に
「ほ」
甘い果実のような小さな口が丸く突き出される。見れば見るほど食べたい、舐めたい、齧りたい。
「ほかに『好きな男がいるって話だけど、どこの誰? 』」
他に好きな男がいるだなんて、彼女の可愛らしい口からは二度と聞きたくないからね。自分で言ってみた。さて、この私の長年の牽制を掻い潜った猛者の名前を聞いてみようか。彼女の唇が私以外の男の名を紡ぐなど我慢がならないが、それはあとで解消するとして、今はその生意気な男の名を聞いてやろう。
「男の方、ではありませんわ…… 」
は?
…… 彼女はなんと言った?
「…… 」
「…… 」
眉を片方あげて彼女を促す。昔から彼女はわたしのこういったさりげない仕草に弱い。あぁ、言っておくが、他の部分でも見惚れられている自信はある。姿形ばかりではなく、私の男の部分にも可愛らしく反応できるよう躾けるつもりだ。
「で、ですから、男の方ではなくて…… 」
…… 聞き間違いではなかったようだ…… 男でない。年端が行かない少年?、行き過ぎている枯れ男? (どちらも許せんな)…… でないとしたら…… おんな? オンナ? 女…… いや、微妙なニュアンスが意味をなさないのはわかっている。ただ、なんとなく変換が困難だっただけだ。
「君は…… あー。ごほん。女、いや、女性が好きなのか? 」
「えっ? 」
驚きに見開かれた銀の瞳は、いつ見ても飽きない。可愛い…… 食べてみたい、舐めてみたい、齧ってみたい。いや、齧るのは別の場所がいい。そうだな。今は見えないところ、とだけ言っておこう。
「えぇ、もちろん、美しい女の方は大好きですわ。タチアナ様、ナタリー様、エレーナ様、リュドミラ様…… えーっとあとは…… アナスタシア様…… 」
うおっ! その上目づかい、どこで覚えたっ!…… 押し倒したくなるのは私だけではあるまい(私以外の男、いや女でも許さんが)…… みっともなく鼻血が出てるってことはないだろうな。さりげなく口元を手で覆うフリで確認…… 大丈夫なようだ。……
鼻血の触診、ばれてないだろうな。ちらっとラリサに目をやれば…… おいっ! なんだ? なんで泣きそうなんだ?
「ラリサ? どうした? 」
誰が泣かした? ここにいるのは私だけだが、私がラリサを泣かすわけがない、よって私ではない。では、ラリサの好きな男、いや女か? 奴らとの思い出か? …… 想像するだけで、私だけとの思い出でラリサの記憶を塗りつぶしてやりたくなるな。いずれそうするつもりだが…… 何か問題があるか?
「やはり、アナスタシア様…… ですわね…… 」
泣くほどに第三王女が好きなのか!? いつからだ?
彼女の生家オボレンスキー家は清貧をモットーに…… いや、はっきり言うと金がない。それゆえ娘たちを十分に着飾らせ、夜会やらなんやらへ送り出すことができないでいる。それは特段珍しいことではなく、冬が長い我が国で、領地を豊かに保つことができているのは上位貴族のうちでも数えるほど。ツェルゲーエフがその内のひとつであることは隠さなくてもいいだろう。
そんなラリサが第三とはいえ、王女と交流を持つことなどなかなかありえないことだ。あちらには公爵だの侯爵だの伯爵だのと、ギラギラした令嬢どもががっしり取り巻いているし、たかだか貧乏子爵令嬢のラリサにお呼びがかかることはまずない。
もちろん、なかなか公の場に姿を現さないが、一度見たら忘れられないラリサの美しさが、社交界で噂のタネになっていることは知っている。まったくもって迷惑なそんなタネは私が一から百まで潰して回っているし、一体どこで…… 王女を(いや、王女が?か? )見初める? …… たんだ? …… 頭痛がしてきた。
「一体どうやって…… いや、どこで? 」
ぎゅっと目を閉じたラリサの頬を涙が一筋流れ落ちた。
「もったいないな」
ん? なんだ。口に出ていたか。
「え? 」
お、驚いたな。私は意外と手が早いらしい。いつの間にかラリサが我が腕の中にいる。まぁいいか。
形の良い顎に指をかけ、くいっと上げつつ、まわした腕で華奢な腰をぐいっと引き寄せる。差し出されるアレヤコレヤが心地よい。男によって(といっても私限定だが)もたらされる甘美な世界を見せてやる時が来たようだな。
「キャッ! あ、ギャアッ! 」
わざわざ言い直すな。萎える…… てないな。湯上がりのラリサの柔らかな体を腕の中に閉じ込め…… 萎えるわけがないな。
「ラリサ、こっちを見て」
「嫌ですわ」
ビキッ。途端こめかみに浮き出た血管にラリサが指を這わす。
体の一部分がさらに元気になった。ラリサ、やってくれるな。
「アレク様! 大変ですわ。またご病気が」
「っ!! 」
アレク…… 久々に呼ばれた。一年振り。しまった。乙女でもないのにときめいてしまった。
「病気ではないよ。怒っていただけだ。まぁ、今ので怒りがどこかへ行ってしまったけどね」
「や、やはりお怒りですわよね。申し訳ございません。たかだかオボレンスキー子爵の貧乏娘が、未来のツェルゲーエフ侯爵閣下に三行半などを叩きつけてしまって…… せ、責任をとって、わたくしとの婚約を破棄してくださいませ! 」
ラリサとの会話はいつも面白い。ツッコミどころ満載のどこに突っ込むのが正解なのか…… 突っ込みたいのは別の場所なのだがね。しかし、『貧乏娘』はここ近年で秀逸の出来だ。
笑いを堪え、じっと腕の中の彼女を見つめる。いつも通り、真っ赤な頬をボケっと緩め、なんとも言えず可愛らしい。この反応、少なくとも嫌われてはいないな。私の姿形、声、仕草、何もかもがラリサのドストライクなのは健在なようだ。
話を戻そう。
「ラリサ、第三王女殿下とはどこで会ったの? 」
あっ! フルフルと首をふったらダメだ! 他の場所も揺れて擦れて…… おいっ! 大惨事になるぞ!
「遠くからお姿を拝見したことはございますが、直にお目にかかったことはございませんわ。さぞかしお美しい姫君なのでございましょう? 」
いや、別に。
というのは不敬にあたるから黙っておくか。
「だからアレクセイ様は…… 」
あ、呼び名が元に戻った。
「ちっ」
「も、申し訳ございません! 違いますの! 貧乏娘風情が、アレクセイ様の想いびとにヤキモチなど焼いていいはずがございません! 」
はい? 誰が誰の想いびとで、ヤキがモチをつくって? モチ? そんなに腕を突っ張って私から離れようとすると、君の腕に寄せられた魅惑のモチが谷間を作って…… けしからん! だれがだれの想いびとだ! 私から白くて柔らかいモチを取り上げるつもりか!
ラリサ、君の魅惑のモチを食べさせろ、舐めさせろ、齧らせろ!!