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死体という名の……4

夜……


「きゅー」


フィリユスが散歩に出かけると言って宿を出ていった。モコは窓の所でそれを見ていた。そして行ったぞとばかりに鳴く。


「そうか。では面倒だが俺も行ってくる……」


俺は部屋を出てロビーまで来た。流石にいつもうるさいピンクはいない。今ごろ自分の部屋でのんきに寝ているのだろう。

扉を開けて外に出ると少し冷たい夜風が頬を撫でた。辺りは暗く月の明かりのみが唯一の光源だ。


さて宿からしばらく歩き俺はある場所にたどり着いた。俺はその場所から少し離れたところにある木の後ろに隠れた。木の影からその場所を見る。

そこには木の柵がありその柵の中には木の十字が並んでいる。そうここは……墓場だ。まったく肉の器の葬り方などてきとうでもいいというのに、よくもまあ丁寧に土に埋めて十字の棒を刺して……まあそんなことはどうでもいいが。

最近墓荒らしがどうのこうのとおっさんは言っていたが……人手が足りないせいか対策が柵ぐらいで監視の人間はいないようだ。墓場の方に音をたてないように慎重に近づく。柵に近づくとさっさと柵を乗り越えしゃがんだ。すると……


「ぐちゅ……ぐちゃっぐちゃっ……」


という気持ちの悪い音が聞こえてきた。暗くてはっきり見えないが奥の方に何かがいる……あれが墓荒らしの犯人だな……

ゆっくりと気づかれないように近づく。すると例の気持ちの悪い音も大きくなってきた。どうやら死体を……食べているようだ……

さらに近づくとようやく犯人が見えてきた。まあ分かっていたんだがな……

俺はもう気づかれてもいいと思い立ち上がった。


「こんな所に寄り道とはな……フィリユス?」


「っ!!」


そう言うと死体を貪っていた影が立ち上がった。薄い月明かりが顔を照らすと所々土にまみれた体と血のついた口周りが見えた。


「な、なんで!? つ、つけてきたの?」


「いいや。俺はただ墓荒らしがいるというから見に来ただけだ」


まあ嘘といえば嘘だな。なんせ俺はお前が夜な夜なここでやっていたであろうことを知っていたんだからな。


「カニバリズム……生物が共食いを行うというのは別に珍しいことじゃない。人間も飢餓に追い込まれればそういう選択も出てくるだろうしな」


おぞましく、醜いことこの上ないがな。ああ、俺は生きているものというものを……


「だがお前のそれは生命維持のためではなく精神的なもの……というのはまあ普通に分かる。いちいちそこら辺のことは聞かない」


愛しい……


「そんなことよりも……だ? ……いつからだ?」


とは思えない。肉の器に閉じ込められてなお理解できない。無駄で非効率的。それこそ理に反する。


「……あっ、うっ……み、み、みんな……が……ディアニス君に……こ、殺されて……それで……お、俺!! 死んでいく人たちを見ていて耐えられなくなって……」


俺の問いに答えるフィリユスの顔は青く口調もおぼつかない。精神状態は非常に良いとは言えないな。


「なるほどな……」


とは言うものの全くもって度しがたい。なぜならこいつが言っていることは矛盾していて無茶苦茶だ。


「つまりお前が食らっていたそれは人間ではなく物というわけだな?」


「……ち、違う……物じゃない……違う違う……」


とまあ必死に否定しているわけだが……とっとと受け入れればいいのにな。


「違う? ならお前はその汚らわしいものが人間だと? ……以前お前は言っていたな"人の命を犠牲にしてまで叶えたい願いなどない"と。ああ、なるほど人間ではあるが命はないな」


「……違う……違う」


ああ、なんて……


「だから犠牲にしていいと」


「違う違う違う!!」


人間の心というものは脆いんだろうか……


「違う? 何が違うんだ? お前のしていることはつまるところそういうことだろ?」


「ちが……う……」


フィリユスは地面に膝をつける形で力なく崩れて座ってしまった。さてもういいだろう。


「フィリユス……」


俺はフィリユスに近づいて頬に手をやった。そして少しだけ壊れた(それ)を組み立ててやる。


「うっ、ああっ!!」


壊れたものを元に戻す……それは神でも難しい。単純に戻すことはできるがそれは本当の意味で戻ったとは言えない。それこそその手の能力(ちから)があるなら別だが……少なくとも俺は壊れたものを元に戻すことはできない。だからこそ俺はただ壊れたものを壊れたなりに組み立ててやる。組み換えると言ってもいい。それはそう綺麗に合理的にそしてなおかつ正しくだ。

ああ、だがそんな正しさは他の神には理解できないだろう。そしてこう言うのだ『ますます壊れてしまった』と……



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



これは前世の俺の現実(ゆめ)の話だ……


「さあ食べなさいシオン」


母さんが俺の名前を呼んだ。そして床にあるそれを食べろと言うのだ……


「嫌だ!! もうやめて!! 食べたくない……よぉ……」


「うるさい!! 食べろって言ってんでしょ!!」


泣いてそれを拒む小さな俺の口に無理矢理それを押し込む母さん……


「むぐ……ぅう……ぐえっ……はあはあ……」


しかし小さい俺はなんとか抵抗してそれを無理矢理食べさせようとする母さんから逃れ少し距離をおく。そしてあまりの気持ちの悪さに小さい俺は吐いてしまった。


「なに吐いてんのよ!」


すると母さんは怒鳴りながら俺に近づいてきて俺の脇腹を蹴りつけた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


小さく無力な俺は母さんの暴力に耐えながら、ただただ泣いて謝り続けていた。


「はあはあ……フン……いい? 次来るときまでにちゃんと食べておくのよ?」


そして母さんは部屋(といっても本来は物置だから狭くて小さい)から出て唯一の出入口である扉を閉めた。唯一なのはこの部屋は地下にあるので窓がないからだ。そしてすぐにカチャリという金属音が聞こえた。と同時にこの部屋を照らす電球が消え部屋は暗くなった。明かりのスイッチは部屋の外にあるのでそれを消されたら窓もないこの部屋は真っ暗だ。そう真っ暗だ……


「うぅ……ぐすっ……」


暗闇の中で小さい俺はボロボロの状態で倒れながら泣いていた……

それがいつも見るゆめだった……でも……


その日のゆめは違った……


「母……さん?」


部屋のドアの鍵が開くカチャリという音が聞こえついでぎぃーという音ともにドアが開いた。いつもなら母さんが帰ってくるとドンドンとかズルズルとか色んな音が聞こえてくるはず……


「っ!! 子供!? つうかなんだよこの部屋……」


見覚えのないおじさんが入ってきた。おじさんはなぜか俺や部屋を見て驚いて叫ぶ。そのせいで俺も驚いた。


「……おじさんだあれ?」


「……俺はまだ20代だっつーの!! じゃなくてお前……もしかしていやしなくてもここに住んでるのか?」


「そうだよ」


おじさんはおじさんじゃなくてお兄さんだったみたい。お兄さんは口元に手をあててなぜか嫌そうな顔をしながらそんなことを聞いてきた。


「マジかよ……」


お兄さんは「やべえ……どうすっかなあ……」と呟き始めた。


「お兄さん?」


「ん? ああ、すまねえな。……誰って言ってたな。俺は工藤っていうんだ。お前は?」


くどう……


「シオン……」


「シオンか。よしシオンここから出るぞ」


ここから出る?


「……ダメだよ」


俺はお兄さんの言葉に首を振った。


「なんでだ?」


「俺がこの部屋から出たら母さんが……」


母さんが……きっと怒るから……


「なあシオン。お前はこんなところにいちゃダメだ」


お兄さんは俺の肩を掴んで俺の目を真っ直ぐと見つめてきた。あまりに真剣なその目から俺は顔を背けることができなかった。


「でも……」


「でもじゃねえよ。お前をこんなところに閉じ込めてるのはお前の母親だろ? そんなやつに従う必要はねえよ。大丈夫だ俺が守ってやるから」


違う……確かに母さんは怖い……でも俺は……


「行くぞ」


「あっ……」


俺はお兄さんはに手を引かれて部屋の外へと引っ張られる。母さんは好きだ。怖いけど好きだ。でも抵抗できないのは迷いがあって。ここから出たくてもうあんなのは嫌で……でも……でも……


「シオンは外に出たことはあるか?」


「ううん」


実は俺外に出るのは初めてだ。だから不安ででも外の世界を見てみたくて……でも……

お兄さんに引っ張られもう玄関は目の前だ。


「シオン?」


そこで俺は初めて抵抗した。


「やっぱり俺……母さんを見捨てられない」


きっとこの人についていけば俺はもうここに戻ってはこれないんだと思う。もしかしたら母さんにも……母さんはひどい人間だ。でも俺は……


「シオン。お前がここに残って今まで通りあそこに閉じ込められていてもお前のためにはなんねえよ。それにお前がお前の母親のためを思うならやっぱりお前はここにいちゃダメだ」


「……なんで?」


「お前は母親をこれ以上最低の人間に堕としたくないだろ? お前がいたらお前の母親はもっと悪くなる」


「悪……くなる?」


「ああ」


悪くなる……


「……分かった」


それなら俺もうここには戻らない……


「よし行くぞ」


そう言ってお兄さんは扉を開いた。俺の方を見て笑いかけてくれながら。だから気づかなかったんだ……


「!!」


「ん? どうしt……」


扉の先で母さんが待ち構えていたことに……

俺は母さんに地下の部屋に戻され体をたくさん殴られ蹴られた。


「はあはあ……いい? もう二度とここから出ちゃダメよ。あと……」


床に倒れていた俺の隣に母さんは何かをドスっと放り投げてきた。


「あっ……ああ」


それを見てしまった……俺はそれをとても後悔した……だってそれは……


「それ次までに始末しておきなさい」


母さんは部屋から出て扉を閉めた。そしてすぐに部屋の明かりが消えた。俺は泣いていた。涙が止まらなかった。俺は暗闇の中を手探りでさっき母さんが放り投げたものを探した。少しして手が何かにぶつかった。俺はそれの近くに寄った。そしてそれの上半身を持ち上げて抱き締めた。


「うあ……うう、お兄さn、お兄さん……」


俺はそのまましばらく泣き続けた……それがある日のゆめ……更なる悪夢の始まりだった……

俺は母さんにそれからいつもよりもひどく暴力を振るわれ続けた……それに耐えられなくなってある日俺は|お兄さんだったそれを……食べた……

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