それを見ていた坊も、おかしかったらしくて、含笑を漏しましたので、一団が遠ざかるのを見送って、「由加里ちゃん、今の人なんかどう?中々シャイで、ハンサムじゃない。由加里ちゃんを見て赤くなっていたわよ?」と言いましたら、彼女も真赤になって、激しく首を振りながら、「いえ、違います、違います。滋子お姉さんを見て赤くなったんです。私、見ていました。滋子お姉さんがお辞儀をしたら、あの人、急に赤くなったんです。」と言って涙ぐんでいます。そういう彼女が、無性に可愛くて、もっとからかってやりたい気持を抑えかねて、「そうかしら。でもどう?由加里ちゃん、好きな人がいないんなら、口を利いてあげてもいいわよ。『これから、うちにいらっしゃらないこと?三人で、ボルシチとキクヤのラムボールは如何?』って。私、ほかの人は好きじゃないけれど、あの人ならオーケー。清潔そうだし、賢そうだし、坊の恋人になってくれたら嬉しいわ?」と言いましたら、「知りません。からかわないで下さい。あの人、舞台で転んだ人です。みっともなかったです。」としどろもどろになるので、一層おかしくなってしまい、「良く覚えているのね、由加里ちゃん。じゃ、私を睨んでいった人、彼は、何の役だったかしら、覚えている?」と問いましたら、「はい、ホースタス博士です。二十四年間迷ったあとで、悪魔に連れていかれました。」と答えたのには、この子の頭の良さに、又々感心しました。それから、エノキテイに寄って、坊も、すっかり好物になったチョコレート・ムース、もん君が大好きなお菓子を食べながら、坊のアパートさがしがうまくいっていないことと、まだ、中々、良い仕事にありつけない悩の相談にのってあげました。私は、初て、この子の話を聞いたときから考えていた事でもあったので、「良かったら、うちに引越してこない?」と言ってみました。「うちなら、部屋が余っているんだし、私一人でいるのは寂しくてしようがない。由加里ちゃんが来てくれたら、こんなに嬉しいことはない。由加里ちゃんも、お家賃の心配をしなくてすむし良いと思うのだけれど。」彼女は、何と返事して良いか、「はい。でも。」ばかり繰返します。突然、そのようなことを言われたので、無理もありません。遠慮もあるのでしょう。でも、内心、嬉しいことなので、少し、強引に勧めてくれた方が、うんと言易いと考えて、「では、一度、ためしに、この連休に泊りにきてみたら。」ということになりました。彼女は、明日日曜日から、四連泊でやってきます。あ、そうです。それで、昨日、ようやく、ボルシチを作りました。もん君と、二人で作って以来でした。
滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で
http://db.tt/9camnmzj
目次はこちら
http://db.tt/fsQ61YjO