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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

合作ノベル 『テトと黒鉄』

作者: 志島踏破×MITT

――物語の主人公は、以下の二人の少女たちです。


★テト・イーハトーヴ

挿絵(By みてみん)


黒鉄くろがね

挿絵(By みてみん)




よろしいですか? 






それでは、はじまりはじまり~






―――――――――――――――――――※





――黒鉄くろがね視点


 どすーん!


 枝木は乾燥し、葉は落ちきった物寂しい神社。

 その境内中央に突如、わたしは投げ出された。


「あててて……」


 重いっきり尻餅をつき、お尻の辺りを「おーいて」とさする。

 ふと、顔を上げた。


 知らない空、知らない空気、鳥、虫、植物、匂い、音。


 ざざざーっと木々が風に揺らされた。冬の木枯らしが吹き荒れる。

 息が止まった。


 知らない世界だ。


「え? え?」


 訳が分からず、周囲をぐるぐる見回す。

 

 えっと、たしかさっきまでお風呂に入ってて、それで急に湯船が泡立って……

 

 そこから記憶が吹っ飛んでる。ついさっきまで裸だった筈だが、服はいつも着ている黒のドレスに変わっている。

 データ処理中にパソコンから引っこ抜かれたUSBとかこんな気持ちだろうか。そんな呑気なことを考えても事態は全く好転しない。


 それどころか、更なる異変が起こった。


 「あう……」と、か細い声が出る。それは、未知との遭遇。

 その身確認生物は丁度、神社の鳥居の真下にいた。人間の少女に近い外見だった。

 その少女は「あ」と気の抜けた声を上げ、手に持っていたものをボトボトッと取り落とす。しかし、それら落とし物には目もくれず、彼女は鳥居の柱に急いで身を隠した。


 今頃、隠れても手遅れだと思うんだけど……


 顔だけ出して、こっちを窺っている。オドオドしたような翠の瞳は、ど真ん中にわたしの紅い瞳を捉えていた。


 ってか、自分で言うのもなんだけど、あの子、ニンゲンじゃ、ないよね……?


 わたしの視線がすっと彼女の頭上に移動した。

 そこには、人にはある筈の無い動物の耳が生えている。キツネのソレに近い、黄金色の感覚器だ。


「……!」


 相手が自分の耳を見ていることに気付いたのか、彼女は恥ずかしそうに自分の頭を両手で押さえる。元気よく伸びていた耳がペタンとつぶれた。

 だが、わたしは柱の陰からひょいっと覗く『モノ』に確信を覚える。

 猫じゃらしを黄色に染めて、かなりボリュームアップしたものに近いだろうか。それはどこからどう見ても狐の尻尾に違いなかった。

 そして、今、目の前にいるあの子こそファンタジーゲームで何度も見たキャラ、『狐っ娘』なんだろうな、と理解した。



――テト視点


 田舎町アデレイドの校外には、少々小高い山があります。

 夏場は鬱蒼と茂る緑に閉ざされ、酔いどれ蝉の大合唱が聞こえる所です。

 けど、この時期、降雪も珍しくないシーズンは、すっかり彼らも寝静まっています。

代わりに、真っ白な体毛で覆われた耳長動物が、『ひょー』と何とも耳ざわりの良い音を立てて、枯れ葉積もる野山を駆けていました。


「よいしょ、よいしょ」


 私は、山のてっぺんにある神社を目指して、石階段を登ります。

 両手で抱えた竹盆には、平地でしか採取できない沢山の木の実を載せていました。


「ちょっと、欲張りすぎちゃったかなぁ」


 噂によると木の実を毎年777個、神社に捧げると、いつかお願い事が叶うんだとか。

 この話を冒険者仲間のとある男の人にお話ししますと、「スロットかよ笑」と妙ちくりんなツッコミを頂きました。


 すろっと、とは何でしょうか……?


 彼は時折、私の知らない単語を使います。それは、何だか不思議な響きを持ち、そのミステリアスで伺い知れない所がまた、彼の虜になっちゃう要因なんだろうなぁ、と自分のことながら思うのです。


「うひひ」


 おっと、彼のことを思うとまた頬が引いてしまいました。

 治さないといけませんね……。それは周囲からも指摘されていることです。「テトちゃん、テトちゃん。顔がニヤついてるよ」

 よく言われることです。

 私は、緩んでしまった頬を張り直そうと、わざと変な表情を作って試みます。それは、他人から見るととても滑稽な様相ですが、今は大丈夫。


 だって、ここには誰もいないもん――


 そして、最後の石段を登り切った所で、


「え……」

「あ……」


 人と出くわしました。


――テト視点


 にょあああああああああ!

 絶対見られた、絶対見られたぁぁぁぁぁ!


 もう冷静な思考など出来ませんでした。

 急いで柱の陰に隠れましたが、その少女の奇異な視線が、全てを教えてくれていました。

 いつもの癖で頭を抱えていた、と思います。

 抱えていた木の実は、全部地面にぶちまけていました。

 その777個の粒による絨毯は私と彼女の間に川のように横たわっていました。


 うう、台無しだぁ……


 たぶん少し泣いていたと思います。それらを集めるまでの労力を思えば、何とも報われない気持ちでした。だから、諦めがつかなかったのでしょう。

 私は、足元に転がったそれらを拾おうと一歩踏み出し――



――落ちました


 足元の石が古くなっていて、突然滑ったのです。


「うわっ!」


 普通の人よりも身体能力に劣る私です。そんな唐突な出来事に反射神経が追い付くわけもなく、真っ逆さまに落ちました。けど、


 ぽすっ


 柔らかい音が鳴ったと同時、気付きました。自分は空を泳いでいることに。

 落下中なのではありません。

 文字通り、飛んでいるのです。先の少女のお姫様抱っこによって。

 恥ずかしくもあの男の人に初めて抱っこしてもらった時のことを思い出してしまいました。


「だ、だいじょうぶ?」


 私と殆ど変わらない体格なのに、その女の子は私に聞いてきます。

 その顔は少々混乱しているようではありましたが、私を抱いてくれる腕はとても頼もしかったです。

 それに、物凄い跳躍力でした。どんなジョブなんでしょうか……?


「だ、大丈夫ですっ」


 口でそんな風に返します。


「そっか。危なかったぁー……」


 彼女はほうっと安堵の息を漏らしながら、徐々に高度を下げていきます。

 どうやら、今の大ジャンプで一気に山のふもとまで下っているようでした。


「ね、良かったら名前とか聞いてもいいかな?」


 長い束ね髪を風にはためかせ、ぱっつんの前髪を暖簾のようにふわふわさせながら、彼女は聞いてきます。「わたしは黒鉄くろがねっていうんだ」と自己紹介してくれました。

 珍しい名前です。武器の材料になる鉱石に似たような名前があったような……。

 と、黒鉄と名乗った彼女がじっと私の顔を見つめます。

 そうだ、こちらがまだ名乗っておりませんでした。

 何だか気恥ずかしい気がして、けど相手は同じ女の子なのに、と思い直して、もぞもぞと自分の名前を唱えます。


「て、テト……テト・イーハトーヴです……」


 正直、フルネームで名乗るかどうか迷いました。何せ、『くろがね』というネームが姓名まで含めているのか分かりません。

 けど、くろがねちゃんが「そっか、よろしくね! テトっち!」とにかっと笑ってくれたので、そんな些細な悩みは吹き飛んでしまいました。


 ふもとに着陸して、街の方に下るまでの間に私と彼女は、既に『くろちゃん』『テトっち』と呼び合う仲にまで発展していました。

 田舎町アデレイドの城門をくぐるとき、チラッと丘向こうの山を視界に入れます。

 私が神社で祈願していたお願いごとを思い出しました。


『良いご縁がありますように』


 それは彼と出会ったことで、もう終わりなのかと思っていました。

 けど、それって何も異性に限ったことではありませんよね?



――黒鉄くろがね視点


 この世界のことを何にも知らないわたしに、テトっちは色んなことを教えてくれた。

 曰く、魔王という存在は、わたしが以前いた所と同様にあるらしいのだが、しかし全くの別物だということに、すぐ気付いた。

 というか、わたし自身が前の世界でその魔王様にお仕えしていたのだから、こう魔族とは関係のない立場に移ると、不思議な感覚を覚える。

 

「くろちゃん、喉乾いてない?」


 にこにこ笑いながら、テトっちが訊いてくる。そういえば、山下りして歩き疲れたのか、水分を補給したい気分だ。出来れば、甘くて太りにくいやつ……。

 けど、自分はこの世界のお金を持っていないので、そんな申し出に乗るわけにもいかず、


「あ、私は大丈夫だよぉ。まだ全然元気っ」


 気勢を張るが、テトっちは眉尻を落としてわたしの顔を覗き込む。


「さっき助けてくれたお礼だよ!」


 彼女はそう言うや否やわたしの袖を引っ張って、すぐ近くのお店に連れて行ってくれた。


 「お、お……」


 遠慮の声も上げられず、わたしは結構強めな力にすいすい引かれていく。どうやら、わたしの心の声は彼女に筒抜けだったらしい。けど、ちょっと嬉しい。

 ふと、入店するお店の看板を見上げた。煉瓦造りのお洒落な喫茶店。そこまでは完璧。

 けど、その店名が『星★葛★珈★琲★店』とずいぶん頭の悪そうなネーミングだった所が唯一気がかりだった。



――黒鉄くろがね視点 



「ッシェーェェェイッ! ダブル入りやぁっす(いらっしゃいませ。二名様ご入店です)」


 随分とテンションの高い声がわたしたちを出迎えた。

 テトっちはカウンターに向かうと、ちょいちょいとわたしを手招きする。

 『早く早く』と尻尾が楽しげに急かしていた。

 わたしはお散歩でよく見かけていた飼い犬を思い出した。


「くろちゃん、どれにする?」


「うーん……どうしよっかなぁ」


 

 テトっちもわたしも身長が低すぎるので、カウンターに載っているメニューが見えない。

 だから、二人並んで天井の商品掲示を眺めた。


「ェーイ、何にシャアッすカ?(いらっしゃいませ、何に致しますか?)」


 赤い長髪の男性店員がカウンター向こうからわたしたちを覗いた。

 

 ちょっと睨み付けてやる。


 だって、わたしは忘れないもの。

 一瞬、カウンター前に居る私たちを忘れて、後ろに並んでいたお客さんからオーダーを取ろうとした鬼畜の所業を。

 

 悪かったな、ちびすけでッ!


「おすすめとかってありますか?」

  

 憤りを出来るだけお腹に沈めながら、わたしは彼に問う。

 すると、『飯島』というネームプレートを付けたその巻き舌店員は、丁寧にオススメしてくる。


「アー、ほんじっつのオスーメはェっすね、ヘイ……(えー、本日のオススメは、ですね……)」


 そう言いながら、彼は入口に大きく宣伝されている広告を指差す。『ニュージェネレーション☆ 500ヴァーツ』とデカデカ銘打ってある。

 新世代……新商品ということだろうか。


「アチィぃアの、キぇナっプラヴティーッすね、うぃー(あちらの、季節のアップルハーブティーですね)」


 因みに、ここまでの飯島店員の説明を私は全く聞き取れていない。

 逐一、テトっちが耳打ちで翻訳してくれたのだ。


 すごいよ、テトっち。わたしはこんなのいつまでたっても理解できないよ……


「かリィー低ぅメッっすから、ヤンガーなウーメンにもポピュラー入ってェァスね、ハイ(カロリー控えめですから、若い女性の方々にも人気を得ております)」


 彼が追加情報をまくし立てる。


「じゃあ、それで……」


 オーダーだけでも、かなり気疲れしていたわたしは、その他メニューを勘案する余裕もなく、ただそのように返した。


「ェーイ、サイズは何にしゃあーっスカ?」


「ショートで」


「ほいさー!! APT(Apple Harv Tea)・ワン・ショート入りやァーッス!」


 『やァーッス』に随分ソプラノを利かせた指示が入り、


「「「ウェーーイ!」」」


 隣りのキッチンカウンターの男連中が威勢の良い返事を返した。

 

 ここはラーメン屋かよ……。

 

「そちーっさんはどうしィあっすか?(そちらのお客様は何に致しますか?)」


 呼びかけられたテトっちが狐耳をぴょこっと立てる。いちいち反応が可愛らしい。

 わたしがひとりほくほくしているのも露知らず、彼女はオーダーを――


「えっとぉ、じゃあ私はですね、ショートノンティーマンゴーパッションティーフラペチーノアドホワイトモカシロップアドエクストラローストエクストラソースをお願いします」


 とんでもなく長い注文が炸裂した。

 テトっちの目がキラキラ輝いている。好きなんだろうか。何が?


「ウェウェウェーイッ!(オーダー331入りました)」


 もはや日本語になってない指示を飯島店員は飛ばす。どうやら通じているらしい。

 なんだろう、このお店でしか通用しない専門用語だろうか。


 だが、キッチンの方でひと悶着があった。髭面の褐色肌をしたピアス男が、隣で注文票を確認している亜人に尋ねる。


「うぃ? ウェウェウェ??(オーダー331って何だっけ)」


 紺のバンダナをした猿人風の亜人男は、首を傾げながら


「ウェアー……ウェウェーイ、ウェウェ、ウェーイ!(あー、確かフラペのアドじゃなかった?)」


 答える。それでようやくピアス君は思い出したようで、


「ウェッシャ! ウェアオェアーイ、オゥエーウ(ああ、アレか。なんかこの店のメニュー、分かりづれーんだよなぁ……)」


 お猿君は『きゃっきゃ』と笑いながら、


「ウェウェウェwwwポピュラーシークレッツ!(ははは、それが人気の秘訣だろが)」


「Oh,Yeah(だな笑)」


――テト視点


「なんか、凄いトコだね……」


 黒ちゃんは運ばれたカップを両手で持ち、チビチビ飲みながらそうこぼしました。

 彼女が頼んだものはショートサイズという頼めるサイズの中では一番小さなものなのですが、それでも普通サイズに見えます。

 なんでだろう?と思っていたら、黒ちゃん自体がとってもミニマムなことに思い至りました。私は自分と同じ低身長族に出会えたことに頬を緩ませながら、


「でも、美味しいでしょ?」


と返します。黒ちゃんはこくっと頷いて肯定してくれました。そして、片手を眉間の辺りに持ってくると、「お金、ほんとにありがとう……」と律儀にお礼を言います。

 なんて真面目な子なんだろう、私は少々感心しながら、笑顔をつくり、その返事としました。


「うひひ」

「あはは」


 二人で意気軒昂に小さな笑声を上げます。

 私は誰かに良い思いをしてもらう楽しみを、黒ちゃんは奢ってもらったことへの嬉しさを味わいます。それはこの街一番のカフェで嗜むドリンクよりも美味しい、そんな気がし、ここに私は、ささやかな幸せを感じました。

 そんなところに――


「ミィツケタ」


 私と黒ちゃんは椅子から転げ落ちました。



――黒鉄視点


 お化けっ! こんな真っ昼間に、何でっ?!

 わたしが頭を抱えてうずくまっていると、ユーレイの冷たい手が首筋に触れた。

 ゾゾゾーッと怖気が身体を駆け巡る。


「ヒィィ! ごめんなさい! ごめんなさいっ!」


 テトっちもわたしと同じ体勢になっていた。

 他人の視点からは、ちっちゃな二匹の生き物がテーブルの下で避難訓練しているように見えたろう。


 殆ど半泣きになりながら謝罪を繰り返していると、掠れたような声が耳元で囁く。


「怖ガラナイデ下サイ……私ハコノ町デ、アパレルショップヲイ営ンデイル者デス……」


「ぎゃあああ! ウワアァァ――って、え?」


 何やら幽霊に似つかわしくない発言を聞き、わたしは恐る恐る顔を上げた。

 テトっちも翠の目を前髪の間から覗かせる。

 そして、二人はその女性の顔を見て――


『うぎゃあああああああ!』

 

 またしても悲鳴を上げた。






 「スミマセンネ……初メテ私ヲ見ル方ハ皆腰ヲ抜カシテシマウノデスヨ……」


 カフェの外、陽光の明るい路上でその女性は頭をしおしおと下げた。

 その丁寧過ぎる対応は旅館の女中を思わせるが、その身なりは極めてファンキーというか、前衛的というか……。


「と、鳥かごを被っている人なんて初めて見ました……です」


 テトっちが信じられないという口調で呟く。

 わたしだってこんな人間は見たことがない。前の世界でそんな恰好をしていたら、まず職質に遭っていたことだろう。


「ホホホ……。コレハ私ガ、デザインシタ衣装デシテネ……ドーデス……オ二人ノ分モゴザイマスヨ……」


 病的なほどクマの出来た瞼の間から、真っ赤な瞳を覗かせながら、彼女は二個の鳥かごを差し出す。

 赤べこのようにわたしとテトっちは首を振った。


「ソウデスカ……残念デス……」


 しゅん、と項垂れるが、その肩の落とし具合が半端ではない。電池切れのロボみたいに、ガクッと上半身が折れ曲がってしまった。


「ぷっ……!」「くっ……!」


 ちょっと面白かったので、二人して笑いをこらえる。

 だが、次の瞬間、幽霊女が首だけグアッと持ち上げて、わたしたちを凝視してきたのでその笑顔も凍った。


 なんでいちいちこんな怖いの、この人……。


「実ハオ二人ニ折リ入ッテオ願イガアルノデス……」


「な、なんですか?」「はぅう……」


 テトっちはもうすっかり怯えてしまってわたしの腕にしがみついている。

 わたしだってもうビクビクしてんのに、相方がそんなだから気丈に振る舞わざるを得なかった。これが姉の苦労ってやつか……。白銀しろがねいっつもごめん……。


「ナァニ、簡単ナコトデスヨ。イヒヒヒヒヒ……」


 彼女は、檻向こうの顔をこれでもかと歪ませてケタケタわらった。



――テト視点


 案内された場所はお化け屋敷……ではなく、普通の洋服屋さんでした。

 ガラス張りのショーケースには、最近流行りの奇抜な服が飾られています。

 『せぇらぁふく』というものだそうです。

 この街にいらしたトラベラーさんが着ていたもので、それをとある鍛冶職人さんが真似して作ったのが大ヒットしたそうです。


「スミマセンガ、オ二人ソコニオ立チ下サイ。サイズヲ計ラセテ頂キマス……」


 私と黒ちゃんは大きな鏡の前に連れていかれました。

 小さな身長の二人組がもう一組映ります。

 メジャーが私と黒ちゃんの胴衣や肩幅などを動き回る間、ユーレイさんは、

「フフ……」とか「オモッタトオリ……」とか「きひひひ……」

と魔女のように笑っていました。私と黒ちゃんは完全に身体が固まり、採寸の間ずっとおりこうさんにしていました、なし崩し的に……。


「チョットココデ、オ待チクダサイネ……けへへへへ……」


 そう言い残すと、ユーレイさんはお店の奥にふらふらと行ってしまいました。


「く、黒ちゃんっ! 今のうちに逃げようよぉ!」


 私は彼女の腕を引っ張って、逃走を提案します。

 この店はヤバイです。いえ、店自体はそんなでもありませんが、店主さんが完全に憑りつかれています。絶対に何かが漂っているんです。


 私は急かしますが、肝心の黒ちゃんは「いや……、まあ、いいんじゃないかな」と聞いてくれません。

 それどころかお店の商品に興味を示し始めたようで、ウロウロと物色を始めました。


「もー……! 早く逃げないと、絶対、たべられちゃうよぉ! 私、キツネうどんにされちゃうよぉお」


 必死に訴えますが、黒ちゃんは馬耳東風、どこ吹く風の素知らぬ様子。

 こともあろうか、黒いサングラスをかけて「どう、どう? テトっち。似合ってる??」

と尋ねてきます。

 全然似合ってません。

 そして、それは何の構えですか?

「バーン、バーンッ!」って何の効果音ですか?


 黒ちゃんが拳骨の親指と人差し指を伸ばしたヴァージョンの、人差し指の部分を「フッ」と吹き消していると、


「オ待タセ致シマシタ……」


 邪悪なオーラがカウンター向こうからやって来ました。

 終わりです。私の短い生涯が幕を閉じました。せめて、うどんとして美味しく頂いて下さい……。

 涙を呑んだ所に、すっと『何か』が差し出されました。


「……?」


 それは深緑を基調とした不思議な衣でした。

 黒ちゃんの方にも衣が手渡されます。そちらは鮮やかな桜色をしています。


 ユーレイさんは、ぽつぽつと語ります、


「コレハデスネ、東洋ノ『和服』トイウモノデス……。コレヲ着タ子供ノ写真ヲ撮リタカッタノデスガ、保護者様ニ警戒サレマシテネ……。ソコデ是非、貴女方ニモデルヲシテ頂キタイノデスヨ……」


と。



――黒鉄視点


 二つ返事で了承した。

 『子供用』という言葉に若干イラッとしたが、可愛いものが着れるのなら、と水に流した。

 テトっちも着物の鮮やかさに目がくらみ、受け入れてしまった。わたしもテトっちもチョロイものである。お菓子につられて誘拐、なんてことにはならぬよう用心しよう。


「はーい、それじゃあ撮りますよーっ!」


 歴史の教科書でしか見たことがないような四脚の機械を覗きながら、カメラマンが号令をかける。

 ちらっとテトっちの方を窺った。


「……! ……!!」


 これでもかってくらいにガチガチに固まっている。

 それは、スタジオの後ろで例の幽霊女がニヤニヤ笑っているから、というのもあるだろうが、まあ、慣れていないっていうのもあるだろう。

 じゃあ、わたしのしてあげられることは一つだけ。


 きゅっとテトっちの小さな手を握ってあげた。


「黒ちゃん……」


「フラッシュが焚かれるから、その時に笑っていればいいんだよ! ほら、にこー」


 無理矢理、頬を引き延ばす。

 何だか筋肉が弛緩してしまって、変な表情になってしまったような


 ……。


 案外、わたしの方が緊張しているのかも――


「う、くく……ぷ……ぷ……」


 テトっちがわたしの顔を見ながら、頬を膨らませている。その目尻には涙が滲んで、


「あっははははは! 黒ちゃん、それ思いっきり変顔っ!! ひー」


「なぁっ……!」


 腹を抱えて爆笑するテトっちに、わたしはみるみる顔が火照るのが分かる。


「二人共今ッ! こっち向いてッ!!」


 シャッターチャンスと見たのか、カメラマンが大声を上げる。

 グッとテトっちが距離を詰めてきた。ピースとかしちゃってる。


 わたしは、赤面したままちょっと目を逸らし気味になってしまった。


『バシッ!!』


 何かの破裂音と共に、室内が白い光に包まれた。



――ふたりの視点


 小さな少女が目覚めた。


「あれ、ここどこ?」


「あ、くろがね起きた。ちょっと大丈夫? お風呂の中でのぼせてたから、運んできたんだけどー」


 ベッドの端で真っ白な少女が立っていた。その顔は心配そうに憂えている。


「え、あ……そうだったんだ。ありがと……」


 混乱しながらも礼を言った。

 すると、彼女は「気を付けてねー。魔王軍の幹部がのぼせてダウンなんてバレたら、部下にどう思われることやら……」

 やれやれ、と肩をすくめながら、彼女はわたしの部屋を出て行った。


「そ……んな……。夢、だったの……?」


 ぽさっとベッドの上に落っこちる。

 白い天井に、あの翠の目をした女の子が投影される。

 夢にしては、鮮明過ぎる記憶。

 あの神社に落っこちたときに出来たお尻の痛みも、山を飛んだ時に抱っこしてあげた少女の軽すぎる体重も、カフェで飲んだ飲み物の味も、写真を撮ったときのあの掌の温もりも――


 全部覚えている。

 それが、一瞬に失われた?


「ぐすっ……」


 つー、と涙が目尻を伝う。

 いたたまれなくなって、枕をかき抱いた。


――かさっ


「……?」


 何か固いものが枕下に触れた。小さな厚紙のような感触。

 取り出す。


「っ!」


 テトっちと一緒に撮った写真がそこにはあった。たしかにそれはそこにある。

 彼女の太陽のような明るい笑顔と、私の不器用な笑顔が切り取られた一枚がそこには存在した。


「テトっち……」


 彼女の無垢な顔を撫でながら、ふふっと笑う。


「元気でね」







「わっ?! まぶしいです!!」


 私は驚きのあまり大きな声を上げてしまいました。

 その強い光のせいで目がくらみ、一瞬、視界が利かなくなりました。


「な、何が……?」


 今度はその光撃を警戒しながら、薄く瞼を開きます。


「あれ?」


 世界が一変していました。

 そこは、数時間前に居た神社の境内でした。

 

 

 地面に横たわった私の眼前では、かさかさと枯れ葉が音を立てています。木々は枯れ枝を互いにくっつけたり、離したりしながら、騒めいていました。

 

「え、あれ? 黒ちゃん?? え? え?」


 つまり、今のは全部夢だったということで……すか?

 

 私の質問に答えてくれる親切な方は誰もいません。

 ただただ私の世界は沈黙を続けました。


 じわじわと胸を締め付けられるような痛みがせり上がります。

 

「うそだ……うそだうそだ……」


 膝をついたまま、力無く地面を叩きます。

 『ぐすっ、ぐずっ』と誰かがすすり泣く音がして、地面にぽたぽた落ちる水の跡を見て、それが自分のものであると自覚して、そして――


――気付きました


――何かがポケットの中に入っています。何か平べったい、厚紙みたいなもの。


 もぞもぞとそれを取り出しました。


「あ……」


 まるで、絵のようにソックリな、いいえ、本人たちの生き写しが。

一人は私で、もう一人は、


「ひぐっ……黒ちゃんっ……! 元気でねっ……! うぐっ……」


 私は泣きながら、その写真をぎゅっと抱き締め、その場に居続けました。

 いつまでも、いつまでも大切な大切な『ともだち』の名前を呟き続けました。




―終―


黒鉄くろがね登場作品 

転生したら、ちびロリ娘! 色々パクって物理最強、兵器錬成の女王目指します!

著:MITT

http://ncode.syosetu.com/n8143dn/


★テト・イーハトーヴ登場作品

YES/NO『青春デビューに失敗した人間が、異世界デビューを成し遂げられるか?』

著:志島踏破

http://ncode.syosetu.com/n3409do/




※本作はMITT様に同意の上で製作されております。

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[良い点] 一人称と三人称、それぞれの良さがわかるダブルヒロインスピンオフ、楽しませて頂きました! [一言] ガールズラブ、なのか? 笑
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