読んだとは思えない。日本の作家は、頭から馬鹿にしていた。「じめじめしていて、ちまちましていて、何かというと拘泥ばかりしている。読んでみると、まったく、本人の言うとおりだ。拘泥魔でない限、わざわざ書く値打のない、わざわざ読む値打など、尚更ない、取るにたらないことだけ集めて本にしてある。西洋の小説を模倣したいのに、模倣すらできていない出来損だ。何のことはない、トルストイを、百分の一に縮小したのが日本の小説だから、僕は、そんな物に付合っている暇は一分もない。それにもかかわらず、文庫本という物をポケットに入れて歩くと重宝だよ。ティッシュ一箱よりもつからね、紙質に、若干の問題はあるけれど。」などと。でも、仮に読んでいたら、自分のことを考えることがあったかしら。ない!どう考えても場合が 違う。一連の事柄は、あの子に連関しているのだ。由加里は、由加里で、抜く必要はない、毛なんか。そんな、かわいそうなことがさせられるものか。お姉ちゃんが見付けてあげる。そんな必要のない相手を。誠実で、清潔で、知性があって、物が分っていて、坊の良さが分り、坊のフェミニニティーを引出してくれる。あんなに可愛い顔をしているのに。見れば見るほど、つくづく可愛い顔をしている。
額を寄せているので、生暖い空気が、開いた胸からのぼってくる。汗をかいた皮膚の匂と、石鹸の匂がまざっているけれど、甘い匂がするだけ。四日も、連続で、全身、石鹸に漬らせた甲斐はあった。
5/13(金)の記事は続きます。[編者]
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