『剛壁』
「…結構かたい」
「…わん」
「―じぁ、私が道を作りますから付いて来てくらさい。」
「―わん」
魔法の国オルラ─ドの首都セイラン、その街角に私たちは居た。
目の前には巨大な土の壁、目積もりで高さ20ミートルくらい。登りたくない高さだ。
「わん!」
「分かっています。」
やる気のない私に対し、パトーナ─のウルはやる気満々。
揺れる尻尾は散歩待ちのワンコのように元気だ。
また口から覗き見える牙は魔力を回したのか青く輝いていた。いや、牙だけじゃなく全身が薄く光っている。
それだけ楽しむことが出来るあなたが羨ましいですね。本当。
もう追い掛けっこが楽しくて楽しくて仕方ないみたいだ。
それを見てこんな面倒臭い依頼を朝から散歩気分で押し付けた人物になんとも言えない気分になった。
「見た目は怖いけど、狼なのに中身はかわいいわんじゃんですよね。」
「?」
「何でもありません。行きますよ。」
ただ、戦う時は誰より頼りになるパトーナ─である。
本音を言うとウルの全部任したい。やる気満々ですし。
(でも、受けた以上は真面目にやりますがー)
首に着けたチョーカーに手を当てる。
手で撫でるのは真っ白な真珠。その上には奇妙な文字が浮かび上がる。
ぞれこそ、国家が認めた魔法使いの証。
見せ付ける様に撫でながら右手を壁に向ける。高さはそこまでじゃないが流石にそんなに分厚くなさそうだ。
ならばー
「変形。」
壁はどうやらただの時間稼ぎ。なら、登るのは敵の狙いだろう。登りたくもないが。
やがて、壁が変わる。まるで壁の一部が溶けるように地面に消えていく。
そこには1ミールくらいの、人が通るには十分な穴が開いた。これが試合だったら怒られますね。
「行きますよ!ウル。」
「わん!」
「ちょっと、先に行かないでください。」
先から興奮していたウルが走り出した。
それで足下に力を入れてジャンプしてその背かに乗っかる。いや、わざとスピード落とすくらいなら、止まってよ。
「わっん!」
「わん、じゃないでしょう!何考えているんですか!」
「わん、わんわんわん!」
ウルが言うには、標的の臭いが一気にして走り出したそうですね。壁に穴開いたのが問題だったのかな。
「ええ、臭いがして私を捨てて走り出した、と」
「わん!」
「……あとで夕飯抜きですから!」
「わん!?」
そんなん!、じゃありません。気分は分かりますが…。いや、これじゃ一緒にいる意味が…。
そんな考えをしながら目を開きます。さっきから街の風景が変わるのが早いですね。風も強いし、掴んだウルの背中にもっとくっつく。
薄く光っているウルの毛は暖かった。風が目には入らないように注意しながら頭をあげる。
「ウル, この近くに敵が居ますか?」
「わん!」
明かりがない路地裏、ウルが通るには狭く見えるがその合いだを上手に駆ける。
やがて、鼻につく様ないやな鉄の臭いがした。この距離だと向うもちに気付くはず。考えが伝わったのかウルがスピードを上げる。
「誰だ!」
そこには軍服を身に纏った男性が立っていた。
「生成!」
問答無用!まず、氷の矢を生成し相手に投げる。大した魔法ではないが牽制程度はなる。
こんな狭い場所なら間違うと建物ごと壊すかも知れないし。
「魔法か?」
「そうですよ。あなたが『剛壁』ですか? テロ容疑および軍人射殺の罪で拘束させでいただきます。」
話すと同時に光の球の生成して上に投げる。これで軍人がここに来る。ぞれまで足止めをするとこっちが勝つ。
「チッ、貴様の軍の犬か!」
「その呼び方は好きじゃないですけど。そして私のパートナーは犬がないとオオカミです!」
暗闇がある程度消え、やっとその人を見られた。
体の丈は二ミートルオーバー。顔の横にいる古傷は彼の印相を怖く見せる。そして軍服で見える腕には青い血管が浮き上がっていた。どてもじゃないが戦線で魔法を使う人には見えない。
しかし今は捕まえるべき罪人だ。
「本当に魔法使いですか、この人」
「ハハ、笑わせるな。 そんなネックレスを着けていながら、魔法使いと名乗る貴様らよりはましだ!」
「そうかも知れませんね。」
「そんなお前のに見せてやる。これが『魔法』というのだ!」
詠唱が無い、瞬発的な移動。おそらく肉体強化、さっきからこれを狙ってましたね。
「この犬モドキを処理してやる、おまえの敗けだ!魔の根源よ暴れよ。 暴走!」
男の手かウルに触れるそして一瞬で輝き始める。簡易魔法、手になんだかの魔方陣を刻むことで詠唱を簡略化する事。だが……。
「…こんなものが魔法な訳あるはずがないじゃないですか。」
簡略化する事で威力が減る。たしかに暴走はどの人間、生物に有効な魔法だ。だが致命的な弱点がある。自分より多い魔力を持つ物には効かない。師匠が言うには魔法モドキそのもの。
「暴走が効か無に!?まさかこの犬、魔獣か!」
「驚く暇がありますか?」
さっそくウルが噛みに行く、この狭い路地裏では遅いが距離をこれまで埋めたのなら問題ないんだろう。
「形質変化!」
手で力を出して敵が立っている土地の下に送る。それで足下の土をぼたぼたとした粘土で変える。それをウルが上で襲いがかる。重さでどんどん泥に溺れる。
「この、拘束とともに魔獣の攻撃か。 確かに効率的だ。 しかし…まだ幼い!」
「なっ!ウル、離れて!」
「万物の根源である土よ! 私の力を見返りに今起き上がれ! 創造!」
短い詠唱だ。だがその結果は違った。足下にあった泥が消え、その上に壁が上がる
プアアアー
「そう、正しい判断だ。」
そして、その上には乗っている犯人、追い掛けたくても追い掛けない。ウルが登るにはこの路地裏が狭すぎるし私一人で追い掛けても接近戰になると負ける。
これは帰ると説教されますね。ああ、いやだ。
「壁、攻撃より後退を優先したというのですか。これ困りますね。ウル、大丈夫ですか?」
「わん!」
光の球も消え、足音が聞こえる。軍靴の重い音だから軍人だちが来ているのだろう。ああ、説教は勘弁してくださいよ。眠い、もう家に帰りたい。