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平穏という名の……

「……」


眠い……この2日間すごく大変だったから……

窓から射し込む光を避けようと薄い毛布を頭に被る。正直あまり意味がないけど……


「んー……」


とりあえず渋々瞼を開けて毛布の中から外を見た。隣や向こうの方のベッドにはすでに誰もいなかった……


「……起きようかな」


ああ、もう少し眠っていたいけど……快適なベッドからだるくて重い体を無理矢理起こして着替える。着替え終えたと同時にガチャという音がした。音がした方を見ると白い髪の少女……に見える少年が立っていた。少年は不機嫌そうな表情でこちらをにらんでいた……


「やっと起きたのか。もう下で皆待ってるぞ。しかもお前のせいで約2名が飯を食わせろだとか騒いでうるさいんだが?」


うぅ……やっぱり怒られた……


「ごめんシラカゼ君」


「まあいい早く来い」


そう言ってシラカゼ君はさっさと部屋から出て行ってしまった。とりあえず急がなきゃ。俺は急いでシラカゼ君の後を追うように廊下に出た。廊下に出ると小柄な後ろ姿が見えた。俺はその後ろ姿を目指して走った。


「あ、そうだシラカゼ君おはよう」


シラカゼ君に追い付いてそういえばまだ朝の挨拶をしていないと思いだし今更ながら言った。


「ああ、おはよう。どうでもいいが早く行け」


「うん……」


シラカゼ君は本当にどうでも良さそうに言った。俺は彼と出会ってからまだたったの3、4日(いなかった1週間を除いて)ぐらいしか経っていない。シラカゼ君は普段笑ったりしない。普段は無表情か不機嫌かの2択だ。食事の時とかは機嫌が良さそう?だけど……笑うことってあるのかな?

そんなことを考えながら俺はシラカゼ君を置いて先を急いだ。階段を降りて1階の洗面所に向かい顔を洗う。その後階段のあるロビーの方に戻るとシラカゼ君が待っていた。


「言うのを忘れていたんだが今日の朝食も作っておいたぞ」


「あ、そうなんだ」


昨日は疲れていたから気にかけなかったけど、そういえば昨日のご飯はシラカゼ君が作ってくれてたんだっけ。


「ありがとうシラカゼ君」


「まあ俺も作ったが……礼ならあいつにも言ってやれ」


あいつ……? ……ああ、リリィちゃんか。


「うん」


この宿は元から朝食がでるんだけど……普段は店主のリコさんが作っているらしくて……うん、はっきり言うとあまり良くないかな。だからさっきお礼を言った時は自然に笑顔になっちゃったんだけどしょうがないよね。

俺はシラカゼ君と一緒に食堂に入った。


「あら、おはよう」


すると赤髪の女性がちょうどテーブルに朝食を配膳しているところだった。


「あ、おはようございます……ん?」


赤髪……って、えーー!?


「えーー!? な、なんで……?」


なんでこの人がここに……というかテーブルの方をよく見たらエル君とディアニス君、そしてアシス君と呼ばれていた人がいた。昨日壊したから左腕とかはないけど……ってそれは今はどうでもよくて。


「うるさいぞフィリユス」


俺が驚いているとシラカゼ君はそう言った。他の朝食を食べている客がなんだという表情でこっちの方を見ていた。


「でもシラカゼ君……」


昨日の今日だよ? つい昨日戦ってたんだよ? 俺は命までとるのはダメだと思うけど……


「まあ色々あってな。詳しい話は後でする」


とシラカゼ君は言うけど流石になあ……


「……安心しろ。いざとなったら殺す」


不安そうな雰囲気を察したのか彼は俺の近くに寄ってきて耳元で小さく囁いた。不謹慎だけど正直ちょっとドキッとした。言ってることはかなり物騒なんだけど……女の子みたいな声と間近にある可愛らしい顔……気のせいかないい香りが……はっ、危なかい危ない。どんなに女の子っぽくても彼はやっぱり()なんだ。きっとこれはそう俺が前世で母さんぐらいしか女性を知らないからだ、うん。


「リリィ。その女は縛ってそこら辺に転がしておけ」


「はい!!」


と、どうやらボーっとそんなことを考えている間にまわりの状況は進んでいたようだ。赤髪の女性が床に倒れていた。頭のあたりから赤い液体が流れてるん気がするんだけど……そういえばさっき「きゃー! 生BLよー!」って聞こえた気がするけど気のせいだよね、うん。それで今床に倒れている女性を縛れってシラカゼ君がリリィちゃんに言っていたようだけど……気のせいかなリリィちゃんが凄く笑顔なんだけど……うん、気のせいじゃないね、うん。だって凄い満面の笑みなんだもん。


「テメエふざけんなよ!!」


と、今度は3人の座っていたテーブルから怒声が聞こえてきた。そっちの方に視線を向けると3人がお互いを睨みあっていた。さっきの声はディアニス君のものかな。


「これは俺のもんだ!!」


そう叫びながらディアニス君はテーブルの真ん中の大皿に盛られた骨付きの肉料理を指差した。


「あー? ほんといちいちうるせーやつだなお前。俺はお前と違って怪我人だから栄養が必要なんだよバーカ」


「ああん? 怪我だあ? んなもん元からだろうが。なんせテメエはガラクタなんだからよ。ガラクタのお前は黙ってオイルでも飲んでやがれボケ」


そういえば昨日も見てたけどあの2人って仲が悪いんだった。


「おい!! お前たちさっきから黙って聞いていれば……」


おっ、珍しくエル君が怒った。流石エル君こういうときは頼りになるなあ……


「それはシラカゼが俺のために作ったものだ。お前たちには渡さん」


……え?


「うっせーんだよホモ野郎。テメエはいつも通り黙っていい子を演じてな」


ディアニス君にはエル君のことがそう見えるんだね……


「あ? なにこいつホモなの? は、マジかよ。俺そういう趣味ないんで近づかないで欲しいんだけど?」


「こいつもシスコンのお前には言われたくねえだろうよ。ま、大差ないだろうがな」


ど、どうしよう……このままだと皆の性癖がどんどん暴露されちゃうよ。ほら、他のお客さんがひそひそしてるよ。


「本当にうるさいやつらだなお前たちは? 朝食ぐらい静かに食えんのか? ん? そんなに揉めるんならその肉は没収だ。だいたいそれは俺が作ったんだから俺が食べて当然だ。お前たちは黙って感謝してその野菜のスープでも啜ってろ」


「「……」」 「……チッ、チビが」


流石シラカゼ君。皆静かになった。まあ実際シラカゼ君はただお肉が食べたかっただけなんだろうけどね、うん。ただディアニス君の呟きで今度は冷戦に入ったみたいだけど……


「まあまあシラカゼty……グフグフ、シラカゼ君も皆も落ち着いてくださいなのです。ここは公平にこの僕が食べるということで」


ああ……リコさんそれは……


「は? なに言ってるんだお前? 本当に図々しいな……そんなんだから未だ相手がいないんだろうが」


「ぐはっ……人の気にしていることを……だったら紹介して欲しいのですよ! また男を連れ込んで……羨ましい……羨ましすぎるのですよ!!」


リコさん……悲しすぎるよ……


「人聞きの悪いことを言うな。フン、それにエルやフィリユスはともかくそこのタダ飯ぐらいどもは使えなかったらすぐに捨ててやる」


「なんですって!? 聞きましたですか皆さん! 騙されちゃ駄目なのですよ。この子実はとんでもないビッチなのですよ!」


リコさん必死すぎるよ。もうシラカゼ君が男の子ってこと忘れちゃってるよ。あ、間違えた。男の娘か。


「賑やかですねえ」


「っ!? リリィちゃんいつの間に!?」


いつの間にか俺の隣に笑顔のリリィちゃんがいた。


「失礼ですねフィルさん。さっきからいましたよ」


どうやらシラカゼ君たちの会話に気をとられている間に隣にいたみたいだ。それよりも問題なのは……


「……」


視線を下に向けると赤髪の女性がリリィちゃんに踏みつけられていた……


「なにか問題でも?」


「い、いや何でもないよ……」


何も見てない何も見てない何も見てない……なんであんなに笑顔なの? リリィちゃん怖すぎだよお……

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