稲荷の飛び狐
転校生は、珍しくない。
特別、何てこともない。
新興住宅街の新設校だから、先生も生徒も全員転校生だったし。
真新しい学校には、真新しすぎる校庭があった。
グランドには、新素材がひかれ、競技用の線も引かれていて綺麗だったが、まるでゴムみたく見えた。
砂ぼこりも舞わない。
その地下には、プールが、隠されていて、2ヶ月間だけ姿を出すって、噂だった。
三年になったばかりの、鷹森仁史には、ついていけない世界だった。
公園も、自然環境が整ってるって、父親が言っていたが、校庭と同じくゴムっぽいし、後はアスファルトがほとんどで、花壇や街路樹の周りだけ、土が盛られていて、残りは芝生に覆われていた。
雨が降っても、水たまりも泥道も出来ないから、長靴を履く事も無い。
つまんない道だった。
仁史には、苦手があった。
跳び箱だ。
五段から、上が怖い。
先生が好きな段を飛んで良い時間を作ってくれて、皆でワイワイと飛び、挑戦したのだが、五段以上になると、急に飛べなくなった。
それ以来、跳び箱が嫌いになっていた。
走るのも、ドッチボールも負けない。
あのゴム引きの校庭での50メートル走では、クラス1だったし。
担任の中田先生も、首をかしげる。
跳び箱はあっさり終わったので、中田先生以外、この事は気づいていなかった。
仁史が、いつもの通学路を外れたのは、その日の放課後だった。
知ってる奴らに見つかると、登下校時の校則違反だ、学校に言うぞ、と、騒がれるのだが、まっすぐ帰る気にならなかった。
道草をしたかった。
ランドセルをカタカタいわせて、先を急ぐ姿は、道草を食ってる感じではなかったが、走るのが楽しい。
小高い丘の古い石垣みたいなのに沿って、グルッと回ってると、階段に出た。
長い階段で、神社の参道だった。
石の鳥居をくぐると、急な階段が続く。
登りきると、下からはわからない、広い敷地が出た。
その上、下は土だ。
参道こそ石が引いてあったが、残りは、自然な地面があった。
今朝の雨が、水たまりを作っている。
木も多く、下とは別世界だった。
お賽銭は無いけど、神社で、手を合わせた。
そばにカバンを置くと、走った。
神社の周りをクルクルと三回。
裏側に広い敷地を見つけ、ダッシュもした。
木や土の匂いが気持ち良い。
仁史が、住んでるマンションの裏手の神社だったが、そんなところに、こんなに木や草や土があるのを知らなかった。
通学路は、マンションやビルだらけで、見えなかったのだ。
仁史は、汗ダクで帰宅すると、風呂に叩き込まれた。
牛乳を飲みながら、お湯につかってると、幸せだった。
夕飯の時、母親に神社の事を聞いたが、引っ越しの後片付けやらで、バタバタしている頃だったので、知らないと言われた。
「でもそれって、お稲荷さんじゃない。
狐が、お稲荷さんのお使いだったでしょう。」
うんと、うなずく。
狐の像があったのを話す。
「お稲荷さんって、動かせないのよね。
壊すと、祟るって、聞いたわ。」
仁史は母親が、都市伝説や怖い話が好きだったのを思い出した。
どこそこの稲荷神社が祟った話をしだした。
「だから、開発しないで、森と神社って、残るのよ。」
嫌というほど驚かされたが、お稲荷さんだとわかったから、仁史は夕飯に向かっていった。
「相変わらず、好きよね〜。」
魚の骨から、身をむしっていると母親がため息をついた。
父親も母親も肉好きだったが、仁史は無類の魚好きだった。
ここに来る前住んでいたところは、保育園がひとつしかなくて、皆そこに行くしかなかったのだが、自然食推進派の園長さんがいて、3歳児からは、玄米と焼き魚が給食に出る。
もちろん骨つきで、箸は塗り箸。
親より箸づかいが、上手くなった。
小学校に上がった途端、給食には肉が出たし、箸よりホークやスプーンになった。
好き嫌いはないのだが、それからは、夕飯に魚を食べる習慣がついたのだった。
仁史の向かいで、ハンバーグとポテトサラダとコーンスープを飲む母親がいる。
仁史は、ご飯は玄米以外でも良かったが、とにかく魚だ。
「これ、何て魚?。」
「ソイっていうのよ。」
返事が投げやりだ。
トンカツやカレーを喜ばないし、毎回リクエストは焼き魚なので、作りがいが、ないのだ。
「魚くさいから、お稲荷さんの狐が友達になってくれるかもよ。」
頭の中がファンタジーな母親の事は無視。
骨を避け、皮を外し、魚は完食された。
梅雨が始まっていたが、皆傘は差しても、長靴を履く事はなかった。
そもそも水たまりが無いのだから。
仁史が放課後、稲荷に寄る様になってから、泥だらけの靴でチョイチョイ帰ってくる様になり、ついにブチ切れた母親に、長靴をはかされた。
ひとり長靴をはいて、登校した。
すると、長靴ブームが、巻き起こったのだ。
校長先生まで、長靴をはいた。
おかげで、仁史の長靴姿は目立たなかった。
こっそり、お稲荷さんに、お礼をした。
仁史には、それ以外に、突然の長靴ブームのわけがわからなかった。
梅雨が明けると、ゴムの校庭の真ん中に、プールが現れた。
何て言っても、新設校で、皆初めて見るのだから、話題はプールになり、雨も減ってきていたので、長靴ブームは、下火になっていった。
仁史は、神社に寄ると、走った。
靴が泥だらけだと、言われるので、運動靴持参で、汚れたら教えてもらったとおりに洗って干している。
二足買ってもらった。
滅多に物を欲しがらないので、父親が良いのを買ってくれたし。
プールも大好きで、平泳ぎで、往復できた。
何回も泳いだので、フラフラだったが、お稲荷さんには、寄る。
乾いた地面を走って走った。
夏の訪れが、空の高さと白い雲に現れている。
もう直ぐ夏休み。
もう、コソコソしなくても、神社に、毎日通えるのだ。
稲荷の森は深く、夏の日差しを広葉樹が、遮ってくれていて、気持ち良いのだ。
樹々の間から、フワッと風の匂いがする。
森の木に邪魔されて、仁史には、湧き出した雲が、見えなかった。
暗くなった途端、大粒の雨が落ち、落雷が響き渡った。
慌てて、ランドセルをつかみ、階段を走り降りる。
雨は大つぶで、神社の階段を流れている。
ちゃんとランドセルを背負わなかったので、背負い直そうとした途端、階段が消えた。
神社の登り口の石畳が、見える。
叩きつける雨で暗い中、石の鳥居の下で何かが光った。
火の玉だ。
仁史の胸めがけて、火の玉が飛んでくる。
ぶつかると、眼をつぶった仁史は、神社の階段の中ほどで、尻餅をついていた。
雨は、止んでいた。
雲が晴れ、日差しが戻り、セミが鳴き始めた。
みるみる石段が乾いていく。
仁史だけが、ベチャベチャに濡れていた。
手をすりむいていたが、後は本当に濡れただけだった。
家に帰ると、風呂に叩き込まれた。
牛乳を、飲みながら、考えたが、わからなかった。
母親に聞くのも、面倒だった。
そのまま、夏休みが来た。
プールに通い、神社に通う。
秋の運動会では、リレーの選手にも、なった。
冬休みも神社に通い、お正月には、父親に頼んで、2年参りをした。
お年玉を全部お賽銭に入れることは、母親の反対にあい、普通に5円入れた。
「ご縁があります様に、で、良いのよ。」
父親が笑って、百円くれたから、それもお賽銭に出来た。
普段は誰もいないのに、流石に正月には、人が出ていたし、鳥居のそばの石垣の周りに出店もあった。
母親は、たこ焼きやフライドポテトを買って喜んでいたが、仁史はそんな物は、食べたくなかった。
お菓子ッぽい物に興味がないので、イカ焼きを買ってもらった。
春が訪れ、神社の桜が咲くと、又出店が出た。
ドングリのなる木もあったが、桜も随分植えられているお稲荷さんだったのだ。
仁史には、花が咲き実がならないと、桜やカシやクヌギも、ただの木だった。
進級すると、又跳び箱があった。
三年四年と、担任をしてくれている中田先生は、仁史より不安がっていた。
背も伸びた仁史は、五段を飛んだ。
それ以上は、又飛びたいものだけが飛ぶので、問題はないはずだった。
体育で花形の鷹森仁史を、ライバル視するグループが出来ていた。
彼らは、走るのもプールもドッチボールも負けていたので、しつこく勝てる競技を探していたのだ。
今時の子たちは、放課後遊ばない。
塾や習い事が忙しいのだ。
中でも彼らは、体操教室に通ってる一団だった。
二回飛んでも、六段以上を飛ばないのを知ると、変なルールを言い出した。
「三回以上、同じ段飛べない奴は、それで終わりな。」
ボス的存在の高橋洋輔の一言で、ざわめきが、起きる。
男子の半分は、六段が飛べるのだ。
体操教室の面々が、次々と七段を飛ぶ。
仁史は、一回目飛べたが、尻が触ったと、囃し立てられた。
二回目も、尻が触った。
中田先生は、手に取るように仁史の心がわかったが、挑戦もしてほしかった。
三回目の助走に入ると、何故か去年の火の玉が思い出された。
あの、感覚。
確かにフワリと浮いたのだ。
仁史は、胸のあたりを一回掴むと、跳び箱に走っていった。
跳び箱と踏み板の間に、光る棒が、現れた。
棒は、下から伸びている。
避けるために、踏み板を思っ切り踏み、前に飛んだ。
棒にぶつかった、と、思った途端、向こう側に着地していた。
拍手と歓声が起きる。
みんな、固唾を飲んでみていたのだが、完璧なホームで、仁史は飛んだのだ。
振り返ると、光る棒は、体育館を貫いている様だった。
仁史が、棒の事を聞く前に、チャイムが鳴り響き、授業は終わった。
ホッとした中田先生が、サッサと跳び箱を片付、給食当番に喝を入れる。
体育の後の給食は、戦争だ。
キャアキャア言う女子に囲まれて、仁史は、困っていた。
あまり跳び箱がうまくない男子も混ざっている。
給食は、さんまの竜田揚げで、大好物だったが、こっそりテッシュに包んだ。
学校が終わると、お稲荷さんに急いだ。
よくわからないので、石の狐の前に、さんまをあげてきた。
なんだか、お稲荷さんに、お礼をしたかったのだ。
やっぱり、クルクルと走ってから、家に帰った。
偶然にも、夕飯もさんまの竜田揚げだった。
「ごめん、給食とかぶったわよね。」
謝る母親に、大好きだからと、お代わりして、竜田揚げを食べた。
それから、飛ぶ狐がいるのか聞く。
「いるわよ。
何せ、お稲荷さんのお使いだし。
確か、飛んでる様な狐が、祀られてる神社もあったはずだわ。
狐自体がそこの神様だったりもするし、祟るぐらい力のある神様だから、願い事もいっぱい叶えてくるのよ。
祀ってるとこも多いし。」
人に何か見せる事があるのかを聞く。
「うーん、それって、啓示の事。
啓示って、まあ、お知らせみたいなことで、狐火ってのもあるし。
お稲荷さんの眷族の狐さんなら、昔は人も騙したし、化けるし。
ホラ、絵本で、狸と化けあってたじゃない。」
知ってる。
仁史の好きな絵本だ。
納得とは、行かないが、それ以上聞いて、光る棒や火の玉の話をしたくなかったし、跳び箱が怖かったのを知られたくなかったので、ごちそうさまをした。
それから、何かを飛ぶ時、棒が見える様になった。
6年生での、ハードル越えは、楽しかった。
次々と光る棒が現れ、飛ぶとその先に現れた。
啓示の意味もわかってきたし、これが自分だけのものなのもわかった。
走高跳びにも棒が出た。
中学になって、陸上部に入ると高跳びの選手に、なった。
何故だか親友の高橋洋輔も同じ部活で、200を走っている。
高校で、棒高跳びという競技に出会った。
まず、人気はない。
だが、惹きつけられる。
あの光の棒が、そこにあった。
天から地に光るラインは、ピッタリ棒高跳びの棒に沿っている。
仁史は、光のラインに合わせて、飛ぶ。
光のラインと共に、バーを越える浮遊感が、仁史を虜にしていた。
インターハイで、記録を出して、優勝してしまった。
試合前、試合後、あのお稲荷さんにお参りするし、やっぱり周りを走るのも忘れない。
鷹森仁史が、インタビューに答える。
目標は、東京オリンピックです、と。
今は、ここまで。




