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竜という名の……9

「それじゃあ勝たせて貰うわよ?」


シエリアという女性のその言葉を聞いて俺は身構えた。たぶん彼女はなにか能力を持ってるんだと思う……あくまで勘だけど……


「そうそう先に言っておくわ。何度か聞いてあげるけど降参するならそう言ってちょうだいね」


降参かあ……


「残念だけどそれはできないかな。そしたらシラカゼ君にひどい目にあわされそうだからね」


まあシラカゼ君だけじゃなくリリィちゃんからもボコボコにされそうだなあ……だからここは負けるわけにはいかないかな。もちろん戦わないにこしたことはないかな。


「逆にあなたこそ降参して欲しいかな」


「あら? 余裕そうね? 自信があるのかしら? まああなたも転生者なんでしょうしそれなりに強い能力は持ってるでしょうね」


うーん……この人も転生者なのかな? とりあえず能力持ちなのは確定だけど……


「じゃあ手加減なしね。悪いけど半殺しくらいは覚悟してもらうわよ?」


なんだろう? 嫌な予感がすr……


「うっ……痛い……」


それは一瞬だった。俺が瞬きをした瞬間彼女は俺の前にいた。しかもその時点で俺の顔の前には彼女の拳が迫っていたんだ。俺はそのまま避けることもできずに殴られた。


「まだよ……」


「うっ……ぐっ……」


そのまま為す術もなく殴られ続ける俺……速い……速すぎるよ!! どうすれば……やられっぱなしじゃいけないと拳を前に突きだしてみても空を切った。それどころかそんなの無意味だと言わんばかりにいつの間にか背後に回っていた彼女の蹴りが直撃した。


「はあはあ……うっ……」


「降参する気になったかしら」


「はあ……残念だけど降参は……しないよ」


本当は今すぐ降参してしまいたい……体中が痛いし勝てる気がしない。でもここで降参したら皆は俺を……


「そう……」


残念そうにそう言ってまた俺を殴る彼女……そして情けなくまた殴られ続ける俺……


「……」


「降参する?」


地面に倒れている俺にしゃがんで話しかけてくる彼女……


「……しない」


「……」


そしてまたしばらく俺は殴られ続けた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「では始めるぞ?」


「はい」


「楽しみなのですよ~♪」


ということでまた宿の調理場にいるわけだが……


「……なんでいるんだ?」


見た目も中身もピンクのお花畑そうな宿屋の主人がいた。


「当然味見役をしようと思ったからです」


……


「リリィ……」


「なんですか?」


「ちょっと待っててくれ」


ピンク頭の腕を掴む。


「なんで僕の腕をつかんでるんです? ちょ、待ってくださいなのです~!!」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「あの~? シラカゼさん」


「なんだ?」


俺は切っている最中の野菜に目を向けたまま応えた。


「リコさんはどうしたんですか?」


「隣の部屋にいるぞ」


「どう説得したんですか?」


「説得なんかしてない。無駄だからな。とりあえず椅子に縛り付けてきた」


ま、ついでに言うならうるさかったんで口の方も塞いでおいた。まったく暴れるもんだから大変だった。


「……はあ」


「そんなことよりこれを入れてくれ」


リリィに今切った野菜を鍋に入れるよう指示した。


「はい」


切った野菜を渡し、今度は肉に手をだした。


「それにしてもお昼だけじゃなく夜も作るんですね?」


「昼は気まぐれだな」


まあ夜に向けての準備運動的な感じでもあるが。


「今作ってるのはフィルたちのためだ」


「え? なぜですか?」


「おそらくあいつらが帰ってくるのは遅くなると思ったからだ。あのディアなんとかはともかくフィリユスはとろいからな」


おおよそあいつらが帰ってきても夜になるだろう。なんせ距離がそこそこあるし竜の財宝を運んでくるわけだからな。……保険をかけておいたとはいえ今すぐ帰ってくるのは無理だな。


「ま、最悪明日帰ってきたとしても今夜の分は俺とあのピンクが食べるから問題ないだろ」


帰ってくるかどうかはあいつの判断に任せたから大丈夫だろう。


「なるほど。では頑張って作らなきゃですね」


「そうだな」


俺としては今日中に帰ってこなくてもいいんだがな。なんせ食べられる量が減るからな。ま、食材費はきちんと回収するが……



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「いいかげん諦めてくれないかしら?」


「……い……やだ」


「はあ……」


負けるわけにはいかないんだ。


「困ったわねえどうしようかしら?」


全身が痛い……でも……


「あら無理して立たなくてもいいわよ。痛いでしょ?」


立とうとしたけどうまく立てず、よろめいてそのまま転んでしまった。


「はあはあ……」


今のままじゃ彼女の能力に俺の能力じゃあ敵わないのは明白だ。だからもうこれしかない。俺はナイフを握りしめた。


「……もうあきらめてくれないかしら? できればもうあなたを傷つけたくないのだけど……」


俺は握りしめたナイフを首の方に持っていく。


「何をしているの?」


俺はそのまま自分の首をナイフで切った。


「な!? あなたなにやってるの!!」


彼女は俺の倒れているところに現れた。


「バカね。なんで? そこまでして聞かれたくないことがあるの?」


「……ごふっ……」


俺は何も答えない。というか答えることができない。目の前が霞んで彼女の顔がはっきりと見えなくなってきた。そのまま俺は……


「……バカね。死ぬことなんてないじゃない……」


彼女はそのまま俺に背を向けて歩きだした。そう俺に背を向けたんだ(・・・・・・・)……


「! なっ……」


彼女は背後の俺に気づいた。だけどもう遅い。俺のもう拳は彼女に届いたんだから。


「かはっ……」


そして彼女はそのままふっとんでいった。


「ーーっ!」


壮絶な痛みが襲ってきた。俺は立っていられずそのまま地面に倒れた。右手の拳からは血がドクドクと流れている。骨も砕けているだろう。筋肉も右手と右腕はズタズタで、それ以外の部分も痛みを発していた。自殺しようにも右手は使い物にならない。


「うあーー!!」


仕方なく左手でナイフを握ろうとするけど、そのちょっとした動作で痛みが倍増する。しかも僅かにしか動かせない……終わった……彼女は今ので倒せたならいいけど、俺は今ので動くことができない……唯一の希望のディアニス君は今も戦っているようで遠くから轟音が聞こえる。どうしよう……


「うぐっ、ああーー!!」


どうしようかと思った瞬間ぐさりと俺の胸に黒いなにかが刺さった。その痛みとその痛みのせいで動いたことで生じた痛みで俺の意識はまたブラックアウトした……

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