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名探偵・藤崎誠シリーズ  ジュリア編

SIN肝試し

作者: さきら天悟

「なんだ、これッ?」

藤崎は素っ頓狂な声を上げた。

ペンションの駐車場に愛車を留め、降り立った。

そこには車の事に詳しくない藤崎でも分かるスーパーカーが6台あった。

赤や黄色のボディ、カメムシを潰したような、世界でもっとも有名な車の一つもあった。

藤崎は舌打ちした。

「車はT社が一番だ」と吐き捨てた。

藤崎は壊れないことに車の価値基準を置いている。

だから、大衆車、もっとも売れている車が好きなのだ。

「あんな車、デザイン費ばかりに金を取られて、

ちゃんと、耐久テストしてないだろう」

大衆車は不具合が出て、リコールされると会社が傾くため、

十二分にテストしている、というのが名探偵藤崎誠の推理、いや口癖だ。



藤崎はスーパーカーらを横目にペンションの玄関に向かう。

東京から一人で運転してきた藤崎は、汗ばんだ体をシャワーで流し落としたかった。

ここは新潟県、隣は金属加工で著名な市だった。



「お久しぶりね」

ジュリアが笑顔で出迎えてくれた。


「久しぶり」と藤崎は右手を少し上げ、応えた。


ジュリアは大股で藤崎に近づき、両手を大きく広げる。

藤崎は両手で拒む素振りをし、ジュリアの顔を見上げた。

「ごめん、ちょっと汗かいてる」


ジュリアは構わずハグをした。

藤崎を包み込む。

170cmを超えるジュリアがヒールを履くと藤崎より大きかった。


今回はジュリアの依頼ではなかった。

相談だった。

だから、交通費も宿泊代も藤崎持ち。

でも、藤崎はジュリアに会いたかった。

彼女と出会ってもう6年になる。


ジュリア、本名ではない。

源氏名だ。

松井珠理奈に似ている。

新宿二丁目にいれば、ニューハーフにも。

ジュリアは珠理奈から取ったという。


出会ったのは、銀座のクラブだった。

大学院生の彼女はホステスをしていた。

学費を稼ぐのではなく、人脈づくりと言い切った。

そのクラブは超高級の部類で、官僚の時からこれまで数度しか合ってない。

しかし、彼女はいつも昨日会ったかのように接してくれた。

藤崎は心を鷲掴みにされていた。



「どうして連絡先知ってた?」


「銀座にいた頃、困ったことがあったら藤崎に連絡しろって。

今は名探偵をやってるから、

と厚生労働大臣になった太田さんに言われたの」


「太田のやつ」

たまにはいい事を言うと藤崎は思った。


「で、どう」


ジュリアの瞳は愛眼しているようだった。

藤崎には、銀座で鍛えたのか、本性なのか分からなかった。

「3、4つ考えてきた」


ジュリアは30歳になると起業した。

宣言していた通りだった。

祖父がいる町が寂れて行くの何とかしたい、と言って。

地方活性化に貢献したいという。

それにシングルマザーのためにも。

ホステスをしていたジュリアは多くのシングルマザーを見てきた。

ジュリアは起業し、彼女らを雇用したかった。


後ろで彼女を呼ぶ声がした。


「じゃあ、後で」

彼女はそう言いうと、藤崎に部屋のカギを渡し、客の方へ向かった。




藤崎は部屋に入った。

102号室。

景色は良くなかった。

窓からは赤いフェラーリが見える。

藤崎はニヤリとした。

ジュリアは自分を客ではなく、友人として招いてくれたと思った。

超ポジティブ思考である。

藤崎は立ち尽くした。

何か考え事をしているようだ。

その視線にはフェラーリがあった。

藤崎は荷物を置き、浴室に向かった。




午後8時、食事を終えた藤崎は、部屋で新たに資料を作っていた。

午後9時過ぎ、ノックがあった。

ジュリアだった。


ジュリアはソファに腰を降ろし、白い足を組んだ。

「始めましょう」


藤崎はジュリアの前に立つ。

「肝試し、ってどうかな」

藤崎は資料を渡した。


「肝試し?」

ジュリアは怪訝な顔をした。

「夏しかできないの?」


藤崎は資料で説明する。





「確かに田舎ならではね。

ある程度のスペースが・・・」

ジュリアは天を見つめる。

「リピーターにもなりそう・・・

段階的だし」

「資格って、いいかも。

資格商法は今流行りだよね」


藤崎は一つ大きく息を吸った。

ジュリアに前に立つ。


「ジュリア」と告げた藤崎に、彼女はハグをした。

「面白そう」と言ってジュリアは微笑んだ。




藤崎は資料を指差す。

「ちょっと、ここが問題がある」


「大丈夫よ」

ジュリアはニッコリと笑うと、さっそうと部屋を出て行った。






それから、3ヶ月が経った。

藤崎は再び新潟を訪れた。

ジュリアがオープンした『肝試し』は盛況だった。

オープンして2ヶ月、予約は半年先まで埋まっているそうだ。

ジュリアは「ありがとう」と藤崎にハグをした。

彼女の望んだとおり、ほとんどの従業員は女性だった。

一部、整備技術者を除き。

24時間営業しているが、深夜帯も女性が対応した。

「風俗よりも、ずっといい」とシングルマザーらはジュリアに感謝した。


藤崎はジュリアに敷地内を案内された。

広い敷地だった。

以前は鉄工所だったが、その会社は円高の影響で東南アジアに移転していた。

使い道の無い跡地のため、ジュリアは安く譲り受けていた。

工場施設を取り壊し、更地にするだけで、数千万円はかかるのだ。

ジュリアの行動力は絶大だった。

阿修羅のように動き、1ヶ月でオープンさせたのだった。




ブゥォォーン、ブゥォォーン。

爆音が響く。

赤い潰れたカメムシが鳴いている。

恐る恐る前に出る。

カメムシを操る男はジュリアに見つめられ、いっそう引きつっていた。

今日初めてこのイタリア車に乗るそうだ。

喜びよりも、やはり緊張が先立つのだろう。

電光掲示板が数字がカウントを続ける。

障害物が存在する敷地をカメムシは器用に避け、所定の位置に止める。

すると、カウントも止まった。


「さすがね」とジュリアが呟く。

「スーパーカーに乗れるのは最終段階だから」

ジュリアは男に向かって拍手する。


男はジュリアに頭を下げた後、悔しい顔をした。

「まだ、まだ遅いな」と漏らす。

最高タイムとは10秒の差があった。



ジュリアは藤崎に振り返る。

「誠さんが提案してくれた『男の肝試し』、大成功です」

そう言うと、ジュリアは微笑んだ。


そう、もう分かったかな。

藤崎はスーパーカーを使った『男の肝試し』を提案したのだった。

障害物がある狭い通路を通り、ギリギリのスペースに駐車する。

何度も、何度もハンドルを切り返しながら。

それもスーパーカーを使って。

もしボディを擦ったら、修理費で数十万。

男たちはビビる心を抑え、挑戦するのだ。

と言っても、いきなり挑戦できるわけではない。

段階を踏まなくてはならない。

3つの段階の資格を獲得しなければ、スーパーカーに乗れないのだ。

藤崎の思惑はずばり当たった。

スーパーカーに乗ってみたい男らが全国から集まり、深夜・未明まで賑わっている。

当初、町の人は、やって来る男らは警戒した。

それもそのはず、気合が入った格好、車で来る。

しかし一変、町の商店や宿泊所は歓迎に変わっていった。

ジュリアは施設内に飲食店を作らず、周囲に利益を還元したからだった。


広い工場内にもコースがあった。

冬でも営業できる。

また、その一角でスーパーカーの展示をした。

ジュリアは駐車場に眠るスーパーカーをオーナーから引き出した。

無料で整備する条件で。

オーナーらもジュリアと繋がりを持ちたくて喜んで提供したのだった。


こうしてジュリアの夢は少し実現した。





「ジュリア」と告げ、藤崎はジュリアを見つめた。


ジュリアも応え、藤崎を見つめる。


「付き合ってくれないか」

以前ホテルで言いかけた言葉だった。



「第一段階、クリアね」

ジュリアは藤崎に屈託のない笑顔を見せた。

SINシリーズはシン・ゴジラへのリスペクトです。

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