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己 呂 武 反 而   作者: https://youtube.com/kusegao
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3/26(土)

   デニーズで、遅い昼食を取った。毎月二三度位ずつ、あそこのラムチョップを食べにいく。以前は、好きでもなかったのに、おかしなこと。

   午前中は、ずっと、ピアノに向った。天気が良ければ、午後から、鎌倉を歩いてくる心算でいた。そろそろ、梅もおわりだから、長谷寺は厭だけれど、瑞 泉寺の庭でも散策して、帰に、あの茶店に立寄って、お菓子を食べたかった。でも、空は曇っているし、夕方からは雨になるというしで、鎌倉はやめにした。

   ピアノには飽きてしまって、昼食の時間になったけれど、ちっとも、空腹ではない。食事を作るのも億劫。そんなので、デニーズに行こうと思立った。

   行きがてら、おなかを空かしに散歩した。随分、長い散歩になった。外人墓地、港の見える丘公園、山下公園。今日も、人が沢山。行きたいと思う方向に行けないのだもの。

   途中、見知らぬ男の人に説教されて、それが不愉快だったから、気分を紛らして、長いこと歩いた。桜木町まで行って、そこから、野毛山公園、伊勢佐木、ちょっと、買物をして、石川町と、デニーズに入ったのは、三時に近かった。

   コーヒーを、何杯も、何杯もおかわりして、ソロモンの歌を読みました。デニーズを出たのは五時頃かな。結局、雨は降らず、こんなことなら、鎌倉に行けば良かったと、そのときには、そう思って帰ってきた。

   途中から、まだ遠くから、テテマロの鳴声が聞える。無暗に吠えている。

   由加里が来ていたのね。門の外に立って、恐る恐る、中の様子を探ったりして。

   例のボロではない。ジーパンと、スニーカーは同じのだけれど、今日のセーターは、タートルネックの赤いので、毛玉は少め。でも、緑色のジャンパー に、野球帽っていうのは、ちょっと、どうかと思う恰好ね。手には、軍手をはめている。かわいそうに。「マイルドセブン」と、大きく入った、ピカピカ光る紙 袋を提げて。もう、何度か、ベルを鳴らしたらしい。

   私って意地悪だわ?本当にいけないことをしちゃった。あの子ったら、もう一遍ベルを鳴らして、テテマロに吠えられながら、爪先立をして、大きくのび をして。心細そうな視線を、玄関脇に送って。留守らしいと見てとったのね、それから、おもむろにしゃがみこんで、袋の中に手を入れて、ゴソゴソさせはじめ るの。それを見ると、私、どうしてかしら、訳もなく楽しい気分になっちゃって。

   私、うしろから、そーっと忍寄って、手で、由加里の目を塞いだの。ちょっと、悪戯をしてやりたくて。

   笑を押殺して、反応を待っていたのだけれど、失敗を悔いるのに、何秒も掛らなかったわ?

   手が、袋の中で、動くのをやめて、彼女自身が、石の像のように、無生物化っていったら良いかしら。虫とか、トカゲとか、驚いたときに、死んだように なるでしょう?顔の表面は、命が全然感じられないし、脈みたいなものもないし、気の所為かしら、皮膚の温度まで、すーっとさがっていくの。

   予測できなかったわ、あの感触は。肉の感触じゃなかった。皮膚がとても乾いてるんですもの。弾力もないし、余計に石みたいだった。悪戯の心算が、自 分がびっくりして。私、あっと、声をあげたと思うわ?すぐ、手をのけたのだけれど、あの子、動こうとしないんでしょう?本当に恐ろしくなっちゃって。

   私、急にかわいそうになって、横にしゃがんで、肩を抱いてやったの。「驚いた?ごめんなさいね?」って、少し、体を揺したら、そしたら、袋の中で、物を掴んで固まった手が、それに連れて、ゴソゴソと、音をたてるの。

   由加里は、目を閉じて、息を凝していた。帽子を払いのけて、私、額に接吻した。この子が、何だか、急に哀になって。


滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で

http://db.tt/YneARvom


目次はこちら

http://db.tt/fsQ61YjO


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