坊は、片手をおろしたなりに、右手だけで、ムースを、時々、口に運んでいる。
「由加里ちゃん、これから中華街に行ってみない?タクシーで。」
「・・・。」
「今晩は予定があるの?」
「いいえ。」
「ちょうどいいわ?一緒に晩御飯はどう?わたしも一人じゃ行きにくいから、一緒に行ってくれる人がいると頼もしいわ?ねえ、そうしましょうよ。」
坊は、後日、この晩のことについて、愉快そうに話した。
坊は、出抜に、チュウカガイと言われて、何のことかも理解できなかった。海が近いから、カイ殻のことだろうかと考えた。タクシーで行って食事をす るって、私が言うんでしょう?「これから、浜辺に行って、貝殻を拾って、焼いて食べよう。」そう誘れているのかと思った。「この滋子という女の人は、見掛 に寄らず、変った趣味の持主だ。浜辺ですなどりとは、自分の故郷でも、そんなことは、若い人は、ちっともしようとしないのに。でも、食べられる貝が、都市 に近い浜辺で取れるのかしら。食用貝は、漁師が、船を出して取ってくると承知しているけど。一人では心細いと言ったのは、どういう意味だろうか。知ってい る漁師さんが、取ったばかりの、新鮮な貝を食べさせるから付合え、漁師さんの所に、一人で行くのは心細いからという意味だろうか。」今思えば、頓珍漢な誤 解をしたけれど、そのときには、何と返事したら良いか分らなくて黙っていた。だって、お姉ちゃんと知合う前の自分ときたら、本当に、何も知らないお馬鹿さ んだった。そのうちには、タクシーが来て、チュウガイの意味が分った。黙っていたというと、あの晩の自分は、人に通じる言葉が喋れなかった。何を言われて も、ただ、「はい。はい。」とばかりで、ほかには何も言えなかった。そのことを、お姉ちゃんは、今もからかうけれど、本当は、言えるも言えないもなかっ た。お姉ちゃんこそ、何を言っているのか分らなかった。聞取れなかったて言うの。あんなに早口で、べらべらと言われても、耳が追付かなかったって。それ に、自分が聞いて育った言葉からすると、お姉ちゃんの喋る言葉は、ほとんど外国語だし、うしろでは、外国のおじさんが、本当の外国語を、大きな声で喋って いるし、何もかも、初て体験することばかり。あの喫茶店のハイカラな雰囲気。チュウカガイに至っては、それこそ、言葉をなくすほどきらきらした店内で食べ た、豪華な料理。支払をするときに、そっと覗いたら、お姉ちゃんは、何万円も払っていた!自分は、あの晩、目の前で、次から次へと展開する光景と、その中 に動く人々(お姉ちゃんも、その一人。)の所為でぼんやりしてしまったのです。
最近では、こんなことを、おかしがって話すようになった由加里。以前は、あれほど陰気で、あれほど疑深い目をした子だったとは、もん君、誰が、今の彼女を見て信じるかしら。三月二十二日、春の夜の巡りあわせだった。
滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で
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