海岸に行って、海を、暫く眺めた。もう、サーファーで賑っている。由加里は、その言葉を知らない。「庄内でも、海岸に行くと、板に乗る人がいました。」と言って、あの人達はサーファーというのだと教えると、「ファー」の音が難しいものだから、「さあふわ?さあふわですか。」彼女が言うとそうなってしまう。「さあ、見てご覧、あの人達、ふわふわうかんでいるでしょう?」と言ったが、目を細めて「又始りましたね。」板だけ持ってうろうろする人をオカサーファーというのだと知ったときは、おかしいおかしいと言って笑った。奈良の大仏の話になって、近いうちに、由加里に、暇が出来たら、京都に連れていってあげる、奈良の大仏も見にいきましょうと言った。彼女は、中学校の修学旅行に参加しなかった。京都を見たことがない。小学六年生の旅行で、松島には行った。それ以外には旅行したことがないのだと言う。
喉が乾いてきたので、その辺で、お茶でも飲もうと、バス通に引返して、ぶらぶら歩いていた。通から奥まった所に神社がある。行ってみると、鳥居の横が、川端の住んだ家であった。「坊は、川端康成って知っている?」と言うと、「知っています。伊豆の踊子とか雪国とか。中学生のときに読みました。」と俄に、顔を輝かした。「此処、川端康成の家よ。」標識が出ていないので、彼女は知るはずもなかったけれど、私は、以前に、何かの写真で見たことがあった。神社の脇にあることも覚えていた。何より、ずっと奥まった所の門に、表札が掲げてある。そう教えられると、興味をそそられて、伸上って、母屋と覚しい建物に、目をやった。道路から隔った位置にあるので、私の目の高さからでも見通せない。「坊は、伊豆の踊子と雪国と、どっちが好き?」の問に、背伸するのを諦めた由加里は振返って、「断然、伊豆の踊子です。雪国は、話が、良く分りませんでした。お姉さんは、どっちが良いと思いますか。」私も、伊豆の踊子が好きだと言った。
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