東慶寺、浄智寺、明月院と見ていったが、けんちん汁を食べさせてくれる店があったので、其処で、昼食を取った。由加里は、水月観音が気に入って、食事中も、しきりに褒めた。例によって、「水月観音は、観音様とは別なんでしょうか。」と聞く。これからどうしようと言って、まだ、建長寺が残っていたけれど、そろそろ、お寺ばかり見るのも飽きてきたし、ハイキングすることに決めた。大仏の方へ抜けられる、簡単なハイキング・コースがありますよと、お店の人が教えてくれたので。
由加里は、今日に限らず、いつも運動靴だけれど、ゴールデン・ウィークのあいだは、私も、彼女に倣って、何処に行くにも、運動靴を穿いた。伶門と、去年、箱根のすすきを見にいったときに背負っていた、お揃のリュックサックが、それ以来、クロゼットで眠っていたのを、伶門のは、彼女にやってしまって、二人ながら、運動靴にリュックサック、ハイキングするには、絶好な身軽さだった。途中で、銭洗弁天の標識が出ていたのはとばして、ハイキングを続けていると、木の間から、下の方に、大仏の頭が見えた。そのときに、柏手を打つ音が聞えた。何と思ったか、頭を垂れて拝んでいる。「アーメン、アーメン。」と言って、野球帽の陰になった目が笑っている。「馬鹿ね、坊。よしなさい?」と言いながら、ふと、豊饒の海の、二冊目だったか、三冊目だったかの、ある場面を思出した。シャムの王子が跪拝するのも此処からではないかと。「転生があるかしら。」もってのほかの考。でも、その言葉が心を過った。由加里が生れかわり?有得ない。そのような事があるはずがない。すぐに打消した。そして、忘れてしまった。しかし、やはり、何かのsignだったのか。
高徳院。大仏を見に入った。大勢の人だったので、木立の中を歩いているときに、由加里が、ある碑を見付けた。寄って見ると、KAMAKURA YA MIHOTOKE NAREDO SHAKAMUNI WA BINAN NI OWASU NATSU KODACHI KANA。ああ、これが、問題の歌碑なのだと気付いたのだけれど、「山の音」を思出したついでに、さっき、「豊饒の海」を思出した事を思出して、由加里の顔を眺めた。由加里の黒子も二つ。確に、こめかみに付いている。のどくびにはない。
5/12(木)の記事は続きます。[編者]
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