4/24(日)
もん君
昨日の続を書くわね?
といっても、今日の事でもあります。どうしてかというと、今日も見てきたのです。昨日今日と、二日間の興行だったのです。今日のはゲーテ座でではなくて、セント・ジョセフの講堂ででしたけれども。とにかく、まずは、劇の説明をするわね?
もん君、マーロウのファウストは読みましたか。何とも言ってなかったわね。私、記憶がない。あなたは、本ファウストの方の、まったくファウスト気違 だから、いつも朗読を聞かしてくれたけれど、わざわざ、その為に、ドイツ語を習った位だから、マーロウのも読んでいるわね、きっと、あなたのことだから。 私は、U.S.A.時代に課題リーディングで出たので、読みましたけれど、よく覚えてないのです。ただ、言うほどの作品ではなく、どちらかというと、お粗 末な出来栄の、詰らない作品だなと思ったのを覚えています。でも、それは、台本だけ読んだので、本当の価値が分らなかったのかもしれませんけれど。
でも、昨日今日と見てみて、やっぱり詰らないと思いました。それも、学生の演技だからと言えば、それまでですけれど、どう逆立したって、ゲーテの迫 力には適いません。だって、つくりが不完全なのはゲーテも同じなのに、それでも、あれほど凄い感動があるのは、やっぱり、もん君の言うとおりなのです。 ゲーテの凄さなのです。鴎外なんかで読んでいる私には、よくは分りませんけれど。でも、あなたは、それが分って絶賛したんですね。こんな凄い文章はふたつ とないって。結局、一万二千行、全部暗唱できたのかしら。いつもいつも口ずさんでいたわね。これは命の言葉だって。
後輩たちも、マーローに手こずったのね、きっと。大幅に変更していました。私も、はっきり覚えていないけれど、確、ファウストが悪戯して、誰かを、 馬の頭だか、鹿の頭だかするところがあったと思うけれど、それから、特に、法王をからかうところは、セント・ジョセフの演劇部でできるわけがないわね。 カットしたかわりに、色々と、面白い工夫をしていました。
おかしかったのは、ヘレナとのあいだに、オイフォリオンが生れて跳回るのです。原作には、そんなところはなかったと思います。だから、そこは、全部 無言劇でした。音楽に火の鳥を使って。昨日の、ゲーテ座での演出では、オイフォリオンが、何遍も何遍も飛んで跳上るうちに、ずでんどう、尻餅をついて倒れ ました。でも、観客には、意味が分らなくて、失敗したのだと思って、どっと大笑が起りました。"An uneducated lot!"ですか?一人だけ、由加里の横に座って見ていた、口髭をはやした外国の紳士だけは、呆れた顔をして見回していました、低い声で"Blast it." などと言って。その人以外に、転倒の意味は理解できなかったようです。しかも、オイフォリオン役がバイロンそっくりな顔立で、色の白い、男の子のくせに、 とても可愛い子なので、私は微笑んでしまいました。でも、今日のセント・ジョセフでの演出は、昨日に懲りて、転ばないようにしていました。袖に飛込んで退 場するのです。それでは意味がありませんね?ひょっとして、ゲーテ座にゲーテを掛けたのかしら。まさか、それはないわね、いくら何でも。
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