宿という名の……
「あっ、いらっしゃいませです~」
俺たちが宿の中に入るとそこにはカウンターがあり、そこに座っていた女が俺たちを出迎えてくれた。年は俺と同じくらいだろうか? 背は……俺と同じくらい……いや俺のほうが少し高いな、うん……
髪は薄い赤色……まあピンクっぽい。
カウンターの上には例の針ネズミが眠っていた。
「泊まりたいんだが部屋は空いてるか?」
「そうですね~……お部屋のほうが3人部屋と1人部屋がそれぞれ1つ部屋ずつだけです……申し訳ありませんです」
女は羊皮紙をチェックし、それから申し訳なさそうにペコリと頭を下げた……
「いやそれでいい」
こいつもか……チッ……
「えっ? ……ああそうですか? では何泊されますですか?」
「とりあえず今日と……明日以降は2人部屋は空くか?」
「……はい、大丈夫です」
「ではまず今日と……それから明日と明後日で明日以降は2人部屋一つと1人部屋一つ予約したい」
女は羽ペンをとりだし羊皮紙に記入しだした。
「え? それって……」
リリィが疑問の声をあげた。男2人も顔に疑問を浮かべている。
「あとで説明する」
「ではここにお名前をお願いしますです」
女は羊皮紙とペンを差し出してきた。
「全員必要か?」
「いえ代表の方だけで構いませんです」
「そうか。おいフィリユス」
「ふぇ? なんだい?」
「お前が名前を書け」
「なんで?」
「いいから書け。それもあとで説明する」
「分かった」
フィリユスはそう言うと羊皮紙に名前を書き出した。
「そういえばシラカゼ君」
「なんだ」
「俺の名前って……」
「ん? あー……リリィちょっとこい」
「はい?」
俺がリリィを呼ぶとリリィが俺たちの近くに寄ってきた。俺はリリィの耳元に顔を近づけた。
「俺たちの名字的なやつ決めていたよな。なんだっけか?」
俺はひそひそと話した。流石に名前が分からないなど堂々とは声には出せんからな。まあすでに不審がられているが……
「確か……パーガトリーですよ。シラカゼさん聞いてなかったんですか?」
リリィは同じくひそひそと返してきた。
「あいつの戯れ言なんぞ流してやったわ」
「シラカゼさん……」
「おい、フィリユス。パーガトリーだそうだ」
俺はフィリユスに近づきそう耳打ちした。後ろからリリィの視線があったが気にしない。そう思っている間にフィリユスは書き終えたようだ。
「……はい、承りましたです。それではここの説明をさせていただきますです。まずはお部屋ですが皆様のお部屋は2階になりますです。トイレは1階に共同のものが1つです。あとですね、1階には共同のお風呂や厨房がありますですのでご自由にお使いくださいです」
「朝食とかも自分たちで作るのか?」
「いえ、朝食はお出ししますです。ですが昼食や夕食はありませんですので、お作りいただくか他のお店の方をご利用くださいです」
「分かった。あとこれはあまり関係ないんだがそのカウンターの上のやつ……」
俺はカウンターの針ネズミに目を向けた。
「ああ、この子ですか? この子はフレイムヘッジホッグなんですが……そうですねお客様のはクラウドヘッジホッグですから種類的には近いのです」
「こいつらの餌とかは?」
「雑食ですから色々と食べますですよ」
「そうか。他に飼ってて困ることとかあるか?」
「困ることですか? そうですね~……わたし以外にはなついてくれないってところですかね? この子たちの種ってちょっと警戒心が強いのであまり人にはなつかないのですよ~。一応うちの看板なのでできればもう少し愛想良くできればいいんですが……ああ、でもお風呂とかはこの子が沸かしてくれているんですよ?」
「ふーん……」
俺は胸にしがみついている魔物の方を見た。
「きゅきゅ?」
「……こいつら警戒心強いんだよな?」
「はい、そうなのです~」
「……」
本当かよそれ? 出会ってすぐになつかれたんだが……
「よ、よかったです。私の顔が怖いとかじゃなくて……」
「いや怖い」
リリィの言葉を即否定した。うしろからなにかを殴る音と「ちょ、やめて」とか聞こえる……まあ今はどうでもいい。
「それにしてもクラウドヘッジホッグとは珍しいのです」
「そうなのか? こいつこの町の近くの花畑にいたんだが」
「え? それは変ですね? クラウドヘッジホッグはこのあたりにはいないはずなのです。その子たちは凄く高い山の頂上付近にしか生息していないのです」
どういうことだ?
「ここからこいつらの住んでる一番近い山は?」
「フィーネ山です。でもそこまでは花畑から歩いて10日かかりますです。しかもその山自体凄く高いので登るだけで半月はかかるです。しかも山には雪が降り積もっていて雪崩とかがあって大変らしいのです」
ふむ……まあなんにせよここまではかなり距離があるってことか……となるとこれは明らかに故意によるものだろうな。どこの誰かは知らんが面倒なことをしてくれやがる。
「まあいい。部屋の鍵をもらえるか?」
「はい、鍵の番号と部屋の番号は同じ番号になっていますです。それではどうぞごゆっくりなのです~」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さて……結界はちゃんと機能してるな? よしでは今から今後の話をするぞ」
俺たち4人は荷物の整理などを終えて3人部屋に集まっていた。俺は防音の結界が機能していることを確認してやつらのほうを向いた。
「その前にさっきのことを説明して欲しいんだが?」
「そう焦るな。それも含めて説明する。まず今後のことだがとりあえず男2人は情報を集めつつギルドで稼げ」
「……凄いざっくりとしてるね」
「まあとりあえずはそれぐらいだからな。で、俺だが……しばらくお前たちと別行動をとらせてもらう」
「どういうことだ?」
「俺は一旦この町を出てある山に向かう」
「山って……」
リリィはそこで針ネズミを見た。
「きゅー」
すぐに俺の胸に飛び込んできたが……
もちろんそれにリリィは項垂れた。
「いいや別の山だ。こいつのために行く必要はない。あくまでも俺たちの目的が優先だからな」
それに面倒ごとに巻き込まれたくないしな……こいつがなぜあそこにいたのかは気になるところではある。が、今は様子見で手がかりが見つかってからにしたほうがいいだろうな。
「じゃあ何をしに?」
落ち込んでいるリリィに代わってフィリユスが聞いてきた。
「ちょっとした資金稼ぎだ。ある山にいって貰ってくる」
「貰ってくるって……」
「盗むともいう」
「いや!? ダメでしょそれ!!」
「大丈夫だ。……バレなきゃな」
「聞こえてるよ? 全然大丈夫じゃないよ?」
俺の小声の呟きにいちいちツッコムとは……器の小さい……
「……それも聞こえてるよ」
「わざとだからな」
「ひどっ」
「まあとにかくそういうわけだ。あと道中で情報を集めてくる」
「ダメだ」
そこで今まで黙っていた(いつもだが)変態が異を唱えた。
「一応聞くがなんでだ?」
まあ聞くまでもないだろうが……
「お前を1人で行かせられるわけないだろ」
本当にブレないやつだな。普通にあきれるわ。さてどう説得するか……