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どうみても生死です

 俺は森の中をひた走る。

 何で……って、逃げているんだ、クマからじゃないよ。

 女の子からさ。




「這いつくばりなさい平民!」

「うっさい死ね、牛乳女!」


 俺の後方では二メートルはありそうな大斧を持った金髪ドリルのおねーさん。

 そしてその後ろから少し遅れてやってきている紫色のローブを羽織って杖を振りかざす茶髪ボブのどこにでもいそうな女の子。

 その二人がお互いに牽制をしながら俺の後をピッタリ着いてくる。


「モブっぽいってゆうな!」


 そんな事を思った次の瞬間、俺のすぐ隣に炎の塊が着弾して火の粉を散らす。

 言ってないのに!

 言ってないのにっ!


「ミルク! 種勇者に当たったらどうするんですか!」

「馴れ馴れしくアタシの名前を呼ぶな牛女、当てる訳無いでしょ!」


 どうにもさっきから後方での言い争いを聞いていると、あの二人は相当仲が悪いらしい。


 俺は城の裏庭から見えた森に隠れようと走って来たのだが、城から出た途端にこの二人に見つかって、以来ずっと追跡されている。

 こっちはもう息も絶え絶えだと言うのに、あの二人の少女は全く息を切らせる気配もなく、ずっと罵り合いと物理的な攻防を続けてる。

 もしかして……いやもしかしなくても、あの二人が本気で俺に追いつこうと思ったら一瞬で追いつかれるんじゃないか。


 可愛い女の子に追われるというシチュエーション。

 男なら誰しも一度は経験したいと思ったことがあると思います。

 だから現在進行で体験してる俺がそんな皆に体験談を教えてあげるよ。


 夢見んな。


 普通のマラソンと変わりません。

 むしろマラソンは後ろから火の玉とか飛んでこないからね。

 魔法とか初めて見たけどほんと怖いから、火炎瓶投げられてるのと同じだから、たぶんね!


「種勇者はアタシがもらう! 牛女はお呼びじゃないの!」

「種勇者は貴族のワタクシにこそ相応しいのです、平民はご退場下さい」

「ムカつく! 貴族は貴族相手に股開いてろ!」

「下品な平民に種勇者の子は渡せませんわ!」


 罵り合いの後、爆音、そして金属音が鳴り響く。

 五十メートルは離れてるはずなのに、爆風がこっちにまで来る。

 ちらっと見たけど木とか簡単になぎ倒してるし。

 この国の女の子ってどんだけ強いんだ? 勇者とかいらないんじゃないの?


「今なら事故で! 事故で片付く!」

「反乱者として貴方の首を持ち帰って差し上げますわ!」


 そうしている間にも罵り合いはどんどんエスカレートしていって、今にもガチの殺し合いになりそうな雰囲気だ。

 何で勇者のために集められたはずの女の子がこんなに仲悪いんだよ、腐敗してるの? 縦割りなの?


 しかも種勇者種勇者って、人を何だと思っているんだ。

 俺にだって選ぶ権利というものがあります、童貞だけど!


 しかしそうは思えど、体は付いてこない。

 それもそうだ、もう十五分位ずっと走りっぱなしなのだ。

 大学は高校と違って体育の授業なんて無いし、悠々自適に遊びすぎたせいかもうバテバテだ。


 捕まる。

 俺は捕まってしまうんだ。

 そしてあの金髪ドリルのグラマー美人と、茶ボブのモ……素朴な美少女に弄ばれてしまう。


 ……何も飛んでこない、素朴な美少女はセーフだったようだ。


 いやだけどもう、限界、本当に限界……



 そんな時だった。

 額にびっしり汗をかきながら走る俺の先に、人影が立っている事に気が付く。


 百メートルほど前方に現れたそれは、少年のような少女のような。

 短い黒髪を後ろでまとめ、右手には抜き身の刀のようなものを持って静かにこちらを見据えている。


 そしてその人物の姿を俺が確認すると同時に、後方で鳴り響いていた喧嘩の騒音が消えた。


「げ! あいつは……」

「マズいですわ、平民を相手にしている場合では無いようですね」


 そんな声が後方から聞こえたのでちらりと振り返ると、金髪グラマーさんがすごい勢いで俺に接近してくるのが見えた。

 やっぱり今までは本気で追ってなんかいなかったんだ。


 右手に大斧を持ったまま、左腕を大きく広げる金髪グラマーさん。

 俺を拐うつもりだ、拐われちゃう! レイプされちゃう!

 冗談のようにみるみる差が縮まる様子に背筋を凍らせながら、俺は最後の抵抗とばかりに前に向き直り全力で足を前に出す。

 はずだったのだが……

 前へと向き直った俺の顔に黒い何かがかかる。


「失礼」


 控えめな声と同時にフワッとした良い香りが鼻孔をくすぐり、そのまま俺の体を浮遊感が包み込む。

 そして天地が逆転し、また戻る。

 あまりにも一瞬の出来事で何が起きたか分からない。

 しかし気が付けば、俺は先程の黒い髪の少女の後ろに立っていた。


 ほんの数秒前まで、俺との距離は百メートル程も離れていたはずなのに、いつの間にこんなに近くに?

 そんな俺の動揺など気にもしないといった様子で、その黒い髪の少女は俺を追ってきた二人の前に立ちはだかった。

 カッコイイ、まるで勇者みたいだ。


 その様子を確認した金髪グラマーさんと魔法使いの女の子はその場で急停止をする。

 そしてしばしの睨み合い。

 状況が全くわからない俺は、黒髪の女の子の後ろで小さくなることしか出来ない。


「ヨシノ・マツヤ……マツヤ流の剣士が何故こんなところに?」


「何故とはこちらの言、勇者殿の父君となるお方を手に武器を持ち追いかけるとは不届き千万」


「貴方、種勇者の召喚の間にはおりませんでしたわよね、部外者は引っ込んでいて下さるかしら」


 金髪グラマーさんが威圧するように一歩前に出て胸を張るが、その顔には先程には見られない焦りの表情がありありと浮かんでいた。

 隣りにいるミルクとか呼ばれていた魔法使いの少女は逆に下がって金髪グラマーさんを盾にするような位置に移動している。


「某は父上より命を受け、父勇者殿を探していた次第。貴方らに追われている父勇者殿を発見し、保護させて頂くに至った」


「み、見つけたのは私達が先ですわ、それを横取りなんて。

こちらは王女の命で動いているのです、いくらガーデンガードのヘッドアイの娘とは言え、はいそうですかと引く訳には参りませんわ」


「パルメ・ミネストローネ殿、ミルク・ガレット殿……」


 名前を呼んだだけだというのに、それだけで俺を追ってきた二人が一歩後ずさる。


「貴方らの物言いは父勇者殿に対して不敬が過ぎる。父勇者殿はマツヤにて保護させて頂き、然るべき事柄を伝えた後に、父勇者殿自らの意志によってお相手を決めて頂く」


 ガーデンガードのヘッドアイって何だろう……

 ヨシノと呼ばれた黒い髪の少女の後ろで、俺はそんな事をぼんやりと考えていた。


 間違いないのは、このヨシノという少女は、あの大斧を苦もなく振り回す金髪ドリルのグラマーさん――パルメと。

 逃げる俺の後ろから魔法をガンガン撃ってきたミルクという魔法使いが警戒しなくてはいけない程の存在という事だ。

 何にせよ俺にとっては救いの神、このままあの二人が退散してくれれば一息つける。


 ……しかし、こうやって少し冷静になって見ると、あのパルメとミルクという少女はかなりの美人さんだ。

 ミルクは言うなればクラスに一人はいる、一番かわいい女子といったレベル。

 パルメは……なんというか、スタイルは外国人のトップモデル。

 顔はもう「ヨーロッパ、美人」でぐぐったら一番最初のページに出てくるレベルで整ってる。

 こんな子に筆卸してもらえるなんて考えたら、普通は二つ返事でバチコーイだ。


 斧とか持ってなかったらね。



「下がりませんわ!」


 ようやく安寧を手に入れられると思った矢先、その思いはパルメの一言で崩された。


「なに、正気で言ってるのあんた? マツヤ流だよ?」


「マツヤだろうと魔王だろうと、ここで引く訳には行かないのですわ。

私には後がない、ここで勇者の種を手に入れなければ、半年後には公爵家に売られる運命ですの」


「公爵って、もしかして」


「ミネストローネ家が懇意にしているとなればピザ公爵家以外にありませんでしょう」


「ああ……よりによってあのブタなんだ、ご愁傷様いい気味だわ」


 短いやり取りの後、ミルクは何か呪文のようなものをつぶやくと、パルメとミルクの周囲に輝く壁のようなものが出来ていく。

 その様子にパルメは驚いた様子で目を見開いた。


「貴方……貴方は下がっていいですわよ」


「いやあ、いくら新進気鋭のお貴族戦士様でもマツヤに一人じゃ勝てないでしょ。それに後がないってのは私も同じだし。平民出の魔術師、しかも女なんて、ガチガチの男社会でじいさんばっかりの魔導兵団の中じゃただのオモチャ。それでも副長までは何とか登って来たけど、此処からは団長の女にでもならなきゃ先が無いからね」


 そう言っている間にも、何重もの光の壁がパルメの前に作り出され、さらにはパルメの体も輝き出す。

 何をしてるのかよく分からないけど、もしかしてこれが強化魔法ってやつか、すごいな。


「マツヤの剣士に戦いを挑む事が何を意味するか、ご理解されているか?」


 その様子を身じろぎもせずに見ていたヨシノが、最後の警告ともとれる言葉を発する。

 一体何が始まるんです!?


「生きるか死ぬかですわね、もとより勇者の種が得られないなら死んだほうがマシですわ。戦って死んだという事であれば家にも言い訳が立つでしょう。さあ、参りますわよ!」


「……お受け致そう」


 ヨシノは短く答えると、手に持った刀を上段に構える。

 刀は何の装飾もない普通の打刀のようなものだ。

 長さは六〇センチ程度とやや短めだが、背丈の低いヨシノが持つと長剣のように見える。


 だがその瞬間から、目の前の少女が放つ雰囲気が変わった。


 殺気というのだろうか。

 漫画でしか聞いたことのない言葉だが、そうとしか言い表せない。

 ヨシノからヒリヒリしたような感覚が伝わって来て、胸がキリキリと締め付けられるように痛い。

 何もされていないのに息が苦しくなって、冷たい汗が背中を伝ってゆく。


 怖い。

 離れなきゃと頭では思っているのに、足は地面に張り付いたように全く動かない。その上小刻みに震えだす始末だ。

 今までのどこかおちゃらけた空気は、ヨシノの出す気配で一瞬にして消し飛んでしまった。


 そして今になってやっと思い出す。

 ここは異世界だったんだ。

 俺の常識が通じない世界。

 すごい美少女に追いかけられていたかと思えば、次の瞬間にはその子達が殺し合いを始める世界。


 そしてその原因は、甚だ不本意ながらも俺自身にあるのだ。


「王国第一七騎士団隊長パルメ・ミネストローネ、参りますわ!」


「マツヤ流八代当主、ヨシノ・マツヤ、推して参る」


 魔法の強化が終わったのか、黄金に輝く光を纏ったパルメがジグザグに移動しながらヨシノへと迫る。

 その動きは速いなんてものではない、俺の目では追うことすら難しい。

 地面を蹴って左右に体が振れる度に、蹴られた地面が爆発したようにはじけ飛ぶ。

 これが立派な金属の鎧を付けて、二メートル近い大斧を持っている女性の動きだと言うのだから笑うしかない話だ。

 それに合わせるように、上段に構えたヨシノの肩が僅かに上がる。


 こんな速度で両者がぶつかったら、無事で済むはずがない。

 普通に考えたらヨシノが大斧で叩き潰されて終わる。


 ほんの数秒後に確実に起きるであろう惨劇を予想し、すくむかと思われた俺の体は全く予想外の行動をとった。


「だ、だめだ! だめだよ!」


 俺は反射的にヨシノに飛びかかった。

 刀を構えて恐ろしいほどに集中していた彼女は、そんな俺の行動に対応できず簡単に地面に転がる。

 そして驚きで目を見開いていた彼女の上に覆い被さって、迫り来るパルメの攻撃から守るようにヨシノを抱きしめた。

 そして思うのだ。


 あ、これ二人共殺されるやつだ。


 自分の行動がどれだけ意味のない事なのかを今更のように思い出す。

 そして、こうなることが当たり前に分かっていたのに動いてしまった自分に驚いた。


 すぐにあの大斧が振り下ろされる。

 そう思いながら夢中でヨシノの体を抱きしめる。

 凹凸の少ないと思われたその体は、触ってみるととても柔らかく、そしてとてもいい匂いがした。

 この体からあんなに恐ろしい殺気を放っていたとはとても思えないくらい、それは心地よいものだった。



 そうしてどのくらい経っただろうか。

 五秒か、十秒か……恐らくそんなものだろう。

 しかし覚悟していた大斧は一向に来た気配がない。

 先程の突撃ならここに到達するまで五秒もかからないはず。

それとも、あまりにも強烈な一撃を受けて死んだことすら分からないだけなのかもしれない。


 ならば今の俺に残されているのはこの手から伝わる柔らかい感触と、いい匂いだけだ。

 どうせ死んでいるならこれを存分に味わってから昇天したい。


 スンスン、くんかくんか

 ああ、女の子って……こんなにも素晴らしいものだったんだ。


 俺はこれが最後とばかりにヨシノの匂いを堪能しながら体中を触ってその柔らかさを確かめる。

 どうせ目を開けたら死んでいるんだ。

 なら目を開けなければまだ死んでない、これぞシュレーディンガーの猫理論だフハハハ。


 くんかくんかスリスリ

 くんかくんかスリスリ

 くんかくんか、ぐえっ!


 いい匂いに包まれながら極楽気分を味わっていたところ、突然襟首を掴まれて引っ張られる。

 そしてそのまま放り投げられ、乾いた地面にしたたかにお尻を打ち付けてしまった。

 一体誰だ、俺の安らかな時間を邪魔するやつは……



「貴方は一体何がしたいんですの?」


 その声に恐る恐る目を開けると、そこにはパルメが呆れた顔をして立っていた。

 その体はまだ光ってはいたが、先程よりもその勢いは弱くなってきている。

 当然俺には傷一つ無い。


「あれ? 何で……」


「何でじゃありませんわ、貴方ごと叩き斬る訳にも参りませんでしょう。戦士の戦いに割り込むなんてどういうつもりですの?」


「え、いやその……喧嘩は……良くないと思ったから」


 どうしてと言われても俺にも良くわからない。

 目の前の女の子が死んでしまうかもと思ったら、体が動いていただけなのだ。


「はぁ……理由になっていませんわね。とりあえずマツヤの娘は無力化出来たようですので、良しとしましょうか」


 パルメの言葉に俺は自分が押し倒したヨシノの方に目をやる。

 そこには、大の字になってゆでダコのように真っ赤な顔になりながら気絶しているヨシノが転がっていた。


「意外でしたわね、マツヤの剣士がこんなにウブだったなんて」


 そう言いながらパルメは俺の腕を掴んで立たせると軽々と抱き上げる。

 いわるゆるお姫様抱っこというヤツだ。


「な、何するんだ!?」


「何って、もちろんナニですわ。せっかく手に入れたチャンス、逃すわけには行かないでしょう」


「やめて! 犯さないで!」


 全力でイヤイヤしてみるが全く振りほどける気配がない。

 さっきの戦いを見ても分かるが、この人達は半端な強さではないようだ。

 さすが異世界……って感心している場合じゃないぞ。


「ちょっと待ったあ! 私を忘れてもらっちゃあ困るわ!」


「あら平民、まだいたのですか?」


 後ろにいた普通系美少女魔法使いのミルクがこちらに走り寄ってくる。


「まだいたのじゃない! 誰のお陰で勝てたと思ってんのさ!」


「少なくとも貴方のお陰ではありませんわね。……とは言え、逃げずに残った事は褒めて差し上げますわ。私の後で宜しければ、種勇者をお貸し致しますわよ」


「それはラッキー……って、貸すって言ってもどうすんのよ、こんなところにいたらすぐに他の連中に嗅ぎつけられるよ」


「それは大丈夫です、このまま私の別荘に運びますわ。何しろ確実に孕まなくてはなりません、一度や二度では不安ですからね」


「……アンタ随分手慣れてるわね」


「貴族の嗜みとして一通りの知識は心得ておりますので」


「誘拐の手際の事を言ってんのよ!」


 俺を抱き抱えたままパルメとミルクが今後の方針を話し合っている。

 それを聞く限りでは、俺の童貞は風前の灯火といったところだ。

 このままパルメの別荘に監禁されて、そのまま交互にされちゃうんだ。

 泣いても喚いても許してもらえずに、何度も何度も……あ、まずい、おっきくなってきちゃった。


 お姫様だっこされている俺の目の前には、鎧に包まれたパルメの豊満なおっぱいが二つ堂々と鎮座している。

 つまり鉄のおっぱいだ。

 触るともちろん硬い、だがその硬さゆえに、中身の柔らかさに思いを馳せてしまう。

 溢れる期待感、そして反応する俺の勇者、これは健全な男子であれば仕方ない事だと言える。


「あら、逃げていた割には気合十分ですわね、それでは邪魔が入らない内に……」


 パルメが俺の勇者をちら見して笑みを浮かべたその時だった。



「パルメ!」

「分かっていますわ!」


 ミルクの叫びと共に、パルメが俺を抱いたまま跳躍する。

 その直後、パルメが立っていた場所に木のツルのようなものが何本も突き刺さった。

 ミルクが攻撃の来た方向に向かって火球を連続で放つ。

 その間にパルメは俺を離れた場所に降ろし「大人しくしていなさい」と言い残すとすぐにミルクの加勢へ向かった。


 何者かに攻撃を受けた事は間違いない。

 しかし生粋の平和主義日本男児である俺には、この目まぐるしい状況に思考が追いついていかなかった。


 何者かと戦っているパルメ達を尻目に途方にくれていると、少し離れた場所に放置されていたヨシノに目が行った。

 俺はすぐにヨシノの近くに移動し、様子を伺う。

 こんなところに女の子を一人で寝かせておけないからだ。

 決して一人だと怖いからという理由ではない。


 ちょうどその頃、正体不明の敵と戦闘を行っていたパルメ達の方から大きな爆音が聞こえた。

 見ればミルクがガッツポーズをしている、戦闘は終了したのだろうか……


「よっしゃあ! 今のは直撃したっしょ」


「油断なさらないで! この相手は普通ではない気配がしますわ」


「今のマトモに食らったらグリズリーだって粉々だよ、生きてるわけ……」


 そこまで言いかけたミルクが突然弾かれたように後方に吹き飛ばされる。


「平民!」


 パルメは叫びながらミルクを助けようとするが、何者かによってその歩みはすぐに止められてしまった。


 離れた場所で見ている俺には、その全容を目に収めることが出来ていた。

 触手だ。

 ミルクが放った魔法の余波で土煙が舞う森の奥から、数本の触手が凄まじい速度で飛来し、ミルクを弾き飛ばしたのだ。

 そしてパルメもまた、武器である大斧に触手が巻きつけられ、身動きが取れない状態になっている。



「……やあ、楽しんで頂けたかな?」



 土煙が晴れつつある森の奥からそう言って現れたのは、ボロボロのローブを全身に纏った人物だった。

 普通の人間でない事はすぐに分かる。

 身長は三メートル以上はあろうかという巨体、そしてローブの隙間からは、ウネウネと脈打つ触手が六本出ている。

 そのうち一本がミルクを攻撃したもので、もう一本がパルメの斧を封じているのだ。


「あ、貴方は……」


 苦しそうなパルメの様子に、そのローブの人物は歩みを止め、しゃがれた声で楽しそうに笑った。


「ああ、申し遅れましたね。私の名はルンブルクス。魔王軍四天王が一人、土のルンブルクス。

以後、お見知りおきを……と言っても、あなた方はここで土に還るのですがねぇファファファファ」


「魔王軍……四天王!? それで平民の魔法が効かなかったという事ですか」


「いやいや、それなりには効きましたよ、人間にしては良い魔法を使うものです。おかげで一度はこの体、滅びてしまいました。」


「なら何故!?」


「私は命を八つ持っておりましてねぇ、一度失うごとに倍のパワーを持って復活できるのですよ。

この姿は私の第二の姿……この意味がお分かりか? 美しいお嬢さん、ファファファファ」


 しゃがれていてもよく通る声で、その土の何とかさんがどこかで聞いたような笑い声を上げながら、嬉しそうにここに至る事情を話している。

 どうやら土の何とかさんは、この国で勇者召喚を行っているという情報を得た魔王に派遣されて偵察に来たらしい。

 偵察任務中なのに敵に内情をベラベラ話すのはどうかと思うが。


 そう言うしている間に、俺が上半身を起して支えていたヨシノが目を覚ました。

 ヨシノは目を二、三度ぱちくりとさせると、周囲を見渡す。

 そしてすぐ側にいる俺と目が合うと、また顔を真赤にして口をぱくぱくさせ始まった。


「あ、あわ、あわわわ、ち、父勇者殿」


「あ、ヨシノさん、ちょっとまって落ち着いて、今なんかヤバイ状況らしい」


「も、申し訳ござりません父勇者殿。某、男子と接する機会が無い故、取り乱して……」


 そこまで言うと、土の何とかさんの攻撃を受け止めているパルメに気が付き、一瞬で顔が引き締まる。


「父勇者殿、あれは……」


「うん、何でも魔王軍の四天王で土の何とかさんって人から攻撃を受けてるらしいんだ、俺もよくは知らないんだけど」


「魔王軍……」


 それを聞いたヨシノは、剣を握り直し立ち上がる。

 先程までのうろたえた様子は全く無く、かと言って殺気を出している訳でもない。

 ただ澄んだ目でじっと土の何とかさんを睨みつけた。


「ファファファ、私は運がいい。まさかこんなに早く召喚された勇者を見つけることが出来るとは……貴方に恨みはないが、魔王さまの命である以上、ここで死んでいただきますよ」


 そう言って土の何とかさんはこちらの方に首を向ける。

 どうやら俺の素性はとっくにバレていたようだ。

 しかし土の何とかさん、四天王とかいう大層な役職に付いている割には、単身で敵地に偵察に来るとか……

 魔王軍ってどういう組織構造になっているんだろう。

 もしかしてリストラ候補なのか? だから単身で敵地に送り込まれたのだろうか。


 あの声からして年齢は相当なものだろう。

 パルメを圧倒している点からも相当な実力がある事は分かるが、実力があっても切られる時は切られるのが大きな組織というものだ。

 むしろ組織が大きいほど、個人の技量など考慮されない場合が多い。

 そう考えると、恐ろしい出で立ちをしている土の何とかさんにも同情の心が芽生えてくるというものだ。


「何だ貴様その目……気に入らん、気に入らんな!」


 そんなつもりは全く無かったのだが、俺の優しい目を見た土の何とかさんが突然怒り出した。

 同情は時として人を傷つける、俺もまだまだ思いやりが足らなかったという事だ。


 しかしそんな事を気にしている場合ではない。

 見ればミルクを吹き飛ばしたものと同様の触手が二本、俺の方に向かって高速で伸びてくるのが見えた。

 とても避けられるスピードではない。

 俺はとっさにしゃがみこんで頭を抱えて身を守る。

 そうして、すぐに訪れるであろう強烈な打撃を覚悟し、歯を食いしばった。


 …………


 しかし、一向にその時がやってこない。

 不思議に思い顔をあげると、そこには刀を振り払い、俺に向かってきた触手を両断するヨシノの姿があったのだ。


 ヨシノはそのまま剣を上段に構え、静止する。


「何だ小娘、邪魔をするな」


「貴公は魔王の手下だと伺った、相違無いか?」


 ヨシノの問いに、土の何とかさんは笑いながら頷いてみせる。


「そうだ、我こそは魔王軍四天王が一人、土の――」


 しかし土の何とかさんが言葉を発せたのはそこまでだった。


 次の瞬間、天をつんざくような叫びが響き渡る。

 それがヨシノの掛け声だと理解したのは、全てが終わった後になってからだ。


 ヨシノがゆっくり一歩前に出、気合とともに刀を振り下ろした。

 同時に雷が落ちたような轟音が鳴り響く。

 ヨシノが振り下ろした刀の先では地が割け、草木は消滅し、その範囲の外にあった木も爆風に煽られたように次々とたわみ、枝を散らしてゆく。



「フーッ」


 ヨシノが小さく息を吐き、刀を振り下ろした姿勢から直る。

 ヨシノの持っていた小型の打刀は、柄の部分だけを残して消滅していた。


 剣を振り下ろした先から五〇メートル程までは地面がえぐられたように削られており

 ヨシノの前方三十メートル程の位置に立っていた土の何とかさんは影も形も無かった。

 ただ、パルメの斧に巻き付いていた触手の切れ端だけが、土の何とかさんがかつてそこにいたという証のように揺れていた……


「……い、今のは、何? 何ていう技なの?」


 汗を拭い振り返ったヨシノに、俺は恐る恐る尋ねる。


「技に非ず。マツヤ流に技はございませぬ。マツヤの太刀は全て一撃必殺、通じねば某が死するのみと心得ます。故にマツヤの剣士は、敵と対峙した際は己の持つ全てを一撃に注ぎ、気合と共に放つのみ」


 自賛も謙遜も無い、ただ当たり前のことを口にするような体でヨシノは淡々とそう説明する。

 俺はヨシノとその先にある惨状を交互に見比べ、そしてこの信じがたい状況を見て感じた。



 勇者、いらないんじゃ……



 そう考える俺の視線の先では、斧に巻き付いた触手を色のない目で見つめながら放心しているパルメの姿があった。


「……戦わなくて……良かったですわ」


 そんなパルメの呟きと共に、斧に巻き付いていた触手が灰になって消えていった。





 それから俺達はパルメに連れられて、ミネストローネ家の所有する別荘の一つに入り、体を休めていた。

 土の何とかさんにふっ飛ばされたミルクは、幸いにも軽傷で済んでおり、今はソファに横になって休んでもらっているところだ。


「……何だかおかしな話になってしまいましたわね」


 別荘に入り鎧を脱いで身軽になったパルメが、高級そうなソファに座りながら紅茶を飲んでいる。

 俺達の前にも紅茶がそれぞれ置かれており、湯気を立てていた。


「緑茶はありませぬか」


「無いわよ、貴方案外図々しいのね」


 ヨシノは出されたカップを不思議そうに見つめた後、床に置いて三度回した後にくいっと口をつけた。


「失礼致した。某、家から出たことが殆どない故……」


「私も御前試合で審判役をしている貴方のお父上を見たことがある程度ですわ。マツヤの剣士が戦っているところなど見た試しが無かったのですが……あれでは確かに手加減など出来ませんわね」


「マツヤの剣は常に死に合いに有ります故」


「でもさあ、何でそんなマツヤがこの話に首突っ込んできたの?

ガーデンガードといえば国王直属の機関だったと思うけど」


「それは……」


 ヨシノは言いにくそうに口をもごもごした後、俺の方を見て顔を赤くする。

 その様子はとても可愛い。

 剣の一振りであの惨状を引き起こす豪剣の持ち主とはとても思えない。


「今のマツヤの当主……つまり某の父上には、某以外に子がおりませぬ。故に幼少より、某はマツヤの当主となる為に育てられて来申した。ですが、この度の父勇者……ユウキ殿を召喚するという話が父上の耳に入ると、父上は某に申されたのです。召喚された者の子を身籠ってこいと……」


 話を聞くと、ヨシノの父は、自分の子供に男子がいないことに関し、常に不満を口にしていたのだという。

 そんな父の期待に応えたい一心でヨシノは修行に打ち込み、何と若干十六歳にして父を凌ぐほどの力を身に着けてしまったのだそうだ。

 これで父も納得するかと思われたが、実際は違っていた。

 女であるヨシノにこれほどの才能があると知った父は、男子であればどれほどの力を持った剣士になるかという考えを持ち出したのだ。

 そしてそんな折、勇者を孕ませる事ができる者を召喚するという話を国王から聞いたのだそうだ。


 それを聞いたヨシノの父は、さっそく娘のヨシノもその儀式に立ち会わせようとしたが、あまりにも強力な戦力である上に、マツヤ家の次期当主であるヨシノには参加の許可が出なかった。

 それでも男子を諦められなかったヨシノの父は、ヨシノに独自に動き、俺の子を孕んでくるよう言い付けたのだそうだ。


 そして俺を発見したまでは良かったのだが、その後がいけなかった。

 ヨシノはこれまで父以外の男とまともに話したこともない程の超が付く箱入り娘。

 それ故に、男に抱きつかれ、体を弄られるという行為の前に頭がショートしてしまったと言うことだ。

 更に聞いてみると、どうやって子供を作るのかすらよく知らないと言うではないか。


「き、聞いた話によりますと、男女が同じ寝床で一夜を共に致しますと、神の鳥が子を授けてくれるという……」


 それを聞いたパルメとミルクは大笑いしながら床を転げ回っていた。

 まあ、無理も無いだろう。

 ヨシノの父も、こんな状態で娘だけ向かわせてどうしろと言うのだろうか……



 パルメとミルクにも、それぞれに引けない理由はあった。


 パルメ・ミネストローネは、ミネストローネ家の四女として生まれたのだが、貴族の娘など普通であれば政略結婚の駒になるしか未来はない。

 そんな未来はクソ食らえと、パルメは幼い子頃から学問に武芸に精を出し、とうとう騎士団長を任されるまでに成長した。

 しかしそんなパルメを見たピザ公爵家の当主が、パルメを妾にしたいと言い出したのだそうだ。

 ミネストローネ家にとって、ピザ公爵家は最も強力な後ろ盾である。

 よって、この要請を断ることなど出来ず、パルメは一八歳になる半年後に、ピザ家に嫁ぐ予定となっていた。


 そこに降って湧いたのがこの勇者の子を設ける儀式である。

 勇者の子を無事設けることができれば、その後は母子ともに国によって厳重に保護される。

 パルメは子育てさえ終われば自由の身、いやむしろ子育ては国に任せてしまう事もできる、産むだけ産めば自由の身になる事もできる。

 この先ずっと、齢五十になろうかというピザ公爵の慰み者になる事を考えればずっとマシだ。

 そう考え、パルメはこの儀式に名乗りを上げたのだ。



 ミルク・ガレットはと言えば、彼女は元々平民の靴職人の娘であった。

 子沢山の典型的な貧乏一家で、ミルクは幼い頃から街に出て様々な仕事をしては家計を助けていた。

 ある時、勤め先にいた錬金術師の紹介でとある魔術師と出会い、魔術の才能がある事が発覚する。

 そこから専門の訓練を受け、魔術師となったミルクは王国魔導隊に入団した。

 しかし平民出の若い女など、軍の中では扱いが軽い。

 どんなに才能を発揮しても、なかなか認められない日々が続いていた。


 そんな時に耳に入ったのが、この勇者の子を孕む儀式である。

 勇者を産めば聖母の称号を得られる。

 聖母となれば、その地位は大司教に次ぐものとなる。

 実際は何の権限もない名誉職ではあるが、莫大な年金も支給され、それだけで家族は安泰になる事は間違いない。

 先のない軍に身を置くよりは……そう決心し、ミルクは勇者を産むためにこの儀式に参加したのだそうだ。



 話を聞けば、三人共それぞれに、この儀式に人生を賭ける理由があったという事だ。


 そしてその中心に俺、ヤマダユウキがいる。

 俺自身は何の断りもなくこちらに呼ばれただけで、この娘達に協力する理由など無いのだが……

 気丈な態度の中にも不安を宿しているという事が分かると、どうしても男としては弱い。

 助けてあげたくなってしまうのが人情というものだ。


 しかもこうやってよく見れば、皆普通以上の美少女である。

 パルメは文句なしのSクラス美女、その上教養もあるし、気遣いも細かい。

 ミルクは可愛らしい一般人という感じ、性格はサバサバしていて話が合うし、魔法の腕も一級品だ。

 ヨシノは小柄な体に強大な力というギャップがいい、態度も礼儀正しいし、特に性に関しては全くの無知というのがそそる。


 三者三様でみんなイイ。

 もちろん俺が元の世界にいたら、一生お知り合いになれないレベルの娘達である事は間違いない。



「ユウキ殿」


 ヨシノがこちらに向き直り、三指を立てて深々と頭を下げる。


「勝手な事とは百も承知、その上でどうかこの未熟者に、ユウキ殿の子を孕ませてくださりませぬか」


「ちょ、そういうのはいいから、頭を上げてよヨシノさん」


「某のような未熟者に敬称など恐れ多きこと、ヨシノとお呼び下されますよう」


 慌てて手を振るが、ヨシノはさらに恐縮したように深々と頭を下げる。

 美少女が孕ませてくれと俺に頭を下げる、こんな世界が本当にあって良いのだろうか。


 良いに決まっている。

 決まっているのだが……俺のこの胸の内にあるモヤモヤは……


「や、やっぱり駄目だ」


「貴方、この期に及んでまだそんな事を……」


「違う、そうじゃなくて……だっておかしいだろ?

男子が欲しいから孕んでこいってさ、そんなの、まるで女の子がモノ扱いじゃないか」


「異世界人のアンタには分からないのかもしれないけど、こっちでは大抵そういうものだよ」


「それでもさ! ヨシノはすごく強いだろ、なのに全然それを評価されないなんておかしい。ミルクもパルメも、俺から見たら超人だよ。なのにそんな……好きでもない男の子供を作らないと未来がないなんて、そんなの、どう考えたっておかしいだろう!?」


 俺の言葉に、その場にいた皆が黙り込む。

 そりゃあこの世界では、俺の言ってることのほうが異端なのかもしれない。


 この三人と出会ってまだ間もないが、それでもこの短い期間の中にあった出来事を通して、俺はこの三人に魅力を感じてきている。

 正直に言うとえっちしたい。

 多分頼めば二つ返事でさせてもらえるのだろう。


 だけど、それじゃ駄目だ、それでは皆義務で俺とするだけなのだ。

 終わったらバイバイ、俺の事などきっとすぐに忘れ、記憶にすら残らないだろう。

 そんなの嫌だ、嫌なんだ。


「……ヨシノ、貴方のあの攻撃、一度やるごとに剣が砕けるんですの?」


「え? あ……然り、余程鍛えた刀でも三度は持ちませぬ、それ故いつも使い捨てにできる刀を持ち歩いております」


「ふうん……」


パルメはそう言うと、腕を組んだまましばらく何かを考える素振りを見せ、そのまましばしの沈黙が流れた。




「……私達で魔王を倒してしまいましょうか」


 次に口を開いたパルメから、とんでもない提案が出される。


「え、どういう事? 本気で言ってんのパルメ?」


「もちろん本気ですわ、先程の戦いで、ヨシノが魔王の部下を一撃で葬り去りましたでしょう?」


「私は気絶してて見てないけど、なんかそうっぽいね」


「勇者を望む理由の一つが、言うまでもなく魔王の討伐にあります。

ですが、これを私達が先に達成してしまえば……国も私達を認めない訳にはいかなくなりますでしょう?」


「まあ……理屈はそうなんだろうけどさ、非現実的過ぎるでしょ」


「私はそうは思いませんわ、事実、ヨシノはただの一撃で魔王の部下を討ち果たしました。

ヨシノ、戦ってみてどう感じましたか?」


 話を振られたヨシノは、少しだけ目を閉じて何かを考える素振りをすると、はっきりと答える。


「恐るるに足らず」


「マジで!?」


 ミルクの驚愕の声に、ヨシノは大きく一つ頷いた。


「ではそうする事に致しましょう。私達はこれから王国を出て、独自に魔王討伐を目指し活動します」


「ち、ちょっと待ってよ、種勇者……ユウキはどうすんのさ、せっかく捕獲したっていうのに」


「もちろん同行して頂きますわ」


 ……え?


 パルメ達が王国を出て魔王討伐の旅へと出る計画を、俺は他人事のように聞いていた。

 それも仕方ない事だろう、俺が付いていったところで足手まといにしかならないのだから。

 連れて行かれる可能性なんて露ほども頭になかった。


「ちょ、俺戦えないんだけど」


「もちろん承知しておりますわ、ですが荷物持ちくらいなら出来るでしょう? それに……」


 そう言ってパルメは俺の顔に自身の顔をぐっと近付ける。


 あ、近い……そう思ったのも束の間。

 次の瞬間には、柔らかいモノが俺の唇に押し当てられる感触。

 尾てい骨の辺りから、脳天目掛けて電気が走ったような感覚に襲われる。


「んふ……」


 ややあって、俺の唇を塞いでいた柔らかいものが取り外された。

 赤い舌をちろりと出しながら離れていくそれには、俺の唇との間を橋渡しする透明なものが伸びている。


「これは手付ですわ。私、ほんの少しだけ貴方のことが気に入りましたの」


 そう言ってパルメは髪を掻き上げ、近くのソファに腰を降ろした。


「私達はこれから旅の準備を初めますわ。ですがここで私達が国を出る準備をしていることがバレてはなりません。ですのでユウキ、貴方はその間、他の女性達の相手をして国の目を逸しておいて下さいな。準備が出来ましたら、改めて迎えに参りますわ」


 俺はパルメの言葉に、ただ呆然としながら人形のように頭を縦に振ることしかできなかった。

 俺のファーストキスは、そうして奪われてしまった、強引に、儚く。


 でも、凄く気持ちよかった……


 一瞬、ここに来る前の出来事が頭をよぎったが、あれは男の娘だったのでノーカンだ。

 俺の初めてはこれ、断然これ!


「あなた達もそれで良いですわね?」


 パルメが問いかけた先には、バツが悪そうに顔を赤くしてモジモジしているミルクと

 頭から湯気を出してショートしているヨシノが並んで立っていた。




 こうして俺は、パルメ達の計画をごまかすために、再び女の子達が跋扈する王国内へと戻っていった。

 果たして無事に役目を務めきれるのだろうか。

 しかし、今の俺の心には、以前に無かった何かが芽生えつつあった。


 もう一度、あの柔らかいものを味わいたい……草食系男子なんて幻想だったんだ。

 いやあ、女の子って本当にいいものですね。



 ヤマダユウキ、一八歳、童貞。

 後に「色欲王」と呼ばれ、世界に混乱をもたらすことになる男が誕生した瞬間であった。

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