僕と心優しき妖達のゆるゆるストーリー
こんにちは、作者のきむんちです。正直、僕は小説と言うものはあまり読んだことが無いのですが、一度好きな物語に出会うと、そのシリーズは勿論の事、その作者様の書かれた作品を貪るように読む。と言う感じの、早い話が狭い小説の世界しか知りません。そんな私が今回初めて小説を書いてみました。飽きずに最後までお付き合い頂けたら幸いです。
<プロローグ>
その日は朝から少し雨が降っていたが、日暮れ前、道路を行き交う車が、ヘッドライトを点けるか点けないかの微妙な時間帯には、かなり激しい大粒の雨となっていた。
そんな中、歩道と車道の境い目が曖昧な田舎の国道沿いを、傘も刺さずに男子高校生が一人、茫然自失と歩いている。激しい雨にも関わらず少年が泣いているのは誰の目にも明らかだった。
時は少し遡りその日の放課後の学校・・・
幼い頃から家が隣同士なので、いつも一緒に登下校している拓哉と夏穂は、校門までの桜並木の道を2人並んで歩いていた。桜もすっかり散ってしまい、もうすぐ梅雨を迎えるこの季節らしく少しむし暑い。今にも降りだしそうな雨が心配で、心なしか2人は速足で歩いていたが、もうすぐ校門に差し掛かる少し手前で突然、拓哉が夏穂の腕を掴んで立ち止まる。
「夏穂、少し話を聞いてくれないか?大事な話があるんだ」と、切り出してきた。何故か妙に照れくさそうで、頬が少し赤くなっている。無理に笑顔を作ろうとしているのか、顔がこわ張っていて、それでいて目だけが真剣で笑っていない。
「何よあらたまって、拓哉らしくないよ・・・」つい先程まで、いつも通り他愛もない話をしていたのに、突然の拓哉の変わりように、夏穂も少し戸惑う。
「うん、どうしても夏穂に聞いて欲しい事があるんだ」いつもはどちらかと言えば大人しい拓哉が、突然そんな事を言い出したので、幼い頃からずっと一緒にいる夏穂には、拓哉が何を言い出したいのかピンと来てしまった。間違いなく自分に告白するつもりだ。
本音を言えば嬉しいし、夏穂も拓哉が大好きだ。愛していると言っても間違いないと思うし、恋人同士になれば、もっと毎日が楽しくなるとも思う。お互いの両親や学校の友人達に至っては、とっくに二人は彼氏彼女の間柄だと思い込んでいる程だ。
しかし、夏穂はまだ高校1年生であり、幾度かは男子から告白された経験もあるが、まだまだこんなシチュエーションに慣れているとは言い難い。まして相手は大本命の拓哉である。夏穂が一気に舞い上がってしまったのも無理はない。急激に顔が熱くなり、自分でも頬が真っ赤になってしまっているのが解る。足もガクガク震え出し、目の前は真っ白になってしまった。妙に真剣で少し照れくさそうな拓哉の顔を見ると、ますます何をどうすれば良いのかわからずに
「拓哉!むむむ、無理!ごっ、ごめんなさ~い!」
と言うのが精一杯で、思わずその場を走って逃げてしまった・・・・
「何もそこまで嫌がらなくても・・・・」
拓哉には何が何だか解らない。嫌われていないどころか、かなりのレベルで好かれている自信も有った。自分としては遅すぎる程の、満を持しての告白タイミングのつもりであったのに、まさかのこの結果である。
その後は自分でもよく覚えていないが、ふと気付けば土砂降りの雨の国道沿いを、傘も刺さずに泣きながら歩いていたのである。
自分でも情けない姿だと思う。
「誰かに見られたら死んでしまいたくなるだろうなぁ~」
と更に情けなくなるような事を考えながら歩いていた。その時
「キキキキキ~」
後ろから車の急ブレーキをかける音が聞こえた気がした。
「ドン!」
と何かがぶつかる大きな音がして、突然視界がクルクルと回り始める。
「バキッ!」
と変な音が聞こえたのとほぼ同時じタイミングで、体中に激痛が走った。その時初めて、自分がトラックにはねられたと理解したが、激痛もほんの一瞬の事ですぐに痛みは感じ無くなり、視界が急速に暗くなっていった。
「ああ、今日は踏んだり蹴ったり、最悪の1日だったなぁ~」と呑気なことを考えていると、夏穂との想い出が走馬灯のようによみがえりだした。
「あぁ、僕は死ぬんだ」と思ったのも一瞬の事であり、深い闇の底に落ちていくのに身をまかせた。
トラックの運転手は愕然としていた。夕闇迫る時間帯の激しい雨で視界が良いとは言えない中、ヘッドライトを点けずに走っていた。歩道と車道の境目が曖昧な田舎の国道で、まさか土砂降りの中を傘もささずに歩いている人がいるとは思わなかったので、ブレーキをかけるのが遅くなってしまった。
トラックの運転手は跳ねたスピードと被害者の状況から即死だと直感した。途端に恐怖が押し寄せた。ただひたすらに怖かった。半狂乱とも言える状態だったのも無理はない。
幸か不幸かトラックに乗っているのは自分だけで、あたりには誰もいない。車も通っていない
・・・・魔がさした・・・・
気が付けばハンドルを切り、アクセルを踏んでその場から逃げ出そうとしていた。その時
トラックの前の地面が光ったかと思うと、一瞬で2メートル程の真っ赤な魔法陣が描かれだし、その中心の地面から、年の頃なら12~13才の日本人形を思わせる少女が現れた。ミニスカート程の丈の着物を纏った全身から、ほんのり紅い耀きを放っており、その真っ直ぐな長い黒髪は、土砂降りの雨にも濡れる事なく、まるで地面から吹く風になびくように揺れている。そして無表情な切れ長の目からは、隠そうとしない怒りの感情が溢れ出ていた。
「キキキキキ~!」
トラックの運転手は咄嗟に急ブレーキを踏んだが間に合わない。
「ひいてしまう」と思った瞬間、少女が「すっ」っと左手を前に突き出し、無造作に左横に薙ぎ払ったと思いきや、その方向にトラックが大きく跳ね飛ばされ、「ドン!」と大きな音と共にガードレールに激突した。
トラックのフロントガラスが粉々に砕け散り、タイヤはあらぬ方向に向いてしまっている。ラジエターの水が破裂したのかエンジンルームからは水蒸気が溢れ出ている。幸いにもトラックの運転手は大きな怪我は無く意識もハッキリしていたので、あまりの事に気が動転しながらもトラックの車外へ逃げ出した。
必死だった。足がもつれて土砂降りの雨の中を何度も転びながら、なんとかトラックから10m程離れた時、自分のすぐ横にミニチュアダックスに似た小さな黒い犬がいる事に気が付いた。が、酷く違和感がある。最初は気づかなかったが、近くに民家がある訳でもないのに小型犬がいるのもおかしいし、土砂降りの雨なのに濡れていない。暗がりなのに黒い犬がハッキリと見えるのは、実はボンヤリとではあるが淡く光っているからだと気づいた時
「あなたもある意味、被害者なのにねぇ」と犬が語りかけてきた。
「申し訳ないけど、今見た事は忘れてもらわなくっちゃ困るのよ」
と言うが早いか、犬の目が妖しく光り、トラックの運転手は気を失ってしまった。
いつの間にか拓哉の側に少女がたたずんでいる。かなり慌てた様子で
「拓哉の命の火が消えかけてるわ。ここでは治療なんか出来ないし、一旦、里に連れて行くしかないわ」
「う~ん。あまりお勧めではないけど、背に腹は代えられないわね」と小型犬が言うと、見る見るうちに馬程の大きさになり、低くしゃがみ込んだ。少女は軽々と拓哉をお姫様だっこし、ふわりとジャンプして横乗りする。大きくなった犬はゆっくりと立ち上がり、2人を乗せて走るように空を駆け出すと、一瞬のまばゆい光と共に、若干の光の粒を残して消えてしまった。
第1章 時の狭間の里
第1節 目覚め
拓哉は辺り一面真っ白な霧の中に佇んでいた。近くには川が流れている気配があり、足元には大きめの砂利や石が転がっている。ここは河原だろうと気付いたが、何故こんな所にいるのかは分からない。確か自分はトラックにはねられて死にそうに、いや、死んでしまったはずなのに・・・・
どこからともなく遠くの方から声が聞こえる。
「一つ積んでは母の為」小さな男の子の声が聞こえる。「コツン」
「二つ積んでは父の為」小さな女の子の声が聞こえる。「コツン」
「賽の河原・・・」さすがに鈍い拓哉も自分の置かれている状況を理解した。逃げ出したい衝動に駆られたが、どっちに逃げれば良いか判らない。下手に動いてうっかり川を渡るような事があれば、今度こそ死んでしまうだろう、と思った時、「ゴゥ!」と言う風の音と共に、体がふわりと浮き上がり、自分のまたの下に滑り込んで来る黒い影を感じた。馬程もある大きな犬であった。
「まったく手が掛かるわねぇ」しゃべった。驚きのあまり拓哉は言葉を失った。
「しっかりと掴まってるのよ」と言われたので、夢中でしがみ付くと、拓哉を乗せて走るように空を駆け上がり、一瞬のまばゆい光と共に、若干の光の粒を残して消えてしまった。
「暖かい・・・・」規則正しい心臓の音と呼吸するように若干上下する物の上に、上半身を委ねるような姿勢で目覚めた拓哉は、先程の大きな犬が横たわった、お腹の上だとすぐに気付いた。奇妙な暖かさと長い獣毛のどこか懐かしい香りのせいか、自分でも不思議な程に怖さは感じないが、この生き物は何なんだ?自分は体中包帯だらけでまるでミイラのようになってしまっているのに、まるで痛みを感じないのはなぜなんだ?確かにトラックにはねられ、瀕死を通り越して死んでいたはずなのになぜ生きてるんだ?そもそもここは病院では無く、古い民家の一室のように見えるがいったい何処なんだ?
半ば寝ぼけていた拓哉も、様々な疑問が脳裏をよぎると共に、徐々に目覚めていった。その時、更なる疑問に気が付いた。自分のお腹のあたりをしっかりと抱きしめながら、年の頃なら12~13才程の少女が眠っている。
「かっ、可愛い・・・・」
日本人形を思わせる端正な顔立ちと真っ直ぐな長い黒髪は、へたなアイドルよりもずっと可愛い。少しぽっちゃりとした体形は年齢に似合わずダイナマイトボディだ。和服を着ているようだが、帯がほどけて前がはだけた状態で、拓哉の下半身に密着している。少女が下着を着ていないのがハッキリと伝わり、ある意味全裸より始末が悪い状態だ。
「&%$#!@*&#%$*@#&~~~~~!」
と、訳の分からない言葉を発しながら、飛び起きそうになるが、その時、自分も下着を着けていない事に気付いた。勿論、下半身は健全な16才男子高校生に相応しい状態にスタンバっている。
「こっ、これは、ひっ、ひっじょ~に!!まっ、まずい」
これは16年間生きてきた中でも、かなりハイレベルでヤバイ状況だと思った。自分もまだまだ子供の部類ではあるが、相手は更に子供。ましてや、言い訳無用の状況である。今、この子が起きて泣かれでもしたら・・・と、想像するだけで目の前が暗くなりそうだ。
「ここは、そろ~っと、この子が寝ている間に抜け出すしかない」と決意を固めて、まさに動き出そうとしたしたその時。
「あら、やっとお目覚めのようね。気分が悪いとか、痛いところはなあい?」と、大きな犬が優しく声を掛けてきた。
内心では「この子が起きちゃうよぉ~、頼むから静かにしてくれ~」と思いつつ
「大丈夫、どこも痛くは無いし、気分が悪い訳でも無いです」と、かなり小さな、蚊の鳴くような声で返事をした。
「え~っおっかしいわぁ~。そんな小さな声しか出せないはずはないのに・・・・まだどこか悪いのかしら。少し大きな声で喋ってみてくれる?」と、予想の斜め上を行く無情の要求。内心では
「あっちゃ~!空気読めよなぁ~、そんなこと出来る訳無いだろうがぁ~」と思ったが、仕方なく返事をしようとしたその時
「う~ん・・・あっ!拓哉!・・・目が覚めたのね!」と少女も目覚めてしまった。よほど嬉しかったのか、上半身だけガバッっと起きあがったので、豊かな胸が一瞬丸見えになったが、すぐに大粒の涙をボタボタ流しながら、拓哉のお腹のあたりに抱きついて
「よかった!よかったよぉ~たっ拓哉、拓哉、拓哉、拓哉ぁ~」と遂には号泣しだしてしまった。
本人は無自覚だろうとは思うが、ちょうど拓哉の大切な所に胸を押し当てる格好で、拓哉を左右に揺さぶりながら号泣する少女。今までの経験した事の無い気持ち良さに身を委ねつつ、
「とほほ~こんな罰ゲームを受けるような事は何もしていないはずなのに~」と思ったが、少女が純粋に自分を心配してくれていたのが痛いほど伝わってきて、邪な理由で心配している自分が恥ずかしくなった。
「まぁ、意味はちょっと違うけど、泣かれて困ってしまっているのは予想通りって訳かぁ~。聞きたい事は山盛りあるけど、泣きやむまではどうしようもないかぁ・・・」と長い黒髪を幾度か撫でた時、大きな犬の頭が優しく少女に頬ずりし、モフモフの長い尻尾が少女と拓哉の体を暖かく包み込んだ。
第2節 謎と混濁と真相
囲炉裏の炭がパチンと音をたてて弾け、真っ赤になって怒っているようだ。少し大きめの鍋がその上にかけられて、拓哉のために少女が作った、きのこと野菜の雑炊がもうすぐ出来上がろうとしている。天井はかなり高く、囲炉裏の炭の煤で真っ黒になった、かなり太い梁と、わらぶきの屋根が室内から見えるので、合掌造りの家なのかなぁとぼんやりと考えていた。
すっかり健康体になった拓哉は、ぐるぐる巻きの包帯をはずして、高校の制服に着替えていた。なぜ、事故で破れ、血まみれになってしまったはずの制服がなんともないのか疑問に思ったが、他に色々と聞きたい事があるので、後回しで考える事にした。
馬くらいの大きな犬だったのに、今はすっかり普通のミニチュアダックス程のサイズになり、拓哉の膝の上で丸くなって、気持ち良さそうに目をつぶっている。そんな様を少女は横目で見ながら少し不機嫌そうだった。
「聞きたい事はいっぱいあるけど、まずは自己紹介から。僕は高村拓哉16才 西高に通う1年生です」
「知ってるわ。拓哉の事なら結構知っているつもりよ。夏穂ちゃん大~好きなのが気に入らないけど」
正直びっくりした。夏穂の事まで知っているとは・・・だれにも相談さえした事も無いのに・・・・
「だってこの子ったら、暇さえあればそこにある「物見の水晶球」であなたの事ばかり見てるもの。よく飽きないもんだと関心するわよホントに」
「ルゥったら、なにいきなり暴露っちゃってんのよ!!」
「特にあなたの「自家発電」の時には、それはそれは超真剣に食い入るように見ちゃってるわよ~」
と、短い右前足をお腹の下で上下に振りながら嬉しそうに話している。衝撃の暴露に少女はうろたえながら、
「&%$#!@*&#%$*@#&~~~~~!ルゥはちょっと黙ってて!!」
「はいはい、外野は黙っておきますよ~テヘ!」
穴があったら入りたい、とはまさにこの事である。拓哉も少女も真っ赤になりながら、おたがい下を向いたまま、何もしゃべれなくなってしまった。
しばらくして・・・・
「だぁ~っ!まどろっこしい!外野がしゃべらないと話が進まないじゃない」
「なによ!ルゥが悪いんじゃない!いきなり話の腰を折ったのはあなたでしょ!」
「せっかくリラックスして話せるようにしてあげたのに。じゃぁ、とっとと拓哉に説明してあげなさいょ!あんなにも拓哉と会いたがってたくせに!」
「言われなくても話すわよ!イ~っだ!」
「フン!」「フン!」と、ひとりと一匹の声がハモる。
「ぷっ!」拓哉は思わず噴き出してしまった。
「ハハハハハ、まるで仲の良い、何でも言い合える姉妹みたいだね。くくっ!僕は一人っ子だから羨ましいよ」
「だれがよ!」「だれがよ!」と、またもひとりと一匹の声がハモる。
「くぅ~っ!クククククク」と、拓哉の笑いが止まらなくなってしまった。
「私の名前は妙子。女が少ない子と書いて妙子。「みょうなこ」と書いて妙子。大屋敷妙子よ」
日本全国の妙子さんごめんなさい。
「お察しの通り、私は人間では無いの、あなた達人間が言う座敷童、妖と呼ばれるものの類・・・って言われてもピンと来ないでしょうけどね・・・」
「そんな事は無いと言えば嘘になるけど、喋ったり飛んだり、大きさを変えられる犬のおかげで、随分と慣らされたみたいだよ。少々の事では驚かなくなってると思うから、色々と教えてよ」
「多分そうでしょうね。私の名前はルゥ・青竜。ルゥで良いわ。さっきから妙子が何度も呼んでるから知ってるわよね」
「私は犬とは違うのは分かっているとは思うけど、人間の概念には無い存在だから説明は難しいわ。あえて言うなら、一番近いのが、あなた達の物語によく出てくるエンシェントドラゴンってとこかしら。まぁ、私の見た目は爬虫類じゃぁ無いけどねぇ。いつも妙子に合わせてるからこのサイズだけど、身長は30メートル程あるし、光闇火水風土の属性を超えた魔法が使えるわ。ほとんど死んでしまってるあなたの魂を呼び戻して傷を治したのも、妙子の妖術と私の魔法の合わせ技ってところね。まぁ、妙子の方がウェイトは大きかったけどね」
「妙子はね、あなたを救うために自分の寿命を分け与えたのよ。これは禁断の魔術と言われるものだけど、私なら問題なく使えるわ。でも、私は正直言って反対だった。確かに妖と呼ばれるものの類は、人間とは比べものにならないくらいに寿命が長い。でも、今回の件は多少とは言え、妙子の寿命を蝕んだはずよ。」
「そうとわかっていながら、いつもは私の言うことをちゃんと聞いてくれる妙子が、今回は強引に押し切ったの。私が反対すると「古の契約」を使ってでもあなたを助ける、とまで言い出すんだから、手がつけられなかったわよ、本当に」
「古の契約って?」と拓哉が聞いた時に、ついに妙子はブチ切れた。
「さっきからず~ぅっとルゥばっかり拓哉とお話ししてズルイ~」と言いながら、ルゥの首根っこをつかんで拓哉の膝の上からどかすと、自分が拓哉の膝の上に座ってしまった。柔らかな感触が拓哉の下半身を直撃する。
「平常心・平常心・・・」と、こんな事にあまり免疫のない拓哉は、下半身の暴走を必死で抑え込むはめになってしまった。
「古の契約って言うのはね、正確にはルゥと私のお母さんが結んだ主従契約の事なんだよ。発動させると絶対にルゥは言う事を聞かなければいけないんだけど、そんなものは無くってもルゥは私に優しいから、いつもお願いは聞いてもらってるんだ。今回もそう。だから一回も使った事は無いんだよ。それと、寿命を分け与える・・・って言っても、たとえば100年分どうぞ~って訳には行かないんだ。イメージとしては本来のあなたの寿命と私の寿命を足して、2人で使って行くってのが近いと思うよ」
「えっ?それって、たしか妖の寿命は人間とは比べものにならないくらい長いって言ってたよね」
「そうねぇ~、寿命の概念がうまく言えないけど、妖力?生命力?のイメージかなぁ?人間も働きすぎると短命になるし、のんびり生きれば長生き出来るって感じかなぁ・・・・そうねぇ~私の妖力だと、人間の世界で妖力をガンガン使いまくったとしても、多分あと5千年程は大丈夫だと思うよ」
「それって、5千年を2人で使って行くって事?2500年?」
「そんな単純な計算って訳じゃないわ。拓哉は妖力を使えないからほとんど消費しないでしょうし、5千年が100年前後、減る位だと思うよ。」
「それに、人間がこの里にいる間は時間が流れないし、この里にいれば妖力や魔力の回復が早いから、寿命が増える事はあっても減る事は無いわ。私達がこの里を拠点とする限り、あなた達の感覚だと無限に近い寿命、と思ってくれていいよ」
そこまで話すと妙子は、鍋にかけていたキノコと野菜の雑炊がちょうど良い感じで出来上がったので、台所へ食器を取りに立ち上がった。
拓哉は正直、もう少々の事では平気・・・とは言え無くても多分大丈夫だろうと思っていた。が、まさか自分の寿命がそんな事になっているとは想像もしていなかった。ショックで呆然としていると、またルゥが膝の上に乗ってきて、顔をこちらに向け、真剣な眼差しで話しかけてくる。
「妖力と魔力でそうなったんだから、寿命だけじゃなく、あんたは死なない体、いえ、死ねない体になったと自覚しておきなさい。首を落とそうがミンチになろうが死ねないでしょうねぇ。多分あなたを殺せるのは私か妙子しかいないと思うわ」
「妙子はあなたに心配をかけないよう、大丈夫なように言うけど、こんな事をしたのは私達も初めてだから、どんな弊害が出るのか予測出来ないわ。たとえば、妙子に重大な弊害が出て、あなたと妙子のどちらかが死ななくてはならない事があったとしたら、私は躊躇なくあなたを殺す。たとえ妙子に永遠に恨まれる事になったとしてもね。しっかりと覚えていて頂戴」と言った時のルゥは、古のドラゴンに相応しい威厳と風格に満ちていた。
「今の話は絶対に妙子には言わないでよ。あなたにそんな話をしたなんて知れたら、激怒するのは目に見えてる。なだめるのが大変なんだから」
そんな話を終えた頃に妙子が帰って来た。部屋に入る前まではご機嫌で鼻歌まじりだったのに、ルゥがまた拓哉の膝の上に乗っているのを見て、途端に不機嫌そうになる。さも当たり前のようにルゥの首根っこをつまんでどかすと、また拓哉の膝の上に座り、出来上がった雑炊を注ぎながら、ぽつりぽつりと語りだした。
「座敷童のいる家は栄える・・・なんて言われているけど、結果的にそうなっているだけで、神がかり的に幸運だけを呼び寄せている訳ではないの」
「さっきもちらっと話したけれど、この里は「時の狭間の里」と言って、文字通り時間と時間の狭間にある里なの。ここは私達が連れてこなければ、決してあなた達人間が来る事の出来ない場所。そしてあなた達が来た時には、あなたたちの世界の時間は流れない。何年何十年この里にいようとも、帰った時には、あなたたちの世界はあなた達がここに来る直前から動き出すのよ」
「つまり、拓哉のいた世界は事故の直後で時間が止まったままになっているの。あなたが帰らなければ永遠に止まったままだし、動き出すのは事故の直後からって言う訳よ。なぜって?しらないわょ。私が知りたいぐらいよ」
「過去に何人かこの里の事を秘密にするって条件で、出入りを許してあげた人達がいたんだ。その人達はこの里で疲れや傷を癒しては、元の世界に帰る事を繰り返していたの。多分その人達の周りの人には、何日でも24時間働いたり戦ったり出来るスーパーマンに見えたでしょうね。勉強したり物事をじっくりと考える時間も一瞬に見えるし、怒りや悲しみを癒すのもそう。見た目よりも遥かに、人の何倍も努力を重ねる事が出来た。だから冨も名声もついてきた・・・・と言うのが「座敷童のいる家は栄える」伝説の真相よ」
「念の為にことわっておくけど、寿命まで授けたのは拓哉だけなんだから。感謝してよね!」と、真っ赤になって照れながらぶっきらぼうに言われて気が付いた。
「そうだね、命の恩人に対して、今までお礼の一つも言ってなかったね。色々有りすぎて気が動転してたなんて、言い訳にもならないよ。本当にごめんなさい。そして助けて頂いてありがとうございます」と言って、礼儀正しく頭を下げた。
妙子は赤い顔を更に真っ赤に染めながら
「べっ、別に拓哉にお礼が言って欲しくて、そんな事を言ったんじゃないわよ。言葉のあやよあや!話の流れよ!それくらい気付きなさいよね!」
「まぁまぁ、妙子もやっと会えた拓哉を前にして、気が動転するのもわかるけど、もう少し素直になったらどうなの?やってる事と言ってる事がバラバラよ」
ストレートに言われて妙子は更に顔を赤くしながら、何も言わずにすでに満杯になっているお椀になお一層、雑炊を注ごうとしている。
「拓哉も拓哉よ、今回は別にして基本、妖は見返り無しでは他人の為に何かをする事は無いと思いなさい。今回の件だと、良くて永遠に奴隷かペットにされるか、生きたまま内蔵や脳みそを食われる・・・なんて事になり兼ねないわよ。この里には私たち以外の者も沢山いるけど人間はいない。絶対に関わり合っちゃダメよ。この家から出ちゃダメ。お人良しの拓哉なんて鴨が葱と鍋と出汁とガスコンロを背負って、まな板・包丁・お椀に箸まで咥えて、荷物多すぎて動けませ~ん!って、拡声器持って宣伝してるようなもんだからね!」
ひどい言われようだ・・・・と思いながらも、自分の事を本当に心配してくれているのが伝わって来て、素直に嬉しさがこみ上げてきた。
「ありがとうございます。ルゥさんのご忠告しっかりと胸にきざみました。気を付けるようにします」と自然とお礼が口からこぼれ出た。
「はぁ~、素直すぎる人間は長生き出来ないわよ」と、ルゥがすっかりあきれ顔になってしまった時、妙子が新しいいたずらを思いついたわんぱく坊主のような、無邪気な笑みをうかべて
「そうよ、見返りよ、見返り・・・ムフフフ」
「さぁさぁ出来たよ~、お話しの続きはご飯の後にしましょ。ウフッ!」
第3節 罠
色々と有りすぎたのか、ご飯の事などすっかり忘れていた。多分、空腹が通り越していたのだろうと思ったが、念の為に聞いてみた。
「そう言えば、僕は何日くらい寝ていたんだろう?」
「3日程・・・かな?」驚きである。普通、交通事故で死にかけた患者の完治日数とは思えない。どこまで自分の常識が当てはまらない世界なんだろうと思いながら、
「そっ、そうなんだぁ。ハハハハハ」と、また素直すぎると怒られそうな気がしてスルーする事に決めた。
ともあれ、久しぶりの食事のせいなのか、はたまた妙子が料理上手だからなのか、何か異界のスパイスが効いているのか(その全部かもしれないが)今まで食べた料理の中でもトップクラス間違い無しの美味しさだった。
食事が済むと、ルゥは眠くなって来たのか、囲炉裏のそばで丸まってウトウトし始めていた。多分自分の治療の為に魔力を使ってくれたので疲れたんだろう・・・・と、ぼんやりと考えていたら、囲炉裏の火で顔も少し火照り、お腹もいっぱいなのも手伝って、自分も少し眠たくなってきた。そんな時、妙子が
「ねぇ、拓哉ぁ~、一杯付き合ってよ。拓哉の全快祝いの祝盃よ」とお酒の入った徳利と盃、おいしそうに漬かったお漬物を持って来た。
「いやいや、日本の法律ではお酒は二十歳を超えてからなんだよ、妙ちゃんもダメなんじゃないかなぁ」
「ちぇっ!お堅いなぁ~祝い事だよぉ。それにこの里には法律も無ければ警察もいないのに・・・」
そりゃあ確かにそうだ、とは言えない。
「そういう問題じゃないよ。ダメなものはダメだよ」
「ちぇ~っ!でもその理屈なら私は対象外だよ。年齢は秘密だけど、少なくとも二十歳の50倍以上は生きてるからね」
おいおい、そのルックスでそれは反則じゃねぇ?そもそも座敷童の童って子供の事じゃ無いの?とは思ったが、少女と言えど女性、年齢の話しは恐ろしくて口には出せない。
「まぁ、拓哉の性格を考えたら無理強いは可哀想ね。でも、私は呑ませてねぇ」と意外とあっさり引き下がり
「まずは駆けつけ三盃ね」と、訳の分からない独り言を呟きながら、ほぼ一気に三盃飲み干した。
途端に頬から首筋まで上気したように、ほんのりと赤くなり、少し目もとろんとしてきた。色っぽいとはこういう事なんだろうなぁ~と、まるで他人事のように漠然と考えていると
「ちょっと酔ったかな?少し暑いわぁ~」と言いながら、着物の胸元を少し開けて、谷間をパタパタと扇ぎだす。
これは目のやり場に困る!反則じゃね?と思い目を逸らすと
「ねぇ~、拓哉ぁ~、」と言いながら、拓哉の胸に頬を押し当ててきた。
少女らしいふっくらとした感触と、お酒の蒸し返すような甘い香りが相まって、16才男子高校生の理性は消し飛びそうになるが、
「そっ、そうだ、せっかくなのでこのお漬物を貰おうかな?うんうん、とっても美味しそうだよね」っと、数少ない理性を総動員して必死でごまかした。この時、妙子の右手が密かにガッツポーズを取っていた事に気付けなかったのが、後々悔やまれる事になるとは知る由もない。
「いけない、うっかりして私の分のお箸しか持ってこなかったわ。私が食べさせて、あ・げ・るぅ。はぃ、あ~ん」と、もはや完全に退路は断たれた。差し出されるがままに頂くしか道はない。
「パクッ!」「うっ、美味い!」正直、この世のものとは思え無い程、抜群に美味しいお漬物だった。が、口の中一杯に甘い香りが急速に拡がっていくと共に、突然視界がぐにゃりと歪んだ。爆発的に頬と首筋が上気して行き、体温が見る見る上がって行くのが自分でもわかる。体中の力が急速に抜けていき、どうとでもなれぇ~って気分になってきた。
「いやぁ~ん!妙子うっかりして、時の狭間最強の異界特製酒に漬け込んだお漬物を、間違えて持って来ちゃったぁ~、妙子のうっかり屋さん。バカバカバカバカぁ~」って自分の頭をポカスカと小突きながら言ってるのを、うつろな目で眺めながら
「そう言いながら、目が思いっきり笑ってるよぉ~。それにそんなキャラじゃぁ無かったはずじゃねぇ?」とは、いくら酔っていても口に出す勇気は拓哉にはなかった。
「拓哉ぁ~、無理しなくても良いんだよ」と、言われても拓哉にはどうして良いのかわからなかった。視界はくにゃくにゃとタコ踊り状態だし、体に力も入らず、ずっしりと重くてとても動く気にはなれそうもない。
「本当はすっごく眠いんでしょう?隣の部屋にお布団が敷いてあるから連れて行ってあげるよ」と、言うが早いか拓哉をひょいっとお姫様だっこで抱きかかえ、隣の部屋に連れていってしまった。夢うつつ、ではあったが、強い力で抱きかかえられる感じでは無く、何か暖かい力で自分がフワフワと浮いているような感じだったので、
「あぁ、きっと妖術で抱きかかえているんだろうなぁ~」と、今はどうでも良いような事をぼんやりと考えていた。
隣の部屋は8畳程の広さで、真新しい畳の香りが落ち着く和室だったが、旅館のように生活感の無い不自然な感じがする。なぜか2組並んで敷かれた布団と枕が2つ並べて置かれていて、ご丁寧に青い浴衣と赤い浴衣が綺麗に折り畳まれて並んでいる。灯りは枕もとの行灯だけが灯り薄暗い。
朦朧とする意識の中で、朴念仁の拓哉でもハッキリとわかる危機に、頭の中でけたたましくエマージェンシーコールが鳴り響くが、体はぐったりとして力が入らず動けない。代わりに意識だけが少しづつ冴えて来る最悪の事態となった。
妙子はぐったりしている拓哉を布団に寝かせ浴衣に着替えさせると、掛け布団を優しくかけてあげた。
「えっ?僕の考えすぎ?と言うか妄想?」と、安堵したのもつかの間、枕元からシュルシュルときぬ擦れの音が聞こえて来たかと思いきや、妙子が布団に滑り込んで来て、拓哉の後ろから首筋に手を回し抱きついた。腰のあたりから足を前に回して来たので、腰から背中までピッタリと密着し、豊満な胸の感触がダイレクトに伝わる。腰の辺りの肌触りから下も裸である事が安易にわかってしまう。酒の甘い香りと妙子の髪の匂いがからまって、折角、覚めかけた頭がくらくらとしだし、相変わらず体に力が入らないはずなのに、特定の部分のみ力こぶが出来るのではと思うような状態になってしまった。
「ねぇ、拓哉ぁ。起きてるんでしょ?」はい、こんなにもギンギンに起きてます、とは言える訳もなく
「うん」の一言が精一杯だ。
「妖は見返り無しでは動かないって話したわよね。私もおもいっきり妖なんだけどねぇ~」
「わかってるつもりだけど、まさか、僕のはらわたを食べたいとか言わないよね」
「くすっ!私はそんなもの欲しがる低俗な妖とは違うわよぉ。でも、欲しいものがあるのは正解ね、うふ」
「それはね・・・私が欲しいのはね・・・・拓哉と私の赤ちゃん」もう、その一言だけで暴発寸前です。とは言える訳がない。かなり焦ったが
「え~っと、妖と人間の間に赤ちゃんって出来るの?」と、何とか話題を逸らそうとした。
「出来るわょ。だって私が妖と人間のハーフだもん」地雷を踏んだ。一言で話題逸らしは失敗してしまった。
「ねぇ~んだめなの?そ・れ・と・もぉ~?」と、耳元で囁くので吐息がむずがゆい。お願いです。それ以上はもう、暴走モードに入りそうです。
「そっ、そうだ!日本の法律だと、18才まで結婚出来ないんだよ」虚しい言い訳にしか聞こえないんだろうなぁ~と思いながら、
「この里は日本じゃないし、法律も無ければ警察もいないわよ」やっぱり~
「心配しなくても、未婚の母で充分よ。私とルゥとで立派に育てるからぁ~」いやいやいや、かなり心配だし、そういう問題じゃ無いでしょ。
「そうそう、座敷童の童って子供の意味だろ?童とは言えなくなっちゃうよ」みた目は完璧子供じゃん!とは言えない。
「良いの!拓哉が女にしてくれるなら、名前なんてどうでもいい。座敷女でも座敷かあちゃんでも、何と言われても良いの!」完全に退路を断たれた気がしたが、ここで諦めたら大変な事になるのは火を見るよりも明らかだ。
でも、どう言えば良いのか分からずアタフタしていると、
「も~う!拓哉ったら、なんだかんだ言って全然相手にしてくれないんだぁ!私のどこがいけないの?拓哉の馬鹿!馬鹿!」と、目に大粒の涙を浮かべて今にも泣きそうだ。
「そりゃぁ私は子供みたいよ、夏穂ちゃんみたいに大人っぽくなれないわよ!でも、でも、お酒の力を借りてまで、思い切ってここまでしてるのに何で駄目なの?そんなの酷い~!ありえない~え~ん」と、ついには泣き出してしまった。何でここで夏穂の名前が出て来るんだ?と思ったけど、ピントボケボケでも好かれたい一心で、かなり背伸びしてたんだと思うと可愛く思えて、思わず泣きじゃくる妙子を優しく抱きしめ、その長い黒髪を撫でていた。
その時、ドタドタと走り来る足音が聞こえ、勢い良く開いた襖の向こうに、怒りの炎を両眼に宿した、まさしく憤怒の形相のルゥが、すでに魔法を発動しているのか、白い魔法陣を足元に展開しながらこちらを唸りながらにらみつけている。地面から風が吹いているかのように毛がなびき、時折りバチバチと小さなスパークが体を包んでいた。
「た~く~やぁ~!あんたがこんな鬼畜だったとは予想もしてなかったよ。妙子があんたに思いを寄せているのにつけ込んでこんな事をするなんて、人畜無害そうな見た目にすっかり騙された私が馬鹿だった。助けてもらった恩を仇で返すとはこの事だねぇ」足元の魔法陣が一気に眩くかがやき、ゆっくりとした回転が高速で回りだす。
「待ってくれルゥ!お前絶対勘違いしているぞ!そりゃぁ、このシチュエーションだとそう見えるとは思うけど、おもいっきり誤解だぁ!僕の話を聞いてくれぇ~」
「この期に及んで命乞いかい。妙子の操の代償を、あんたの安い命で許してやろうってんだよ。感謝しながら今度こそあの世へ行きな!」
「待ってくれ!はっ話を~!」
「爆雷招来!」ドーン!ドッカーン!バリバリッ!
激しい稲妻が屋根をぶち破りながら、幾つも拓哉に直撃する。目の前が真っ白になりながら
「死ねない体って本当だったんだぁ~、痛みも熱さも苦しみも、ものすごっく感じるけど・・・」そんな事を考えながら、拓哉の意識は薄れて行き、望まぬ形ではあるが、やっと睡眠をとることが出来た。
第4節 契約
次の日の朝、拓哉は昨晩の激しい電撃せっかんの後、気絶してそのまま寝てしまっていたらしい。寝室?らしき部屋で目覚めると、向こうの方から「トントントン」とまな板と包丁の音と、「クツクツ」と何かを煮込む音やお味噌汁の香りが漂ってくる。
昨日の夜、激しい稲妻が屋根をぶち破ったはずなのに、何事も無かったかのように元通りになっていた。すでに予測の範囲内だったので「魔法か妖術かは知らないけど、便利なんだなぁ~」と思っただけで、特に驚きのようなものは感じなかった。自分でも耐性が出来てきているなぁ~と内心苦笑いしながら・・・
「妙子から全て聞いたわ。拓哉!本当にごめんなさい!」囲炉裏のある大部屋へ行くと、ルゥが土下座して謝ってきた。小型犬の土下座を初めて見た。三つ指をついているつもりなのか、小さな前足を少し交差して、その上に頭を乗せて目をぎゅっと閉じている。前足が短すぎるのか、はたまた頭が大きすぎるのか、前足の内側に頭が入らないようだ。少しお尻を突き出した姿勢が可愛すぎて、思わず頭をなでなでしてしまった。
「もう謝らないでよ。あんなにも取り乱すなんて、ルゥが妙ちゃんをどれだけ大切にしているか思い知ったよ」と言いながら、ルゥを優しく抱きかかえた。
「ありがとう、拓哉」と、言いながらルゥが拓哉の胸に頭を押しあてた時、
「みんな起きて~朝ごはんよ~」と言いながら、お味噌汁の鍋を抱えて、妙子が上機嫌で部屋に入ってきたが、拓哉にだっこされたルゥを見た途端、さっきまでの上機嫌は何処へやら、不機嫌のオーラが体中から漏れ出てくる。お味噌汁の鍋を囲炉裏の火に掛けると、ルゥの首根っこを掴んでどかし、拓哉に抱きついて、ルゥと同じように頭を胸に押しあてた。
「昨日はごめんなさい。ルゥにもいっぱい怒られちゃった。私は拓哉をずっと見てたから知っているけど、拓哉にしてみれば昨日私と初めて会ったんだもんね。いきなりあんなことをして、ふしだらな子と思わないでね」
どう返答すれば良いのかわからず、アタフタしていると
「でも、ルゥばっかり優しくしてもらってズル~い。私にも優しくしてくれなくっちゃいゃだぁ~。」
いやいや、どちらかと言えば君の方が優しくしてる回数多くねぇ?とは言えずに、だまって妙子の頭を撫でてあげた。
「うふふ!」と、こそばゆいのか妙子が嬉しそうにしているところを見ると、納得してくれたのだろうと思いながら・・・・。
「ルゥとも話し合ったんだけど・・・」朝食の後、妙子がそう切り出してきた。
「私達は拓哉に見返りを求めるつもりは無いけど、そういう意味ではなく、どうしてもして欲しい事が有るの」
「命の恩人の2人からの頼みなら出来る限りの事はさせてもらう、いや、させてもらいたいと思うけど、赤ちゃんはちょっと・・・」
「もう、その話はしないでよ。意地悪ね」と言って、妙子は顔が真っ赤だ。
「私と主従関係の契約を結んで欲しいの!」と、又もやの爆弾発言にびっくりした、超が付く程のびっくりだ。予想の遥か斜め上のお願いだった。
妙子との主従関係・・・ほぼ永遠とも言える数千年の時間を、妖である妙子と主従関係とは、奴隷?良くてペットとして過ごせと言う事か?赤ちゃんもぶっ飛んでいたけど、これもまた驚愕の難問だ。子作りを命令されたらどうしよう?
「私達の事が嫌いなら無理は言えないとは思うけど、出来れば・・・・私は拓哉に・・・」と言って更に顔が赤くなっている。
「私は今でも反対よ。ただでさえ永遠とも言える寿命を一人の人間に与えているのよ。この上、妙子の妖の力と、妙子と主従関係にある私の力を従わせると言う事は、拓哉は神にも魔王にも成れる存在になってしまう。一個人が持つには強力過ぎる力よ。逆に拓哉が可哀想だわ」
「ひどいルゥ、さっきは納得してくれたじゃない。今さらそんな事言うなんて」
「そりゃぁ妙子がどうしてもって言うから・・・・どう言ったって、あなたが納得するとは思えなくって・・・」
「だって!確かに今までも拓哉の事をずっと見てきたわ。でも、昨日拓哉と会って、今までは憧れだったと気付いたの。でも、今は違う。私本当に拓哉の事が大好きになったのっ!」
「えっ?ちょっ、ちょっとまって。妙ちゃんとの主従関係って、妙ちゃんが主で僕が従でしょ?僕がペットじゃないの?」
「えっ?」「えっ?」それを聞いて妙子もルゥも目が点になってしまった。結構シリアスな展開になってきたところに水をさされた1人と1匹は
「フフフフフッ」「ハ~ハッハッハッハ~」っと、思わず大笑いしてしまった。おろおろする拓哉を残して。
「さっきは確かに言葉足らずだったわ、ごめんなさい。私が拓哉を従わせるなんて想像もしてなかったから、話がトンチンカンになってしまったのね。でも、それも有りだったかも?・・・うふっ、嘘よ」
「大好きなあなたを小さな恩で縛り付けるなんて事、私には出来ない。それよりも私があなたに命令されたいの。私を従わさせて欲しいの、どんな命令でも・・・」と言って、拓哉の首に両手を絡めてきた。妙に上気した感じでほんのり頬を赤くそめながら、瞳を細めて、今まさに拓哉に唇を重ねようとした瞬間、ルゥが拓哉の肩に飛び乗り前足で拓哉の唇を塞ぐ。
「だから拓哉は鴨葱だって言うのよ。今のキスしてたらあっさり契約成立よ!」ビックリした。術中にはまっていたのだろう。ルゥが機転を利かしてくれなかったら、間違いなくキスしていたところだった。
「ちぇっ!」と、妙子は指を鳴らしながら露骨に悔しがっていた。
「妙子、心配しなくても、ちゃんと話せば拓哉は契約してくれるわよ。無理強いは良くないわ」
「だってぇ~」おいおい、それって断れないように外堀を埋めにかかってないですか?
「良い?拓哉、良く聞いてね。実感は無いでしょうけど、最初に私が言った強大な力は本当よ。あなたがその気になれば、世界を滅ぼす事も充分に可能な力を背負う事になるわ。核兵器の直撃でも私達はヘッチャラよ。私と妙子がいれば何でも出来るって言うのも、今のあなたなら理解出来ると思うわ。それに加えて、時間をも止める事が出来る。正に無敵の力だと思わない?ましてやあなたは不老不死に近い存在よ」
「確かに私はあなたを助ける事に反対したし、この契約にしても反対したわ。でも、それは妙子の決意を確かめる為なのは、拓哉ならわかってくれると思う。だけど今はもう違う。妙子の決意に私も腹をくくるわ。あなたに私達の全てを預ける。この力を使うも良し、使わないも良し。正でも邪でもお好きなように私達を導いて頂戴、主様」
と、言うと拓哉の前に10センチ程のクルクル回る白い小さな魔法陣と、その中心に翠色に光る勾玉が出現し、フワフワと浮いている。最初にルゥが右手をその上にかざし、その上に妙子が右手をかざす。
「さあ、拓哉が決意を固めてくれるなら、この上に右手を」おいおい、僕に考える時間をくれる気は無いのかよ、と思いながら妙子を見ると、上目遣いで涙を浮かべながら、今にも泣きそうな顔で拓哉を見つめている。
「はぁ~」っと拓哉は小さくため息をつくと
「主っていうのは柄じゃないので、友達感覚でこれからもよろしく」と言いながら、そっと右手を重ねた。
「仰せのままに・・・」と、うやうやしくルゥが返事をするので、どこが友達感覚?いきなり言う事聞いてくれて無いんじゃね?と思ったが、すでに契約の儀式のトランス状態に入っていたようだ。瞳を閉じて天を仰ぐ姿勢で
「今こそ古よりの契約を結び直す時来たり。わが名はルゥ・青竜。死を司る番人にして時の支配者なり。主、高村拓哉と大屋敷妙子の忠実なる僕である事を誓う者なり」と、いうな否や、青い光の粒がゆっくりと渦巻くようにルゥを包み込む。
妙子も瞳を閉じて天を仰ぐ姿勢になり
「今此処に新たな契約を結ぶ事を宣言す。我が名は大屋敷妙子。光の巫女にして聖なる癒しを担う者なり。主、高村拓哉と魂を共にする忠実なる僕、絶対の守護者である事をここに誓う」と言うと、紅い光の粒がゆっくりと渦巻くように妙子を包み込む。
おいおいおい、僕がそんな呪文みたいな事言える訳ないでしょうが、と思ったが、急に頭がスカッとした感覚が走り、自分では思いもつかない言葉をスラスラと口走る。
「幾千もの時を経て、ようやく巡り合えた盟友と契約の時来たり。我が名は高村拓哉。調和と慈愛を担う者なり。盟友ルゥ・青竜と大屋敷妙子の主にして、永遠の導き手と成る事を宣言する者なり」
拓哉は勾玉に手を添えるのが精一杯と思っていたのに、まさかの展開にルゥも妙子も驚いた。その瞬間、魔法陣が消滅し、勾玉が一瞬眩く光ったかと思うと、翠の光の粒となって、ルゥと妙子の光の粒と合流し、拓哉の右手の甲に吸い込まれていく。同じ形の痣が右手の甲に浮かび上がり、今も虹色に明滅を繰り返しているのをルゥが確認すると
「予想以上にうまくいったようね、思わぬ飛び入りが来たようだけど・・・だから言ったでしょ妙子。ちゃんと話せば拓哉は契約してくれるって」と言うが早いか、妙子は拓哉の胸に飛び込み、抱きついて泣いていた。
「ありがとう、私の御主人様」
第5節 もう一人の従者
「良い?拓哉。これだけは忠告しておくわ」と、真剣な眼差しでルゥが語りだした。
「あなたが元の世界に戻っても、この里の事や私達の事、あなたが不老不死である事なんかを、人にしゃべっちゃダメよ」
「まぁ、言っても誰も信じちゃくれないだろうし、精々、心の病って扱いにされるのが落ちでしょうけどね」と、妙子がチャチャを入れる。
「私は真剣に話してるのよ!」と、ルゥは妙子を睨み付けるが
「はいは~い」と妙子は軽く流す。
「この里には、私たち以外にも妖と呼ばれる者が沢山住んでいるのは前にも話したわよね。でも、一部の妖を除いて正確には「隠れ住んでいる」と言う方が正しいの。単純に人間嫌いの者もいれば人間に危害を加える者もいる、逆に人間から疎まれ危害を加えられる者も多い。人間社会では受け入れられない、共存共栄の出来ない者が集まって来る里なのよ。まぁ、そんな者達はほとんどが力の弱い妖だけどね。そんな者達にしてみれば、人間にこの里の存在を知られるのは怖い訳よ。ましてや人間が頻繁に行き来するような事になれば、自分達の死活問題になるのは理解出来るわよね。だから、この里の事を人間に知られるのはタブーなの」
「じゃあ僕は?」
「あなたは超が付くくらい特別なのよ。全部、妙子の気まぐれで連れてきた人ばっかりだけど、拓哉を含めて今まで数人の人間が出入りを許されたわ。でも、契約を結んだのは拓哉が初めてよ。だから拓哉は超が付く特別なの」
「どうして君達だけ人間を連れて来れるんだい?」
「この里には法律も無ければ警察も居ない。と言う事は、力こそが秩序なのよ。本気で私達に逆らえる者はこの里には居ない。私達が法なのよ。ウフフフフ」
「へぇ~、早い話がジャイアニズム。好き勝手やってるって事なんだ。」
「コホン!それはさて置き」置いとくのかよ!
「だから、うっかりこの里の事を話してしまったら、知られた人間の記憶を消すか、殺すしか無くなるから気を付けてね」
「それと、この家から出たらダメって前に言ってたけど、私達の主になったんだからもう大丈夫よ。拓哉に悪意を持って手出し出来る度胸のある者はこの里にはいないわ。でも、誰とも約束は厳禁よ。気を付けてね」
「そろそろ帰ろうかと思うんだけど」昼食の後、拓哉が2人に切り出した。
「え~っ、まだこっちに来て4日程しか経って無いのに、まだ早いよぉ~もっと拓哉とお話ししたいのに~」と、言った妙子はふくれっ面だ。
「そう言わないで、また来るよ」と、妙子の頭を撫でながら、いやいや「4日しか」じゃなくて「4日も」なんだけどね・・・と、思った。
「そうね、一度帰って落ち着いて整理して来るのも良いかもね。拓哉にとっては色々な事があり過ぎたでしょうしね」と、ルゥは器用に前足2本で湯呑を挟んでお茶をすすっている。肉球は熱くないのだろうかと、どうでも良い事を心配してみた。
「それじゃぁ仕方ないね。じゃあ今度来た時に良い所に連れて行ってあげるよ。里にも良い所はいっぱいあるんだよ」
「楽しみにしているよ。じゃあ!ルゥ、お願いします」と、呑気に茶をすすっているルゥに声を掛けた。
「えっ?私が送っても良いけど、見られたら大騒ぎになるよ。ってそう言えば、勾玉の事を言って無かったね。ごめんごめん、うっかりしてたわ」
「拓哉の右手の痣は「賢者の御霊」と言って、意思を持っている勾玉が痣の形になって宿った物なんだ。特に今回の勾玉は特別極上のが来たからビックリしたけどね。契約の時に拓哉がスラスラと宣言出来たのも特別極上品のおかげって訳よ。人間界の事はあまり知識は無いけど、経験を積むことでドンドン賢くなる。多少の魔術も使えるしね。使い方は普通に話しかけても良いけど、口に出さなくても思っただけでも話が出来るよ。ご覧の通り耳も口も無いからね。心と心で話すのさ。妙子・私に続く3人目の従者。いつも拓哉のそばにいる頼れる仲間って思ってくれれば結構だよ」
「拓哉・妙子・私の主従契約なのに、なぜそいつまで関わって来たのかはわからないけどねぇ。まぁ、滅多に人に力を貸さないへそ曲がりが宿ったんだから、有難く力を借りれば良いと思うよ。だから、里の出入りはそいつに頼めば良いよ」と、心なしか素っ気ないアドバイスありがとうございます。
「じゃあ、元の世界に連れて行って下さい。御霊さん」
「ピッ、私の事は玄武とお呼びください」驚いた。本当に頭の中に直接声が聞こえる。
「じゃあ、玄武、元の世界に」
「ピッ、ご指定の場所と時間はかなり雨が降っていますが、傘のご用意はよろしいですか?」
「意外と気が効くんだな」と何気に思ったら
「ピッ、お褒めに預かり光栄です」と、返答してきた。うかつに変な事は考えられないなぁ~と何気に思った。
ふと気付くと、傘を持った妙子が
「早く帰ってきてね。待ってるから」と、少しふてくされたように、上目遣いで拓哉のお腹のあたりに抱きついて来た。かっ、可愛い・・・
「ピッ、警告します。脈拍数・心拍数・血圧が急激に上昇。海綿体にも異常が見られますが、コマンドを実行しますか?」
こいつわざと言ってるんじゃぁ無いだろうなぁ、と思ったら
「ピッ、わざとです」と返答し、一瞬で拓哉の体が光の粒になり消えてしまった。
第2章 帰還
第1節 入院
気付いたら土砂降りの雨の中、トラックの真横で佇んでいたので、急いで傘をさした。ガードレールは大きくへしゃげており、トラックのフロントガラスが砕け散り、エンジンルームからラジエターの水が漏れたのか、白い煙が漏れ出ていた。良く見ると10メートル程先の路上で運転手らしき男が倒れている。
「ピッ、運転手に外傷は見当たりません。脈拍・血圧・脳派共に正常。眠っているようです」
「ピッ、ご主人様が無傷なのが不自然ですが、警察か救急車を呼ぶ事をお勧めします」
「そうだね。たまたまここに居合わせた事にして、警察を呼んであげよう」と言って、ポケットからスマートフォンを取り出し、110番通報する。
「もしもし、交通事故です。はい、トラックがガードレールにぶつかっています。運転手の方は車外に出てるようですが動きません。場所は・・・」と一通り連絡した。この場を動かないよう警察からの指示が有ったので、しばらく待っていると、
「ピッ、ご主人様が連絡を取った機械を解析します・・・音声通話・インターネット接続・・・」と、スマホの解析を始めたらしく、暫くは忙しそうだ。
10分程してパトカーと、ほぼ同時に救急車もやって来た。警察官がトラックの運転手を起こして目を覚ましたが、はねてしまったはずの拓哉がピンピンしているので、そんなはずは無いと大騒ぎになった。幸いトラックの運転手は警察官が来た時も寝ていたので、居眠り運転で夢でも見たのだろうという事に落ち着いたが、念の為、拓哉も入院し精密検査を受ける事になってしまう。
救急車で病院に運ばれ、MRIや血液検査、レントゲン検査等々を一通り急ピッチで受けた後、検査の結果待ちも兼ねて一晩病院に入院するはめになってしまった。ベットで横になっている時に
「おい、玄武。僕は精密検査なんて受けて大丈夫なのか?」
「ピッ、現代の医療技術ではご主人様の異常を見つける事は出来ません」
「おいおい、現代の医療技術ってお前にわかるのか?」
「ピッ、既にインターネットを通じて、この世界の情報はかなり習得済みです」かなりって言われても、それってどれくらいかなぁ~と漠然と考えていたら
「ピッ、ご不安でしたら、ペンタゴンのコンピューターをハッキングして核ミサイルを発射させましょうか?」
「勘弁してください。ごめんなさい。謝ります」洒落にならない、こいつらならやりかねないよな。
「ピッ、了解しました。コマンドを中止します」お願いします。
「ピッ、病院の監視カメラの解析から、ご主人様の御母上の到着を確認しました」
「ああ、警察から連絡するって言ってたしね。お袋心配してるだろうなぁ~」
「ピッ、同伴者を確認。データを照合します。後藤夏穂 16才 ご主人様の幼少の頃からのご友人です」
「ピッ、かなりお急ぎでこちらに向かっておられますので、約30秒程でご到着されると思われます」
「えっ、え~!」さすがに気まずい。でも、なぜ夏穂が・・・お袋が気を回したのか?
「ピッ、御母上の携帯の通話記録参照。約23分前に夏穂様へ電話をかけておられます。通話内容を確認しますか?」
「いやいやそこまでは要らないよぉ」
「ピッ、了解しました」
その時、コンコンとノックの音がした。逃げも隠れも出来ないので
「どうぞ」と声を掛ける。
お袋がそ~っと、病室に顔だけ覗かせて、様子を伺っている。
「心配かけてごめんなさい。でも、この通りピンピンしてるよ。警察も救急車の人も大袈裟なんだよ。あくまでも念の為の入院さ。警察からそう言われなかった?」
「確かにそうは言ってたけど・・・顔を見るまでは心配に決まってるじゃないの、馬鹿!」というや否や、大きなため息をついて、腰が抜けたのか、その場に尻餅をついてへたり込んでしまった。
「夏穂ちゃ~ん、大丈夫みたいよ~」とお袋が声を掛けると、夏穂も病室に入ってきた。もうすでに泣き腫らしているのか、目の周りはすでに真っ赤だ。手に握りしめたハンカチが、すでにずぶ濡れになっているのが離れていてもわかる。まだ、興奮冷めやらんのか、手足も少し震えていた。
「夏穂にも心配を掛けちゃったね。本当にごめんよ」と、声を掛けると、夏穂は両目から大粒の涙をボタボタ流し、鼻をズルズル言わせながら
「え~ん、拓哉のバカ~、本当に、本当に心配したんだから~」と、号泣しだしてしまった。せっかくの別嬪さんが台無しである。
「もし、もし拓哉が死んじゃったら、私、私、あ~ん、あ~ん」ともうここから先は言葉にならないようだ。
実は一回死んじゃってました・・・とは、言える訳も無く、もし、あのまま死んでたらもっと深い悲しみが2人を襲っていたのだろうと思うと、やっぱり妙子とルゥには頭が上がらないなぁと、しみじみ痛感した。
「ピッ、ご主人様は妙子様とルゥ様に頭が上がらない。インプットしました」
元気な姿を見て安心したお袋と夏穂は、それから約1時間程、お袋が夏穂にデートの話を聞かせろだとか、ファーストキスはいつだったかとか、完全勘違いな話を迫っていたが、夏穂も迷惑そうでもなく、むしろ楽しんで話している感じだった。夏穂が号泣してしまったので、お袋なりに気を使って、そんな話になったんだろうとは思うが、まぁ俗に言う「他愛もない話」をしてから2人で帰って行った。どことなく夏穂の様子が暗く感じたが、先日の告白失敗の件があったので、ギクシャクしているのだとろうと思い、焦ることはないさ、まだまだ先は長い、と自分を納得させ眠る事にした。
その夜、僕は夏穂の夢を見た。正確には、夏穂が見ている夢を僕が見ているような夢だ。夏穂は全裸で真っ暗闇の中を走って逃げていた(暗くてはっきりとは見えなった、残念!)。左手で5~6才の少女の手を引いて、何かから庇うように走っている。何かはハッキリとは分からないが、酷く恐ろしい者の感覚のみが伝わって来る。膝まで沈んでしまいそうなぬかるみを歩いているので、足は酷く重い。ついにはその恐ろしい者に追いつかれてしまいそうになり、少女を胸に抱きかかえて守ろうとうずくまるが、暗闇に体ごと飲まれてしまう。暗闇に飲まれる恐怖よりも、少女を守れなかった後悔の念だけが残り、胸が悲しみで一杯になり目が覚めた。
時計を見ると夜中の3時だ。酷く後味の悪い夢だったので喉が渇いた。水を一杯飲んだところで玄武が語りかけてきた。
「ピッ、この夢は普通の夢ではありません。夏穂様が無意識にご主人様に助けを求めている可能性84%」
「ピッ、夏穂様が何かにとり憑かれている可能性72%」
「ピッ、追いかけて来る何かと何にとり憑かれているかについてはデータ不足の為不明」
「ピッ、妙子様・ルゥ様と状況をシンクロ済み」
「ピッ、式による監視を提案します」
「えっ?式って何なの?」
「ピッ、魔術・妖術を問わず、術によって活動する従者。知力・戦闘力は術者の能力に依存します」
「ピッ、私の魔力による式作成を提案します。ご主人様は魔力・妖力共にゼロの為、作成出来ません」
「お願いするよ」
「ピッ、命令を確認しました。実行します。」
すると、右手の痣が七色に明滅しだし、約20センチ程の紫色の魔法陣が拓哉の目の前の空中に突然出現し、ゆっくりと回りだす。
「ピッ、夏穂様をイメージして右手を重ねてください」拓哉が右手を魔法陣に重ねると
「ピッ、夏穂様のイメージが足りません。真面目にやりやがれ」意外と口が悪いんだなぁ~と、思ったが、今度は
「夏穂を助けたいんだ、頼む!」と、声に出して右手を魔法陣に重ねた。すると
「ピッ、夏穂様のイメージを確認しました。これより術を発動します」
魔法陣が明滅しながら高速で回転を始めた。右手の痣も高速で明滅している。すると魔法陣の中心に、ぽん!と突然5~6センチ程のハムスターのような生き物が現れた。よく見るとミニチュアサイズのルゥだ。反則級にかわいい!
「ピッ、夏穂様に何か有れば直ぐに報告するようコマンドをセッティング済みです」
「ピッ、あと3秒で夏穂様の下に向かいます」
すると、「ワン」とも「ピー」ともつかない鳴き声をあげたかと思うと、空中を駆けるように走り、光の粒となって消えてしまった。サイズは違えどルゥそのものだなぁ~、と感心していると
「ピッ、先程のご主人様の音声データですが、妙子様に送信してよろしいでしょうか」
「先程の音声データって?」
「ピッ、再生します」
「ピッ、夏穂を助けたいんだ、頼む!」
「お前なぁ~、僕を殺す気かぁ?」殴れるものなら殴ってやりたいと本気で思った。
「ピッ、データ消去します」
第2節 退院
翌日は昨日の雨が嘘のように快晴だった。
検査の結果はどこにも異常は見当たらないとの診断結果だったが、午後5時頃にやっと退院出来た。学校を1日休んでしまったなぁ~、まぁいっかぁ~と漠然と考えた。一晩入院しただけなので、荷物は学校のカバンと傘くらいしかない。退院の手続きを済ませて病院を出ると、そこに学校帰りの夏穂が待ってくれていた。
救急車で運ばれたが、たまたま近くの病院に入院したので、自宅まで徒歩15分程の道程である。他愛もない、いつも通りの会話をしながら帰った。夕焼けがあたりを紅く染めだす頃、通い慣れた河川敷の公園の横の、堤防沿いの道にさしかかった時、言いにくそうに、夏穂が話を切り出してきた。頬が少し紅く見えるのは、夕焼けのせいだろうか
「ねぇ拓哉、私、拓哉にどうしても謝りたくって・・・」何が言いたいのかわかっていたが、
「えっ?何の事?心配かけたのはこっちだから謝るのは僕の方だよ」と、少し照れくさいので切り返す。
「ちがうの、その事じゃなくて、昨日、拓哉が大事な話があるって言ってたのに・・・私、どうかしてたんだわ。逃げちゃって。私めちゃくちゃ後悔したんだから」これは、もしかしたら・・・と、急に目の前がバラ色になった気がした。
「だって、あれから雨の中、傘もささずに、拓哉が歩いてたって聞いたわ」やっぱり誰かに見られてたんだ。
「だからごめんなさい。拓哉を本当に傷付けていたんだね、ごめんなさい」と言うと、少し小走りに拓哉の前を歩き出したかと思うと、急に振り返り
「だから、あの時、拓哉が何を言いたかったのか聞いても良い?ううん、聞かせて欲しいの」と、言った時の夏穂の頬が紅かったのは、夕日のせいばかりでは無かったんだと思う。
勇気を出せ!勇気を出すんだ!ここで言わなければ男じゃない!と自分を奮い立たせた。
「ピッ、早く言いましょう」うっ、うるさい!お前までそんな事を言うのかよ。
前を歩いていた夏穂はこちらを向いて立ち止まり、恥ずかしそうにうつむいている。今しかない!
「夏穂、あっ、あの時、ぼっ、僕が言おうとしてたのは」と、なけなしの勇気フルスロットルで話しかけた時、後ろの遠くの方から声が聞こえて来た
「おにいちゃ~ん!拓哉おにいちゃ~ん」と自分を呼ぶ、聞き覚えがある声に冷や汗がタラリ。振り向くと
「やっぱり~」妙子であった。近くの中学校の制服に身を包み、髪はツインテールだが間違いなく妙子だ。短めのスカートをひらめかせ、長い髪をなびかせながら、嬉しそうに走ってくる姿は、どう見ても、発育の良い中学1年生にしか見えない。ご丁寧に、長いリードと首輪を付けたルゥまで一緒だ。先にルゥが足元に到着し、尻尾を振りハアハア言いながら僕と夏穂の周りをくるくると嬉しそうに回る。
「うっ、うまい、どっからどう見ても犬だ」と、呆れていると、妙子が駆け寄って来て、拓哉の右手に抱きついた。相変わらずの豊満な胸が肘にあたり、夏穂の視線が気に掛かる。
「拓哉おにいちゃん、こんな所で会うなんて偶然ねぇ~」と、いけしゃあしゃあと、白々しく言ってのける。
「拓哉、この子は?」と、そりゃ当然、夏穂は聞いてくるよなぁ~
「ああ、こっ、この子は、そう、病院!病院で知り合ったんだよ。ハハハハハ」と、咄嗟にごまかした。夏穂はご近所さんなので、下手に近所とは言えない。
「この子の名前は妙子、僕は妙ちゃんって呼んでるよ」
「そうなんだぁ~、妙ちゃんよろしくね。私は後藤夏穂、拓哉がお兄ちゃんなら、私も夏穂お姉ちゃんと呼んでくれたら嬉しいなぁ~」と、少しかがんで握手を求めるように右手を差し出した。が、パン!と差し出した右手に平手打ちで返すと
「うっせえ!ババア!気安くしてんじゃねえょ!」と、驚愕の一言。こんな可愛い子がそんな事を言うとは・・・夏穂は完全に凍り付いていた。拓哉も一瞬凍り付いたが、拓哉が軽くげんこつで頭をこつんと叩きながら
「こら!お姉ちゃんに何て事言うんだ」と優しく叱りつけた。
「だってぇ~」
「だってじゃない。お姉ちゃんに謝りなさい」
「う~っ、ごめんなさい」と、小さな声で謝ると、素早く拓哉の後ろに隠れ、顔だけ出して、アッカンベーをしている。
「アハハ、嫌われちゃったのかなぁ?」と、夏穂は理由もわからず苦笑いするしかない。その時、ルゥが夏穂の太もものあたりにピョンピョンと何度も飛び付き、その後、チンチンの仕草で夏穂に抱っこをねだる。求められるままに右腕で抱っこをすると、頭を胸に押し当て大人しくしている。
「かっ、可愛い~。この子のお名前は?」と聞くと、妙子が
「ルゥ」と短く答えて、夏穂の左手を、右手で掴んで離さず、下を向いて何も言わなくなってしまった。
「う~ん。妙ちゃんも可愛い~」っと、心で思いながらも口には出さなかったが、表情が凄く上機嫌だ。妙子は左手を拓哉に差し出して
「お兄ちゃんもぉ」と、言うので手を繋ぎ、言葉少なに3人並んで手を繋いで歩いて帰ったので、告白はまたも宙に浮いてしまった。
「ピッ、私は早く言うように警告致しました」
「う、うっせえ!わかってるよ!」と返す拓哉は後悔で泣きたかった。
第3節 ミッション
拓哉の家の隣りの、夏穂の自宅まで送り届けた後、「一旦、里に戻って作戦会議ね」とルゥが切り出した。拓哉の部屋と夏穂の部屋は1メートルも離れていないので、密談には向いていない。
「夜這いにはうってつけね」と言いながら、妙子は拓哉の腕を思いっきりつねるが、
「イテテテテッ!いやいや、それは僕のせいじゃ無いし」と、出来もしない夜這いの言い訳をしてる自分が悲しかった。
時の狭間の里、囲炉裏のある大部屋に、拓哉・妙子・ルゥの3人は集まっていた。最近では自宅よりもこの部屋にいる方が多いよなぁ~、そう言えば何日帰って無いんだっけ?と、ぼ~っと考えていたが、実際は入院の1日だけである事に気付いた。
「妙子も夏穂ちゃんと接触サーチして気付いたでしょ?夏穂ちゃんに憑り付いている者の正体」
「うん。正直言ってちょっとやっかいね・・・」
「そうか、夏穂の様子を見に来てくれてたんだ。ありがとう。僕はてっきり邪魔しに来たんだと」と、そこまで言って地雷を踏んだ事に気付いた。
「それって、どういう意味?私達が何の邪魔をしたのかしらぁ?それに何で私が恋敵の手を握らなきゃいけなくなったかわかってるの?」と、妙子の切れ長の目がますます切れ長になり、怒りのオーラが背後に見えるようだ。
「いえ、何でも無いです。すみません」
「ピッ、キジも鳴かずば撃たれまいと言うことわざが有ります」うっ、うっせぇ~
「もう、真面目にやって頂戴!話が前に進まないわ!」と、ルゥが叱りつける。
「は~い」「ハイ」
「良い?夏穂ちゃんに憑りついているのは、悪霊とかじゃないわ。そこは安心してもらって結構よ。夏穂ちゃんに害が及ぶ事は無いはずよ。でも、長引けば夏穂ちゃんじゃなくて、憑り付いている方が危ない。おそらく夏穂ちゃんが生まれた頃から、あの子は夏穂ちゃんの夢の中に逃げ込んでいるはず。既に結構な時間が経ってるはずだから、ひねくれて無ければ良いけど・・・あの子が自分で出て来ようとしなければどうしようも無いわ。あの子を強制的に引き剥がそうとすると、意固地になって出て来ないでしょうね。なまじっか力もあるから、力ずくは無理だと思う。それに、私はそんなつもりは無いけど、私とは永遠のライバルって事になってるしね。今回ばかりは私が出ると逆効果かも知れないわね」
「えっ?ルゥのライバルって凄すぎじゃ無いの?ドラゴンのライバルって勇者?」
「何を大ボケかましてるのよ。ゲームのしすぎ?龍のライバルと言えば虎でしょ!よく屏風なんかに龍と一緒に描かれてる白い虎よ」と、まだ妙子は不機嫌そうだ。
「え~っ、そんな凄いのが生まれた時から夏穂の中に?夏穂はすっごい温和だよ。とても虎が憑りついてるなんて思えない。よっぽど妙ちゃんの方が虎を・・・」と、ここまで言って、またも地雷を踏んだ事に気付いたが、時すでに遅し、太ももを思いっ切りつねられて
「もう知らない!」と今度こそ、へそを曲げてしまったようだ。が、ぽつりぽつりと話し出す。
「白虎は大人しいし優しいから、夏穂が影響を受けないようにしてるんだと思う。だから、あの子が本当に、殻に閉じこもってしまう前なら、出て来る可能性はあるわ、でも、どうやって出て来て貰うかが難問ね」
「ピッ、夢にダイブしてサルベージする事を提案します」と、いつもは拓哉にしか聞こえない玄武の声が3人の頭の中に響く。
「ピッ、夏穂様が強く助けを求めている御主人様と一緒なら、時間限定で妙子様は夢にダイブする事が可能です」
「ピッ、ダイブ可能時間はマックス15分です」
「ピッ、リスクは途中で夏穂様が目覚める事」
「ピッ、夏穂様が目覚めたり、時間オーバーすると、夢の世界に幽閉され出られなくなります」
「ピッ、現実世界にルゥ様が残り、物理結界と夏穂様の強制睡眠を担当します」
「ピッ、念の為、私とルゥ様が連絡を担当します」
「ピッ、ミッションスタートは夏穂様が夢を見出すタイミングです」
3人の間で暫く沈黙が走るが・・・拓哉がすくっと立ち上がり
「この作戦しか無いようだね。皆さん、宜しくお願い致します」
「はい!」「ハイ!」「ピッ、了解しました」
第3章 救出
第1節 ダイブ
夏穂が眠りにつき、例の夢を見出すまで、拓哉の部屋で待機する事にした。夢を見出すと式が教えに来てくれるらしい。お袋が入ってくるリスクは結界を張って、入らないようにしているらしい。便利だ。
明方4時頃、妙子は可愛く寝息を立てているが、ルゥはしっかりと起きていたようだ。拓哉はウトウトしてしまっていたが、突然、玄武が皆にアラートを鳴らした。
「ピッ、式が帰っきます。起床をお願いします」と、言い終わるが早いか、拓哉の目の前の空間に、光の泡が渦を巻き、ミニチュアサイズのルゥが現れる。何かキャンキャン言っているように思うが、何を言ってるのか解らない。
「ピッ、夏穂様が夢を見始めました。ミッションスタートです」
すでにルゥが何かをブツブツ言っている。玄武がしゃべり終わる前に、夏穂の部屋に瞬間移動したので、呪文を唱えていたのだろう。夏穂の部屋に入るや否や、突然、妙子が眠っている夏穂と拓哉の手を握りしめて、静かに呪文を唱え始めた。すると2メートル程の紫色の魔法陣が部屋の床に現れた。ゆっくりと回転しながら明滅を繰り返している。妙子は拓哉と手を繋いだまま
「拓哉、今だけ特別なんだからね!夏穂を助けたいと強く、強く願うのよ」と、言うが早いか魔法陣に飛び込んだ。途端に景色が、妙子以外は真っ暗な空間になり、妙子の声が響く。
「本当は拓哉にこの姿は見られたく無かったけど、私の事、化け物だなんて嫌わないでね」と言うと、突然衣服を脱ぎ去り、光り輝きだす。
「今は夏穂の事だけを考えて。夏穂だけを感じるのよ」というが早いか、30メートル程の、七色に光り輝く巨大な孔雀のような鳥に変化した。
「説明は後、今は時間が無いわ」と言われ、目を閉じて夏穂を感じるように念じると、下の方に何かを感じたような気がした。すると、拓哉も体が淡く光り出し、いつの間にか大きな鳥の背に乗っていた。
「拓哉を通じて私にも感じる、下ね!」というや否や、大きく羽ばたき、光の粒をキラキラと残しながらものすごいスピードで急降下して行く。
「ピッ、1分45秒経過しました。残り13分15秒」
「ピッ、ルゥ様との連絡良好。物理結界・睡眠魔法共に良好です。問題ありません」
「いたわ!」遠くの方で、今まさに小さな女の子を庇うように抱きかかえた全裸の夏穂が、暗闇に飲み込まれようとしていた。思わず
「夏穂~待ってろ~今行くぞ~」と大きな声で叫んでいた。すると夏穂がこちらを振り向き、
「た~く~や~」と、右手に女の子を抱え、左手をこちらに必死に伸ばしていた。目には大粒の涙が今にもこぼれそうだ。
「ピッ、5分55秒経過しました。帰りのゲートまでの時間を考慮すると、活動時間は後5分です」
「時間が無いわ!このまま背面飛行で突っ込むから、拓哉が夏穂を抱き抱えて頂戴。そのままさらって脱出するわよ」
「背面飛行って」
「大丈夫!私の妖力で拓哉の体は落ちやしない。夏穂を助けたいんでしょ!私は古い友人を助けたいの!つべこべ言わずにここまで来たらやるしかないわ!いくわよ!」と、いうな否や、背面飛行に入り、大きく羽ばたくと、更にスピードを加速させる。今まさに夏穂が暗闇に飲まれようとする瞬間、
「ピーヒュルルルル~」と鳥が大きくいななき、更に全身をまばゆく光らせながら、拓哉と共に暗闇に突っ込んだ。
悲嘆・絶望・孤独・恐怖・嫉妬、訳の分からない暗い感情が拓哉を一瞬で包み込む。どうすれば良いのか分からない焦りと苛立ちがわき上がって来た時、
「助けて、拓哉!」と夏穂の声が聞こえた。感じる!無我夢中で両手を大きく広げ
「夏穂!何処だっ!何処にいるんだぁ!」と叫んだ。
感じる!5・4・3・2・1!
「今だ!」両手をいっぱいに広げていたのを、力いっぱい抱きしめた。温かく柔らかな感触を両腕の中に感じる。
「いっけえぇぇぇぇぇ!」
「ピーヒュルルルル~」と、鳥が大きくいななくと、真っ暗闇の中から突然視界が開けた。腕の中に全裸の夏穂と少女をしっかりと抱きかかえている。鳥が大きく羽ばたくと、背面飛行から通常飛行にクルリと切り替える。うまく暗闇から脱出できたようだ。が、振り向くとしつこく暗闇がすぐそこに追いかけて来ている。こちらもすごいスピードで飛んでいるはずなのに、今にも追いつきそうなもの凄いスピードだ。
「ピッ、12分05秒経過、後2分55秒です」と玄武の冷静な声が頭に響いてくる。
第2節 脱出
「こらぁ!白虎!いつまで甘えたちゃんしてるのよ。追いかけて来てるのはあなたの暗い感情なのはわかってるでしょ?私達が迎えに来てるんだからもう大丈夫よ!早く何とかしてぇ~」と、いつもの妙子の調子で少女に話し出した。
「ごめんなさい。妙子ねえちゃん。迎えに来てくれてうれしい。これからは妙子ねえちゃんと一緒にいても良いんだよね?」
「何を呑気な事言ってんのよ!あんたってば相変わらずとろいんだから!早くしないと、追いつかれるぅ~早くぅ~」すると、少女が突然白い光の粒になり、螺旋を描きながら暗闇に突っ込んだかと思いきや、暗闇は一瞬で消滅してしまう。
「暗い感情も私の一部だもの、夏穂ねえちゃんの中には置いて行けないから持っていくね。夏穂ねえちゃん、いつも守ってくれて今までありがとう。私もう行くね」と、声が聞こえた次の瞬間。30メートル程の巨大な虎が出現し、空に向かって大きく咆哮する。すると鳥は虎の背中に着陸すると、一瞬で妙子の姿に戻る。
「ピッ、後1分12秒です」とさすがの玄武も慌てているようだ。
「あ~っもぅ、早く早くぅ!白虎頼んだわよ」と地団駄を踏みながら妙子がせかす。
「はいはい、行きますよぉ~」と、のんびりと言うと、鳥の姿の妙子とは比べ物にならない猛スピードで駆け出した。
「夢の中ならではのハチャメチャな展開ね」と夏穂は思った。でも白馬の王子様よりもずっとカッコ良く、大好きな拓哉が必死で自分を助けに来てくれて、今も自分を抱きしめてくれている。全裸なので恥ずかしいはずなのに、これは夢だと思うと、大胆になれる自分がいた。
「拓哉、今日は本当にありがとう。嬉しかった。すっごくカッコ良かったよ。本当に大好き、愛してるわ。私の白馬の王子様」と言って、自分から激しいキスをした。勢い余って拓哉が後ろに倒れこんだ時、それに妙子が気付いた。
「この非常時に何やってくれてんのよ。き~っ!この泥棒猫!拓哉は私のなの!離れなさ~いっ!」
「ピッ、後27秒です。」
その頃、ルゥは気が気では無かった。後数十秒でタイムリミットだが、玄武に問いかけても返答は、脅威は去ったが白虎のスピードでもリミットにギリギリとしか帰ってこない。ハラハラドキドキの状態である。迎えに行きたいが、物理結界を張ってあるので、外部からのアクシデントは無いとしても、万が一でも夏穂が目を覚ますとアウトである。後10秒を切った時、ソワソワしながら魔法陣の中心を覗き込むと
「いた!」今まさに猛スピードでこちらに向かってくる白虎の姿が遠くに見える。でもダメだ!白虎のスピードを持ってしても、あと少しの差だが間に合いそうもない。後5秒を切った時、開いた穴が徐々に閉まりだした。が、たとえ1ミリでも開いていれば物理法則を無視して通れるはず。
「やってみるしない!」ルゥはそう決心すると、2メートル程にまで大きくなり、短く呪文を唱える。短い前足の肉球の辺りに、輝きと小さなスパークを確認すると、両手を魔法陣の中心に突っ込んで、力いっぱい無理矢理押し広げた。
「うぉおおおおおっ!」両手の輝きが更に光を増し、スパークが体中に激しく走り出す。
閉まり出した魔法陣の穴の縮小が一旦は止まった。が、ルゥはかなり苦しそうだ。
「はっ、早く! こんな無茶は長くは続かないわ!早くぅ!」とルゥが大声で叫ぶ!
「ガオッ!」っと白虎が答えるように短く吠えると、ぽっかり空いた穴の向こうで必死の形相で支えているルゥめがけて更にスピードを加速させた。
「正にギリギリね、これでなんとか」とルゥが思った時にふと気付いた。白虎がフルスピードで走って来ると言う事はフルサイズだろうから身長は約30メートル。時速は約2000キロは下るまい。対して魔法陣のこちら側は夏穂の部屋。スピードもさることながら、まず白虎の巨体が入らない。ものすごい慣性が働き物理結界を押し破り、外に飛び出していくだろう。その時の圧力は凄まじいだろうが、シールドを張ってしのいだとしても、明け方とは言え、目撃者多数の大騒ぎ間違い無し、大事件になってしまう。しかし白虎を手前で止めて、リサイズしていたのではとても間に合わない。
「ええいっ!ままよぉぉぉ!」ルゥはギリギリのタイミングまで魔方陣を押し広げ、白虎が魔法陣から出て来るタイミングと合わせて、夏穂の部屋ごと時の狭間の里の、自分の家の庭に転送し、すかさず眠っている夏穂を背に乗せその場を全速力で離れる。シールドを張っているのか、体全体が淡く光っていた。
「ゴゥ!」と凄まじい轟音と共に、夏穂の部屋のベットや家具が粉々に吹き飛んだ。魔法陣のゲートが後5ミリを切った所で、白虎・妙子・拓哉の3人がゲートを通過する。まさに間一髪だった。案の定、白虎は上空3000メートル程まで疾走し、やっと止まる事が出来た。
最終章 時の狭間の里ふたたび
温かな長い毛並みの毛布の上に寝そべりながら、夜明け前のやわらかな風が頬を撫でる。フワフワと飛んでいるような感覚が心地良い。ああ、これも夢なんだ。今日はとても良い夢を見たので、もう少し眠り、出来れば夢の続きを・・・と、考えた所で夏穂は目が覚めた。辺りは夜明け前の薄暗い、見た事も無い田舎の風景が広がっていて、何よりも自分は何か大きなものの上に乗って飛んでいる。呆然としていると、向こうの方から夢の中に出てきた白い大きな虎が駆け寄ってきて並んだ。
「お~いルゥ、夏穂は無事だろうなぁ~」と拓哉の声が聞こえてきた。
「ええ、問題無いと思うわよ~」と、言いながら巨大な犬の頭がこちらに振り向いた。その時初めて自分が巨大な犬の背中に乗って飛んでいる事に気付く。良く見ると夕方に出会った犬のルゥだ。
「あちゃぁ~、目が覚めちゃったのねぇ。そりゃぁあの轟音だもんね。目も覚めるかぁ」と、古い湯飲みを割ってしまった程度の、あまり深刻そうでも無い口調でしゃべっている。もしかして、夢の続き?と、ちょっと嬉しくなった。
「拓哉~とりあえず部屋で集合よぉ~」
「了解ぃ~」と聞こえてきた。
地上に降りると、見る見るうちにルゥは小さくなり、いつものミニチュアダックスサイズになった。
「こっちよ」とルゥが夏穂の前を歩き出す。どうやら部屋まで案内してくれるようだ。
「夏穂ねえちゃ~ん」と、後ろからミニスカート程の丈の着物を着た少女が駆け寄ってきて、夏穂の腕に抱き付いて来た。
「やったぁ~、やっと夏穂ねえちゃんとお話しが出来るんだね」と、とっても嬉しそうに笑うので、こっちもつられて嬉しくなり笑顔がこぼれた。
「行こう行こう」と、はしゃいでいる少女に手を引かれながら、ルゥの後について行った。
いつもの囲炉裏のある大部屋で、拓哉、夏穂、妙子、ルゥと白虎の少女が囲炉裏を囲んでいる。白虎の少女は夏穂の膝の上に座って超ご機嫌だが、ルゥがさも当たり前のように拓哉の膝の上に寝そべっているので、妙子は不機嫌なのを隠そうともしない。すると、白虎の少女が
「私の名前は白虎 真名、しらとら まな、って言うんだ」と、あっけらか~んと自己紹介。
「妙子ねえちゃんとルゥおばちゃんと私と玄武さんで、一緒にお仕事した事もあったんだけど、私だけはぐれちゃったんだ。一人だけ人間界に居るのは怖いから、人間の夢の中に隠れてたの。でも、長い間いると寂しくって、皆と離ればなれで悲しくって・・・いつの間にかそんな気持ちが独り歩きして、私を襲うようになったんだ。仕方ないとは思うけどね、夏穂ねえちゃん以外の人達は、私を置いて自分だけ逃げちゃうんだ。でも夏穂ねえちゃんだけは、いつも私を最後まで庇ってくれた。私はお母さんって知らないけど、きっとこんなだろうなぁ~と思うと、夏穂ねえちゃんから離れられなくなってたんだ。でも、長い間迷惑をかけてしまってごめんなさい。おねえちゃん」
と、一気に話すと下を向いて何も話さなくなってしまった。すると夏穂が真名を後ろから優しく抱きしめて
「真名ちゃんって言うんだ。いつもお名前を聞けるような状況じゃぁ無かったもんね。私こそゴメンね。いつもあなたを守り切れずに怖い思いばかりさせていたわ。いつも目覚めたら不甲斐ない自分が情けなくって。でも、もっと早く拓哉に助けを求めていたら、怖い思いをさせずに済んだかも知れないのにね」いやいや、このタイミングが最速でしたよ、この前に相談されても病院をお勧めするしか・・・とは、この空気ではとても言えない。
「わかったわ。確かに、離れ離れになった時に、探し切れなかった私とルゥにも責任はある。やっと見つかったんだから、約束通りこれからは、この里で私達と一緒に暮しましょう。異存は無いでしょう?、ルゥ?」
「ええ、もちろん異存は無いわ。真名ごめんなさい。長らくさみしい思いをさせたわね。でも、ここで暮らすには2つ条件が有るわ」
「1つは、私と妙子のご主人様は拓哉なの、だからあなたにも拓哉と主従契約をしてもらうわ」
「2つ目は絶対よ、今度私の事を「おばちゃん」と言ったらコロス!「ねえちゃん」だらけになっちゃうから付けずにルゥって呼べば良いわ」と、言われて真名は真っ青になり、夏穂に抱きついている。一瞬、龍虎の激戦になるのかと思ったが、予想以上に虎は気が弱い?ので争い事にはならずに済みそうだった。
「もっ、勿論、2つ目は死守させて頂きます」と、言いながら夏穂に必死にしがみついて震えている。
「でも、1つ目の主従契約は、私は良いけど、妙子ねえちゃんと夏穂ねえちゃんはそれでも良いの?」と聞かれ妙子も夏穂も意味が分からない。
「だって、絶対服従だよ。私は良いけど、もしお兄ちゃんが私の体を求めて来たら断れないんだよ」私は良いのかよ!って問題はそこじゃなく・・・
「大丈夫!拓哉がそんな命令したら、私に言いなさい。実行する前に拓哉を殺すわ!冗談抜きで殺す!」と、妙子の目はかなり本気だ。
「でも拓哉も男の子だもんね。そんな気持ちになったら、いつでも私に言ってね。私なら命令なんかしなくてもいつでも喜んで・・・」ハハハハハっと、乾いた笑いをしながら・・・ごまかすしかない。
「ダメよ拓哉!年端も行かない子供に手を出すなんて、犯罪よ!犯罪!拓哉を犯罪者にするくらいなら、私、私・・・」と、夏穂も妙子との対抗心からか、らしくない事を口走る。
「うっせえ!ババアは引っ込んでな!」
「ババアって、私だってまだ高校1年生なんだから!ピチピチよ!チビのくせに生意気よ!」
「フン!」「フン!」
「お~い、玄武~!お前の知恵で何とかならないのか~」
「ピッ、私は勝てる勝負しかしません。君子危うきに近寄らずと申しますから」
「あなた達と話をしていても、ちっとも前に進まないわ。」ルゥがあきれ顔で切り出した。
「本人を前にして話すのは気が引けるけど、大切な事だから・・・」
「夏穂ちゃんにこの里の事を知られたんだけど、本来なら夏穂ちゃんには、この里や私達の事は忘れてもらわなくっちゃいけないの。理由は前にも話したよね。真名から意見を聞こうか?」
「そんなの絶対にダメよ!せっかくお話し出来るようになったのに、私の事を忘れてしまうなんて・・・絶対にイヤ!どうしても、って言うならお姉さま達と言えど・・・」と、激しい怒りのオーラをまき散らしながら、真名は猛反対だ。確かに怒った時のルゥ並みの迫力があり、虎は伊達じゃないのが伝わってくる。
「待ってくれ、ルゥ。夏穂は心の優しい子なのは皆もわかってくれているとは思う。里を秘密にしなければならない理由が、弱い者を守る為なんだから、絶対に口外しない事は僕が保証するよ。それと、自分事で申し訳ないが、夏穂には秘密を持ちたくないんだ。特にこんな大切なことを秘密にするなんて、正直言って耐えられそうもないよ」
「妙子はどうなの?」
「そうね、ただでさえ私とルゥに逆らえる者はこの里にはいないのに、玄武と白虎が加わって四神が揃った今、増々、誰も何も言えやしない。と、言うかこの里以外を含めてもおそらく無敵でしょうね。秘密を知っている人間が1人や2人増えても何の問題も無いんじゃない?それに、私事を言わせて貰えば、夏穂は私の最大の恋のライバルよ。私も夏穂に対して拓哉の秘密を持ちたくないし、私だけが拓哉の秘密を知っているのはアンフェアだと思うの。だから記憶を消すのは反対よ」
「念の為に・・・玄武はどう思うの?」
「ピッ、この質問は始めからルゥ様の誘導尋問です」
「ピッ、理由はすでに妙子様がおっしゃっておられます。記憶を消すも消さないも私達の自由です」
「ピッ、本当に消す必要がある人間については、ルゥ様は相談なんてされることはありません」
「ピッ、絶対に反対するであろう者から順番に意見を求めるのは、この場合の誘導尋問の常套手段です」
「ピッ、そして誰よりも夏穂様を気に入っているは、他ならぬルゥ様だからです」
夏穂はそれまで精一杯こらえていたのだろう、膝の上に座る真名を後ろからギュッと抱きしめ、少し震えてこっそりと泣いていた。
「だから玄武は昔から気に食わないんだょ」と言ったルゥの瞳も少し潤んでいたのは、誰の目にも明らかだったが、誰も何も言わなかった。
真名は天を仰いで瞳を閉じて、拓哉の右手に右手をかざす。
「今此処に、すでに結ばれし契約に加わる事を宣言す。我が名は白虎真名。荒ぶる戦神の化身にして神速の足で駆け抜ける者なり。主、高村拓哉の忠実なる僕、永久に最強の鉾と盾たる事を誓う」白い光の粒が溢れ出て真名を包みこむと、七色に明滅する拓哉の右手の勾玉に吸い込まれて行く。
「これで契約は終わりだょ。ありがとう真名ちゃん、これからもよろしくね」と、拓哉は少し屈み込んで右手を差し出し握手を求めた。
「うん!夏穂ねえちゃんの大好きな拓哉おにいちゃんは真名も大好きだよ。これからもよろしくね」と言って握手した手を思いっ切り引っ張った。拓哉が少しよろけて前屈みになったところで、拓哉の頬に
「チュッ、これは助けてくれたお礼」と、少し頬を染め、ニッコリと笑った。
「あのね、もっとお礼の続きをして欲しかったら・・・」と、手を後ろに組んで、何も無い床で、足をスリスリしながらもじもじしている。
「&%$#!@*&#%$*@#&~~~~~!」何か言いたそうだが、怒りの余り、妙子は言葉にならない。顔を真っ赤にしながら地団駄を踏んで、今にも真名に襲い掛かる勢いだ。
「まぁまぁまぁ。真名ちゃんはまだ子供なんだし、意味なんかわかって無いわょ。無邪気なもんじゃない」と夏穂がなだめに入るが
「夏穂、こいつの見た目に騙されちゃ駄目よ。これでも何百年も生きている妖なのよ。経験は無くても、そういう事の知識だけは人間の何倍も熟知している、超弩級スーパー耳年増なのよ!」おいおいおい、おまえがそれを言っちゃうかぁ?とは、口が裂けても言えない。
「だから~拓哉にちょっかい出したらどうなるか、骨の髄まで体に叩き込んであげなくっちゃぁ~」と、怒りのオーラが溢れ出て、今にも燃え出しそうな勢いだ。
「妙子ねえ様!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!もう、骨の髄まで理解しました!堪忍してください!軽い挨拶代わりのジョークだったんです!ごめんなさい!」と、夏穂の後ろに隠れて、ガクガク震えている。
「妙ちゃん、もうそれ位で許してあげなくっちゃぁ。お姉ちゃん、なんでしょ?」と拓哉が優しく妙子の頭を撫でながら、長い黒髪を指ですかしてあげると
「あ~んもぅ、拓哉ったら真名に甘いんだからぁ~」と、言いながらこそばゆいのか、うれしそうに赤くなりながらうつむいて、されるがままになっている。
「まるで猛獣使いねぇ~」と夏穂は思ったが、勿論、口に出せるはずもなかった。
「夏穂ねえちゃん、これあげる。真名からのプレゼントだよ」と、言いながら子供の小指程の小さな笛を真名が差し出した。
「一度吹いてみてよ」と真名が言うので、子供の遊びに付き合うつもりの軽い気持ちで吹いてみた。ところが、「音がしない」と思った途端、光の泡になって消えてしまった。
「これで登録は完了だよ。じゃあ今度は、手のひらを上にして、さっきの笛をイメージしながら「おいで」って考えてみて。最初は口に出したほうがやり易いよ」言われるがまま手のひらを上にして
「おいで」っと口に出して言って見ると、手のひらの上で光の泡がクルクルと回りながら固まり、先程の笛が現れた。
「返す時は「おかえり」だよ、簡単でしょ?」と、嬉しそうに話す。
「ところで、この笛はなぁに?」
「この笛を吹くと、夏穂ねえちゃんの耳には何も聞こえないけど、私にはどこに居ても聞こえるんだよ。人間の世界に居てもね。だから私を呼びたくなったらその笛を吹いてね。必ず駆け付けるから。本当はこの里に出入りするアイテムが良かったんだけど、夏穂ねえちゃんがこっちに来ると人間の世界は時が止まっちゃう。だから拓哉にいちゃんとかぶっちゃうからルゥねえさんがダメだって。だから、夏穂ねえちゃんがこっちに来るときは拓哉にいちゃんと一緒に来て、一緒に帰るんだよ。」
「わかったわ。ありがとう、真名。無くさないようにするって言っても、これじゃあ無くしようがないね。」
「ウフッ!そうでしょ?それに私がいれば夏穂ねえちゃんは無敵よ。アメリカ第七艦隊だって数十秒も有れば全部海に沈めて見せるわ。ウフフフ」
「ウフッ、ハハハハハ」と、2人で笑いながら、
「冗談じゃあ無く、きっと本当の事なんだろうなぁ~、どんな時に呼べば良いのかしら。想像も付かないわ。」と、声に出せる訳も無く、使い所に悩む夏穂であった。
如何でしたでしょうか?作者のきむんちです。僕だけじゃないとは思いますが、特に休みの翌日の朝なんかに、巨大な隕石が会社に落下して臨時休業とかなれば良いなぁとか、交通事故に合って軽傷だけど入院しなくちゃならなくなった(どちらも本当になったら大変ですが)とか妄想した事がありませんか?時間の止まる里で暮らせたら良いのに・・・そんな子供のような妄想から生まれたのが、今回の「座敷童さま」です。言い訳でしかありませんが、初めて小説を書いた(何度書いても同じかも知れませんが・・・)ので、文章はメチャクチャで乱筆乱文のオンパレードだし、誤字脱字の嵐がビュービュー吹いて、たいそうわかりにくくて読みづらい作品だったとは思いますが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。出来れば続巻したいとは思いますが、少しお時間を頂くことになりそうです。最後に一人でも沢山の方々にお楽しみ頂けたのなら幸いです。