「お願します。何でも良いから教えて下さい。私、一生懸命にやります。」と言いますから、仮名遣のことから、ダビデの一生の出来事まで、何でも話して聞かせましたけれども、彼女は、もう、神様を疑わないようです。信じきっています。「愚かなる者ぞ、心のうちに、神なしと言へる、彼らは腐れたり、彼らは、憎むべき事を作せり、善を行ふ者なし。」といふくだりは、説明がなくても分るところなので、何遍も何遍も読んで、我と我が身に言聞かせるようでした。山手公園で、一時間半ばかり過して、それから、又、山手通を、反対方向にたどって、セント・ジョセフの前まで来たときに、「先週の劇、此処の生徒さん達が演じていたのよ?ちょっと覗いてみましょうか。」と言って、ブラフ・クリニック脇の小路に入ってゆきましたが、今日は休日だと思っていましたら、もん君の学校は授業日なんですね。中庭には、制服を着た生徒さんが行ったり来たりしています。三時頃だったでしょうか。金網ごしに見ていました。「この学校、全部、英語で授業するの。セント・ジョセフ・カレッジといって、男子校よ?隣が女子校。トロイのヘレンは、隣の生徒さんかもしれないわね。物凄く、頭が良いのよ?お姉ちゃんの好きな人、此処の卒業生なの。」と、坊に、また少し、あなたのことを言いました。彼女は、何も言わずに見上げているので、「坊は、好きな人がいるの?」と聞きましたら、突然のことに、目をぱちぱちして、少し、赤く照れたようでしたのが、「いえ、いません。」と言って、目庇の下に隠れました。金網の向うを見ていると、メフィストフェレスを演じていた生徒が、白い建物に入ってゆきました。彼は、赤い髪の毛をした、白人の子なので、すぐに分りました。ガーバー神父の姿を求めて暫く見回していましたら、私達のいるところに、八人か十人の生徒がかたまりになって、石段を登ってきます。中に、ファウスト役の子がいて、色の浅黒い、インドふうの顔をした子です。外人の子にしては小柄で、私より、少し低いのですけれど、変な目で、じろじろ見ながら近付いてきて、顔を覗込むようにするので、目礼をして、視線を避けましたら、二人位うしろから、オイフォリオンが現れて、又、じろじろ見ます。日本人でしょうか、中国人でしょうか、舞台で見るよりも、もっと色白で、小柄で、背丈は坊とあまり変らないのに、顔だけは、アジア製バイロンなので、思わず微笑んでお辞儀をしましたら、真赤になって、目をそらしました。
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