バレンタインデー
俺には彼女がいる。少し口うるさいが、可愛らしい一面もある。
俺たちはごく普通の恋人同士だった。ラインやメール、デートでドライブ。二人で過ごす時間はとても楽しかった。だが、それが壊れた。俺が大阪へ転勤することになったのだ。東京からでは毎日会うことも出来ない。
彼女にどう言おうか。遠距離になるけど待っててもらえるだろうか。
俺は彼女をデートに誘った。いつものドライブ。車の中で話そうと思ったからだ。
「今日は海を見に行かないか」
「この寒いのに?でも車から出なければいいわよ」
俺たちは車で海へ行くことになった。
どう切りだそうか……。
「……ま、琢磨!」
「……え」
「もう~。聞いてるの?」
「……ごめん。聞いてなかった」
「どうかしたの?」
これはもう言わなければいけないだろう。俺は車を海沿いの道に止めると、話し出した。
「実は俺、転勤するんだ」
「え?そうなの?どこ?」
「……大阪」
「……」
黙り込む彼女。俺はなんて言ったらいいんだ。結婚か?いや、まだそこまで話してない。本当はついてきて欲しい。だけど、彼女も仕事がある。それなりに準備は必要だろう。
「……なるべく休みの日には帰って来るから」
俺は精一杯声を絞り出した。
「……遠距離になるってこと?」
「ああ、そうなるな……」
「……いつから?」
「……来月」
「すぐじゃない!休みの日だって毎回は帰って来るのは無理でしょ?」
「それは……」
俺は言葉につまってしまった。
「……今日は帰りましょ」
「……あ、ああ、そうだな」
こうして転勤前の最後のデートは終わった。
それから彼女にメールしても返信がない。俺たちはこれで終わってしまうのだろうか。今まで楽しく過ごしてきた二年間は何だったのだろう。
俺は新幹線の日時を彼女にメールで送った。これで彼女が来なかったら、俺たちは終わりだ。
出発日。俺は東京駅へ向かった。そして、ホームで彼女を待っていた。しかし彼女は来ない。これが答えなのか……。
俺が新幹線に乗り込もうとした時だった。
「琢磨!」
彼女が走ってやって来た。
「美紀!」
「琢磨、これ」
彼女は俺に紙袋を手渡した。
俺は確信した。
俺は新幹線の入り口で彼女を引き寄せ、唇を奪った。
「たく……ん……」
彼女の吐息が漏れる。
「待っててくれ」
俺のその言葉と同時に扉が閉まる。彼女が何か言いたげに窓越しに見ている。それからゆっくりと走り出す電車。それは彼女をホームに置き去りにしていく。
俺はしばらくそこに立ち尽くしていたが、自分の席へと向かった。
そういえば美紀がくれたものは何だろう。
俺は紙袋の中を見た。すると、美紀の好きなチョコレートのお店のラッピングされた箱が入っていた。ああ、明日はバレンタインデーだった。それにはカードがついていた。それを開くと一言文字が書いてあった。
「待ってるから」




