老不死に近い存在よ」

「確かに私はあなたを助ける事に反対したし、この契約にしても反対したわ。でも、それは妙子(たえこ)の決意を確かめる為なのは、拓哉(たくや)ならわかってくれると思う。だけど今はもう違う。妙子(たえこ)の決意に私も腹をくくるわ。あなたに私達の全てを預ける。この力を使うも良し、使わないも良し。正でも(じゃ)でもお好きなように私達を導いて頂戴、主様(あるじさま)

と、言うと拓哉(たくや)の前に10センチ程のクルクル回る白い小さな魔法陣と、その中心に翠色(みどりいろ)に光る勾玉(まがたま)が出現し、フワフワと浮いている。最初にルゥが右手をその上にかざし、その上に妙子(たえこ)が右手をかざす。

「さあ、拓哉(たくや)が決意を固めてくれるなら、この上に右手を」おいおい、僕に考える時間をくれる気は無いのかよ、と思いながら妙子(たえこ)を見ると、上目遣(うわめづか)いで涙を浮かべながら、今にも泣きそうな顔で拓哉(たくや)を見つめている。

「はぁ~」っと拓哉(たくや)は小さくため息をつくと

(あるじ)っていうのは柄じゃないので、友達感覚でこれからもよろしく」と言いながら、そっと右手を重ねた。

(おお)せのままに・・・」と、うやうやしくルゥが返事をするので、どこが友達感覚?いきなり言う事聞いてくれて無いんじゃね?と思ったが、すでに契約の儀式のトランス状態に入っていたようだ。(ひとみ)を閉じて天を(あお)ぐ姿勢で

「今こそ(いにしえ)よりの契約を結び直す時来たり。わが名はルゥ・青竜(せいりゅう)。死を(つかさど)る番人にして(とき)の支配者なり。(あるじ)高村拓哉(たかむらたくや)大屋敷妙子(おおやしきたえこ)の忠実なる(しもべ)である事を(ちか)う者なり」と、いうな否や、青い光の粒がゆっくりと渦巻くようにルゥを包み込む。

妙子(たえこ)も瞳を閉じて天を(あお)ぐ姿勢になり

今此処(いまここ)に新たな契約を結ぶ事を宣言す。我が名は大屋敷妙子(おおやしきたえこ)。光の巫女(みこ)にして聖なる(いや)しを(にな)う者なり。(あるじ)高村拓哉(たかむらたくや)と魂を共にする忠実なる(しもべ)、絶対の守護者である事をここに誓う」と言うと、(あか)い光の粒がゆっくりと渦巻くように妙子(たえこ)を包み込む。

おいおいおい、僕がそんな呪文みたいな事言える訳ないでしょうが、と思ったが、急に頭がスカッとした感覚が走り、自分では思いもつかない言葉をスラスラと口走る。

幾千(いくせん)もの時を()て、ようやく(めぐ)り合えた盟友と契約の時来たり。我が名は高村拓哉(たかむらたくや)。調和と慈愛(じあい)(にな)う者なり。盟友ルゥ・青竜(せいりゅう)大屋敷妙子(おおやしきたえこ)(あるじ)にして、永遠の(みちび)き手と成る事を宣言する者なり」

拓哉(たくや)勾玉(まがたま)に手を添えるのが精一杯と思っていたのに、まさかの展開にルゥも妙子(たえこ)も驚いた。その瞬間、魔法陣が消滅し、勾玉(まがたま)一瞬眩(いっしゅんまぶし)く光ったかと思うと、(みどり)の光の粒となって、ルゥと妙子(たえこ)の光の粒と合流し、拓哉(たくや)の右手の甲に吸い込まれていく。同じ形の(あざ)が右手の甲に浮かび上がり、今も虹色に明滅(めいめつ)を繰り返しているのをルゥが確認すると

「予想以上にうまくいったようね、思わぬ飛び入りが来たようだけど・・・だから言ったでしょ妙子(たえこ)。ちゃんと話せば拓哉(たくや)は契約してくれるって」と言うが早いか、妙子(たえこ)拓哉(たくや)の胸に飛び込み、抱きついて泣いていた。

「ありがとう、私の御主人様(ごしゅじんさま)


第5節 もう一人の従者(じゅうしゃ)

「良い?拓哉(たくや)。これだけは忠告しておくわ」と、真剣な眼差しでルゥが語りだした。

「あなたが元の世界に戻っても、この里の事や私達の事、あなたが不老不死である事なんかを、人にしゃべっちゃダメよ」

「まぁ、言っても誰も信じちゃくれないだろうし、精々、心の病って扱いにされるのが落ちでしょうけどね」と、妙子(たえこ)がチャチャを入れる。

「私は真剣に話してるのよ!」と、ルゥは妙子(たえこ)(にら)み付けるが

「はいは~い」と妙子(たえこ)は軽く流す。

「この里には、私たち以外にも(あやかし)と呼ばれる者が沢山住んでいるのは前にも話したわよね。でも、一部の(あやかし)を除いて正確には「隠れ住んでいる」と言う方が正しいの。単純に人間嫌いの者もいれば人間に危害を加える者もいる、逆に人間から(うと)まれ危害を加えられる者も多い。人間社会では受け入れられない、共存共栄の出来ない者が集まって来る里なのよ。まぁ、そんな者達はほとんどが力の弱い(あやかし)だけどね。そんな者達にしてみれば、人間にこの里の存在を知られるのは怖い訳よ。ましてや人間が頻繁(ひんぱん)に行き来するような事になれば、自分達の死活問題になるのは理解出来るわよね。だから、この里の事を人間に知られるのはタブーなの」

「じゃあ僕は?」

「あなたは超が付くくらい特別なのよ。全部、妙子(たえこ)の気まぐれで連れてきた人ばっかりだけど、拓哉(たくや)を含めて今まで数人の人間が出入りを許されたわ。でも、契約を結んだのは拓哉(たくや)が初めてよ。だから拓哉(たくや)は超が付く特別なの」

「どうして君達だけ人間を連れて来れるんだい?」

「この里には法律も無ければ警察も居ない。と言う事は、力こそが秩序なのよ。本気で私達に逆らえる者はこの里には居ない。私達が法なのよ。ウフフフフ」

「へぇ~、早い話がジャイアニズム。好き勝手やってるって事なんだ。」

「コホン!それはさて置き」置いとくのかよ!

「だから、うっかりこの里の事を話してしまったら、知られた人間の記憶を消すか、殺すしか無くなるから気を付けてね」

「それと、この家から出たらダメって前に言ってたけど、私達の(あるじ)になったんだからもう大丈夫よ。拓哉(たくや)に悪意を持って手出し出来る度胸のある者はこの里にはいないわ。でも、誰とも約束は厳禁よ。気を付けてね」


「そろそろ帰ろうかと思うんだけど」昼食の後、拓哉が2人に切り出した。

「え~っ、まだこっちに来て4日程しか経って無いのに、まだ早いよぉ~もっと拓哉(たくや)とお話ししたいのに~」と、言った妙子(たえこ)はふくれっ面だ。

「そう言わないで、また来るよ」と、妙子(たえこ)の頭を撫でながら、いやいや「4日しか」じゃなくて「4日も」なんだけどね・・・と、思った。

「そうね、一度帰って落ち着いて整理して来るのも良いかもね。拓哉(たくや)にとっては色々な事があり過ぎたでしょうしね」と、ルゥは器用に前足2本で湯呑(ゆのみ)(はさ)んでお茶をすすっている。肉球は熱くないのだろうかと、どうでも良い事を心配してみた。

「それじゃぁ仕方ないね。じゃあ今度来た時に良い所に連れて行ってあげるよ。里にも良い所はいっぱいあるんだよ」

「楽しみにしているよ。じゃあ!ルゥ、お願いします」と、呑気(のんき)に茶をすすっているルゥに声を掛けた。

「えっ?私が送っても良いけど、見られたら大騒ぎになるよ。ってそう言えば、勾玉(まがたま)の事を言って無かったね。ごめんごめん、うっかりしてたわ」

拓哉(たくや)の右手の痣は「賢者の御霊(みたま)」と言って、意思を持っている勾玉(まがたま)(あざ)の形になって宿った物なんだ。特に今回の勾玉(まがたま)は特別極上のが来たからビックリしたけどね。契約の時に拓哉(たくや)がスラスラと宣言出来たのも特別極上品のおかげって訳よ。人間界の事はあまり知識は無いけど、経験を積むことでドンドン賢くなる。多少の魔術も使えるしね。使い方は普通に話しかけても良いけど、口に出さなくても思っただけでも話が出来るよ。ご覧の通り耳も口も無いからね。心と心で話すのさ。妙子(たえこ)・私に続く3人目の従者(じゅうしゃ)。いつも拓哉(たくや)のそばにいる頼れる仲間って思ってくれれば結構だよ」

拓哉(たくや)妙子(たえこ)・私の主従契約(しゅじゅうけいやく)なのに、なぜそいつまで関わって来たのかはわからないけどねぇ。まぁ、滅多に人に力を貸さないへそ曲がりが宿ったんだから、有難く力を借りれば良いと思うよ。だから、里の出入りはそいつに頼めば良いよ」と、心なしか素っ気ないアドバイスありがとうございます。


「じゃあ、元の世界に連れて行って下さい。御霊(みたま)さん」

「ピッ、私の事は玄武(げんぶ)とお呼びください」驚いた。本当に頭の中に直接声が聞こえる。

「じゃあ、玄武(げんぶ)、元の世界に」

「ピッ、ご指定の場所と時間はかなり雨が降っていますが、傘のご用意はよろしいですか?」

「意外と気が効くんだな」と何気に思ったら

「ピッ、お褒めに預かり光栄です」と、返答してきた。うかつに変な事は考えられないなぁ~と何気に思った。

ふと気付くと、傘を持った妙子(たえこ)

「早く帰ってきてね。待ってるから」と、少しふてくされたように、上目遣(うわめづか)いで拓哉のお腹のあたりに抱きついて来た。かっ、可愛い・・・

「ピッ、警告します。脈拍数・心拍数・血圧が急激に上昇。海綿体(かいめんたい)にも異常が見られますが、コマンドを実行しますか?」

こいつわざと言ってるんじゃぁ無いだろうなぁ、と思ったら

「ピッ、わざとです」と返答し、一瞬で拓哉(たくや)の体が光の粒になり消えてしまった。


第2章 帰還(きかん)


第1節 入院

気付いたら土砂降(どしゃぶ)りの雨の中、トラックの真横で(たたず)んでいたので、急いで傘をさした。ガードレールは大きくへしゃげており、トラックのフロントガラスが砕け散り、エンジンルームからラジエターの水が漏れたのか、白い煙が漏れ出ていた。良く見ると10メートル程先の路上で運転手らしき男が倒れている。

「ピッ、運転手に外傷は見当たりません。脈拍・血圧・脳派共に正常。眠っているようです」

「ピッ、ご主人様が無傷なのが不自然ですが、警察か救急車を呼ぶ事をお勧めします」

「そうだね。たまたまここに居合わせた事にして、警察を呼んであげよう」と言って、ポケットからスマートフォンを取り出し、110番通報する。

「もしもし、交通事故です。はい、トラックがガードレールにぶつかっています。運転手の方は車外に出てるようですが動きません。場所は・・・」と一通り連絡した。この場を動かないよう警察からの指示が有ったので、しばらく待っていると、

「ピッ、ご主人様が連絡を取った機械を解析します・・・音声通話・インターネット接続・・・」と、スマホの解析を始めたらしく、(しばら)くは忙しそうだ。

10分程してパトカーと、ほぼ同時に救急車もやって来た。警察官がトラックの運転手を起こして目を覚ましたが、はねてしまったはずの拓哉(たくや)がピンピンしているので、そんなはずは無いと大騒ぎになった。幸いトラックの運転手は警察官が来た時も寝ていたので、居眠り運転で夢でも見たのだろうという事に落ち着いたが、念の為、拓哉(たくや)も入院し精密検査を受ける事になってしまう。

救急車で病院に運ばれ、MRIや血液検査、レントゲン検査等々を一通り急ピッチで受けた後、検査の結果待ちも兼ねて一晩病院に入院するはめになってしまった。ベットで横になっている時に

「おい、玄武(げんぶ)。僕は精密検査なんて受けて大丈夫なのか?」

「ピッ、現代の医療技術ではご主人様の異常を見つける事は出来ません」

「おいおい、現代の医療技術ってお前にわかるのか?」

「ピッ、既にインターネットを通じて、この世界の情報はかなり習得済みです」かなりって言われても、それってどれくらいかなぁ~と漠然(ばくぜん)と考えていたら

「ピッ、ご不安でしたら、ペンタゴンのコンピューターをハッキングして核ミサイルを発射させましょうか?」

「勘弁してください。ごめんなさい。謝ります」洒落(しゃれ)にならない、こいつらならやりかねないよな。

「ピッ、了解しました。コマンドを中止します」お願いします。


「ピッ、病院の監視カメラの解析から、ご主人様の御母上(おははうえ)の到着を確認しました」

「ああ、警察から連絡するって言ってたしね。お袋心配してるだろうなぁ~」

「ピッ、同伴者を確認。データを照合します。後藤夏穂(ごとうかほ) 16才 ご主人様の幼少の頃からのご友人です」

「ピッ、かなりお急ぎでこちらに向かっておられますので、約30秒程でご到着されると思われます」

「えっ、え~!」さすがに気まずい。でも、なぜ夏穂(かほ)が・・・お袋が気を回したのか?

「ピッ、御母上(おははうえ)の携帯の通話記録参照。約23分前に夏穂(かほ)様へ電話をかけておられます。通話内容を確認しますか?」

「いやいやそこまでは要らないよぉ」

「ピッ、了解しました」

その時、コンコンとノックの音がした。逃げも隠れも出来ないので

「どうぞ」と声を掛ける。


お袋がそ~っと、病室に顔だけ覗かせて、様子を伺っている。

「心配かけてごめんなさい。でも、この通りピンピンしてるよ。警察も救急車の人も大袈裟(おおげさ)なんだよ。あくまでも念の為の入院さ。警察からそう言われなかった?」

「確かにそうは言ってたけど・・・顔を見るまでは心配に決まってるじゃないの、馬鹿!」というや否や、大きなため息をついて、腰が抜けたのか、その場に尻餅(しりもち)をついてへたり込んでしまった。

夏穂(かほ)ちゃ~ん、大丈夫みたいよ~」とお袋が声を掛けると、夏穂(かほ)も病室に入ってきた。もうすでに泣き()らしているのか、目の周りはすでに真っ赤だ。手に握りしめたハンカチが、すでにずぶ濡れになっているのが離れていてもわかる。まだ、興奮冷めやらんのか、手足も少し震えていた。

夏穂(かほ)にも心配を掛けちゃったね。本当にごめんよ」と、声を掛けると、夏穂(かほ)は両目から大粒の涙をボタボタ流し、鼻をズルズル言わせながら

「え~ん、拓哉(たくや)のバカ~、本当に、本当に心配したんだから~」と、号泣(ごうきゅう)しだしてしまった。せっかくの別嬪(べっぴん)さんが台無しである。

「もし、もし拓哉(たくや)が死んじゃったら、私、私、あ~ん、あ~ん」ともうここから先は言葉にならないようだ。

実は一回死んじゃってました・・・とは、言える訳も無く、もし、あのまま死んでたらもっと深い悲しみが2人を襲っていたのだろうと思うと、やっぱり妙子(たえこ)とルゥには頭が上がらないなぁと、しみじみ痛感した。

「ピッ、ご主人様は妙子(たえこ)様とルゥ様に頭が上がらない。インプットしました」


元気な姿を見て安心したお袋と夏穂(かほ)は、それから約1時間程、お袋が夏穂(かほ)にデートの話を聞かせろだとか、ファーストキスはいつだったかとか、完全勘違いな話を迫っていたが、夏穂(かほ)も迷惑そうでもなく、むしろ楽しんで話している感じだった。夏穂(かほ)号泣(ごうきゅう)してしまったので、お袋なりに気を使って、そんな話になったんだろうとは思うが、まぁ俗に言う「他愛もない話」をしてから2人で帰って行った。どことなく夏穂(かほ)の様子が暗く感じたが、先日の告白失敗の件があったので、ギクシャクしているのだとろうと思い、焦ることはないさ、まだまだ先は長い、と自分を納得させ眠る事にした。


その夜、僕は夏穂(かほ)の夢を見た。正確には、夏穂(かほ)が見ている夢を僕が見ているような夢だ。夏穂(かほ)は全裸で真っ暗闇の中を走って逃げていた(暗くてはっきりとは見えなった、残念!)。左手で5~6才の少女の手を引いて、何かから(かば)うように走っている。何かはハッキリとは分からないが、(ひど)く恐ろしい者の感覚のみが伝わって来る。(ひざ)まで沈んでしまいそうなぬかるみを歩いているので、足は(ひど)く重い。ついにはその恐ろしい者に追いつかれてしまいそうになり、少女を胸に抱きかかえて守ろうとうずくまるが、暗闇に体ごと飲まれてしまう。暗闇に飲まれる恐怖よりも、少女を守れなかった後悔の念だけが残り、胸が悲しみで一杯になり目が覚めた。


時計を見ると夜中の3時だ。(ひど)く後味の悪い夢だったので喉が渇いた。水を一杯飲んだところで玄武(げんぶ)が語りかけてきた。

「ピッ、この夢は普通の夢ではありません。夏穂(かほ)様が無意識にご主人様に助けを求めている可能性84%」

「ピッ、夏穂(かほ)様が何かにとり()かれている可能性72%」

「ピッ、追いかけて来る何かと何にとり()かれているかについてはデータ不足の為不明」

「ピッ、妙子(たえこ)様・ルゥ様と状況をシンクロ済み」

「ピッ、(しき)による監視を提案します」

「えっ?(しき)って何なの?」

「ピッ、魔術・妖術(ようじゅつ)を問わず、術によって活動する従者(じゅうしゃ)。知力・戦闘力は術者の能力に依存します」

「ピッ、私の魔力による(しき)作成を提案します。ご主人様は魔力・妖力(ようりょく)共にゼロの為、作成出来ません」

「お願いするよ」

「ピッ、命令を確認しました。実行します。」

すると、右手の(あざ)が七色に明滅しだし、約20センチ程の紫色の魔法陣が拓哉(たくや)の目の前の空中に突然出現し、ゆっくりと回りだす。

「ピッ、夏穂(かほ)様をイメージして右手を重ねてください」拓哉(たくや)が右手を魔法陣に重ねると

「ピッ、夏穂(かほ)様のイメージが足りません。真面目(まじめ)にやりやがれ」意外と口が悪いんだなぁ~と、思ったが、今度は

夏穂(かほ)を助けたいんだ、頼む!」と、声に出して右手を魔法陣に重ねた。すると

「ピッ、夏穂(かほ)様のイメージを確認しました。これより術を発動します」

魔法陣が明滅しながら高速で回転を始めた。右手の(あざ)も高速で明滅している。すると魔法陣の中心に、ぽん!と突然5~6センチ程のハムスターのような生き物が現れた。よく見るとミニチュアサイズのルゥだ。反則級にかわいい!

「ピッ、夏穂(かほ)様に何か有れば直ぐに報告するようコマンドをセッティング済みです」

「ピッ、あと3秒で夏穂(かほ)様の下に向かいます」

すると、「ワン」とも「ピー」ともつかない鳴き声をあげたかと思うと、空中を駆けるように走り、光の粒となって消えてしまった。サイズは違えどルゥそのものだなぁ~、と感心していると

「ピッ、先程のご主人様の音声データですが、妙子(たえこ)様に送信してよろしいでしょうか」

「先程の音声データって?」

「ピッ、再生します」

「ピッ、夏穂(かほ)を助けたいんだ、頼む!」

「お前なぁ~、僕を殺す気かぁ?」殴れるものなら殴ってやりたいと本気で思った。

「ピッ、データ消去します」


第2節 退院

翌日は昨日の雨が嘘のように快晴だった。

検査の結果はどこにも異常は見当たらないとの診断結果だったが、午後5時頃にやっと退院出来た。学校を1日休んでしまったなぁ~、まぁいっかぁ~と漠然と考えた。一晩入院しただけなので、荷物は学校のカバンと傘くらいしかない。退院の手続きを済ませて病院を出ると、そこに学校帰りの夏穂(かほ)が待ってくれていた。

救急車で運ばれたが、たまたま近くの病院に入院したので、自宅まで徒歩15分程の道程(みちのり)である。他愛もない、いつも通りの会話をしながら帰った。夕焼けがあたりを紅く染めだす頃、通い慣れた河川敷の公園の横の、堤防沿いの道にさしかかった時、言いにくそうに、夏穂(かほ)が話を切り出してきた。頬が少し紅く見えるのは、夕焼けのせいだろうか

「ねぇ拓哉(たくや)、私、拓哉(たくや)にどうしても謝りたくって・・・」何が言いたいのかわかっていたが、

「えっ?何の事?心配かけたのはこっちだから謝るのは僕の方だよ」と、少し照れくさいので切り返す。

「ちがうの、その事じゃなくて、昨日、拓哉(たくや)が大事な話があるって言ってたのに・・・私、どうかしてたんだわ。逃げちゃって。私めちゃくちゃ後悔したんだから」これは、もしかしたら・・・と、急に目の前がバラ色になった気がした。

「だって、あれから雨の中、傘もささずに、拓哉(たくや)が歩いてたって聞いたわ」やっぱり誰かに見られてたんだ。

「だからごめんなさい。拓哉(たくや)を本当に傷付けていたんだね、ごめんなさい」と言うと、少し小走りに拓哉(たくや)の前を歩き出したかと思うと、急に振り返り

「だから、あの時、拓哉(たくや)が何を言いたかったのか聞いても良い?ううん、聞かせて欲しいの」と、言った時の夏穂(かほ)の頬が(あか)かったのは、夕日のせいばかりでは無かったんだと思う。

勇気を出せ!勇気を出すんだ!ここで言わなければ男じゃない!と自分を(ふる)い立たせた。

「ピッ、早く言いましょう」うっ、うるさい!お前までそんな事を言うのかよ。

前を歩いていた夏穂(かほ)はこちらを向いて立ち止まり、恥ずかしそうにうつむいている。今しかない!

夏穂(かほ)、あっ、あの時、ぼっ、僕が言おうとしてたのは」と、なけなしの勇気フルスロットルで話しかけた時、後ろの遠くの方から声が聞こえて来た

「おにいちゃ~ん!拓哉(たくや)おにいちゃ~ん」と自分を呼ぶ、聞き覚えがある声に冷や汗がタラリ。振り向くと

「やっぱり~」妙子(たえこ)であった。近くの中学校の制服に身を包み、髪はツインテールだが間違いなく妙子(たえこ)だ。短めのスカートをひらめかせ、長い髪をなびかせながら、嬉しそうに走ってくる姿は、どう見ても、発育の良い中学1年生にしか見えない。ご丁寧(ていねい)に、長いリードと首輪を付けたルゥまで一緒だ。先にルゥが足元に到着し、尻尾を振りハアハア言いながら僕と夏穂の周りをくるくると嬉しそうに回る。

「うっ、うまい、どっからどう見ても犬だ」と、(あき)れていると、妙子(たえこ)が駆け寄って来て、拓哉(たくや)の右手に抱きついた。相変わらずの豊満な胸が(ひじ)にあたり、夏穂(かほ)の視線が気に掛かる。

拓哉(たくや)おにいちゃん、こんな所で会うなんて偶然ねぇ~」と、いけしゃあしゃあと、白々(しらじら)しく言ってのける。

拓哉(たくや)、この子は?」と、そりゃ当然、夏穂(かほ)は聞いてくるよなぁ~

「ああ、こっ、この子は、そう、病院!病院で知り合ったんだよ。ハハハハハ」と、咄嗟(とっさ)にごまかした。夏穂(かほ)はご近所さんなので、下手に近所とは言えない。

「この子の名前は妙子(たえこ)、僕は(たえ)ちゃんって呼んでるよ」

「そうなんだぁ~、(たえ)ちゃんよろしくね。私は後藤夏穂(ごとうかほ)拓哉(たくや)がお兄ちゃんなら、私も夏穂(かほ)お姉ちゃんと呼んでくれたら嬉しいなぁ~」と、少しかがんで握手を求めるように右手を差し出した。が、パン!と差し出した右手に平手打ちで返すと

「うっせえ!ババア!気安くしてんじゃねえょ!」と、驚愕(きょうがく)の一言。こんな可愛い子がそんな事を言うとは・・・夏穂(かほ)は完全に凍り付いていた。拓哉(たくや)も一瞬凍り付いたが、拓哉(たくや)が軽くげんこつで頭をこつんと叩きながら

「こら!お姉ちゃんに何て事言うんだ」と優しく叱りつけた。

「だってぇ~」

「だってじゃない。お姉ちゃんに謝りなさい」

「う~っ、ごめんなさい」と、小さな声で謝ると、素早く拓哉(たくや)の後ろに隠れ、顔だけ出して、アッカンベーをしている。

「アハハ、嫌われちゃったのかなぁ?」と、夏穂(かほ)は理由もわからず苦笑(にがわら)いするしかない。その時、ルゥが夏穂(かほ)の太もものあたりにピョンピョンと何度も飛び付き、その後、チンチンの仕草で夏穂(かほ)()っこをねだる。求められるままに右腕で()っこをすると、頭を胸に押し当て大人しくしている。

「かっ、可愛い~。この子のお名前は?」と聞くと、妙子(たえこ)

「ルゥ」と短く答えて、夏穂(かほ)の左手を、右手で(つか)んで離さず、下を向いて何も言わなくなってしまった。

「う~ん。(たえ)ちゃんも可愛い~」っと、心で思いながらも口には出さなかったが、表情が凄く上機嫌(じょうきげん)だ。妙子(たえこ)は左手を拓哉(たくや)に差し出して

「お兄ちゃんもぉ」と、言うので手を繋ぎ、言葉少なに3人並んで手を繋いで歩いて帰ったので、告白はまたも宙に浮いてしまった。

「ピッ、私は早く言うように警告致しました」

「う、うっせえ!わかってるよ!」と返す拓哉(たくや)は後悔で泣きたかった。


第3節 ミッション


拓哉(たくや)の家の隣りの、夏穂(かほ)の自宅まで送り届けた後、「一旦、里に戻って作戦会議ね」とルゥが切り出した。拓哉(たくや)の部屋と夏穂(かほ)の部屋は1メートルも離れていないので、密談には向いていない。

夜這(よば)いにはうってつけね」と言いながら、妙子(たえこ)拓哉(たくや)の腕を思いっきりつねるが、

「イテテテテッ!いやいや、それは僕のせいじゃ無いし」と、出来もしない夜這(よば)いの言い訳をしてる自分が悲しかった。


(とき)狭間(はざま)(さと)囲炉裏(いろり)のある大部屋に、拓哉(たくや)妙子(たえこ)・ルゥの3人は集まっていた。最近では自宅よりもこの部屋にいる方が多いよなぁ~、そう言えば何日帰って無いんだっけ?と、ぼ~っと考えていたが、実際は入院の1日だけである事に気付いた。


妙子(たえこ)夏穂(かほ)ちゃんと接触サーチして気付いたでしょ?夏穂(かほ)ちゃんに()り付いている者の正体」

「うん。正直言ってちょっとやっかいね・・・」

「そうか、夏穂(かほ)の様子を見に来てくれてたんだ。ありがとう。僕はてっきり邪魔しに来たんだと」と、そこまで言って地雷を踏んだ事に気付いた。

「それって、どういう意味?私達が何の邪魔をしたのかしらぁ?それに何で私が恋敵(こいがたき)の手を握らなきゃいけなくなったかわかってるの?」と、妙子(たえこ)の切れ長の目がますます切れ長になり、怒りのオーラが背後に見えるようだ。

「いえ、何でも無いです。すみません」

「ピッ、キジも鳴かずば撃たれまいと言うことわざが有ります」うっ、うっせぇ~

「もう、真面目(まじめ)にやって頂戴!話が前に進まないわ!」と、ルゥが叱りつける。

「は~い」「ハイ」

「良い?夏穂(かほ)ちゃんに憑りついているのは、悪霊(あくりょう)とかじゃないわ。そこは安心してもらって結構よ。夏穂(かほ)ちゃんに害が及ぶ事は無いはずよ。でも、長引けば夏穂(かほ)ちゃんじゃなくて、()り付いている方が危ない。おそらく夏穂(かほ)ちゃんが生まれた頃から、あの子は夏穂(かほ)ちゃんの夢の中に逃げ込んでいるはず。(すで)に結構な時間が経ってるはずだから、ひねくれて無ければ良いけど・・・あの子が自分で出て来ようとしなければどうしようも無いわ。あの子を強制的に引き剥がそうとすると、意固地(いこじ)になって出て来ないでしょうね。なまじっか力もあるから、力ずくは無理だと思う。それに、私はそんなつもりは無いけど、私とは永遠のライバルって事になってるしね。今回ばかりは私が出ると逆効果かも知れないわね」

「えっ?ルゥのライバルって凄すぎじゃ無いの?ドラゴンのライバルって勇者?」

「何を大ボケかましてるのよ。ゲームのしすぎ?龍のライバルと言えば虎でしょ!よく屏風(びょうぶ)なんかに龍と一緒に描かれてる白い虎よ」と、まだ妙子(たえこ)は不機嫌そうだ。

「え~っ、そんな凄いのが生まれた時から夏穂(かほ)の中に?夏穂(かほ)はすっごい温和だよ。とても虎が()りついてるなんて思えない。よっぽど(たえ)ちゃんの方が虎を・・・」と、ここまで言って、またも地雷を踏んだ事に気付いたが、時すでに遅し、太ももを思いっ切りつねられて

「もう知らない!」と今度こそ、へそを曲げてしまったようだ。が、ぽつりぽつりと話し出す。

白虎(びゃっこ)は大人しいし優しいから、夏穂(かほ)が影響を受けないようにしてるんだと思う。だから、あの子が本当に、(から)に閉じこもってしまう前なら、出て来る可能性はあるわ、でも、どうやって出て来て貰うかが難問ね」

「ピッ、夢にダイブしてサルベージする事を提案します」と、いつもは拓哉(たくや)にしか聞こえない玄武(げんぶ)の声が3人の頭の中に響く。

「ピッ、夏穂(かほ)様が強く助けを求めている御主人様と一緒なら、時間限定で妙子(たえこ)様は夢にダイブする事が可能です」

「ピッ、ダイブ可能時間はマックス15分です」

「ピッ、リスクは途中で夏穂(かほ)様が目覚める事」

「ピッ、夏穂(かほ)様が目覚めたり、時間オーバーすると、夢の世界に幽閉(ゆうへい)され出られなくなります」

「ピッ、現実世界にルゥ様が残り、物理結界と夏穂(かほ)様の強制睡眠を担当します」

「ピッ、念の為、私とルゥ様が連絡を担当します」

「ピッ、ミッションスタートは夏穂(かほ)様が夢を見出すタイミングです」

3人の間で(しばら)く沈黙が走るが・・・拓哉(たくや)がすくっと立ち上がり

「この作戦しか無いようだね。皆さん、宜しくお願い致します」

「はい!」「ハイ!」「ピッ、了解しました」


第3章 救出


第1節 ダイブ

夏穂(かほ)が眠りにつき、例の夢を見出すまで、拓哉(たくや)の部屋で待機する事にした。夢を見出すと(しき)が教えに来てくれるらしい。お袋が入ってくるリスクは結界(けっかい)を張って、入らないようにしているらしい。便利だ。

明方4時頃、妙子(たえこ)は可愛く寝息を立てているが、ルゥはしっかりと起きていたようだ。拓哉(たくや)はウトウトしてしまっていたが、突然、玄武(げんぶ)が皆にアラートを鳴らした。

「ピッ、(しき)が帰っきます。起床をお願いします」と、言い終わるが早いか、拓哉(たくや)の目の前の空間に、光の泡が渦を巻き、ミニチュアサイズのルゥが現れる。何かキャンキャン言っているように思うが、何を言ってるのか解らない。

「ピッ、夏穂(かほ)様が夢を見始めました。ミッションスタートです」

すでにルゥが何かをブツブツ言っている。玄武(げんぶ)がしゃべり終わる前に、夏穂(かほ)の部屋に瞬間移動したので、呪文を唱えていたのだろう。夏穂(かほ)の部屋に入るや否や、突然、妙子(たえこ)が眠っている夏穂(かほ)拓哉(たくや)の手を握りしめて、静かに呪文を唱え始めた。すると2メートル程の紫色の魔法陣が部屋の床に現れた。ゆっくりと回転しながら明滅(めいめつ)を繰り返している。妙子(たえこ)拓哉(たくや)と手を繋いだまま

拓哉(たくや)、今だけ特別なんだからね!夏穂(かほ)を助けたいと強く、強く願うのよ」と、言うが早いか魔法陣に飛び込んだ。途端(とたん)に景色が、妙子(たえこ)以外は真っ暗な空間になり、妙子(たえこ)の声が響く。

「本当は拓哉(たくや)にこの姿は見られたく無かったけど、私の事、化け物だなんて嫌わないでね」と言うと、突然衣服を脱ぎ去り、光り輝きだす。

「今は夏穂(かほ)の事だけを考えて。夏穂(かほ)だけを感じるのよ」というが早いか、30メートル程の、七色に光り輝く巨大な孔雀(くじゃく)のような鳥に変化(へんげ)した。

「説明は後、今は時間が無いわ」と言われ、目を閉じて夏穂(かほ)を感じるように念じると、下の方に何かを感じたような気がした。すると、拓哉(たくや)も体が(あわ)く光り出し、いつの間にか大きな鳥の背に乗っていた。

拓哉(たくや)を通じて私にも感じる、下ね!」というや否や、大きく羽ばたき、光の粒をキラキラと残しながらものすごいスピードで急降下して行く。

「ピッ、1分45秒経過しました。残り13分15秒」

「ピッ、ルゥ様との連絡良好。物理結界・睡眠魔法共に良好です。問題ありません」

「いたわ!」遠くの方で、今まさに小さな女の子を(かば)うように抱きかかえた全裸の夏穂(かほ)が、暗闇(くらやみ)に飲み込まれようとしていた。思わず

夏穂(かほ)~待ってろ~今行くぞ~」と大きな声で叫んでいた。すると夏穂(かほ)がこちらを振り向き、

「た~く~や~」と、右手に女の子を抱え、左手をこちらに必死に伸ばしていた。目には大粒の涙が今にもこぼれそうだ。

「ピッ、5分55秒経過しました。帰りのゲートまでの時間を考慮すると、活動時間は後5分です」

「時間が無いわ!このまま背面飛行で突っ込むから、拓哉(たくや)夏穂(かほ)()(かか)えて頂戴。そのままさらって脱出するわよ」

「背面飛行って」

「大丈夫!私の妖力(ようりょく)拓哉(たくや)の体は落ちやしない。夏穂(かほ)を助けたいんでしょ!私は古い友人を助けたいの!つべこべ言わずにここまで来たらやるしかないわ!いくわよ!」と、いうな否や、背面飛行に入り、大きく羽ばたくと、更にスピードを加速させる。今まさに夏穂(かほ)暗闇(くらやみ)に飲まれようとする瞬間、

「ピーヒュルルルル~」と鳥が大きくいななき、更に全身をまばゆく光らせながら、拓哉(たくや)と共に暗闇(くらやみ)に突っ込んだ。


悲嘆(ひたん)絶望(ぜつぼう)孤独(こどく)恐怖(きょうふ)嫉妬(しっと)(わけ)の分からない暗い感情が拓哉(たくや)を一瞬で包み込む。どうすれば良いのか分からない(あせ)りと苛立(いらだ)ちがわき上がって来た時、

「助けて、拓哉(たくや)!」と夏穂(かほ)の声が聞こえた。感じる!無我夢中(むがむちゅう)で両手を大きく広げ

夏穂(かほ)!何処(どこ)だっ!何処(どこ)にいるんだぁ!」と叫んだ。

感じる!5・4・3・2・1!

「今だ!」両手をいっぱいに広げていたのを、力いっぱい抱きしめた。温かく柔らかな感触を両腕の中に感じる。

「いっけえぇぇぇぇぇ!」

「ピーヒュルルルル~」と、鳥が大きくいななくと、真っ暗闇(くらやみ)の中から突然視界が開けた。腕の中に全裸の夏穂(かほ)と少女をしっかりと抱きかかえている。鳥が大きく羽ばたくと、背面飛行から通常飛行にクルリと切り替える。うまく暗闇(くらやみ)から脱出できたようだ。が、振り向くとしつこく暗闇(くらやみ)がすぐそこに追いかけて来ている。こちらもすごいスピードで飛んでいるはずなのに、今にも追いつきそうなもの凄いスピードだ。

「ピッ、12分05秒経過、後2分55秒です」と玄武(げんぶ)の冷静な声が頭に響いてくる。


第2節 脱出


「こらぁ!白虎(びゃっこ)!いつまで甘えたちゃんしてるのよ。追いかけて来てるのはあなたの暗い感情なのはわかってるでしょ?私達が迎えに来てるんだからもう大丈夫よ!早く何とかしてぇ~」と、いつもの妙子(たえこ)の調子で少女に話し出した。

「ごめんなさい。妙子(たえこ)ねえちゃん。迎えに来てくれてうれしい。これからは妙子(たえこ)ねえちゃんと一緒にいても良いんだよね?」

「何を呑気(のんき)な事言ってんのよ!あんたってば相変わらずとろいんだから!早くしないと、追いつかれるぅ~早くぅ~」すると、少女が突然白い光の粒になり、螺旋(らせん)を描きながら暗闇(くらやみ)に突っ込んだかと思いきや、暗闇(くらやみ)は一瞬で消滅してしまう。

「暗い感情も私の一部だもの、夏穂(かほ)ねえちゃんの中には置いて行けないから持っていくね。夏穂(かほ)ねえちゃん、いつも守ってくれて今までありがとう。私もう行くね」と、声が聞こえた次の瞬間。30メートル程の巨大な虎が出現し、空に向かって大きく咆哮(ほうこう)する。すると鳥は虎の背中に着陸すると、一瞬で妙子(たえこ)の姿に戻る。

「ピッ、後1分12秒です」とさすがの玄武(げんぶ)も慌てているようだ。

「あ~っもぅ、早く早くぅ!白虎(びゃっこ)頼んだわよ」と地団駄(じたんだ)を踏みながら妙子(たえこ)がせかす。

「はいはい、行きますよぉ~」と、のんびりと言うと、鳥の姿の妙子(たえこ)とは比べ物にならない猛スピードで駆け出した。


「夢の中ならではのハチャメチャな展開ね」と夏穂(かほ)は思った。でも白馬の王子様よりもずっとカッコ良く、大好きな拓哉(たくや)が必死で自分を助けに来てくれて、今も自分を抱きしめてくれている。全裸なので恥ずかしいはずなのに、これは夢だと思うと、大胆(だいたん)になれる自分がいた。

拓哉(たくや)、今日は本当にありがとう。(うれ)しかった。すっごくカッコ良かったよ。本当に大好き、愛してるわ。私の白馬の王子様」と言って、自分から激しいキスをした。勢い余って拓哉(たくや)が後ろに倒れこんだ時、それに妙子(たえこ)が気付いた。

「この非常時に何やってくれてんのよ。き~っ!この泥棒猫(どろぼうねこ)!拓哉(たくや)は私のなの!離れなさ~いっ!」

「ピッ、後27秒です。」


その頃、ルゥは気が気では無かった。後数十秒でタイムリミットだが、玄武(げんぶ)に問いかけても返答は、脅威(きょうい)は去ったが白虎(びゃっこ)のスピードでもリミットにギリギリとしか帰ってこない。ハラハラドキドキの状態である。迎えに行きたいが、物理結界を張ってあるので、外部からのアクシデントは無いとしても、万が一でも夏穂(かほ)が目を覚ますとアウトである。後10秒を切った時、ソワソワしながら魔法陣の中心を覗き込むと

「いた!」今まさに猛スピードでこちらに向かってくる白虎(びゃっこ)の姿が遠くに見える。でもダメだ!白虎(びゃっこ)のスピードを持ってしても、あと少しの差だが間に合いそうもない。後5秒を切った時、開いた穴が徐々に閉まりだした。が、たとえ1ミリでも開いていれば物理法則を無視して通れるはず。

「やってみるしない!」ルゥはそう決心すると、2メートル程にまで大きくなり、短く呪文を唱える。短い前足の肉球の辺りに、輝きと小さなスパークを確認すると、両手を魔法陣の中心に突っ込んで、力いっぱい無理矢理押し広げた。

「うぉおおおおおっ!」両手の輝きが更に光を増し、スパークが体中に激しく走り出す。

閉まり出した魔法陣の穴の縮小が一旦は止まった。が、ルゥはかなり苦しそうだ。

「はっ、早く! こんな無茶は長くは続かないわ!早くぅ!」とルゥが大声で叫ぶ!

「ガオッ!」っと白虎が答えるように短く吠えると、ぽっかり空いた穴の向こうで必死の形相で支えているルゥめがけて更にスピードを加速させた。

「正にギリギリね、これでなんとか」とルゥが思った時にふと気付いた。白虎(びゃっこ)がフルスピードで走って来ると言う事はフルサイズだろうから身長は約30メートル。時速は約2000キロは下るまい。対して魔法陣のこちら側は夏穂(かほ)の部屋。スピードもさることながら、まず白虎(びゃっこ)の巨体が入らない。ものすごい慣性(かんせい)が働き物理結界を押し破り、外に飛び出していくだろう。その時の圧力は(すさ)まじいだろうが、シールドを張ってしのいだとしても、明け方とは言え、目撃者多数の大騒ぎ間違い無し、大事件になってしまう。しかし白虎(びゃっこ)を手前で止めて、リサイズしていたのではとても間に合わない。

「ええいっ!ままよぉぉぉ!」ルゥはギリギリのタイミングまで魔方陣を押し広げ、白虎(びゃっこ)が魔法陣から出て来るタイミングと合わせて、夏穂(かほ)の部屋ごと(とき)狭間(はざま)(さと)の、自分の家の庭に転送し、すかさず眠っている夏穂(かほ)を背に乗せその場を全速力で離れる。シールドを張っているのか、体全体が(あわ)く光っていた。

「ゴゥ!」と凄まじい轟音と共に、夏穂(かほ)の部屋のベットや家具が粉々に吹き飛んだ。魔法陣のゲートが後5ミリを切った所で、白虎(びゃっこ)妙子(たえこ)拓哉(たくや)の3人がゲートを通過する。まさに間一髪(かんいっぱつ)だった。(あん)(じょう)白虎(びゃっこ)は上空3000メートル程まで疾走(しっそう)し、やっと止まる事が出来た。


最終章 (とき)狭間(はざま)(さと)ふたたび


温かな長い毛並みの毛布の上に寝そべりながら、夜明け前のやわらかな風が頬を撫でる。フワフワと飛んでいるような感覚が心地良い。ああ、これも夢なんだ。今日はとても良い夢を見たので、もう少し眠り、出来れば夢の続きを・・・と、考えた所で夏穂(かほ)は目が覚めた。辺りは夜明け前の薄暗い、見た事も無い田舎の風景が広がっていて、何よりも自分は何か大きなものの上に乗って飛んでいる。呆然(ぼうぜん)としていると、向こうの方から夢の中に出てきた白い大きな虎が駆け寄ってきて並んだ。

「お~いルゥ、夏穂(かほ)は無事だろうなぁ~」と拓哉(たくや)の声が聞こえてきた。

「ええ、問題無いと思うわよ~」と、言いながら巨大な犬の頭がこちらに振り向いた。その時初めて自分が巨大な犬の背中に乗って飛んでいる事に気付く。良く見ると夕方に出会った犬のルゥだ。

「あちゃぁ~、目が覚めちゃったのねぇ。そりゃぁあの轟音(ごうおん)だもんね。目も覚めるかぁ」と、古い湯飲みを割ってしまった程度の、あまり深刻そうでも無い口調でしゃべっている。もしかして、夢の続き?と、ちょっと嬉しくなった。

拓哉(たくや)~とりあえず部屋で集合よぉ~」

「了解ぃ~」と聞こえてきた。


地上に降りると、見る見るうちにルゥは小さくなり、いつものミニチュアダックスサイズになった。

「こっちよ」とルゥが夏穂(かほ)の前を歩き出す。どうやら部屋まで案内してくれるようだ。

夏穂(かほ)ねえちゃ~ん」と、後ろからミニスカート程の(たけ)の着物を着た少女が駆け寄ってきて、夏穂(かほ)の腕に抱き付いて来た。

「やったぁ~、やっと夏穂(かほ)ねえちゃんとお話しが出来るんだね」と、とっても(うれ)しそうに笑うので、こっちもつられて(うれ)しくなり笑顔がこぼれた。

「行こう行こう」と、はしゃいでいる少女に手を引かれながら、ルゥの後について行った。


いつもの囲炉裏(いろり)のある大部屋で、拓哉(たくや)夏穂(かほ)妙子(たえこ)、ルゥと白虎(びゃっこ)の少女が囲炉裏(いろり)を囲んでいる。白虎(びゃっこ)の少女は夏穂(かほ)(ひざ)の上に座って超ご機嫌だが、ルゥがさも当たり前のように拓哉(たくや)(ひざ)の上に寝そべっているので、妙子(たえこ)不機嫌(ふきげん)なのを隠そうともしない。すると、白虎(びゃっこ)の少女が

「私の名前は白虎 真名、しらとら まな、って言うんだ」と、あっけらか~んと自己紹介。

妙子(たえこ)ねえちゃんとルゥおばちゃんと私と玄武(げんぶ)さんで、一緒にお仕事した事もあったんだけど、私だけはぐれちゃったんだ。一人だけ人間界に居るのは怖いから、人間の夢の中に隠れてたの。でも、長い間いると寂しくって、皆と離ればなれで悲しくって・・・いつの間にかそんな気持ちが独り歩きして、私を襲うようになったんだ。仕方ないとは思うけどね、夏穂(かほ)ねえちゃん以外の人達は、私を置いて自分だけ逃げちゃうんだ。でも夏穂(かほ)ねえちゃんだけは、いつも私を最後まで(かば)ってくれた。私はお母さんって知らないけど、きっとこんなだろうなぁ~と思うと、夏穂(かほ)ねえちゃんから離れられなくなってたんだ。でも、長い間迷惑をかけてしまってごめんなさい。おねえちゃん」

と、一気に話すと下を向いて何も話さなくなってしまった。すると夏穂(かほ)真名(まな)を後ろから優しく抱きしめて

真名(まな)ちゃんって言うんだ。いつもお名前を聞けるような状況じゃぁ無かったもんね。私こそゴメンね。いつもあなたを守り切れずに怖い思いばかりさせていたわ。いつも目覚めたら不甲斐(ふがい)ない自分が情けなくって。でも、もっと早く拓哉(たくや)に助けを求めていたら、怖い思いをさせずに済んだかも知れないのにね」いやいや、このタイミングが最速でしたよ、この前に相談されても病院をお勧めするしか・・・とは、この空気ではとても言えない。

「わかったわ。確かに、離れ離れになった時に、探し切れなかった私とルゥにも責任はある。やっと見つかったんだから、約束通りこれからは、この里で私達と一緒に暮しましょう。異存は無いでしょう?、ルゥ?」

「ええ、もちろん異存は無いわ。真名(まな)ごめんなさい。長らくさみしい思いをさせたわね。でも、ここで暮らすには2つ条件が有るわ」

「1つは、私と妙子(たえこ)のご主人様は拓哉(たくや)なの、だからあなたにも拓哉(たくや)主従契約(しゅじゅうけいやく)をしてもらうわ」

「2つ目は絶対よ、今度私の事を「おばちゃん」と言ったらコロス!「ねえちゃん」だらけになっちゃうから付けずにルゥって呼べば良いわ」と、言われて真名(まな)は真っ青になり、夏穂(かほ)に抱きついている。一瞬、龍虎(りゅうこ)の激戦になるのかと思ったが、予想以上に虎は気が弱い?ので争い事にはならずに済みそうだった。

「もっ、勿論(もちろん)、2つ目は死守させて頂きます」と、言いながら夏穂(かほ)に必死にしがみついて震えている。

「でも、1つ目の主従契約(しゅじゅうけいやく)は、私は良いけど、妙子(たえこ)ねえちゃんと夏穂(かほ)ねえちゃんはそれでも良いの?」と聞かれ妙子(たえこ)夏穂(かほ)も意味が分からない。

「だって、絶対服従だよ。私は良いけど、もしお兄ちゃんが私の体を求めて来たら断れないんだよ」私は良いのかよ!って問題はそこじゃなく・・・

「大丈夫!拓哉(たくや)がそんな命令したら、私に言いなさい。実行する前に拓哉(たくや)を殺すわ!冗談抜きで殺す!」と、妙子(たえこ)の目はかなり本気だ。

「でも拓哉(たくや)も男の子だもんね。そんな気持ちになったら、いつでも私に言ってね。私なら命令なんかしなくてもいつでも喜んで・・・」ハハハハハっと、乾いた笑いをしながら・・・ごまかすしかない。

「ダメよ拓哉(たくや)!年端(としは)も行かない子供に手を出すなんて、犯罪よ!犯罪!拓哉(たくや)を犯罪者にするくらいなら、私、私・・・」と、夏穂(かほ)妙子(たえこ)との対抗心からか、らしくない事を口走る。

「うっせえ!ババアは引っ込んでな!」

「ババアって、私だってまだ高校1年生なんだから!ピチピチよ!チビのくせに生意気よ!」

「フン!」「フン!」

「お~い、玄武(げんぶ)~!お前の知恵で何とかならないのか~」

「ピッ、私は勝てる勝負しかしません。君子危うきに近寄らずと申しますから」


「あなた達と話をしていても、ちっとも前に進まないわ。」ルゥがあきれ顔で切り出した。

「本人を前にして話すのは気が引けるけど、大切な事だから・・・」

夏穂(かほ)ちゃんにこの里の事を知られたんだけど、本来なら夏穂(かほ)ちゃんには、この里や私達の事は忘れてもらわなくっちゃいけないの。理由は前にも話したよね。真名(まな)から意見を聞こうか?」

「そんなの絶対にダメよ!せっかくお話し出来るようになったのに、私の事を忘れてしまうなんて・・・絶対にイヤ!どうしても、って言うならお姉さま達と言えど・・・」と、激しい怒りのオーラをまき散らしながら、真名(まな)は猛反対だ。確かに怒った時のルゥ並みの迫力があり、虎は伊達(だて)じゃないのが伝わってくる。

「待ってくれ、ルゥ。夏穂(かほ)は心の優しい子なのは皆もわかってくれているとは思う。里を秘密にしなければならない理由が、弱い者を守る為なんだから、絶対に口外しない事は僕が保証するよ。それと、自分事で申し訳ないが、夏穂(かほ)には秘密を持ちたくないんだ。特にこんな大切なことを秘密にするなんて、正直言って耐えられそうもないよ」

妙子(たえこ)はどうなの?」

「そうね、ただでさえ私とルゥに逆らえる者はこの里にはいないのに、玄武(げんぶ)白虎(びゃっこ)が加わって四神(ししん)(そろ)った今、増々、誰も何も言えやしない。と、言うかこの里以外を含めてもおそらく無敵でしょうね。秘密を知っている人間が1人や2人増えても何の問題も無いんじゃない?それに、私事を言わせて貰えば、夏穂(かほ)は私の最大の恋のライバルよ。私も夏穂(かほ)に対して拓哉(たくや)の秘密を持ちたくないし、私だけが拓哉(たくや)の秘密を知っているのはアンフェアだと思うの。だから記憶を消すのは反対よ」

「念の為に・・・玄武(げんぶ)はどう思うの?」

「ピッ、この質問は始めからルゥ様の誘導尋問(ゆうどうじんもん)です」

「ピッ、理由はすでに妙子(たえこ)様がおっしゃっておられます。記憶を消すも消さないも私達の自由です」

「ピッ、本当に消す必要がある人間については、ルゥ様は相談なんてされることはありません」

「ピッ、絶対に反対するであろう者から順番に意見を求めるのは、この場合の誘導尋問(ゆうどうじんもん)常套手段(じょうとうしゅだん)です」

「ピッ、そして誰よりも夏穂(かほ)様を気に入っているは、他ならぬルゥ様だからです」

夏穂(かほ)はそれまで精一杯(せいいっぱい)こらえていたのだろう、(ひざ)の上に座る真名(まな)を後ろからギュッと抱きしめ、少し震えてこっそりと泣いていた。

「だから玄武(げんぶ)は昔から気に食わないんだょ」と言ったルゥの(ひとみ)も少し潤んでいたのは、誰の目にも明らかだったが、誰も何も言わなかった。


真名(まな)は天を(あお)いで(ひとみ)を閉じて、拓哉(たくや)の右手に右手をかざす。

今此処(いまここに)に、すでに結ばれし契約に加わる事を宣言す。我が名は白虎真名(しらとらまな)。荒ぶる戦神(いくさがみ)化身(けしん)にして神速(しんそく)の足で駆け抜ける者なり。(あるじ)高村拓哉(たかむらたくや)の忠実なる(しもべ)永久(とわ)に最強の(ほこ)(たて)たる事を誓う」白い光の粒が溢れ出て真名(まな)を包みこむと、七色に明滅する拓哉(たくや)の右手の勾玉(まがたま)に吸い込まれて行く。

「これで契約は終わりだょ。ありがとう真名(まな)ちゃん、これからもよろしくね」と、拓哉(たくや)は少し(かが)み込んで右手を差し出し握手を求めた。

「うん!夏穂(かほ)ねえちゃんの大好きな拓哉(たくや)おにいちゃんは真名(まな)も大好きだよ。これからもよろしくね」と言って握手した手を思いっ切り引っ張った。拓哉(たくや)が少しよろけて前屈みになったところで、拓哉(たくや)の頬に

「チュッ、これは助けてくれたお礼」と、少し頬を染め、ニッコリと笑った。

「あのね、もっとお礼の続きをして欲しかったら・・・」と、手を後ろに組んで、何も無い床で、足をスリスリしながらもじもじしている。

「&%$#!@*&#%$*@#&~~~~~!」何か言いたそうだが、怒りの余り、妙子(たえこ)は言葉にならない。顔を真っ赤にしながら地団駄(じたんだ)を踏んで、今にも真名(まな)に襲い掛かる勢いだ。

「まぁまぁまぁ。真名(まな)ちゃんはまだ子供なんだし、意味なんかわかって無いわょ。無邪気(むじゃき)なもんじゃない」と夏穂(かほ)がなだめに入るが

夏穂(かほ)、こいつの見た目に騙されちゃ駄目よ。これでも何百年も生きている(あやかし)なのよ。経験は無くても、そういう事の知識だけは人間の何倍も熟知している、超弩級(ちょうどきゅう)スーパー耳年増(みみどしま)なのよ!」おいおいおい、おまえがそれを言っちゃうかぁ?とは、口が裂けても言えない。

「だから~拓哉(たくや)にちょっかい出したらどうなるか、骨の(ずい)まで体に叩き込んであげなくっちゃぁ~」と、怒りのオーラが溢れ出て、今にも燃え出しそうな勢いだ。

妙子(たえこ)ねえ様!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!もう、骨の(ずい)まで理解しました!堪忍(かんにん)してください!軽い挨拶(あいさつ)代わりのジョークだったんです!ごめんなさい!」と、夏穂(かほ)の後ろに隠れて、ガクガク震えている。

(たえ)ちゃん、もうそれ位で許してあげなくっちゃぁ。お姉ちゃん、なんでしょ?」と拓哉(たくや)が優しく妙子(たえこ)の頭を撫でながら、長い黒髪を指ですかしてあげると

「あ~んもぅ、拓哉(たくや)ったら真名(まな)に甘いんだからぁ~」と、言いながらこそばゆいのか、うれしそうに赤くなりながらうつむいて、されるがままになっている。

「まるで猛獣使いねぇ~」と夏穂(かほ)は思ったが、勿論(もちろん)、口に出せるはずもなかった。


夏穂(かほ)ねえちゃん、これあげる。真名(まな)からのプレゼントだよ」と、言いながら子供の小指程の小さな笛を真名(まな)が差し出した。

「一度吹いてみてよ」と真名(まな)が言うので、子供の遊びに付き合うつもりの軽い気持ちで吹いてみた。ところが、「音がしない」と思った途端、光の泡になって消えてしまった。

「これで登録は完了だよ。じゃあ今度は、手のひらを上にして、さっきの笛をイメージしながら「おいで」って考えてみて。最初は口に出したほうがやり易いよ」言われるがまま手のひらを上にして

「おいで」っと口に出して言って見ると、手のひらの上で光の泡がクルクルと回りながら固まり、先程の笛が現れた。

「返す時は「おかえり」だよ、簡単でしょ?」と、嬉しそうに話す。

「ところで、この笛はなぁに?」

「この笛を吹くと、夏穂(かほ)ねえちゃんの耳には何も聞こえないけど、私にはどこに居ても聞こえるんだよ。人間の世界に居てもね。だから私を呼びたくなったらその笛を吹いてね。必ず駆け付けるから。本当はこの里に出入りするアイテムが良かったんだけど、夏穂(かほ)ねえちゃんがこっちに来ると人間の世界は(とき)が止まっちゃう。だから拓哉(たくや)にいちゃんとかぶっちゃうからルゥねえさんがダメだって。だから、夏穂(かほ)ねえちゃんがこっちに来るときは拓哉(たくや)にいちゃんと一緒に来て、一緒に帰るんだよ。」

「わかったわ。ありがとう、真名(まな)。無くさないようにするって言っても、これじゃあ無くしようがないね。」

「ウフッ!そうでしょ?それに私がいれば夏穂(かほ)ねえちゃんは無敵よ。アメリカ第七艦隊だって数十秒も有れば全部海に沈めて見せるわ。ウフフフ」

「ウフッ、ハハハハハ」と、2人で笑いながら、

「冗談じゃあ無く、きっと本当の事なんだろうなぁ~、どんな時に呼べば良いのかしら。想像も付かないわ。」と、声に出せる訳も無く、使い所に悩む夏穂(かほ)であった。



如何でしたでしょうか?作者のきむんちです。僕だけじゃないとは思いますが、特に休みの翌日の朝なんかに、巨大な隕石が会社に落下して臨時休業とかなれば良いなぁとか、交通事故に合って軽傷だけど入院しなくちゃならなくなった(どちらも本当になったら大変ですが)とか妄想した事がありませんか?時間の止まる里で暮らせたら良いのに・・・そんな子供のような妄想から生まれたのが、今回の「座敷童さま」です。言い訳でしかありませんが、初めて小説を書いた(何度書いても同じかも知れませんが・・・)ので、文章はメチャクチャで乱筆乱文のオンパレードだし、誤字脱字の嵐がビュービュー吹いて、たいそうわかりにくくて読みづらい作品だったとは思いますが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。出来れば続巻したいとは思いますが、少しお時間を頂くことになりそうです。最後に一人でも沢山の方々にお楽しみ頂けたのなら幸いです。

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