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プロローグ

「……おはようございます」

起き抜けに、誰もいない部屋にそう呼び掛ける。

当然返事はないが、一人暮らしをしていても挨拶だけはしないとなんだか落ち着かない。

そのせいか、最近独り言が多い。

「朝メシ……買ってくるか」

買い置きのパンを切らしてしまっていたことに気がつき、そう呟いた。


至極適当に身支度を済ませる。

どうせ大学生の男の格好なんて、洗濯してある服さえ着てれば誰も気にかけない。

山田勇気、大学生。今年から一人暮らしを始めたばかりの18歳。

それが俺。

大学生というのは究極に自由だ。

制服や校則に縛られることもなく、社会人としての責任もない。

だからどんな格好でいたって、それを咎める人などいない。

そう自分に言い訳しながら取り込んだまま積みっぱなしになっている洗濯物の山から適当に抜き出した服を適当に着て、財布と家の鍵だけ持って玄関を出た。


「へ?」


外に一歩踏み出したその瞬間、足元から眩い光が立ち上る。

慌てて足元を見れば、俺の足を囲むようになにかぐるぐると文字の描かれた光の輪が広がっていた。

「な、なんだこれ!?」

慌てて謎の輪から逃れようとするも、輪に触れた足がまるで何かに捕まれているかのように動かせない。

「うわ、うわあ!」

パニックになりながらじたばたともがくも、自分の体は足元からじわじわと輪から出て来る光に飲み込まれていってしまう。

「やめろ!なんなんだ!」

俺の体を這い上がる光が、とうとう喉元を過ぎ、顔の辺りまで辿り着く。

あまりの眩しさに思わず目を閉じた。


ぐにゃり


地面がなくなってしまったかのような、自分の体がぐるりとひっくり返されたかのような、なんと表現したらいいのかわからない感覚に包まれた。

次に来たのは浮遊感。

ふわふわと体が浮き、もがいても何かを掴むことも踏みしめることもできない。


どすん!


どこかに自分の足が触れた感触があったので立とうとしたが、先程の不思議な感覚のせいか、踏ん張ることが出来ずに無様に尻餅をついてしまった。

尻が痛い。でも、とりあえず地面はあるらしい。

恐る恐る目を開ければ、そこは、自宅の外の風景とはまるで違ってしまっていた。


「ようこそお出でくださいました、勇者様」


その場には、たくさんの人がいた。

全員その場にひれ伏しているのではっきりとは断言できないが、女性ばかりのような気がする。

ずらり並んだその集団から、1人だけ前に出たその人が、にこやかにこちらに呼び掛けて来た。

「……え」

地球では見たことのないような、髪色の人がいる。

水色、ピンク、エメラルドグリーンに紅。

ざっと見ただけでも2次元でしかお目にかかったことのない鮮やかさの髪が目についた。

挙げ句、猫だか犬だかわからないが、とにかく獣の耳のはえた人のようなものまでいる。

なにより、先程の人は、【勇者様】と、言った。

鮮やかな髪色、地球人には有り得ない特徴、そして、勇者。


これではまるで、ゲームの世界だ。


ゲームの世界で、勇者様?……俺が?

信じたくなくて周囲を見渡すも、ひれ伏した人々の他には、俺しかいない。

なにより、勇者に呼び掛けたその人は、こちらをまっすぐ見つめていた。

「む、無理です!俺は勇者なんてできません!!」

慌てて否定する。勇者ということは、何らかの敵と戦うんだろう。

特に武術の心得もないただの大学生の自分が、何かと戦うなんてできるとは思わない。

「あなたは勇者様ではありませんよ?」

きょとんと、心底不思議そうな顔で言われ、そのとき初めて、彼女と目があった。

初めて、目があった?

彼女は、俺の顔ではないどこかを見つめていた?


「勇者様は、あなたのチンコです」


彼女は爽やかな笑顔で、そう言ってのけた。

ち、チンコ?この人何を言ってるんだ?

というかけっこう綺麗な人なのに躊躇いなくそんなことを言わないでほしい。

「正確には、そこに詰まっている子どもたち。

それが、勇者様です」

俺自身じゃなくて、俺の未来の子どもが勇者ということ、らしい。

「なので、あなたはさっさとおチンコ様をおったてて、子種を我らに与えてください」

チンコには敬称付きなのに、俺本体は全く敬われている気配がしない。

俺は、チンコのオマケですか……?

「さあ、どれがお好みです?

とりあえず妊娠ができる世代の者を、よりどりみどり取り揃えました。

どれでも好きな女を抱いて、孕ませてくださいな」

そう彼女が言うと、ずらりと並んだ女性たちは面を上げ、こちらににじり寄って来る。

抱けって、今、ここで!?

「む、無理です!!俺、童貞だし!!

初めては好きな子としたいっていうか!

み、みみみみみなさんも、もっとご自分を大切にした方がいいですよ!」

慌ててそう叫ぶも、誰も動きを止めてくれない。

「こっちは世界の命運がかかってるんです。いいからさっさとおったててください」

先頭の彼女は、鬼気迫る表情でそう告げた。

そうか、世界がかかってるのか。だからこんなに必死なのか。

いやでも初対面の人とそんなことできないっていうかそもそも状況が飲み込めないっていうか、誰か助けて!

「や、やめ!やめてくださいぃいいいい!」

必死の抵抗を試みるも、集団の手にかかれば俺の服なんてあっという間に剥ぎ取られてしまう。

ああ、もっと防御力の高そうな服を着てくればよかった。なんでこんな適当な服で外に出たんだ。

そういえば玄関の鍵閉め忘れてるんですけど!今すぐ閉めたいんで家に帰してもらいたいんですけど!


あ、だめ、やめて!そんなとこ触らないで!!


あまりの状況にパニックになった俺、というか俺のチンコは、いくら女の人に囲まれようと奮い立つわけもなく。


「……この、役立たず」


異世界に召喚された初日の俺に浴びせかけられたのは、そんな言葉だった。


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