最終章-1 あれが……魔王城!
――遥かなる荒野
光と闇を隔てる絶望の断崖絶壁。それを貫く洞窟を踏み越え、俺たちは荒涼たる地に足を踏み入れた。
闇に潜む魔物達。洞窟に仕掛けられた落とし穴、無限ループ。魔王配下の四大隊長をことごとく撃破した俺たちにとって、それはもはや敵ではなかった。
そして、ようやくたどり着いたその先。
そこは、恐怖と絶望が支配する、まさしく死の大地。
そこに跋扈する魑魅魍魎どもを蹴散らし、俺たちは進んでいく。
そして……岩山の影から白く輝く尖塔が、その姿を表した。
「見えた……見えましたわ! あれが……魔王城!」
先頭に立って進んでいた、金髪ドリルの美人が振り返る。
彼女は、パルメ。貴族の一つ、ミネストローネ家の四女である。そして、王国第一七騎士団隊長。王国を牛耳るピザ公爵の魔の手から逃れるべく、勇者の母として名乗りを上げたという。
その後、紆余曲折もあって、俺たちとともに魔王打倒のための旅をしている。
「そう。あれこそが魔王城よ!」
その隣に立ち、ない胸を張るのは、道案内を買って出たシーリーン。
彼女は一時、魔王配下にいたこともある。ゆえに、魔王軍の内情にはある程度通じているのだ。
そう。あくまでもある程度は、だが……
「それにしちゃ、ずいぶんと遠回りする羽目になったけどなー」
と、ペールブルーの髪の、可憐なメイドが嗤う。
「だっ……黙れ! 確かにあたしは魔王軍に与してはいたが……」
「奴立たずで放逐されたんだっけ?」
「うっ……煩い! あっ、あたしはッ、あた、し、は……」
「まぁ、その辺で」
とりあえずそこで、仲裁に入る。
それ以上追い詰めれば、シーリーンがマジ泣きしてしまう。露出度の高い派手な衣装を着、いつも強気な態度をとってはいるものの、その実ムチャクチャ気が小さいからな〜。
「フィレイ、今は彼女も仲間なんだからさ」
「はーい」
“彼”は口を尖らし、少し不満げにそっぽを向く。
そう……“彼”。
可愛らしい少女の様ななりではあるが、男なのだ。
そう。男なのだ。いわゆる、男の娘。
……そして、そして俺の……
いや、忘れよう。
……忘れ去れて欲しい。
忘れさせてくれ。頼むから……
おもわず俺までも崩折れそうになるが、なんとか気合いを入れ直す。
ま、まぁ、それはともかく……現状だ。
俺は、仲間とともに魔王打倒の旅をしている。
そう……魔王打倒だ。
勇者の“父”として召喚された俺。
その俺が、魔王を討伐すべく旅に出た訳だ。
本末転倒、と言われるかもしれない。
しかし、パルメ達としては、勝算ありの様だ。ならば……乗ってみるのも一つの手だろう。
俺は、それを信じたい。だからこそ、今ここにいる。
ここに至る道程は、決して平坦な道ではなかった。
平凡な日常を送っていた俺が、有無を言わさずこの世界に召喚されたと思ったら、まさかの勇者扱い。
……が、先刻も述べたとおり、実は俺の息子こそが勇者であるという。
そして、数多の美女に襲われ……しかし、彼らの目的を果たさなかった故に『役立たず』の烙印を押されてしまう。しまいには、妙な“お香”のせいで幻覚まで見てしまい……余計アレな有様に。
それを見かねたのか、連中は俺に可愛いメイドさんを見繕ってくれたわけだが……その結果は。
そう、その結果は……
ああ……どうしてこうなった。どうしてこうなってしまった。もう、俺は……
「ん? 俺がどうかしたか?」
や、何でもない。何でもないんだ、フィレイ……
それはともかく、だ。
その一件もあって、俺は王城から逃げ出した。
が、そこで待ち受けていたのは、森の中で熊……じゃなく女の子達に追いかけられるというシチュエーション。
マジで肉食獣に追いかけられる様な迫力を味わったというね。
もしかしたら、熊の方がマシだったかも知れん……
なにせ、そのドサクサで、魔王軍四天王の一人――えっと、名前忘れた――を葬り去ってしまったからね。俺――いや、それどころか勇者――なんていらないんじゃね、と思ったほどだ。
そして、そこでその追っ手の一人――パルメ――から提案されたのは、“魔王討伐”。
王国は俺を、所詮種馬としてしか見ていない。それを見返したいという思いは、確かにある。
それが故に、俺は魔王討伐に賭けることにしたのだ。
無論、“狡兎死して走狗煮らる”、となる可能性もあるだろう。
しかし彼女達は、ずっと俺に寄り添ってくれると言ってくれた。
それを信じて俺は王国内へと戻ろうとし……
とある街で、マッチョな黒服野郎どもに拉致られたわけである。
その後のことは……
マッチョ野郎に貞操狙われたりとか、触手の大盤振る舞いとか……
そして、かなりアレな有様に遭遇して、俺の正気度もヤバかったりとか。
……正直、泣きたい。
その後、王国内に帰還したものの、数多の刺客たちと戦う羽目になったというね……
それはともかくとして、だ。
まぁその過程で、王国内の諸勢力の協力を得られたのは大きい。
武門の重鎮であるマツヤ家当主スギヤと、ノルドグレン家次期当主エルンスト。そして、祭祀の重鎮ベグリフ家――フィレイとその姉ソフィアの母の実家だ――。
彼らのおかげで、俺の王国内の地位は安泰となった。
そして……ピザ公爵は失脚した。
俺を狙った刺客は、魔王軍だけではなかったのだ。
その中に、ピザ公爵が雇った者もいたのだ。
そしてそれは、魔王軍関係者の口からも明らかになったのだ。
まー、シーリーンだが。
どうやら公爵は、独断で魔王軍と和平交渉を推し進めようとしていたらしい。
それ自体は、それほど責められるべきことではないであろう。当時のピザ公爵は、それほどまでの権勢を誇っていたのだから。
が、その動機というのがアレだった。
目をつけていた美女美少女達が、こぞって勇者の子を設ける儀式に参加したのだ。
その中の一人が、パルメ。
“勇者の父”とはいえ、何処の馬の骨とも分からぬ輩に彼女らを奪われるのは、彼にとっては屈辱だったのだろう。
一時的とはいえ、もし魔王軍との和平が成立すれば、“勇者”は不要になる。そう考えたらしい。
まぁ、実際はそれも魔王軍の戦略のうちではあったワケだが。
愛人の一人として魔王軍の間諜が入り込んでおり、公爵をそそのかした様だ。
そして、そのライバルたるヴォルダネス侯も同様に力を失った。
ちなみに、理由は同じ。
侯自身はそこそこ真っ当な人物ではあったが、そのドラ息子がやらかした。うむ……家庭内の教育って大切なんやね。
まー、そのせいで王国の政治はしばらく混乱が続くだろう。思いの外、魔王軍は宮廷内に深く入り込んでいたようだしな。
だからこそ、今のうちに魔王を打倒し、王国内での俺たちの地位を確保するのだ。
……ともかく、だ。
あの、魔王城。今目の当たりにしたその姿は、どうにも気になる。
懐からオペラグラスを取り出し、その姿を眺めた。
う……む、やはり。あれは、一体……?
魔王城といえば、禍々しい姿をしているものだとばかり思い込んでいた。いや……ゲームやアニメなんかに影響されすぎかもしれんが。
しかし、今目の当たりにしたのは……まるで宝石で形作られた宮殿。
魔王、というよりも神々の住処にこそふさわしくも感じる。
それだけに、その周囲の荒野とのギャップが大きすぎる。もしかして幻術か?
……無論、それは異世界人の見解だ。この世界の常識とは異なるのかもしれん。
とりあえず、他のメンツの見解を聞いてみるべきか。
隣にいた仲間に、オペラグラスを渡してみる。
「う……ん。確かにそう言われると、おかしいわよね。今まで遭遇した魔王軍の連中からすれば、あんな綺麗な城が本拠とは思えないし」
と、茶髪のモ……えっと、魔導師のミルクが首を傾げた。
あっ、その右手の火球は引っ込めて下さい。お願いしやす。
「ふむ……ミルクよ。妻たるもの、寛容が必要なのだよ。どれ……貸してみるがいい」
「え? ちょっと……」
と、俺を挟んだ反対側から腕が伸びて、ミルクの手からオペラグラスを奪った。
その手の主は、ゴスロリ姿の少女。
彼女は、エミーネ。ノルドグレン辺境伯家次期当主の姉だ。
細剣の名手。そして……“針”の使い手。
彼女はオペラグラスで魔王城の姿を確認し終えると、首をひねった。
「ふむ……。そう言われると、確かにな。……ああ、そういえば、聞いたことがある」
「知っているのか、エミーネ⁉︎」
「うむ。先代から聞いた話だ。あの魔王城は、かつては創造神の住まいであった、と」
え? 幾ら何でも……まさか、ね。
「……創造神、だと?」
フィレイが反応した。
え? そっちも聞いたことがあるん?
「ええ」
フィレイの隣にいる、彼によく似た――髪がピンクなのを除いては――少女がうなずく。
「これは、巫女だった祖母から聞いた話です。かつて、この大地は神々が住まう場所であった、と。しかし、神々の間の諍いによりこの地は荒廃し、神々は肉体を失い天へと帰ってしまわれた……」
「なるほどな……」
「で、どこからともなく現れた魔王があそこを占拠しちまったって訳さ」
と、フィレイが続ける。
「ふ〜む……」
そんな事があったのか。
いや、しかし……
「創造神の住まいだった訳だろ? そんな場所に魔王が入り込んだら……神々は黙っちゃいないんじゃないか?」
「ふむ……肉体を失ったが故に、地上に干渉する手段を失ったのかも知れんな」
と、エミーネ。
う〜む、そういうモノなのか?
ともあれ……魔王の城は、目前。敵の強さもいや増してくるだろう。
油断は禁物だ。
と、その時、
「むぅ……あれは?」
仲間の一人、ヨシノが前方をにらみすえた。
東洋系の風貌を持つ彼女。
彼女は、武門の家であるマツヤ家8代目当主スギヤの娘。そして国王直属の機関、ガーデンガードの頭目。おそるべき剣の使い手だ。
それゆえに、殺気などには恐ろしく敏感なのだ。
「ふむ……いるな。この、気配!」
と、エミーネもうなづく。
「……敵ですの?」
「ふむ。それも……手強いヤツであろう」
仲間達は視線を交わし合う。そして、すぐさま臨戦態勢に入った。
太刀を構えるヨシノと、斧を構えるパルメが前列。
そして、エミーネとラウラ――エミーネに仕えるメイドだ――と俺が中列に控える。
さらにはミルクやシーリーン、フィレイとソフィアのマジックユーザー勢が後列。
俺たちは、幾度となくこのフォーメーションで戦ってきた。
「……!」
張り詰めた空気。
そして、俺たちの前に、一つの影が現れた……