恋と林檎飴の方程式~一夏の宝物~
恋と林檎―一夏の宝物―
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まるで宝石みたいで、大好きだった。
赤い飴がキラキラしてて、中では林檎が私を待っていて。
外はカリッとして、噛むとヒビが入って、そのまま進むとじゅわあっと林檎の柔らかな食感が私を迎えに来る。
宝石を食べてるみたいで、そしてそれは私が特別だと宣言するような優越感があって、大好きだった。
甘酸っぱくて、でも、口の中に残る味。
林檎飴。それは私の、一夏の、宝物だった。
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夏休み。
外では蝉の大合唱が絶え間なく響き渡り、太陽は今日も元気に照っていた。
私はというと…
「あづいいいいいいいい!!」
アメーバに成っていた。いや、比喩ですけれども。
クーラー?数週間前に壊れましたよ見事に。
扇風機が唯一の味方で、私は送られる風が汗に当たってひやりとするごとに天国を見る。
ふと、外から声援らしきものが聞こえた。近くで部活動生が張り切っている様だ。こんなに暑いのに、その熱意はそれを上回るらしい。お疲れ様です。
ぼんやりとそんなことを考えていると、ピコンッと携帯が鳴いた。見ると何やらメッセージが入っているようだ。
「こんな暑い日に誰じゃー」
開いてみると、幼馴染の卓弥からだった。
小さい頃はよく遊んでいたが、お互いに仲の良い友達が出来たり、性別の壁にぶち当たったりと、最近ではめっきり会う機会が減ってしまった彼。連絡が来るのも、数か月ぶりだった。
『菜摘暇ー?』
そんな軽い連絡。それでも何だか嬉しくて、直ぐに返信した。
『暑さと戦うことに忙しいかなー』
『なんだそりゃ(笑)。今夜さあ、あの神社で祭りやるんだってー。覚えてる?』
勿論覚えてる。というか毎年行ってる。今日あることも知ってる。その旨を伝えると、卓弥は『お前祭り好きだなー』と呆れたように返信してきた。
『部活一筋の卓弥には分からないですよーだ』
くすくす笑いながら、返信ボタンを押す。と、直ぐにまた返事が来た。
『もう引退だし、今夜暇なんだよなー。ってことで、一緒に行かない?』
は…?
『えっ…と、なんで?』
『暇なら付き合えーってお誘いしてやってんの』
『はあ?友達いないの?ぼっちなの?馬鹿なの?』
『いるし!ぼっちじゃねーから!!でもなんか、久し振りに菜摘と行こーかなぁーと思ってさー』
そう返ってきたとき、少し顔が火照った気がした。夏のせいだ。うん。
それにしても、行くとなると何年ぶりなんだろうか。卓弥とお祭りに行くのは。
まあ、行ってやらんこともないなと思って、『はいはい。お相手してあげますよぼっちさん』と返信したら、『だからぼっちじゃないって!じゃあ17時にあの橋に集合な!』
「了解――と」
ぽちりとボタンを押し、そして天井を見上げた。
「…楽しみ」
微笑むと、準備をすべく立ち上がった。
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夕方になっても暇だった私は、待ち合わせ時間よりも15分早く待ち合わせ場所に着いた。
此処は小さな川の上に架けられた簡素な橋。小さい頃、卓弥とよく遊んだ場所だ。落っこちてたんこぶを作ったのも良い思い出。
「よお!…てあれ、浴衣じゃないのかよ…」
その時、側で声がして、顔を上げると目の前に日に焼けて真っ黒な男の子が立っていた。白い歯とやんちゃな瞳だけがキラキラと光る。
「あんな動きにくいの、誰が着るもんですか」
にやりと笑うと、ちえっと唇を尖らせる彼。彼こそが私の待ち人、卓弥だ。
最後に会った時から大分背が伸び、筋肉も立派に付いている。やっぱり男の子なんだな…と何故か納得した。
「久し振りだなあほんと」
「だねー。中学生の時以来?」
そんな話を始めながら、私達は祭りへと歩を進めた。子どものはしゃぐ声や豪快に笑う人々の声が耳を掠める。
屋台が見えてくると、途端に卓弥の目が輝きだした。
「うひゃー旨そー!何から喰うかな。焼きそば?ホットドッグ?いやここは無難にたこ焼きか…?」
「見事に食べ物ばっか…金魚すくいとかあるんだからそっちもしよーよ」
呆れ気味に言うと、卓弥は信じられないといった目で私を振り向いた。
「祭りといえば食いもんだろ!?まずは腹いっぱいにしてからだ!」
元気いっぱいに言うと、私の腕を強引に引いて走り出した。
一瞬、頭が真っ白になる。心臓がドキドキと胸をノックする。
あれ、なんだろうこれ。
「菜摘どれ食べる?」
話し掛けられ、ハッと我に帰った。急いで周りを見回す。
「え、えっと、そうだな…」
そして、一つの屋台に目が止まった。
―――キラキラ輝く、一夏の宝物。
「あ…林檎飴」
呟くと、ハハッと笑い声が聞こえた。見ると満面の笑みの卓弥が居る。
「昔っから好きだったもんな、林檎飴」
「うん…」
何故だか上手く言葉が出なくて、私はそれだけ言った。
すると、卓弥は私の腕を離し、その屋台へと近付いていく。
「おっちゃん!林檎飴二つ!」
「あいよー…ってお前、卓弥か?でかくなったなー!」
少しだけ遠い屋台で、卓弥がぐしゃぐしゃと頭を撫でられているのが見えた。撫でている方を見ると、昔お世話になったおじさんだった。私は目が合った時を見計らって会釈する。おじさんは笑顔で手を振ってくれた。
暫くして卓弥が戻ってくると、手には二つの林檎飴。
「あれ、どうして二つ?」
「俺とお前のだろ?」
「いや、それは分かってるんだけど」
「奢られる気満々かよ」
微妙な顔で言われたが、「しょーがないなー」ときちんと一つ分の代金を払う。が、卓弥はそれを受け取らなかった。
「…?」
「今日付き合ってくれたお礼だからいーんだよ」
にへっと笑った卓弥は乱暴に私の、小銭を握った手を押し返すと、林檎飴を一つ、私に差し出した。
素直にそれを受け取り、「ありがと」と小さく言った。
ビリビリとセロハンを外していく卓弥。私もそうして、林檎飴を見詰める。
赤く煌めくそれは、いつ見てもやっぱり宝石のようだった。ぺろっと舐めると、甘い香りと共に、口の中が飴独特の甘さで満ちる。
かじりつくと、シャクッとした歯ごたえと、じゃわっとした食感が踊る。
林檎の酸味と飴の甘味がミスマッチして、どうにも例えがたい滑らかで涼やかな味が舌を彩った。
「んまぁ」
頬を染め、ご機嫌に声を漏らす。隣を見ると、卓弥が宝石とにらめっこしていた。
「やっぱり。卓弥って甘いもの苦手だったよね?」
「あ、うん。そうだね」
ヒクッと眉を揺らし、焦ったような顔で返事をする卓弥。私はため息を吐く。
「じゃあ何で買ったんだよもー」
それでも林檎飴を口へ運ぶ手を休めない私を、卓弥は半ば感心気味に見る。
「赤い宝石」
「え?」
「昔、菜摘が言ってたから。食べてみたくなった」
目を見開いた。そんな昔のことを、覚えていてくれたのか。
驚いていると、意を決したのか、パクッと林檎飴にかじりついた。パリンッと、宝石が割れる音がする。
「…ぅっ」
「ほらー無理するから」
口を抑え、もごもごする卓弥の背中を擦ってやる。
「…」
何故か黙り混んだ卓弥を他所に、私は深くため息を吐いた。
「甘い」
「そりゃあ、飴だかね」
「うん。甘い」
「…?うん」
繰り返す卓弥は何処かおかしくて、私は少し首を傾げた。卓弥は顔を上げて、へにゃっと笑うと、
「甘酸っぱい」
ドキン…と、胸が苦しくなった。目をパチクリさせて、胸に手を当ててみる。なにしてんのと笑われたが、それは私にも分からなかった。
それから数時間。私達は祭りを十分に満喫した。食べる物も食べたし、遊ぶ物も沢山遊んだ。
「ご来場の皆様。本日はお越しいただきありがとうございます。間も無く終了のお時間です。向かいの土手より花火を上げますので、最後までお楽しみください」
そんなアナウンスが流れ、私達は迷うことなく土手へ向かった。
人が沢山居て身動きが取れなさそうな前方は避け、少し離れた草原に腰を下ろす。
「いやあー食った食った」
お腹を擦りながら満足げに言う卓弥に、くすくすと笑って見せる。
「何処の掃除機かと思ったよ」
「言い過ぎだっつの!」
笑い合う私達は昔に戻ったみたいで、なんだか楽しかった。
と、その時。ドンッと大きな音がしたかと思うと、空が明るくなった。見上げると大輪の火の花が夜空に咲いている。
「…綺麗」
「うん」
卓弥を見ると、瞳にも花が咲いていて、私はそっちの方が綺麗だなと思った。だから、もう一度呟く。
「綺麗」
「うん」
返事はやっぱり同じで、でもそれでも良かった。
私は、彼の瞳がキラキラと宝石の様に煌めくのに見惚れ、空なんて見向きもしていない。
キラキラしてて、でも、中は柔らかくて、優しい卓弥。そう、まるで、一夏の宝物――林檎飴。
「私ね」
話し掛けると、空から目を離さないまま、卓弥は「んー?」と返事をする。
「林檎飴が、好きなんだ」
言うと、ふはっと卓弥が笑った。
「知ってる」
その言葉が、すうっと私に染みて、広がった。「うん」と呟くと、私も夜空を見上げた。
パッと、大きな火花が夜空に瞬く。ドンッドンッと、心臓まで揺らす音。
ドキドキと高鳴る胸も、きっとそのせいだ。
ふと、左手に柔らかな感覚が降ってきた。その正体が嫌でも分かって、必死に目を空へ向ける。
「俺もさ」
卓弥が呟く。
「好きだよ。林檎飴」
あんまり真剣な声で言うので、カアッと顔が熱くなったが、外も暑いのだ。きっとそれに釣られたんだ。きっと。
「嘘つき」
くすっと笑って言うと、左手がきゅっと柔らかく締め付けられた。
更に顔が熱くなる。
「ほんとだよ」
今度は笑いながら言う卓弥に、私は何も言えない。言葉が、出てこない。
胸がドキドキして、顔が熱くて、涙が出そうで。
こんな感情を、この心を表す言葉を、知っているはずなのに、私は、知らない。
一夏の宝物は、キラキラしてて、柔らかくて、甘酸っぱいもの。
だからこれもきっと―――――
―――――林檎飴なのだ。