私は、心を決めた。顔を、あやめから離して、それでもまだ、乳房は覗かせたままで、「三渓園のあやめよりも、濃い匂です。」と言って微笑んでいる、この子は、私が引取ろう。山手のあの家で、このまま、一緒に暮そう。彼女を見おろしながら、境内の片隅で、そう決めた。急に居たたまらなくなった。腕から引張上げた。ぎゅーっと抱締めた。彼女は、腕をだらりと垂したままに、黙って、鼻を、私の胸に埋めた。丁度、口の高さに、額の生際があるので、口付が、ひとりでに、其処に行く。いつかの、門前のときと同じく、石のように硬直してはいるけれど、違っているのは、今日の硬直が、恐怖ではなく、照から来ていること。どう反応して良いか分らない。だから、腕は、力なく垂下って、体を、まるごと預けた。
「坊、お姉ちゃんと、一緒に暮そう。もう、アパート探なんかやめちゃいなさい。今使っている部屋を、そのまま、坊の部屋にすれば良いでしょう?山手に来て、お姉ちゃんの妹になろう。」見おろすと、目を、大きく開いて、子供が、大人の思惑を見透す鋭さで、目の中を覗込んでくる。善意で言い、心からかわゆく思っていると確認したようだった。ひとつ頷いてみせたので、「ね、そうしよう。うちに来なさい。お姉ちゃんの妹になるのよ!」と言って、又抱締めたので、やっと、腕を回してきて、頬を、胸に擦付けた。
「坊は、お姉ちゃんが好き?」口許にある、額の生際が動いて、胸には、頬の摩擦を感じた。「お姉ちゃんが好きなの?」又、生際の上下運動と、頬が、胸に摩擦する感触。「お姉ちゃんが好きなら、そう言って頂戴。お姉ちゃんは、坊が大好き。」
「好きです。」
5/12(木)の記事は続きます。[編者]
滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で
http://db.tt/wiixYXDN
目次はこちら
http://db.tt/fsQ61YjO