買ってきたばかりの下着を使う機会が、すぐに訪れて、さすがに驚かされた。どういう口実を設けて着けさせるかは、良い案が、まだ浮んでいなかったのに、おのずからそうなった。もしも、坊が、湯を張るあいだに、二階から、自分の着替を持って降りてきたとしたら、あのようにうまくは運ばなかった。ところが、彼女は、ぼーっと見ていた。もしも、あの大雨の中を、ベティ・クレアズに行ってみる気が起きなかったら、私の心配は長引いていた。もしも、勝烈庵に入らずに、まっすぐ帰ってきていたら、坊よりも先に帰宅して、彼女をずぶぬれにすることはなかっただろう。風呂に入れなどせず、そのまま、ベッドに入らせるところだった。すべてが、なるようになっている。これで、何の心配もなく送出せる。坊は、六枚の素敵なブラジャーに守られて安心だ。作業着に着替えるとしても、仕事を教えながら覗くとしても、重い荷物を持上げさせるとしても、もう、二度と、見ることはできない。
5/18(水)
今は午後五時。由加里は、今日も休んでいる。咳とくしゃみと、夜は熱。典型的な風邪だ。私は、意志で踏止った。
隣では、フランクのソナタが聞えている。坊が、ラジカセを聴いている。
今朝は、六時頃に目が覚めた。何か、ことこという物音がしている。隣で、坊が、カバンのジッパーを開けたり閉めたり、鏡台の引出を押入れて、こつんといわせたり、あっちこっち歩回ったり。大きな音を立てないように、気を使っているのが分る。まさかと思って、飛起きて、坊のドアをノックしにいった。もう、着替終って、机に向って、メモ用紙に走書しているところだった。机の上には、アパートから持ってきたらしい、掌に載る位の、黒いトランジスター・ラジオが、最小音に絞って、えのさんの声を流している。メモは私宛だった。アルバイトに行ってくると。私は思切怖い顔をしてみせた。立上ってきたところを抱寄せて、額に唇を当てたら、明らかに熱っぽい。
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