③「お兄さまとお嬢さま」
③「お兄さまとお嬢さま」
――食後に身体を動かしたくなる気持ちは、理解できなくありません。しかし、この悪ふざけを、悪戯として片付けるわけにはいきません。
「マーガレットお嬢さま。隠れたつもりでしょうが、私には足が見えております。どうぞ、こちらへ」
執事が凄みのある冷淡な口調で言うと、部屋の隅でカーテンに包まったマーガレットは、裏声を使って言う。
「私は、カーテンの妖精よ」
「後先考えず、直感で行動しないでくださいと、いつも口が酸っぱくなるほど申し上げているのですが、お分かりにならないようですね。この際ですから、妖精さまに手伝っていただきましょう」
執事は、レールからカーテンフックを手早く器用に外すと、マーガレットもろとも、カーテンを抱き上げ、運んでいく。
――まったく。不要な仕事を増やさないでいただきたいものですね。
*
――夕方。お嬢さまは、ギルバートさまとの会食も済みました。甘い物はお好きですから、脳にはデザートの栄養が行き届いているのでしょう。その使い道を、いささか間違えているようですけれども。
「私、知ってるわ。お兄さまみたいなかたを、シスコンって言うんでしょう?」
マーガレットが得意気にしたり顔で言うと、執事は呆れながら言う。
「さようでございます。――それにしましても、九九は五の段までしか覚えられないというのに、そういう知識は豊富なのですね」
執事が感心するフリをすると、マーガレットは、口を尖らせながら不平を言う。
「大きなお世話よ。減らず口を叩いてると、スプラッタにするわよ」
マーガレットの見当違いの怒りに対し、執事は冷静に訂正して処する。
「正しくはスクラップです、が、あながち間違いではありませんね」
――変なところで核心を突いてくるから、油断なりません。小馬鹿にし過ぎないようにしましょう。
※お兄さま:ギルバート。十七歳。両親亡き後のマーシャル家を司る若き主人。眉目秀麗・頭脳明晰・スポーツ万能だが、重度のシスコン。ギナジウムのエンブレムが刺繍されたブレザーを着用していることが多い。