懺悔
「怜音、幸雄君のお母さんがいらっしゃったわよ」
二階の自室に居た怜音を呼ぶ母親の声で下に降りると、疲れた顔をした幸雄のお母さん、青山静が玄関に立っていた。
静は弱々しく微笑み、手に持っていた白い封筒を怜音の前に差し出した。
「幸雄の部屋を片付けていたときに机から怜音くん宛ての手紙を見つけて最初は渡そうか迷ったんだけど、良かったら受け取ってもらえるかな?」
味気ない白い封筒は、あのとき見た遺書と書かれた封筒と同じ物で、怜音は胸が苦しくなった。
怜音が手紙を受け取ると、静は深々と頭を下げ、お礼の言葉を残し帰って行った。
足早に部屋に戻った怜音が封筒を開けると、一枚の便箋と、『あたり』と書かれたアイスの棒が入っていた。
怜音へ
『きみがこの手紙を読んでいる時、僕はこの世界から消えていると思う』
幸雄の手紙は使い古されたそんな言葉から始まっていた。
『僕がいじめられるようになってから、きみは僕と友達になってくれたね。このことがどれだけ凄いことか怜音はわかっているかな? 僕がどれだけ救われたか怜音は知っているかな? 怜音にどんな言葉で感謝の気持ちを伝えてもどれも僕のこの気持ちすべてをつたえることは無理だと思うから、シンプルナ言葉で伝えます。ありがとう。ありがとう。本当にありがとう』
そして最後はこう〆られていた。
『生まれた時がスタートだとしたら、僕は少しキミより早くゴールしただけだと思う』
目頭が急激に熱くなり、嗚咽と共に後悔の言葉が漏れる。
「幸雄……。ごめん……。本当にごめん」
ーxーxーxーxー
幸雄が亡くなって半月が経ち、学校中が落ち着き始めた頃、ある事件が起きた。
幸雄が廊下で読み上げた遺書がネット上にアップされたのだ。
いじめなどなかったと、最後までひた隠しにした学校側はすぐさまマスコミの餌食となった。
それまで知らぬ顔で普段通りの生活を送っていた担任の横山、赤井、その他のいじめに加担した生徒は、ネットに写真と名前を載せられ、罵詈雑言を浴びせられる毎日を送る事となった。
怜音はベットに寝転がりスマホの画面を見つめていた。そこには、幸雄に対する様々な哀悼のメールが書き込まれており、それ以上に横山や、赤井に対する辛辣な言葉が並んでいた。
何かから逃げるように、手のひらで目を覆った怜音は、自ら作った暗闇の中で幸雄と出会った。
(お前は知っていたんだろ、俺が自殺するってこと)
「そんなの知らない、知っていたら止めていた……」
(嘘つくなよ。俺が死んだら自分は助かるって思っていたんだろ)
「うるさい! うるさい!! うるさい!!!」
(じゃ、なんでネットに俺の遺書を載せた? こうなることを望んでいたんだろ)
「やめろ、うるさい、やめろ。そんなこと望んでない。望んでない!」
(偽善者ぶるなよ。友人を売って、自分が助かったならそれで良いじゃないか。誰だって自分が一番可愛いんだから)
「違う! 俺はおまえの仇を討ったんだ」
(違うね。お前は自分が赤井達にされたことに対して復讐しただけだよ。俺のことなんてこれっぽちも考えていなかっただろ)
身体の中を罪悪感という虫が這いずり回る。 怜音は携帯を壁に投げつけ、両手で身体中をかきむしると、その虫から逃げるように、布団に顔を埋め、狂ったように泣き叫んだ。
「うぉぉぉ、うゎゎゎ、うぅぅぅ」
こんなはずじゃなかった。幸雄が死ぬなんて思ってなかった。
幸雄は大きな勘違いをしていた。幸雄より先に、怜音は赤井達にいじめられていたのだ。
赤井達は幸雄の時とは違って、人前で怜音をいじめる事はしなかったので、クラスで知っていたのは、当人たちだけだった。
幸雄はなぜ自分がいじめられるようになったか分らないと言っていたが理由は簡単だった。
玲音と友達になったからだ。
赤井達は単純に自分たちがいじめる相手と親しくする人間が許せなかっただけだ。
玲音自身赤井たちが、幸雄をいじめるようになるとは本当に思っていなかった。
ただ純粋に誰かに助けて欲しかった。そんな自分を助けてくれたのが幸雄だった。
だが赤井達は古いおもちゃに飽きた子供みたく、怜音の事など忘れ、新しく手に入れた幸雄というおもちゃにすぐ飛びついた。
玲音でいじめの予行練習を済ませていた赤井達は、幸雄に対して眼を覆うような酷いことを繰り返した。
いじめられる側は決してその行為に慣れることはないが、いじめる側はその行為に麻痺し、エスカレートせずにはいられなくなるのだろう……。
赤井達の度を越したいじめに対し幸雄は何度も立ち上がり戦った。だが、その態度がまた赤井達の怒りに火を点ける。
いつのまにか幸雄は、そんな負のスパイラルから抜け出せなくなっていた。
怜音はどちらも止める事が出来なかった。
いつ自分にまたいじめの矛先が戻って来るか、そればかり考えていた。
2016年 3月10日
自分は幸雄に張り付き、存在を消した最悪のカメレオンなのだ……。
神村怜音は乾いた声をこぼした。
「お前を殺したのは俺だよ」
怜音は卒業アルバムに幸雄の手紙と遺書を挟み、置いて行く方のダンボールに詰め、固く蓋を閉じた。