仕事中は、用事にかこつけて覗くのだろう。荷を持上げさせたり、わざと落した物を拾わせたり。仕事を教える振をして、うしろに回り、頭ごしに覗込む。日に何度となく。気が向いたら、仕事を教えにゆく。人とは、そういうものだ。坊の横顔に、額を寄せて、右上から、左下を覗く。何十センチの至近距離から、私が見たよりも克明に。あの、細長い毛の数まで。右と左の大きさが違うことも面白がるのだろう。「それから、お前、あの臭を嗅いだか。ひとつ、我々で目覚めさせてやろうではないか。この中の誰かが。くじびきで決めるとしようや。当った者が、栄あるおこし役というわけだ。」「さ、お前だ。あたりだぞ。お前が行ってこい。」「御勘弁願います。辞退致したく存じます。」「駄目だ、若い者が。さ、きゅーっと引掛けて、これから行ってこい。」労働者の会話とは、そういうものだ。「ちょっと、あの子何なの、あの臭は。」「不潔にしているからよ!」「分りそうなものなのにねー。それに、見た?あの痣。あんな物を見せて歩いて、よく平気でいられるわね!よっぽどどうかしているわ?あの子。」女の口とは、そういうものだ。今日は、締まった長袖シャツを着ていって、かえって残念がられているだろうか。「何だ。今日は、あれが拝めないぞ。付いてないな。」これから、夏になったら、坊の服装で、十九人が一喜一憂するだろう。作業服。そうだ、作業着に着替えるのだろう。すると、まだ安全か。でも、油断はできない。普通のVネックなら、見える危険が十分にある、今日だって。迂闊だった。やっぱり下着から厳重にしなければ意味がない。
滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で
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