追憶という名の……煉獄編3
「あーあー」
ニクスから許可を貰った俺はその後煉獄の城で悩んでいた。今でこそある程度この世の法則やあり方を知っているが当時はまだ何の理解もしていなかった。故に子供の育て方など知るはずもなかった。とはいえ止めるつもりもなかった。俺が悩んでいる間もウルはのんきに俺の顔の方に向かって手をのばしたり、足をじたばたさせていた。
残念ながらニクスはウルを拒絶した以上それを聞けるのはやはり……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
赤ん坊のウルを連れ、冥界の庭園に向かった。そこは庭園の中でも白い花々が先の方まで咲き誇っている。園の中央には川が流れている。川と言ってもそこに流れているのは水ではなく混沌だ。
そんな白花の園には実の……ではないが俺の母親がいた。名前はイリス。流れを見守る女神だ。混沌の川の流れや時の流れなど……それらはつまるところ運命を汲むということだ。
流れのないところにこそ確定された運命がある。例えるならばそれは川の途中にある水溜まりだ。それが池か湖かはたまた海であるかは場合によるが、少なくとも分岐していた川はそこに集約し、また分岐する。流れにのっているならばそれらは避けられない。だから人間は……まあどうでもいいが。
「なるほどね。それで私の所に……」
イリスは俺の方に歩いてきた。そしてウルの方をじっと覗き見て何かを考えていた。しばらくしてフッと笑ったあと川の方に視線を移した。
「懐かしいわね。あなたと出会ったのもここだったわね」
「そうですか」
まあ自分の出生に関してはここに来る度に聞かされていたからな。ああだがあれは出生と言っていいのか微妙なところだ。
「フッ……アウレアの領界でガルクスが管理している森があるでしょ? あの森の中央の大樹の根本に蜜を垂らし続けている花があるわ。それを与えなさい」
イリスは俺に背を向けながら、風に吹かれた長い白髪をたなびかせそういった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「うー」
イリスに言われた通りアウレアの領界にあるガルクスの森へと向かった。中央への道中ウルは珍しそうに飛び交う蝶や宙を泳ぐ魚などを見ていた。
中央に着くと熊のような男がいた。ガルクスだ。ガルクスは熊の獣神で見た目は人型の熊といったところだろうか。
「ニムか……なんのようだ?」
「はい。実は……」
俺はガルクスに事情を話した。話を聞いたガルクスはため息をついた。
「なるほどな。あのじいさんには困ったもんだ……お前の事情は分かった。だがな? あの蜜を簡単に譲ってやるわけにはいかねえ。なんてったってあれは俺の好物だからよ」
そう言ってガルクスは口の端からよだれを垂らし舌なめずりをした。
「ではどうしたら譲ってくれると?」
「んーそうだな……ノージュがあいつの海ででかい魚を飼ってるだろ? それを貰ってこい。そうしたらわけてやるよ」
「分かりました」
今思えば面倒な話だが仕方がないので言われた通りにすることにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「魚が欲しい?」
キュレイネの領界にあるノージュの海。そこにはかなり大きい魚たちが泳いでいる。大きさはクジラを一回り大きくしたぐらいだな。そしてそんなのがいっぱい泳いでいるわけだから中々迫力がある。
「そうです」
ノージュにもガルクス同様事情を話した。
「いいよ。ただしルイゼのところからこの魚たちの大きさと同等の量の石材を貰ってきてよ。今神殿を建てたいんだよね」
「分かりました」
結局またあそこに行かなければいけなくなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「は? あげるわけないでしょ!」
当然だがルイゼに断られた。無論それは流石に予想済みだったので……
「そうですか。では仕方ありません」
帰ることにした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
しかしルイゼに引き留められた。
「なんですか?」
「妙にあっさり引き下がるじゃない? なんか企んでるんじゃないの?」
そう言ってルイゼは俺を睨んできた。企みなどないというのにだ。全く逆恨みは止めて欲しいものだ。
「いいえ何も。ただ帰ったらあなたから没収したものを捨てようかと」
「はあ!? ふざけんじゃないわよ!! あれはあたしのものよ! なんであんたが勝手に捨てるわけ?」
当然だがルイゼは激昂した。そしてうるさく騒ぎたてた。
「じゃあくだs「嫌よ!」
しかしくれと言っても嫌だというのだ。本当に面倒なやつだった。
「じゃあ返しますからください」
「は? なんであたしが……ってちょっと待ちなさいよ! 分かったわよ! それくらいくれてやるわ」
最終的にルイゼが折れたので俺はこの後ようやく蜜を手にいれることができた。ちなみに返したものは結局その後にまた没収した。
手に入れた蜜を、じいさんのところから没取してきた物の中に偶然あった哺乳瓶に入れた。ウルの口に入れてやると勝手にチュパチュパと飲み始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お父様!」
あれから6年程経った頃のこと。ある日ウルが何かを持って帰ってきた。その日の数週間前にウルはどこかに遊びに行って帰ってこなかったのだ。久々に帰ってきたウルの服はボロボロだったし、顔も土で汚れていた。そんなウルは俺にその手に持っていた何かを差し出してきた。受け取ってよく見るとそれは小さな石だった。だが小さいながらも赤く煌めくそれは正しく宝石だった。
「これは?」
「宝石。お父様嬉しい?」
ウルは満面の笑みを浮かべてそう言った。
「ええ」
俺はウルの頭を撫でてやった。するとウルの表情は一瞬キョトンとなったが、すぐにまた元の笑顔を浮かべた。
その後ウルはどこに行って何を見て聞いて……体験してきたのかを嬉しそうに話していた。それは神々の領界で知られた場所でしかないが、ウルはそれでも初めてのものとして、冒険を楽しんだようだった。
ウルはそれ以降もよく煉獄を出てどこかに冒険に行った。初めは領界の知られた場所だったが、だんだん未知の場所にも行くようになり、最終的には下界や異世界にも行くようになった。だが最後は必ず俺のいる城に何か土産を持って帰ってきて、嬉々として自分の体験談を語るのだ。おかげで城の宝物庫は潤っていた。それこそ冥界の他の神が嫉妬するほどだった……懐かしいな……




