バスが止って、彼女が、踏段に、足を掛けたときに、「握手。」と言って手を差出しましたけれど、彼女は、手を、軽く添えただけでした。私が、強く握 返したら、力は入れずに預けましたけれど、どうしても目を合そうとしません。私は、明日も楽しみにしていると言いました。このとき、6時半過だったと思い ます。
バスが走去って、失敗に気が付きました。あのケーキを持たせてやれば良かったのにと。翌日は日曜日でした。二十七日です。彼女は来ませんでした。私 は、藍ちゃんに見つかって、目が覚めたら八王子だったことも書きましたね。次は、三十一日のことを書きます。この日は木曜日です。由加里の、二度目の訪が あった日のことです。
それは夜の七時頃でした。六時過に電話がありました。今、山手駅にいるのですけれど、これから伺っても宜しいかと。「では、バス停で待っているか ら。」と、私は言いましたけれど、「道を覚えたので大丈夫です。地図も書いてもらったし、一人で来られると言って、電話を切りました。
電話が掛ってきたときは、レコードを聴終えたところでした。
今、もう一度聴いてみます。これを書きながら、同じレコードを掛けます。
ソファーを立って、今掛けたところ。ハープが聞えてF♯、ホルン、ピッツィカート、ロ短調、そして、今、バイオリン。大胆なテーマ。だいぶ古い録音 です、メニューヒンとドラティが入れた。そうです。あなたと一緒に買ってきたレコードです。オカダヤの何階だったかしら。オカダヤに寄って見つけた輸入盤を、あなたは、「これは凄いぞ!」と言って、大はしゃぎして買ったレコードなのに、それから、一度も掛けてもみないで、あなたは、そのままほったらかした。けれど、去年の九月だから覚えているでしょう?横浜で、パエイリャを食べさせてくれるって約束をして、出掛けていったら、新聞を見せて、"Look at this! YEHUDI MENUHIN.僕たちのコンチェルトを弾きに、東京に来るよ。これは、何があっても聴逃せないね。Just let me make this call. I'll be real quick!"とか何とか言って、公衆電話に飛込んだら、それから、延々と、二十分位かかって、やっと、梶本に申込んで、ごめんごめんって、ボックスから 走って出てきて、隣合った良い席を取るのに手間取った、ソーリー滋子。」と言って、左の頬にキスしてくれた。
4/11(月)の記事はまだ続きます。長いので分けて載せます。[編者]
滋子の手書き原稿に忠実な翻字は以下で
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